聖テレサ女学院、旧校舎「象牙の塔」。
その研究室には、今日も今日とて世の終わりのような空気が漂っていた。
「……腹が減った」
ユニがデスクに突っ伏し、魂の抜けた声で呟く。
前回の「トリニティ景観向上事業団」としての初仕事は、派手な爆破オチにより、報酬どころか多額の借金(苦情処理費用)を生み出す結果となった。
「ユニ先輩、流石にこのままでは餓死します。校庭の雑草を茹でて食べるのは、もう飽きました」
チエルが上品な手つきで、緑色のスープ(正体不明)をかき混ぜながら言う。
「あたしはバイト増やしたから食えてるけど……流石にこの借金、バイト代じゃ返しきれないって」
クロエがナギサから送られてきた請求書をヒラヒラとさせる。その額、20万クレジット。高校生には重すぎる数字だ。
その時、研究室のドアがノックもなく開かれた。
現れたのは、トリニティの治安維持組織「正義実現委員会」の生徒たちだ。
「真行寺ユニ様、および『なかよし部』の皆様。ティーパーティーの、桐藤ナギサ様がお呼びです。……拒否権はありません」
「ひぃっ!? ついに臓器を売れと!?」
「連行されるの、今月で何回目ですか……」
有無を言わさず連れ出される三人。向かう先は、恐怖の本校舎サロンである。
「ごきげんよう、なかよし部の皆様」
ティーパーティーのサロンで、ナギサは優雅に微笑んでいた。その笑顔は美しいが、目は全く笑っていない。
「や、やあナギサ女史。今日は天気がいいね。借金の返済なら、えーと、あと100年待ってくれるかな?」
ユニが冷や汗を流しながらへ理屈をこねようとするが、ナギサはそれを遮った。
「返済期限の延長は認めません。……ですが、あなた方に特別救済措置をご用意しました」
「救済措置?」
ナギサが指を鳴らすと、サロンの大型モニターに映像が映し出された。
映し出されたのは、トリニティ自治区内で建設中の巨大ビルと、その前で高笑いする一人の少女だった。
燃えるような赤髪、豪華絢爛なドレスのような制服。そして、溢れ出る成金……もとい、富豪のオーラ。
『おーっほっほっほ! ごきげんよう、トリニティの皆様! 私(わたくし)こそが、この度トリニティへの巨額出資を決めました【メルクリウス財団】の代表、秋乃ウィステリアですわ!』
「……誰だ、あのやかましいお嬢様は」
クロエが顔をしかめる。
「彼女はアキノさん。新進気鋭の企業グループ『メルクリウス財団』の若き総帥です。現在、トリニティの商業区画再開発事業に出資していただいている、大切なお客様(スポンサー)です」
ナギサが説明を続ける。
「そのメルクリウス財団が、生徒の経営感覚を養うための『特別課外授業』を実施することになりました。……ですが、内容が少々『ハイリスク』すぎるため、参加希望者が集まらないのです」
「はぁ……それで?」
「なかよし部の皆様には、この課外授業に強制参加していただきます。見事クリアすれば、報酬として財団から50万クレジットが支払われます」
「ご、50万!?」
ユニが椅子から転げ落ちそうになった。
20万の借金を返しても、30万も残る。これは大金だ。
「なるほど! つまり、身体を張って借金をチャラにするどころか、黒字転換できるわけですね!」
チエルが的確に要約する。
「拒否すれば、象牙の塔を差し押さえて競売にかけますが?」
「やります! やらせてください! 労働の喜び! 勤労の義務!」
ユニが即座に土下座した。プライドよりも住処と金が大事である。
連れてこられたのは、トリニティの地下深くに存在する「古代カタコンベ(地下墓地)」の入り口だった。
メルクリウス財団によって煌びやかにライトアップされ、仮設オフィスが設置されている。
「おーっほっほっほ! よく来てくれましたわね! あなたたちが、ナギサ様推薦の精鋭部隊……えーと、なんでしたっけ?」
アキノが扇子で口元を隠しながら問う。
「ふっ、よくぞ聞いてくれたアキノ君。我々こそが、聖テレサの知性、暴力、そして愛嬌を司る『ユニちゃんズ』だ!」
ユニが胸を張る。
「はい! 私たち『なかよし部』をよろしくお願いしますね、アキノさん!」
チエルがニコニコと即座に訂正を入れる。
アキノは「?」と首を傾げたが、すぐに気を取り直した。
「ええ、伺っておりますわ。なかよし部の皆様ですね」
アキノは正しい名称で頷いた。
その様子を見ていたクロエが、一歩前に出る。
「……黒江ハナコです。これからはアキノ先輩って呼んでもいいっすか?」
「ええ、構いませんわ! 頼りにされるのは満更でもありませんから!」
アキノは上機嫌で承諾した。クロエとしては、単に年上で金を持っていそうな相手への処世術としての呼び方だったが、アキノには好意的に受け取られたようだ。
「今回あなたたちにやってもらう課外授業、その名も……『サバイバル・リアルエステート・ゲーム』ですわ!」
「……リアルエステート? 不動産?」
クロエが怪訝な顔をする。
「ええ! このカタコンベは、将来的に我が財団が『地下リゾートホテル』としてリノベーションする予定の物件です。あなたたちのミッションは、最深部にある『権利書(ゴール)』を回収すること!」
アキノはビシッと指を立てた。
「ただし! ルールがあります。
一つ、道中の警備ロボットは破壊して構いません。
二つ、弾薬や回復アイテムは貸し出しますが、レンタル料が発生します。
そして三つ……『物件価値』を損なう行為は厳禁ですわよ? 歴史ある柱や壁画を傷つけたら、修繕費を請求しますからね!」
「端的に換言すれば、『狭い店内で暴れるな』ということか。任せたまえ、ボクの繊細な指揮でクリアして見せよう」
ユニは自信満々に頷いた。50万クレジットは目前だ。
薄暗い通路を、三人は進んでいく。
節約のため、アキノからのアイテムレンタルは断り、手持ちの武装のみでの攻略だ。
「ユニ先輩、ここ、なんだかカビ臭いですね。しかも入り組んでて迷いそうです」
チエルが言いながら、腰のホルスターに手をかける。そこには、ピンク色のラインストーンや「ちぇるーん☆」というシールで過剰にデコレーションされたハンドガンが収まっていた。
「心配無用だチエル君。ボクを誰だと思っている?」
ユニは懐から取り出した小型の自動拳銃を、まるで指揮棒のようにくるくると回しながら(危ないので撃つ気はない)、不敵に笑った。
「ボクは以前、この地下墓地に関する古文書『地下遺跡全図』を読破し、その全てを脳内にインプットしている。端的に換言すれば、ここはボクの庭も同然なのだよ」
「へぇ、ユニ先輩にしちゃ珍しく頼りになるじゃん」
クロエが感心したように言う。
「ふっふっふ。この先の角を右に曲がれば、敵の巡回ルートを回避できる抜け道が……」
『侵入者検知。排除モード起動』
角を右に曲がった瞬間、警備ロボットの群れと鉢合わせた。
「遭遇してるじゃん!」
クロエが愛用のサブマシンガンを構える。
「おかしいな!? 古文書には『聖なる静寂の間』と記されていたはずだが!?」
「ユニ先輩の古文書、情報古すぎです! 戦闘開始ですね!」
ユニも震える手で銃を構えるが、狙いは全く定まっていない。
チエルが前に出る。
「やっぱり狙うの面倒です! こっちの方が早いですからねっ!」
チエルは強化外骨格のようなエフェクトを拳に纏わせると、目にも止まらぬ速さで踏み込んだ。
「ちぇる~ん☆ ぱぁぁぁんち!!」
ドガァァァン!!
強烈な拳の一撃を受けたロボットが、砲弾のように吹き飛ぶ。
そして――古代の美しいフレスコ画が描かれた壁に激突し、壁ごと粉砕した。
ガラガラと崩れ落ちる貴重な遺跡の一部。
「ふぅ……。先輩、壁壊れちゃいましたけど大丈夫ですかね?」
「問題ない! アナウンスもないし、敵の排除に伴う不可抗力だ! アキノ先輩も『警備ロボットは破壊していい』と言っていたしな!」
クロエが自分に言い聞かせるように言う。
「次が来るぞ!」
クロエが発砲し、的確に敵を処理していく。
破壊されたロボットが爆発し、その衝撃で天井から豪華なシャンデリア(演出用)が落下した。
ガシャァァァン!!
派手な破壊音と共に、粉々になるアンティーク・ガラス。
「あーあ、派手にやったな……ま、なんとかなるだろ」
「大丈夫だクロエ君! 警告音は鳴っていない! つまりこれは『許容範囲内』ということだ! どんどん進むぞ!」
「了解です! お掃除完了ですね☆」
警告がないことをいいことに、三人は派手に暴れ回りながら奥へと進んでいく。
その背後で、監視カメラの向こうのアキノが、満面の笑みで電卓を叩いているとも知らずに。
命からがら(そして遺跡をボロボロにしながら)、三人は中間地点のセーフティエリアにたどり着いた。
そこは、リゾート開発のモデルルームとして整備された豪華な休憩室だった。
「はぁ、はぁ……。死ぬかと思った……」
ユニがソファに倒れ込む。
持っている銃は一発も撃っていないのに、指揮棒のように振り回していたせいで腕が筋肉痛になっていた。
「あ、ユニ先輩。あそこに水ありますよ」
チエルが指差したテーブルの上には、クリスタルのボトルに入った透明な液体と、一口サイズのフルーツが置かれていた。
『ご自由にお召し上がりください(※)』というプレートがある。
「おお! 慈悲深い! さすが大富豪、アキノ君も鬼ではないようだな!」
ユニは迷わずボトルを掴み、ラッパ飲みした。
「ぷはーっ! 生き返る! なんだこの水、妙にまろやかで美味いぞ!」
「あたしももらうわ。……うん、いい水だ」
クロエも納得の表情で飲み干す。
「チエルもフルーツいただきまーす!」
三人は渇きを癒やし、ついでに空腹も満たした。
ボトルの横にあった『※』の注意書き――**『※ただし、代金は後ほど精算されます』**という小さな文字には、誰も気づかなかった。
そして最深部。
三人はついに『権利書』を手に入れた。
「やった……これでクリアだ……」
その瞬間、天井が開き、アキノ本人がワイヤーアクションで降ってきた。
「と~うっ! おめでとうございます! 見事クリアですわ!」
アキノがファンファーレと共に着地する。
「はぁ、はぁ……アキノ先輩。約束通り、報酬を……」
クロエが代表して手を差し出す。
「ええ、もちろんですわ! なかよし部の皆様の戦闘力とスピード、素晴らしかったです! ……ですが、まずは精算(チェックアウト)をさせていただきますね」
アキノが長いレシートを取り出した。
「精算? ああ、アイテムは借りてないからレンタル料はゼロだぞ?」
ユニが自信満々に言う。
「ええ。では読み上げますわね」
【収入の部】
* 課外授業クリア報酬:500,000クレジット
* (ナギサ女史への借金200,000クレジット返済により、残り300,000クレジット)
「よし、借金を返しても30万残る! 大勝利だ!」
ユニがガッツポーズをする。チエルとクロエもハイタッチを交わす。
しかし、アキノの笑顔は崩れない。むしろ深まった。
「では続いて、【支出の部】ですわ」
アキノがレシートを床に向けてパラララッと広げた。それは床につくほど長い。
* 古代フレスコ画 修復費用(B2通路):300,000クレジット
* 大理石の柱 交換費用(C3エリア):150,000クレジット
* アンティーク・シャンデリア弁償代:50,000クレジット
* ……
「ちょ、ちょっと待て! 何だその請求は!? アナウンスも警告もなかったじゃないか!」
ユニが叫ぶ。
「あら? いちいち警告していたら、皆様の素晴らしいパフォーマンス(やる気)を削いでしまうでしょう? ですから、私が責任を持って集計しておきましたわ♡」
「そ、そんな殺生な……!」
「そして極めつけは……中間地点で召し上がった『ミレニアム氷河・一万年熟成ピュアウォーター』と『トリニティ・ロイヤルフルーツ盛り合わせ』。こちらが合わせて……」
アキノがニコリと笑う。
「300,000クレジットになりますわ」
「ぶふぉっ!?」
ユニが噴き出した。
「み、水と果物が30万!? ぼったくりだ!」
「失礼な! あれは市場には出回らない最高級品ですのよ? 『ご自由に(有料で)』と書いておきましたのに、ガブガブ飲まれるから……太っ腹な投資家だと思いましたわ」
アキノは扇子で口元を隠した。
「……アキノ姐さん、エグい商売してんな」
クロエが思わず引きつった笑いで呟く。
「というわけで、残高30万から支出総額80万を引いて……差し引き、マイナス50万クレジット。我が財団への借金として計上させていただきますわね! おーっほっほっほ!」
象牙の塔に戻った三人は、以前よりも深く沈んでいた。
「……借金が、20万から50万に増えた」
ユニが灰になったように呟く。
「あの水、一杯5万くらいしたってことですか? 味わっておけばよかったです……」
チエルが遠い目をする。彼女の腰のデコ銃が、虚しくキラキラと光っている。
「……ま、アキノ先輩なら出世払いでも許してくれそうだし、気長に返すしかねぇな」
クロエが諦め気味に言う。
「端的に換言すれば、労働地獄だ……ボクの青春は借金返済で終わるのか……」
その時、ユニのスマホが鳴った。
アキノからのメッセージだ。
『なかよし部の皆様の暴れっぷりを配信した動画、再生数がうなぎ登りですわ!
「遺跡を破壊する女子高生」という絵面がバズりまして、莫大な広告収入と宣伝効果が発生しました。
よって、その貢献度として30万クレジットを査定し、借金から差し引いて差し上げます』
「おっ!?」
ユニが身を乗り出す。
『つまり、差し引き……残りの借金は20万クレジットですわ!
これに懲りずに、次回も期待していますわよ、なかよし部!』
ユニはスマホを握りしめ、天を仰いだ。
「……結局、振り出しに戻っただけではないかあああああ!!!」
「あはは……。まあ、水とフルーツがタダになったと思えば?」
「プラスマイナスゼロ……いや、疲労の分だけマイナスですね☆」
象牙の塔に、ユニの絶叫がこだまする。
借金は減ったが、彼女たちの懐事情(極貧)は何も変わっていない。
聖テレサ女学院、なかよし部。
キヴォトスの経済を回す(主に借金で)彼女たちの明日はどっちだ。