聖テレサ女学院、旧校舎「象牙の塔」。
もはや「金欠」という言葉すら生ぬるいほどの極貧状態にあるなかよし部の部室で、真行寺ユニは一枚の汚れた地図を机に広げた。
「諸君。労働は尊いが、今の我々に必要なのは即金だ。そこでだ」
ユニがバンと地図を叩く。
「今回は原点に立ち返る。すなわち……『トレジャーハント』だ!」
「トレジャーハント……響きはいいですけど、要するにゴミ拾いですか?」
チエルが優雅に紅茶(出がらしの三番煎じ)を飲みながら尋ねる。
「人聞きが悪いなチエル君! 『都市鉱山の発掘』といいたまえ! ブラックマーケットの最深部にある『廃棄区画』。そこには、裏社会の連中が持て余した品々が不法投棄されている。中には、価値の分からない愚か者が捨てたレアメタルや骨董品が眠っているという!」
「あー、つまりブラックマーケットのゴミ捨て場を漁るってことね。……ま、タダで金になるならいいけど」
クロエが気怠げに同意する。
「うむ。元手はゼロ、リスクは(衛生面以外)最小、リターンは無限大! 行くぞ、ユニちゃんズ! 我々の審美眼でゴミ山からダイヤモンドを見つけ出すのだ!」
「はい! 『なかよし部』、出発ですね!」
こうして、なかよし部は軍手とスコップを装備し、欲望のままにブラックマーケットへと向かった。
ブラックマーケットの外れにある廃棄区画。
スクラップの山が迷路のように広がるその場所は、異臭と鉄錆の匂いに満ちていた。
「くっ……臭い。賢者の鼻が曲がりそうだ」
ユニがハンカチで鼻を押さえる。
「文句言わないで探してくださいよユニ先輩。えーと、何かキラキラしたもの……」
チエルが瓦礫の山をひょいひょいと軽やかに飛び回りながら探す。
クロエも鉄パイプでガラクタを突っついていた。
「……あ? ユニ先輩、あそこにデカいのあるぞ」
クロエが指差した先。
瓦礫の山の頂上に、夕日を反射して金色に輝く物体が鎮座していた。
「む!? あのシルエットは……それにあの輝き! 間違いない、金だ! 純金(の塊)だ!」
ユニが駆け寄る。
それは、等身大ほどもある巨大な鳥の像――『黄金のペロロ像』だった。
「おおお! なんという悪趣味……いや、神々しい輝き! これほどの質量、溶かせば数百万クレジットは下らんぞ!」
ユニが歓喜の声を上げ、その黄金の表面に手を伸ばそうとした。
「触らないでください!!」
鋭い悲鳴が響き、ユニの手が止まる。
像の陰から、一人の少女が飛び出してきた。
トリニティの制服を着た、ごく平凡な少女――阿慈谷ヒフミだ。
「え?」
「その子に……ペロロ様に指一本触れないでください!」
ヒフミは涙目だが、両手を広げて立ちはだかる姿には、異常なほどの執着と気迫が宿っていた。
「やあ、奇遇だね。トリニティの生徒かい? こんな危険な場所に一人で来るとは感心しないな」
ユニが(あくまで紳士的に)声をかける。
「……はい。でも、どうしてもこの子が捨てられているという噂を聞いて……放っておけなくて……」
ヒフミが背後の像を庇う。
「なるほど、殊勝な心がけだ。だが残念ながら、その粗大ゴミの所有権は、我々『なかよし部』が主張させてもらうよ。見たまえ、この輝き。我々の借金を帳消しにする希望の光だ」
「そ、粗大ゴミですって!? 失礼なこと言わないでください! この子は『黄金の限定ペロロ様(非売品)』……こんな所に捨てておくなんてできません!」
「ほう、やはりレア物か。ならば話は早い。どきたまえ、お嬢さん」
ユニが一歩近づく。
ヒフミが一歩も引かずに睨み返す。
どうしたものか、とユニが考えあぐねたその時だった。
『ヒャッハー! なんだか面白そうなモン見つけたぜぇ!』
ド派手なエンジン音と共に、武装した大型トラックが壁を突き破って乱入してきた。
ブラックマーケットを根城にするヘルメット団(スケバン連合)だ。
「げっ、スケバン連中!?」
「おい見ろよ姉御! アレ、金じゃねぇか!? すげぇデカい金塊だ!」
ヘルメット団のリーダーが、ペロロ像を見て目の色を変えた。
「いただきだオラァ!! クレーン回せぇ!」
トラックの荷台から太いワイヤーのついたクレーンアームが伸びる。
ガシャン! と音を立ててペロロ像を掴み、ウィンチが唸りを上げた。
(クレーンを使うほどの重量……! やはり中身が詰まった純金か……!)
ユニは確信した。
「きゃあああっ!?」
ヒフミが像にしがみつくが、クレーンの力には敵わない。像ごと宙に吊り上げられてしまう。
「離しなさい! ペロロ様を離してくださいぃぃ!」
「ああっ!? ボクの金塊! ……と、ついでに一般生徒!」
ユニが叫ぶ。
トラックはそのままバックし、土煙を上げて逃走を開始した。
「あばよ女子高生ども! 金と人質はいただくぜぇ!」
「ま、待ちなさい! 返してください!」
吊り上げられたまま、ヒフミの声が遠ざかっていく。
「……チッ。ユニ先輩、どうすんだよ」
クロエが舌打ちをする。
「決まっているだろう! 追うぞ! あの金塊をみすみす奪われてたまるか!」
「あの子(ヒフミ)も助けないとですしね☆」
チエルが付け加える。
「あ、ああ、勿論だとも! 人命救助は……その……ついでだ!」
ユニは近くに廃棄されていた、ボンネットがひしゃげたボロボロの軽トラックを指差した。
「アレを使う」
「いやいやユニ先輩! アレどう見ても動きませんよ!?」
「ふっ、見たまえ。燃料計はまだ生きている。エンジンさえかかれば……!」
ユニは懐から工具セットを取り出し、軽トラのボンネットをこじ開けた。
目にも止まらぬ速さで配線を繋ぎ直し、イグニッションを直結させる。
「電気系統バイパス接続! ……目覚めよ、鉄の駿馬!」
ユニがエンジンルームをスパナでガンッ! と殴りつけた。
ドルルルルンッ!! ヴァァァァァ!!
爆音と共に、軽トラのエンジンが(不穏な音を上げて)息を吹き返した。
「す、すげぇ……。マジで動いた……」
「乗れ! いつ止まるか分からんぞ!」
なかよし部の三人はボロボロの軽トラに乗り込んだ。
「エンジン全開! ちぇるちぇる・ドリフトーッ!!」
キュルルルルルッ!!
チエルの無茶苦茶な運転で、即席修理された軽トラがロケットのように発進した。
ブラックマーケットの入り組んだ路地を、ヘルメット団のトラックと、それを追うボロ軽トラが疾走する。
前方のトラックでは、クレーンに吊るされたヒフミが叫んでいる。
「離してくださいぃぃ! ペロロ様が傷ついちゃいますぅぅ!」
「うるせぇなこのアマ! 揺らすぞ!」
ヘルメット団がトラックを蛇行させる。
「おいチエル君! もっと近づけたまえ! 射程距離まであと少しだ!」
助手席でユニが叫ぶ。
「無茶言わないでくださいユニ先輩! ……でも、やりますっ!」
チエルがアクセルをベタ踏みする。軽トラがバラバラになりそうな振動を立てて加速する。
「クロエ君、やれ!」
「あいよ。……面倒だけど、一般人ごとさらってくのは趣味悪いからな」
荷台に乗ったクロエが、サブマシンガンを構える。
風に煽られ、揺れる足場。しかしクロエの構えはブレない。
「狙うのはタイヤだ……!」
ダダダダダッ!!
クロエの放った弾丸が、見事にヘルメット団のトラックの後輪を撃ち抜いた。
バァァァン!!
「うおっ!? パンクした!?」
ヘルメット団のトラックがバランスを崩し、スピンしながらゴミ山に突っ込んで停止した。
衝撃でクレーンのフックが外れ、ヒフミとペロロ像が地面に放り出された。
「きゃっ!?」
「今だ! 制圧しろ!」
チエルが急ブレーキをかけ、軽トラを横付けする。
「オラァ! よくもやってくれたな!」
ヘルメット団たちが武器を持って降りてくる。
しかし、そこには既に戦闘態勢に入ったチエルが待ち構えていた。
「ちぇる~ん☆ お姉さんたち、交通違反ですよ?」
ドガァァァン!!
チエルの強烈な一撃が炸裂し、ヘルメット団たちはゴミ山の一部となった。
「ひぃぃ……助かりました……」
ヒフミがへたり込む。制服はボロボロだが、怪我はないようだ。
「ふん、礼には及ばんよ。ボクたちの目的はあくまで……」
ユニがヒフミの横にある『黄金のペロロ像』に駆け寄る。
「これだ! 待っていたぞ、ボクの数百万クレジット!」
ユニは今度こそ、その愛しい金塊に触れようとした。
コン、と指先が当たる。
「……?」
違和感。
金属特有の冷たさや硬さがなく、妙に温かみのある感触。
ユニは拳で強めに叩いてみた。
ポスッ。
軽い、乾いた音がした。
「…………発泡スチロール?」
ユニの声が震える。
「……え?」
ヒフミも目をぱちくりさせる。
像の底面には、マジック書きでこう記されていた。
『第24回 ペロロ様パレード用・山車(だし)の装飾パーツ』
『材質:発泡スチロール(金メッキ塗装)』
「……中身スカスカじゃないかあああ!! 100万クレジットどころか、1クレジットにもならんぞおおお!!」
ユニが絶叫し、その場に崩れ落ちた。
クレーンで吊り上げられていたのは重いからではなく、単に大きすぎて持ちにくかったからだ。
命がけのカーチェイスの結果が、巨大な発泡スチロールゴミだったのだ。
ユニが灰になって崩れ落ちる横で、ヒフミがその文字を食い入るように見つめ、そして震え出した。
「こ、これ……『第24回パレード』の実使用パーツ……!?」
「……あ?」
ユニが虚ろな目で顔を上げる。
「すごい! すごいです! ただの限定グッズじゃなくて、あの伝説のパレードで実際に使われた『本物』の備品じゃないですかぁぁぁ!!」
ヒフミの瞳が、黄金像以上に輝き出した。
「えっ、いや、ただの発泡スチロール……」
「素材なんて関係ありません! 聖なるパレードの空気を吸った、歴史の証人です! むしろ市販品より遥かに価値があります! うわぁぁん、捨てられちゃうなんて! 私が保護します! 一生大事にします!」
ヒフミは歓喜の涙を流しながら、自分より巨大な発泡スチロール像に抱きついた。
「……狂ってやがる」
クロエがドン引きする。
「ある意味、ユニ先輩より幸せな生き方ですね☆」
チエルが感心する。
「……持っていきたまえ。ボクにはもう、それはただの産業廃棄物にしか見えない」
ユニは魂が抜けたように手を振った。
ヒフミは満面の笑みで、巨大な像を軽々と背負った。
軽い素材だからこそ、非力なヒフミでも一人で持ち運べるのだ。
「あの、助けていただいて本当にありがとうございました! この子は我が家の家宝にします!」
ヒフミが改めて三人に向き直る。
そこで初めて、ヒフミは彼女たちの着ている制服に気がついた。
「……あれ? その制服……」
ヒフミが目を丸くする。
トリニティの主流であるセーラー服や修道服とは違う、ブレザーとチェック柄のスカート。
「もしかして『聖テレサ女学院』の方たちですか?」
「……ん? まあ、そうだが」
クロエが短く答える。
聖テレサ女学院。トリニティ連合を構成する学園の一つだが、現在は廃墟同然の「象牙の塔」を拠点とする、忘れられた分校だ。
「やっぱり! 噂には聞いてましたけど、本当にいらっしゃったんですね!」
ヒフミはパァッと表情を明るくした。
「同じトリニティの生徒さんに助けてもらえるなんて、運命を感じます! 私は本校2年の阿慈谷ヒフミです!」
ヒフミの警戒心が完全に解けた瞬間だった。
得体の知れないアウトローではなく、「同じ学園の(ちょっと変わった)仲間」だと認識したのだ。
「……ま、同じ学園つっても、ウチらは端っこだけどな」
「ご謙遜を! それでは、私はこれで失礼します! 本当にありがとうございました!」
ヒフミは深々と頭を下げ、巨大なペロロ像を背負ったまま、スキップしそうな足取りで去っていった。
夕暮れのブラックマーケット。
徒労感に包まれたなかよし部の三人が残された。
「……なんだあいつ。すげぇ根性だな」
クロエが呆れながらも、少し感心したように言う。
「あの状況で、自分の命よりぬいぐるみを心配してましたもんね。ある意味、大物ですよ☆」
チエルも笑う。
「……ふん。結局、我々はタダ働きか。筋肉痛になっただけだ」
ユニが肩を落とす。
「ま、人助けしたってことでいいんじゃないっすか? たまには」
「……善行で腹は膨れないのだがな。帰ろう、諸君。今日の夕飯は……校庭の雑草だ」
こうして、ブラックマーケットの秘宝争奪戦は幕を閉じた。
手に入れたのは、疲労と、「阿慈谷ヒフミ」というトリニティの一般生徒(?)との奇妙な縁だけだった。