青春物語宣言〜なかよし部〜   作:ほーさんでっさ

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どうしても書きたかったから息抜き


閑話:狂気の18歳児

この日、なかよし部の空気は澱んでいた。原因は、部室の机に鎮座するAIストーン「ロゼッタ」による、過酷な管理生活である。

『ポーン。マスター・ユニ。昨日の摂取カロリーが基準値を下回っています。光合成を推奨します』

「……ボクは植物ではない」

 

ユニは虚ろな目で天井を見上げた。

借金返済のためのレポート執筆、節約生活、そしてロゼッタの無機質な小言。

18歳の賢者の脳は、かつてないほどに疲弊し、潤いを求めていた。

「ユニ先輩、生きてます? 顔色が土偶みたいになってますよ」

「……チエル君。ボクには今、圧倒的な『庇護』が必要だ」

「ひご?」

「無条件の肯定。温かな食事。そして……ふかふかの膝枕だ」

「あー、はいはい。末期ね」

 

クロエが興味なさそうに雑誌をめくる。

「だったら山海経に行かない? 今日は向こうで食のフェスティバルがあるらしいし。試食コーナー荒らせば、とりあえず食費は浮くでしょ」

「山海経……桃源郷か。悪くない」

ユニはふらりと立ち上がった。

「行こう。今のボクには、補給が必要だ」

 

山海経高級中学校の商店街は、極彩色のランタンと食欲をそそる香りに包まれていた。

観光客と生徒でごった返すメインストリート。

「わー! ユニ先輩見てください、パンダの形した肉まん売ってますよ!」

「くだらん。味は変わらないだろう……むぐっ」

ユニは人波に揉まれた。

142cmという、高校生にしてはあまりに慎ましやかな身長のユニにとって、この人混みは樹海に等しい。

 

「痛っ、押すな! ……ええい、クロエ君、チエル君、どこへ行った!」

気づけば、二人の姿はどこにもなかった。

スマホを取り出すが、画面は真っ暗だ。電気代未納による充電切れである。

「……ふぅ。賢者が迷子とは、笑えない喜劇だな」

ユニは溜息をつき、喧騒を避けるように路地裏のベンチへと腰掛けた。

空腹と疲労で、視界が滲む。

このままここで、干からびた哲学書のように朽ち果てるのだろうか。

 

「あれー? ちいさいこがいるー!」

不意に、頭上から声が降ってきた。

顔を上げると、パンダのポシェットを下げた幼い子供たちが、興味津々な目でユニを取り囲んでいた。

山海経の教育機関「梅花園」の園児たちだ。

「どうしたのー? ひとりー?」

「まいごかな? なかないで、よしよし!」

一人の園児が、小さな手でユニの頭を撫でた。

「……誰が小さい子だ。ボクは18歳の……」

ユニが眉をひそめ、訂正しようとしたその時。

 

「あらあら、どうしました~?」

ふわりと、甘いお菓子の匂いが漂ってきた。

園児たちの背後から現れたのは、慈愛の化身のような女性――梅花園の教官、春原シュンだった。

「先生、まいご! ちいさいこがいたよ!」

「まあ大変! ……おや?」

シュンがユニを見る。

 

トリニティの制服を着ている。どう見ても高校生だ。

だが、シュンは一瞬きょとんとした後、すぐにふんわりと微笑んだ。

「あらあら、可愛い迷子さんですね~。お腹も空いてるのかな?」

その笑顔には、全てを包み込む「母なる海」のような包容力があった。

ユニの脳内で、スーパーコンピュータ並みの高速演算が走る。

 

《選択肢A:高校生だと名乗り出る》

結果:園児たちの純粋な善意を否定し、気を使わせ、何も貰えずに終わる。

《選択肢B:迷子のフリをする》

結果:シュンに保護される。おやつ確定。膝枕確定。絶対的安らぎ。

 

ユニは居住まいを正した。

(……否定すれば、この幼き者たちの夢を壊すことになる。それは教育者(仮)としてよろしくない)

ユニはマントを翻し、心の中で高らかに宣言した。

(仕方あるまい。純粋な子供たちのためだ、ボクは恥を忍んで道化を演じよう……!)

 

次の瞬間。

ユニの瞳から理性の光が消え、潤んだ瞳がシュンを見上げた。

「……うん。ユニちゃん、はぐれちゃったの……グスン」

「まあ! それは可哀想に。先生が保護してあげますからね~、おいで~♡」

ユニは小さな手をシュンに差し出した。

その手は、しっかりと握られた。

 

梅花園が設置した休憩テント。

そこは、ユニにとっての約束された楽園だった。

「はい、ユニちゃん。特製クッキーですよ~」

「わぁーい! ありがとうおねえちゃん!」

ユニは子供用の椅子に座り、両手でクッキーを受け取る。

園児たちに「8歳くらいのお姉ちゃん」として受け入れられたユニは、その設定を完璧に演じ切っていた。いや、むしろ楽しんでいた。

「ユニちゃん、いっしょにあそぼー!」

「うん、いいよー。積み木で『バベルの塔』建設ごっこだ!」

「すごーい! ユニちゃんあたまいいー!」

 

ユニは積み木を複雑な力学構造で積み上げながら、園児たちの尊敬の眼差しを浴びる。

承認欲求が満たされていく。脳のシワが伸びていくようだ。

「あらあら、ユニちゃんはお口が汚れちゃいましたね」

「んー? ……とってー」

ユニが顔を突き出すと、シュンがハンカチで優しく口元を拭ってくれる。

「甘えん坊さんですね~、よしよし♡」

「えへへ~、もっとナデナデして~!」

 

ユニはシュンの腰に抱きつき、頭をグリグリと押し付けた。

トリニティで見せる「偏屈な賢者」の姿はどこにもない。

ここにいるのは、母性を貪る貪欲なモンスター、「ユニちゃん(8歳)」だけだった。

 

「……ねえ。あそこで園児に崇められてるの、ウチの部長じゃない?」

屋台の焼きそばを片手に、クロエが気怠げに呟いた。

隣でチエルがスマホを構える。

「マジですね。しかもあの先生みたいな人に『あーん』してもらってますよ!?」

二人がテントに近づくと、異様な光景が広がっていた。

園児服(貸出品)を羽織り、シュンの膝の上で絵本を読んでもらっているユニ。

その表情は、仏のように穏やかだった。

 

「……ちょっと、ユニ。何してんの」

クロエが低いトーンで呼びかける。

ユニは一瞬ピクリと反応したが、すぐに虚空を見つめ、あどけない声を出した。

「……だれ、このおねえちゃんたち? ユニちゃんしらなーい」

「……はぁ?」

クロエの目が点になる。怒るというより、理解不能な生物を見る目だ。

「……アンタ、頭大丈夫? 帰るよ」

 

クロエが腕を掴もうとするが、ユニは嫌がってシュンの背中に隠れた。

シュンはクロエたちを見て、優しく微笑んだ。

「あら、この子のお友達ですか?」

「あー……まあ、一応」

「ふふ、ごめんなさいね。今はこの子、素敵な『夢の中』にいるみたいですから」

シュンは口元に指を当てて、「シーッ」とウインクした。

 

クロエは呆気に取られた。

(……この先生も大概だな)

クロエが懐から取り出したAIストーン・ロゼッタが、静かに発言した。

『ポーン。解析結果。マスター・ユニは現在、精神年齢を意図的に低下させ、脳内麻薬(ドーパミン)を過剰分泌中です。幸福度は計測不能。……放っておきましょう。起こすと厄介です』

「……うわ、引くわー」

クロエは深いため息をついた。

 

「ま、いっか。面白いからこのまま動画撮りましょうよ! タイトルは『狂気の18歳児』で!」

「……勝手にして。アタシは他人のフリしとくから」

結局、ユニが満足して「お昼寝タイム」に入るまで、二人は生温かい目で見守ることになった。

シュンの膝枕で眠るユニの寝顔は、かつてないほど幸せそうだった。

 

夕暮れ時。

梅花園のテントを出たなかよし部。

たっぷりと甘やかされ、肌ツヤが良くなったユニは、制服の埃を払いながら髪を整えた。

「……ふぅ。山海経のホスピタリティは評価に値するな」

「……で? 何であんなことになってたわけ」

クロエの冷ややかな視線に、ユニはハードボイルドな口調で答える。

「不可抗力だ。子供たちに『同年代』だと勘違いされてね。否定するのは彼らの純粋な心を傷つける……そう判断したボクは、涙を呑んで話を合わせたのだ」

「ノリノリでおんぶ強請ってたけど」

「あれは演技だ。子供たちに『甘えの流儀』を背中で語るための、アカデミー賞もののメソッド演技だよ」

 

ユニは全く悪びれる様子もなく、胸を張った。

「またいつでも『登園』してくださいね、ユニちゃん♡」

見送りに来たシュンが手を振る。

ユニはビシッと敬礼で返した。

「ああ、約束しようシュン教官。……君の包容力は、キヴォトスの宝だ」

「……口元にクッキーのカス、ついてるけど」

「……ッ!? (慌てて拭く)」

『ポーン。マスター、次回は「バブみ」ではなく「オギャり」に挑戦するとログに残っています』

 

こうして、ユニは「子供たちのため」という最強の免罪符を使い、心ゆくまで幼児プレイを満喫したのだった。

 

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