ホビアニ世界の小物悪役キャラに転生したので、主役達の踏み台になったら全員病んだ。   作:私の性癖を開示します。

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ボーイッシュなオレっ娘をぐちゃぐちゃにする

 

 オレは、最強だった。

 運動も勉強も、何もかも。

 他者より優れていて、誰にも負けない。

 そうやって、誰かに勝利する瞬間が、何よりも大好きだった。

 

 世界で最も人気なゲーム『グランファイト』。

 人型ロボットのプラスチックモデルを、自由自在に操作して戦わせる。

 相手のプラモを破壊した方が勝利するといったシンプルなルールでありながら、プラモの出来次第で基礎スペックが上がる奥深さもあって。

 老若男女問わず楽しめるグランファイトの影響力は凄まじく、競技人口は数億人にも及ぶらしい。

 

 当然ながら、オレも物心ついてすぐ、グランファイトにのめり込んだ。

 同い年の子供が無邪気にバトルする横で、プラモデルを弄り倒す。

 学校の授業中も、グランファイトの戦略を学ぶ。

 しっかりと準備を整えて、実践を始めると……オレはあっという間に強くなった。

 グランファイトを教えてくれた両親にはすぐ勝てるようになって、初参加の大会でも優勝して。

 自分にはグランファイトの才能があると。

 誰よりも強くなれると、確信した。

 

 流石にプロの選手には勝てないが、プラモデルのスペックを同等にすれば問題ない。

 操縦技術には差がないため、努力し続ければ頂点に立てると信じて疑わなかったのに。

 

「ギョーロ、ギョロギョロギョロ!」

 

 オレは今、追い詰められていた。

 相手はグランファイトのプロでも何でもない。

 同年代の少年。

 めちゃくちゃ背が高いし、雰囲気が怖いから、子供には見えないけど。

 記憶が正しければ、中学二年生。

 それも、悪名高い有名人であり、名前は確か……葛原ギョロロ。

 弱そうな相手を見つけた途端にグランファイトを仕掛け、相手を弄ぶように戦って勝利した後に、口汚く罵って心をへし折る。

 最低最悪な奴に、負けてしまう直前なのだ。

 

「……っ!」

 

 一心不乱にブレードを振るう。

 けど、相手の機体には掠りもしない。

 ひらりひらりと躱されるばかり。

 相手は反撃すらせず、ダンスを踊るかのように、回避行動に専念しているのだ。

 

「トロい、あまりにもトロすぎる。こんなに相手がノロマだと眠くなっちゃうギョロ〜」

 

 オレが戦っている相手。

 ギョロギョロした目が不気味なギョロロは、大袈裟な仕草で欠伸をする。

 まるで、こちらを嘲るように。

 

『タイムリミットまで、残り1分』

 

 無機質な音声が、終わりが近い事を知らせる。

 こちらの機体のダメージも、ギョロロの機体のダメージもゼロ。

 このままでは、引き分けになってしまう。

 だが、ただの引き分けではない。

 最初から最後まで、対戦相手の手のひらの上で転がされた結果の引き分け。

 馬鹿にされ、弄ばれ、嘲笑われる。

 一介のグランファイトプレイヤーにとって、屈辱極まりない結末。

 そんな末路を迎えるなんて、死んでも嫌だ!

 

「うああっ!!」

 

 この一撃で、勝負を終わらせる。

 そう決めたオレは、相打ち覚悟で特攻を仕掛けた。

 エネルギー出力全開。

 愛機には悪いが、負担は考慮せずにフルパワーでブレードを振る。

 絶対に、ギョロロの鼻を明かす。

 何が何でも、勝利してみせる……!

 

「……はぁ」

 

 そんなオレの姿を見た、ギョロロはため息をつく。

 期待外れ、とでも言いたげに。

 肩を落として、へらへら笑うのをやめたのだ。

 

「ダメギョロ、キミは。本当に、何もかもダメダメ。そんなんじゃ、ボクには勝てないギョロ」

 

 こちらの動きを読んでいたかのように、ギョロロは自分の機体を僅かに横にズラす。

 次いで、後先考えずに突進を仕掛けたオレの機体に……そっと足を引っ掛けた。

 極めて自然な動作で、反応できない。

 案の定、こちらの機体は転んでしまう。

 エネルギー全開だったのも相まって、勢いそのままにゴロゴロと地面を転がっていく。

 

「悪くない景色ギョロ。負け犬が這いつくばってる姿を見るのは、いつ見ても飽きないギョロ〜」

 

「こ、このっ! 離せ、離せよっ!」

 

「ダメギョロ、ダメギョロ〜。大人しくしないと、ぶっ壊しちゃうかもしれないギョロ〜?」

 

 倒れ伏すオレの機体の上に、ギョロロの機体が覆い被さる。

 それこそ、馬乗りの状態になって、瞬く間に手足が封じ込まれてしまった。

 抜け出そうにも、エネルギーを使い果たしてしまったため、どうにも出来ない。

 抵抗しようにも、ギョロロの拘束が完璧すぎて、微塵も動かせない。

 まさしく、詰み。

 オレにできる事は、何も無かった。

 

「キミの機体のカッコいいお顔に、つーん、つんつん、っと。これで、おしまいギョロ〜」

 

 ギョロロの機体の鉤爪によって、オレの機体の顔面に僅かな引っ掻き傷がつけられる。

 ダメージとしては、些細なもの。

 損傷は極めて軽微で、すぐにでも直せる傷。

 でも、それで十分だった。

 

『試合終了。勝者、葛岡ギョロロ』

 

 アナウンスが無情にも勝者を告げる。

 機体こそ破壊されてないものの、ギョロロは無傷で、オレは軽微な損傷。

 所謂、判定負けという奴であり……オレは、負けてしまったのだ。

 生まれて初めて。

 最後までオレを舐めていた奴に。

 それも、グランファイトの勝者が、敗者に何でも命令できてしまう、地下闘技場という場所で。

 

「ぐへへへ。賭けは俺の勝ちだなぁ。負けにかけた奴は馬鹿だぜぇ。ルーキー狩りのギョロロが、新入りに負けるわけねーのによ」

 

「チッ、うっせぇな。……まぁいい。生意気そうなガキが無様な姿を晒せば、憂さ晴らしにならぁ」

 

 観客が、好奇の視線をこちらに向ける。

 オレがどのような醜態を晒すか、心待ちにしているのだ。

 情けないが、恐怖で体が震える。

 ここでは、何でもあり。

 金を要求されれば渡さなければいけないし、愛機を要求されれば渡さなきゃいけない。

 そして、それは自分自身だって例外じゃない。

 下僕になれと言われたら、嫌でも下僕にならなくちゃいけないのだ。

 

「ギョーロ、ギョロギョロロ」

 

 ギョロロは気持ち悪い笑い声を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。

 その上、無駄に長い舌をチロリと出して、舌舐めずりをしていた。

 まるで、獲物を前にした肉食獣のように。

 そんな奴の姿を見ていると、ゾクリとした。

 

「や、やめろ……」

 

 思わず、オレは後ずさる。

 心の中は後悔でいっぱいだった。

 地下闘技場なんか、来なきゃよかった。

 子供はもちろん、大人相手にも負けないからって、調子に乗っていた。

 オレは、誰よりも強い。

 だから、悪の組織が相手でも負けないと。

 その思い上がりにつけ込まれた結果、無様な姿を晒している。

 本当に大馬鹿者だ。

 言うなれば、井の中の蛙。

 世間知らずのガキだった。

 でも、今更後悔したって遅い。

 負けてしまった以上、ギョロロの望みを受け入れるしか無いのだから。

 

「財布、出すギョロ」

 

「……は、はい」

 

 言われるがままに財布をポケットから取り出したオレは、ギョロロに手渡す。

 すると、彼は財布の中から、一枚のカードを取り出した。

 黒塗りで、特徴的なロゴが描かれたカード。

 あれは……地下闘技場の会員証に違いない。

 そう思ったのも、束の間。

 

「ギョロギョロギョロ。キミみたいなお子様は、表でお遊戯遊びするのが丁度良いギョロ!」

 

 ギョロロは、地下闘技場の会員証を引き裂いた。

 かなり硬い素材のカードを素手で、ズタズタに。

 驚きを隠せないオレは、何も言えずに立ち尽くす。

 微かに、脳裏に閃光が走ったような気がした。

 

「はい、これで命令は終了。ガキはガキらしく、家に帰ってママに甘えるギョロ〜」

 

 こちらには目も呉れず。

 頭の後ろで手を組んだギョロロは、すたすたと闘技場の控え室へと向かっていく。

 最後まで、オレは何も言えなかった。

 ぼーっと、ギョロロの後ろ姿を眺めていたのだ。

 ……もしかして、助けてくれたのか?

 なんて事を考えながら。

 

「相変わらず、つまんねーな。ギョロロの野郎は」

 

「クソッ、面白くねぇ。賭けた金、全額返せや。クソガキども……」

 

 こちらに興味を無くした観客も、席から離れて散り散りになっていく。

 そして、オレはぽつんと取り残された。

 ここから動こうにも動けない。

 頭の中はギョロロの事で、一杯だったから。

 今思うと、最初から攻撃せずに避け続けていたのも、最後に機体の顔面を引っ掻くだけで済ませたのも、全部こちらを気遣っての行為。

 オレの愛機を壊さないために行っていた、配慮だったのかもしれない。

 

 もしも、そうならば。

 聞いていた話と、全然違う。

 ギョロロは最低最悪のクソ野郎でもなんでもない、ただのいい人なのではないか。

 そんな考えが、脳裏に浮かぶ。

 

「アイツは、何者なんだ……?」

 

 一見すると、悪者に見える外見と言動。

 けれど、悪者とは相反する行動。

 何よりも、圧倒的なグランファイトの実力。

 本来なら、表舞台で活躍できるギョロロが、なんで地下闘技場のような場所にいるのだろうか。

 一度考え始めると、気になって気になって仕方がなかった。

 

「会いにいかなきゃ、アイツに。そして、真実を確かめて……お礼を言わなくちゃ」

 

 決意を固めたオレは、愛機を掴んで立ち上がる。

 すぐにでも、後を追う。

 闘技場で見つからなかったら、そこらじゅうを手当たり次第に探す。

 ギョロロに関する手がかりなんてない。

 それでも、関係ない。

 絶対に見つけて、ありがとうって言ってやる。

 そう心に誓い、勢い良く走り出した。

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 

 ボクの名前は、葛岡ギョロロ。

 中学二年生で、年齢は14歳。

 グランファイトというゲームが盛んな世界で生きる……俗に言う、憑依転生者である。

 

 どうやって、前世のボクは死んだのか。

 どのような経緯を経て、異世界で生きていく運びになったのか。

 何一つ覚えている事はない。

 ただ、前世のボクは、そこら辺にいるような男子中学生だったという事だけは覚えていた。

 特別な才能も無ければ、卓越した頭脳もなければ、優れた身体能力もない。

 至極平凡な男子中学生。

 

 でも、ボクの憑依先……葛岡ギョロロという名の少年は、平凡とはかけ離れた人間だった。

 子供ながらに2Mに届く背丈、骨と皮しかないガリガリの体、異常なくらいに長い手足、人間とは思えないほど青白い肌、蛇のような長い舌、常にガンギマリなギョロ目、底冷えするような不気味な声色、などなど。

 普通の子供と違う身体的特徴を挙げれば、枚挙に暇がない。

 だが、この程度はまだ序の口。

 

 葛岡ギョロロの最も異質な点は、死ぬほど口が悪いことであった。

 口が悪い事を自覚しているなら、直すよう努力すればいい、と思うだろう。

 実際、ボクもそう思って、自らの口の悪さを矯正しようと頑張った。

 しかし、どうにもならなかった。

 ボクの口の悪さは魂に刻まれているものであり、個人の努力では直せないものだったのだ。

 こうやって、つらつらと書き連ねても意味がわからないだろうから、具体例を出す。

 例えば「おはよう」と、言おうとすると。

 

「クソみたいな気分ギョロ! 朝から、キミの醜いツラを拝むだなんて!」

 

 ボクの意思とは関係なく、このような暴言が口から出てしまう。

 他にも「大丈夫ですか」と、言おうとすると。

 

「今のキミ、みっともない姿でめちゃくちゃ笑えるギョロ!」

 

 という侮蔑の言葉が出力される。

 我ながら、本当にどうしようもない。

 そもそも、何なのだ。

 ギョロ、という奇妙な語尾は。

 ギョロ目の人間がギョロという語尾で喋るだなんて、いくら何でもキャラ付けが安直すぎる。

 だが、ボクにとっては深刻な問題だった。

 

 当然ながら、周囲の人々も、同世代の子供も……血の繋がった親族でさえも。

 こちらの存在を気味悪がり、できる限り話さないように距離を取る。

 察するに、ボクが憑依する以前の葛岡ギョロロは碌でもないクズだったようで、あらゆる方面の人間から避けられていた。

 大人子供問わず、ボクの姿を見た瞬間に、悲鳴をあげて逃げていく。

 ……どうすれば、ここまで恐れられる事ができるのか、想像したくないくらい嫌われていたのだ。

 

 そんな訳で、ボクは孤独に生きる事になった。

 他人を不快にさせるのは本意ではないから、人と積極的に関わる事はしない。

 必要以上に外に出ず、家に篭って勉強したり、本を読んだりして時間を潰す。

 大流行しているゲーム『グランファイト』に興味はあったものの、やろうとは思わなかった。

 憑依する以前の葛岡ギョロロは、グランファイトプレイヤーとして有名だったようだが、悪い意味で知名度が高く、自分から対戦しようとする物好きは皆無。

 例の如く、他人を傷つけたくは無かったため、グランファイトはしないと心に決めたのだ。

 けれど、この世界で生きていく内に、ボクはとある事実に気がついてしまう。

 

『地球に存在する全ての国家の軍事兵器廃棄が義務付けられ、グランファイトによる代理戦争が主流となってから10年……』

 

『グランファイト元日本代表の経歴を持つ蔵原至総裁を第124代総理大臣に選出し、蔵原内閣は今夜…….』

 

 この世界は、グランファイトを何よりも重んじていた。

 人型ロボットのプラモデルを戦わせるゲーム。

 たかがゲームによって、国同士の戦争の勝敗を決めたり、国を率いる指導者を決めたりする。

 言わずもがな、明らかに奇怪極まりない。

 先述したのはかなり大規模な例だが、身近な範囲でも変わらず。

 学校の受験も、就職活動も、出世争いでさえも、グランファイトが必要不可欠。

 グランファイトが好きだろうが嫌いだろうが、この世界で生きていくには、ある程度の実力を身につけることが義務付けられている。

 

 まぁ、要するに。

 ボクが転生した世界は、グランファイトを何よりも重んずるホビーアニメの世界だったのだ。

 けれども、生憎、ボクは原作を知らない。

 誰が主人公で誰がヒロインなのか、どのようなストーリーなのかも不明だった。

 けど、それでも。

 今世のボク、もとい葛原ギョロロが、悪役キャラなのだけは分かってしまう。

 恐らく、面妖な外見も、過剰な口の悪さも、子供達に印象付けるためのキャラ付けなのだろう。

 典型的な憎まれ役であり、キャラ付けの適当さから察するに、1話で使い捨てられる小物の悪役。

 製作陣からしたら、使い勝手が良いのかもしれないが、葛原ギョロロとして生きなければならないボクとしては、いい迷惑にも程がある。

 

 だが、悲観していても、何も始まらない。

 葛原ギョロロを受け入れた上で、ボクはボクなりに、この世界で生きなければならない。

 そう決めたボクは、とある決意をした。

 

『勝者、葛岡ギョロロ』

 

「クソォ! 何故だ……何故、俺はお前に勝てないっ!」

 

「うるさいギョロねぇ。そんなんいいから、さっさと財布を寄越すギョロ」

 

「ちょ、まっ、待ってくれ。頼む、それだけはやめてくれっ! 金ならいくらでも渡すから!」

 

「いや、普通にダメギョロ。地下闘技場の会員証をビリビリビリっと破くギョロ!」

 

「ちくしょおおおおおお!!!!」

 

 今日も今日とて、ボクは地下闘技場でグランファイトに明け暮れていた。

 勝負を挑んできたチンピラと戦って、特に苦戦する事なく勝利したのだ。

 そして、手慣れた手つきでカードを破り捨てたボクは、項垂れるモヒカン頭に財布を手渡して。

 そそくさと、壇上を後にする。

 

「ギョロロ様、お疲れ様です。ファイトマネーはどうされますか?」

 

「いらねーギョロ」

 

 金の出所が碌でもない事は、分かりきっている。

 こんなところを運営している組織から、ファイトマネーを貰う気にはならない。

 ホビーアニメにはよくある、玩具を悪用して自らの欲望を満たす連中。

 俗に言う、悪の組織はこの世界にも存在する。

 グランファイトの勝敗は絶対だという不文律を悪用して、他者の金品を奪ったり、プラモデルを用いて犯罪を行う奴らの集まりが存在しているのだ。

 そして、地下闘技場を運営している奴らも、ガッツリ悪の組織であった。

 

「相変わらず、悪趣味な内装ギョロ……」

 

 地下闘技場をぐるっと見渡す。

 クリーム色の床と赤いカーペット、有名画家の絵画、目障りなくらい輝くシャンデリア。

 これらを揃えるために、どれだけの人々が犠牲となったのか。

 想像してしまうと、怒りが込み上げてくる。

 本当なら、今すぐにでも破壊してやりたい。

 だが、どう足掻いても無理だった。

 地下闘技場を管理している悪の組織が持つ力は圧倒的。

 警察すら懐柔しており、法や秩序で裁くことはできない。

 無力な子供に過ぎないボクが、真っ向から対立しても潰されるだけ。

 不本意ながら、この場所のルールに則って、コツコツとランキングを上げる他に選択肢はない。

 

 因みに、ボクのランキングは、3位。

 あと少しで、地下闘技場を運営するオーナー。

 ランキング1位の人間と、戦える。

 もしも、オーナーに勝つことができれば、勝利者が敗者に何でも命令できる権利を獲得できるが……。

 残念ながら、ボクには、グランファイトの才能がそこまで無い。

 正確に言うと、そこそこ強くはあるのだけれど、最上位クラスには逆立ちしても敵わない。

 葛原ギョロロという人間は、大した才能を持たない小物の悪役。

 なので、ボクの力で悪の組織を潰すのは不可能なのだ。

 それでも、出来ることはあるけれど。

 

「お〜い、ギョロロー!!」

 

 不意に、背中をバシンと叩かれる。

 反射的に後ろを振り向くと、そこには笑みを浮かべる少年の姿があった。

 涼しげなキャップ、ダボダボしたパーカー、丈の短い半ズボン。

 一際整っている中性的な顔立ちに、長い黒髪をひとつ結びにしている彼の名前は、九重アキラ。

 地下闘技場で戦ってから、ずっと。

 人として歪んでいる、ボクなんかと積極的に関わってくれる優しい少年だった。

 そして、彼こそがボクの希望。

 悪の組織を潰せる可能性を秘める……この世界の主役なのである。

 

「へへっ、偶然だなっ!」

 

「金輪際、ボクに話しかけんな。そう言ったのを忘れたギョロ?」

 

「ああ。忘れちまった! オレ、人より忘れっぽいからな!」

 

 ボクの暴言を意に介していない。

 そう言いたげに、アキラくんは笑う。

 そんな彼の姿を見る度に、ズキズキと心が痛む。

 なんというか、とにかく辛い。

 至極平凡な男子中学生が、ホビアニ世界の小物悪役キャラとして生きるのはキツすぎる。

 特に、アキラくんのような善人に、心無い言葉を投げかける時が一番辛いのだ。

 もっと柔らかい言葉を投げかけたいし、今までの暴言を謝罪したい。

 けど……。

 

「酷い目に遭いたくなけりゃ、近寄んなギョロ。お前、マジでウザいギョロ」

 

「ふん、好き放題言ってろ。何言われても、オレはお前から離れないからな!」

 

 無理に口にしようとすると、より酷い言葉になって出力されてしまう。

 ボクはもっと優しい言葉で、あまり近づかない方がいいと忠告したかっただけなのに。

 だが、それでも、アキラくんは決してめげない。

 眩い笑顔を、こちらに向けてくれるのだ。

 ……あまりにも、光属性すぎる。

 

「それで、何の用ギョロ? 下らない用事だったら、ぶっ飛ばすギョロ」

 

「決まってるだろ、ランキング戦の申し込みだよ。ランキング4位のオレが、ランキング3位のお前にバトルを申し込む! この前のリベンジマッチだ!」

 

 ようやく、この日が来た。

 本来の役目を果たす時が、やってきたのだ。

 

「キミは馬鹿ギョロねぇ。ちょっと連勝した程度で、ボクに勝てると思うだなんて。まぁ、良いギョロ。特別に、相手になってやるギョロ」

 

「覚悟しろよ。パワーアップした、オレと相棒の力を見せてやるぜ!」

 

 ……良い。

 実に、良い。

 闘技場でボクに敗北した後、猛特訓を重ねて強くなったエピソード。

 上限など無く、強い相手と戦うほど自分も強くなる無限大の才能。

 何よりも、悪の組織を前にしても怯む事なく立ち向かう正義感。

 全てが、満点だ。

 アキラくんこそ、主人公に相応しい。

 彼ならば、きっとボクという壁を乗り越えて、悪の組織を潰してくれる。

 ……そう、ボクがグランファイトで戦う理由はただ一つ。

 小物の悪役として、主人公の踏み台になるためである。

 

 前述した通り、ボクが憑依する前の葛原ギョロロは救いようのないクズだった。

 自分が望むままに暴れて、数多くの人々の心を踏み躙っていて……だからこそ、報いを受けた。

 何処の誰かも知らない人間に体を奪われるという罰が与えられたのだ、とボクは結論付けた。

 ならば、異邦人たるボクが、葛原ギョロロの体に憑依させられた理由は明白。

 アニメにおける彼の役割を全うする。

 悪役である葛原ギョロロの体を用いて、主人公が成長する糧となる。

 それが、ボクに与えられた使命。

 そう解釈することにしたのだ。

 実際はどうなのか、分からないけれど。

 

「それじゃあ、始めるギョロ」

 

「……ああ、いつでも来い!」

 

 闘技場にて、ボクとアキラくんは相対する。

 生憎だが、手心を加えるつもりはない。

 本気のボクを倒せないようなら、悪の組織に打ち勝つなんて不可能だから。

 主人公が超えるべき壁として、全力を出す。

 

『バトルスタート』

 

 試合開始の合図と共に、アキラくんの機体が猛スピードで距離を詰めてくる。

 彼のスタイルは、超近距離特化。

 遠距離武器を使う事なく、自らが得意とする近接戦闘を押し付けてくる。

 その戦法に真っ向から付き合うのも悪くはないが……ボクは、小物の悪役。

 性格の悪い戦い方で、翻弄させて貰う。

 

「ほらほら、鬼さんこちらギョロ」

 

 今回のフィールドは、平地ではない。

 所々に存在する建造物に身を潜めたり、上に登ったりした後で、遠距離武器で射撃する。

 近づかれる度にスラスターを吹かして、一定の距離を保ち続けて時間を稼ぎながら、チクチクとダメージを与えていく。

 この戦法を打ち破らなければ、アキラくんに勝利はない。

 ここで初めて戦った時のように、ボクの判定勝ちとなる。

 ……さぁ、どうする?

 

「相変わらずの戦法……いいぜ。それでこそ、オレのライバルだ!」

 

 主人公らしい台詞を吐いたアキラくん。

 次の瞬間、彼の機体が目にも止まらぬ速さで、こちらに向かってくる。

 直線的な動きで、真っ直ぐに。

 ギリギリの所で反応できた為、受け止め切れたものの、距離のアドバンテージは無くなった。

 

「超スピードでゴリ押しするなんて、脳筋すぎるギョロ」

 

「お前と違って、小細工は好きじゃないからな!」

 

 お互いに腰に差していたブレードを抜いて、近接戦闘を始めた。

 小細工抜きの剣戟。

 片方がブレードを振り下ろせば、片方がそれを受け止めて。

 片方がブレードを突き刺せば、片方がそれを避ける。

 どちらも一歩も譲らない迫り合い。

 金属がぶつかり合う音が、ひたすら響き渡る。

 だが、終わりは存外に呆気ないものだった。

 

「ク、ソがッ!」

 

 小細工に頼る戦い方を得意とするボクが、愚直に近接戦闘の腕を高めたアキラくんに勝てる訳もなく。

 彼の機体によって、こちらの機体が手にしていたブレードが弾き飛ばされる。

 次いで、ブレードを喉元に押し当てられて……雌雄は決した。

 ボクは、アキラくんに負けたのだ。

 

『試合終了。勝者、九重アキラ』

 

 アナウンスが、淡々と勝者を告げる。

 ボク達の試合を観戦していた観客は、心底楽しそうに歓声を上げ始めた。

 恐らく、この闘技場で無敗を誇っていたボクが負けた試合を見れて、嬉しいのだろう。

 ……負けたのは、悔しい。

 一介のグランファイトプレイヤーとして、勝ちたい気持ちもあった。

 だが、それ以上に、主人公であるアキラくんの踏み台になれた事実が、喜ばしかった。

 

「オレの勝ち、だな。ギョロロ」

 

「たった一回勝ったくらいで、調子に乗ってんじゃねーギョロ。次やったら、ボクが勝つギョロ」

 

 相変わらず、ボクの口からは小悪党らしいセリフが飛び出す。

 こういう時くらい、純粋に勝利を讃えたいのだけれど、体は許してくれないようだ。

 だが、これもホビーアニメらしくて悪くない。

 悪役が言う負け惜しみとしては百点だ。

 

「闘技場のルール、覚えてるか?」

 

「敗者は、勝者の言うことを何でも聞く……って奴ギョロ? どうでも良いから、早く言えギョロ」

 

「ま、お前はそう言うよな。なら、一方的に言わせてもらうよ」

 

 闘技場のルールを改めて確認したアキラくんは、緊張した面持ちでボクの顔を見つめた。

 次いで、ごくりと息を呑む音が聞こえる。

 僅かな沈黙が、すごく長く感じた。

 一体、どんな命令をするのだろうか。

 もしかして、彼はボクと……友達になろうと言うのではないか。

 そんな期待に胸を膨らませていると。

 

「オレの願いは……ギョロロに、オレのご主人様になって貰う事だ!」

 

「……は?」

 

 思いもよらない発言が、アキラくんから飛び出す。

 脈絡が無さすぎて、理解が追いつかない。

 割としっかりドン引きしたボクは、意図せずに冷たい視線を送ってしまう。

 すると、アキラくんは全身を両手で抱きしめながら、ぶるりと身震いする。

 その上、恍惚とした表情を浮かべながら、物欲しそうな目でボクを見つめていた。

 本当に、何なんだ、これは。

 もしかして、夢か?

 むしろ、悪い夢であってほしい。

 

「うん、無理ギョロ。スタコラサッサ〜!」

 

「あ、ちょっ、ギョロロ!?」

 

 ボクは逃げる。

 全速力で、走り出す。

 もう耐えられなかった。

 今のアキラくんが、さっきまで熱い戦いを繰り広げていたアキラくんと同一人物だと思いたくない。

 訳もわからない事を口走る別人から、一刻も早く離れたかったのだ。

 

「待て! 逃げないでくれ! オレはお前に、ご主人様になってほしいだけなんだよ!」

 

「いや、なんで!? 意味わかんないギョロ! 追いかけてくんな、変態ストーカー野郎!」

 

「ち、ちち、違う! オ、オレは変態でも、ストーカーでもない! 確かに付き纏ってはいるけど、お前のことを少しでも知りたいだけなんだ!」

 

 本当に、付き纏っているのかよ!

 尚更、足を止めたくなくなる。

 心の底から申し訳ないが、オレには男子中学生のご主人様になる趣味なんてない。

 とにかく、全力で逃げて逃げて、逃げ回って。

 

「残念だったな、行き止まりだぜ」

 

 最終的に、追いつかれてしまった。

 知らず知らずのうちに闘技場の外の袋小路に誘導されたボクは、アキラくんに抱き付かれる。

 二人とも、密着する形で地面に倒れ伏す。

 なんか、甘い匂いがするのは気のせいだろうか。

 

「へ、へへへ。やっと、捕まえたぁ……」

 

「離せ、離せギョロッ!」

 

「きひひっ、やーだよっ。折角、あの時と逆の立場なんだからさ。もうちょっと楽しませてくれ」

 

 そのままの勢いで馬乗りされて、瞬く間に手足を拘束される。

 まさしく、アキラくんの言う通り。

 今の状況は、初めて闘技場で戦った際に、ボクが彼を追い詰めた時と酷似していた。

 異なる点は、立場が逆なところだけ。

 ボクが追い詰められる側で、アキラくんが追い詰める側であるところだけだった。

 

「それに、ギョロロが本気を出せば、オレなんて簡単に吹き飛ばせるだろ。なのにそうしないって事は……やっぱり、お前は優しい奴なんだ」

 

「勘違いすんのも大概にするギョロ! 思いあがんなギョロォ!」

 

「そして、その事をオレだけが知ってる。この世界で、オレだけが……へ、へへ」

 

 ギザギザした歯を見せて、アキラくんは笑う。

 ボクが優しいと、確かに彼は言ってくれた。

 それが、その事が、嬉しいと思ってしまう。

 葛原ギョロロではなく、ボク本人を見てくれたような気がしたから。

 ……って考えるのは、いくらなんでもチョロ過ぎる。

 

「ああ、もう鬱陶しい! 野郎のご主人様になる趣味はないし、乗っかられても嬉しくないギョロ! さっさと退けギョロ!」

 

「女なら嬉しいのか? なら、このままで平気だな。オレ、女だし」

 

「ギョロ!?」

 

「やっぱり、気づいてなかったのか……う、疑うなら、確かめてみるか?」

 

「馬鹿言うな、確かめるわけないギョロ!」

 

「……何だ。遠慮する事ねーのによ」

 

 アキラくんは、アキラちゃんだった。

 今日は、とんでもない日である。

 無事に、主人公の踏み台になれて。

 ボクという人間を認知してくれる人がいて。

 その人が、男の子ではなく女の子で。

 ボクをご主人様にしようとしているストーカーの変態だった。

 ずっと停滞していた日常が壊れていくような、新発見ばかりだ。

 

「なぁ、オレの何処がダメなんだ? 顔か、性格か、一人称か? 遠慮せずに何でも言えよ。オレ……私、ギョロロの好みに合わせるからさ」

 

「え?」

 

「私、もう前までの自分には戻れないよ。ギョロロと会ってから、何もかもおかしくなっちゃったんだ。意地悪なことを言われると、脳みそが蕩けるし、冷たい目で見られると、心が沸き立つ。こうなったのは、全部……ギョロロのせいなんだよ。だから、ちゃんと責任取ってよぉ……」

 

 縋るようにボクの手を掴むアキラちゃんの手に、凄まじい力が籠る。

 彼女の瞳を見ると、光が灯っていなかった。

 ドロドロと濁り切った感情が、ボクを捉えて離さないと告げていた。

 ホビーアニメとはかけ離れた展開を前に、脳みそはショート寸前。

 だが、確かに変わらない事実がある。

 男勝りで正義感溢れる主人公は、ドMでヤンデレな少女に変貌してしまった。

 その原因は、間違いなくボクにある。

 ならば、言うべき言葉は一つ。

 

「ボクは、絶対に責任なんて取らないギョロ!」

 

 絶対に、責任を取る。

 そういったつもりなのに、真逆の言葉が飛び出す。

 ああ、終わった。

 葛原ギョロロの体は、思考とは別の発言をすることを失念していた。

 

「そっかぁ……責任、取らないかぁ」

 

 アキラちゃんの体が、ゆらりと揺らめく。

 違う、違うんだ。

 ボクは確かに、責任を取ると言おうとした。

 そう言いたいのに、また余計なことを口走りそうで、何も言えない。

 

「それなら、仕方ない。ギョロロが嫌って言っても、死ぬまでついてくるから覚悟してね」

 

 そう告げるアキラちゃんの瞳には、相変わらずハイライトがない。

 しなだれかかるようにボクに引っ付く彼女は、絶対に離さないと言わんばかりに抱きついてくる。

 すると、彼女の軽い体重と重すぎる愛情が、のしかかってくる。

 ああ、本当に、誰でも良い。

 誰でも良いから、ボクを助けてくれ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下闘技場で、ギョロロに負けた日。

 あの日からずっと、オレはギョロロを探し続けた。

 中学校をサボって、晴れの日も、雲の日も、雨の日も。

 そうして、地道に聞き込みを続けた結果……ようやく、見つけることが出来たのだ。

 大人よりも大きい背丈に、特徴的な猫背。

 見間違える訳がない。

 やっと、お礼が言える。

 感謝を伝えることが出来る。

 その一心で、オレはギョロロへと歩み寄った。

 

「お前、ギョロロだよなっ! オレの事、覚えてるか? あの時は本当に……」

 

「……誰ギョロ?」

 

「あ、りが……」

 

 背筋が凍る。

 ギョロロの目は、冷たかった。

 まるで、羽虫を見るかのように。

 感情のない瞳を、オレの顔に向ける。

 あれだけ感謝の言葉を伝えたかった筈なのに、どうしても言葉が出てこない。

 ぱくぱくと魚のように口を動かすばかりで、声を出せなかったのだ。

 

「間抜けな面ギョロ。笑えるから見逃してやるけど、次話しかけてきたらブン殴るギョロ〜」

 

 ひらひらと後ろ手を振るギョロロは、ゆっくりと歩きながら去っていく。

 体の力が抜けてしまったオレは、その場にへたり込んでしまう。

 以前にも感じた、不思議な感覚。

 脳みそがジンジンして、痺れるような奇妙な感覚がオレの全身を支配する。

 誰かにビビるなんて、初めてだった。

 ……オレは、同じ女子にも、異性である男子にも負けなかったから。

 いつだって、クラスの中心にいた。

 好き放題しようが、誰も文句を言わない。

 クラスメイトも、先生も、両親でさえも。

 オレが凄い奴だと自覚しているからこそ、刃向かったりしてこなかった。

 言うなれば、オレは他人をビビらせる側の人間だったのに。

 ギョロロは、オレをビビらせるような。

 グランファイトでボコボコにした上で、情けをかけるような人間的に強い奴で。

 そんなギョロロに、オレのプライドも誇りも尊厳も、何もかも踏み潰された……。

 

「………っ!」

 

 そう思えば、思うほど脳みそがビリビリする。

 摩訶不思議で、おかしくて……どんな感覚よりも、めちゃくちゃ気持ち良い。

 生まれて初めて感じる快感に絶え間なく襲われ続けて、頭がおかしくなりそうだ。

 いや、既におかしくなっていたのだろう。

 

 オレは、最強だった。

 運動も腕っぷしも、何もかも。

 他者より優れていて、誰にも負けない。

 だから、揃いも揃ってオレを褒め称えた。

 そうやって、誰かに勝利する瞬間が、何よりも大好きだった……のに。

 今この瞬間、全てが塗り変わってしまった。

 

 それから、何もかも変化した。

 学校が終わればギョロロと過ごして、罵倒されて、貶されて、馬鹿にされる。

 その度に、オレは……私になる。

 彼と話すたびに、快楽物質が駆け巡り、脳みそがドロドロに溶けてしまいそうだ。

 ギョロロは口が悪い。

 けど、なんだかんだで心優しい。

 私が頼み込めば、文句を言いつつも勝負を受けてくれる。

 嫌だと言いつつも、側に置いてくれる。

 でも、羽虫を見るような冷たい目も、血も涙もない暴言も紛れもなく本物で。

 そのギャップが、堪らない。

 ……何よりも、ギョロロの優しさは、私だけが知っている。

 他の人が知らない彼の魅力を、自分が独り占めしている。

 その事実が、私をどこまでも狂わせる。

 

「誰にも、渡さない。ギョロロは、オレが、私が、独り占めする。あの人の魅力は自分だけ知ってれば良いんだ……!」

 

 私は、もう元には戻れない。

 壊れて歪んで、ぐちゃぐちゃになって。

 それでも……今の私は、誰よりも幸せであると、胸を張って言えた。





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