青春物語宣言〜なかよし部〜   作:ほーさんでっさ

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第5話

聖テレサ女学院、旧校舎「象牙の塔」。

前回のブラックマーケットでの「発泡スチロール事件」により、結局一文無しのままのなかよし部。

薄暗い部室で、ユニは一冊の古びた本を開いていた。その本からは、独特のカビと古紙の匂いが漂っている。

「う~ん、ユニ先輩。その本、なんかすごい匂いしません? 湿気ってるというか……」

チエルが鼻をつまむ。

 

「失敬な。これは『知恵の香り』だよチエル君。このトリニティの片隅にある『古書館』から借りてきた、貴重な原典だ」

ユニは愛おしそうにページをめくる。

「この本の管理者である古関ウイ女史……彼女は極度の人嫌いで、太陽と騒音を何より憎む『古書館の魔女』だが、その知識量と解読技術は本物だ」

ユニは窓の外、鬱蒼とした森の方角へ視線を向ける。

 

「彼女とは『静寂と湿気を愛する』という点で、この学園において唯一、魂レベルで会話が通じる同志でね。先日も『恐怖(テラー)』の概念定義について、素晴らしい議論を交わしたばかりだ」

ユニにとって、セイアとウイ。この二人だけが、キヴォトスの深淵(神秘)について語り合える数少ない友人だった。

 

「へぇ~。ユニ先輩にも、そんな暗……ストイックなお友達がいたんですねぇ」

「ふっ、天才とは孤独なものだが、稀に共鳴する星も存在するのさ」

ユニが賢者ポーズを決めたその時、コンコンとドアがノックされた。

現れたのは、豪奢な装飾を施した招待状を持った使いの者だった。

 

「『なかよし部』の皆様へ。ティーパーティー、聖園ミカ様よりお茶会への招待状です」

「ミカ君から?」

ユニが眉をひそめる。

ナギサやセイアには「女史」をつけるユニだが、ミカに対してはその知性を(勝手に)低く見積もっており、あえて「君」付けで呼んでいた。

 

「セイア女史の幼馴染にして、パテル派のトップ……。だが、噂に聞く彼女は『力』こそが全てというタイプだ。ウイ女史のような知性があるとは思えんが……まさか、ボクの頭脳を政治的に利用しようというのか?」

「行ってみましょうよ! ロールケーキ出るかもですよ!」

能天気なチエルと、少し警戒するクロエ。ユニは「やれやれ、賢者の悩みは尽きないな」と片眼鏡をしまいつつ、本校舎へと向かった。

 

案内されたのは、本校舎にある特別温室。

そこは、花の香りと紅茶の湯気、そして甘ったるい重圧に満ちていた。

テーブルの中央には山積みのロールケーキ。その頂点に君臨するように、一人の少女が座っていた。

「やっほー☆ 待ってたよ、ユニちゃん! それに『なかよし部』のみんな!」

聖園ミカ。パテル派を統べる「魔女」であり、トリニティ最強の戦力の一角。

 

「招きに感謝するよ、ミカ君」

ユニが優雅に一礼する。

「単刀直入に聞こう。ボクたちを呼んだのは何故だい? 我々の活動領域と、キミの華やかなお茶会には接点がないはずだが」

 

「あはは、それがね! 昨日、ナギサちゃんがすごく怒ってたの」

ミカは楽しそうにロールケーキをフォークで突っつく。

「『またあの異端児たちが、ブラックマーケットで騒ぎを起こしました……トラックを爆走させて、治安を乱すなんて……胃が痛い』って」

ミカはナギサの声真似をしてクスクス笑う。

 

「ナギサちゃんがそこまで気にするなんて、どんな面白い子たちなんだろうって気になっちゃって! 特に……ゴミ山で軽トラ乗り回した子!」

ミカの視線が、ユニの後ろで欠伸を噛み殺していたチエルに向く。

「……なるほど。ナギサ女史の情報網か」

ユニは納得しつつ、少し姿勢を正した。

 

「だが、勘違いしないでくれたまえミカ君。あの作戦を立案したのは、このボクだ。セイア女史の友人であるボクの叡智に興味があるなら、相応の議論に応じよう」

ユニは自信たっぷりに胸を張る。セイアやウイと対等に渡り合う自分ならば、ミカに対しても知的なマウントを取れるだろうと踏んでいた。

 

しかし、ミカはポカンとして、次にクスクスと笑い出した。

「あはは! なにそれ、セイアちゃんみたい!」

「……ほう。やはりそう感じるかい? 彼女とはよく『世界の理』について語り合う仲でね」

ユニは満更でもなさそうに頷く。

「うんうん、そっくり! ……でもごめんね。セイアちゃん一人でも毎日お説教されて頭痛いのに、もう一人増えたら私、爆発しちゃうかも☆」

「……えっ?」

 

ミカの笑顔は変わらない。だが、その瞳の奥には冷ややかな拒絶があった。

「私ね、難しい話って嫌いなんだ。頭使うと甘いもの食べたくなるし、太っちゃうでしょ? だから、小難しい話をする子は、もう間に合ってるの」

ミカは悪びれもなくニコリと言い放った。

ユニの言葉に詰まる。

 

(……拒絶された!? ウイ女史となら朝まで語り合えるこの叡智が、ここではただの騒音扱いか……!)

「私が用があるのは……そっちの子! チエルちゃん!」

 

「ちぇる~ん☆ ご指名ありがとうございます! 私のドライビングテクニック、ナギサ様の胃袋にも響いちゃいましたか?」

チエルが嬉しそうに前に出る。

「うんうん! すごいよね! 私、セイアちゃんやナギサちゃんみたいな『頭のいい子』には囲まれてるけど、君みたいに『本能全開の子』って初めて見たの!」

ミカが目を輝かせてチエルの手を握る。

ミチミチッ……と、骨が軋む音が響く。

 

「い、痛いですミカさん! 愛が重いです!」

「あ、ごめんごめん☆ ついつい力が入っちゃって。ねえチエルちゃん、私に教えてよ。その……『ちぇるーん』ってやつ!」

「おっ! 興味ありますか? これは世界をハッピーにする魔法の言葉、私ことチエルの生き様(イズム)です! 理屈じゃありません、ハートで感じるんです!」

「うん! ハートだね!」

「腰を入れて、指先まで可愛さを充填して……放つ! ちぇるーん☆」

チエルが見事なポーズを決める。

 

「わかった! やってみるね! ……可愛さを込めて……ちぇるーん☆!!」

ミカが見よう見まねでポーズを取り、腕を振り抜く。

その瞬間。

ドォォォォォン!!!!

空気が爆ぜたような轟音が響き、衝撃波が巻き起こった。

温室の防弾ガラスが一斉にひび割れ、大理石のテーブルが粉々に砕け散る。

 

「…………は?」

クロエが口を開けて固まる。

「わぁ~! すごい破壊力ですミカちん! これがパテル派のバイブスですか!」

「あはは! なんかスッキリした~! これいいね! 今度セイアちゃんがお説教してきたら、これで返事してみようかな!」

無邪気に笑うミカ。

ユニは額に手を当てた。

(……訂正しよう。あれは猛獣などではない。『災害』だ。彼女に知性を求めたボクが間違っていた)

 

その時、温室の入り口から、冷ややかな声が響いた。

「……ミカさん? 何をしているのですか?」

現れたのは、ティーパーティーの一角にしてフィリウス派を率いる、桐藤ナギサだった。

「あ、ナギちゃん! 見て見て、新しいお友達と、新しいご挨拶! いせーのーで、『ちぇる~ん☆』」

ミカが軽く壁を叩くと、壁に巨大な亀裂が走った。

「…………。あなた方……ミカさんに何を教え込みましたか?」

ナギサの怒りの矛先が向く。

ユニは即座に計算した。勝てない。そして、弁償させられる。

 

「撤収だ諸君! 戦略的転進!」

「えー、まだケーキ残ってますよ~?」

「いいから走れチエル! 殺されるぞ!」

なかよし部は嵐のように逃走した。

「あ~あ、行っちゃった。……また遊ぼうね、チエルちゃん!」

ミカは逃げ去る背中に向かって、楽しそうに手を振った。

 

なかよし部が去り、ナギサが破壊された温室の惨状を見て頭を抱えている横で。

ミカは一人、紅茶を啜りながら、先ほどまでの無邪気な笑顔とは少し違う、昏く、熱っぽい瞳で空を見つめていた。

「……面白いなあ、あの子」

ミカの脳裏に焼き付いているのは、小難しいユニでも、常識人のクロエでもなく、あのチエルだけだった。

「私と同じ『力』を持ってるのに、全然悩んでないし、隠してもいない。……自由で、楽しそう」

ミカは指先でテーブルの上の亀裂をなぞる。

そして、独り言のように呟いた。

 

「ねえ、ナギちゃん。あの子……チエルちゃんのことなんだけどさ」

「……あの異端児の一人がどうかしましたか?」

ナギサが心底嫌そうに振り返る。

「あの子、まだ一年生だよね?」

「ええ、確かそうですが……」

「そっかぁ、一年生かぁ……。まだトリニティの『派閥』とか『政治』とか、なーんにも染まってない、真っ白な時期だよね」

ミカはふふっと笑い、その瞳に妖しい光を宿した。

 

「ユニちゃんみたいに『頭でっかち』な子は、理屈こねて動かないし。クロエちゃんみたいな子は、斜に構えてて可愛くないし」

ミカは、先ほどチエルが座っていた空席を見つめる。

「ならさ……あの子、パテル派(うち)に貰っちゃダメかな?」

「……はい?」

ナギサの手が止まる。

 

「だってさ、あんなに強くて、何も考えてなくて、私と気が合う一年生だよ? これから私が『色々』教えてあげれば……最高の『お友達(手駒)』になると思わない?」

セイアは口うるさい。ナギサは疑り深い。

ミカが求めていたのは、自分の圧倒的な力についてこれて、かつ自分の言うことを無邪気に聞いてくれる存在。

それが、あの「チエル」という原石だった。

 

「……ミカさん。悪いことは言いません。あの集団に関わるのはやめなさい。特にあの子は『混ぜるな危険』です」

ナギサが警告するが、ミカは聞いていない。

「ん~、どうやって誘おうかな~。ロールケーキ攻めかな~、それとも『ちぇるーん』のお勉強会かな~☆」

ミカは楽しそうに足をぶらつかせた。

その無邪気さは、残酷さと表裏一体。

トリニティの魔女が、お気に入りの新しいオモチャを見つけた子供のような顔で、新たな計画を練り始めていた。

 

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