原作群では海上保安庁巡視船「しきしま」にてムー国南東部の港湾・商業都市マイカルに乗り込む事から始まりますが、ムー本国との外交使節団派遣に繋がるエピソードは存在しない為、これ等を埋める回となります。
「縁(えにし)」前編 ムー国パーパルディア駐在大使ムーゲ 中央歴1639年8月5日
パーパルディア皇国皇都エストシラント
ムー国大使館*1
私の名はムーゲ・レッドウェア*2、ラ・ムー国王陛下より第三文明圏の列強パーパルディア皇国大使任命を認証された身である。マイカルから出航している定期客船にて1ヶ月程の船旅の後に皇都エストシラントへ到着したのが既に2年程前、第三文明圏を田舎と蔑む者いる様だが、ムー人が居住するムー租界は上下水道に発電所も完備されており、本国の中小都市部と遜色ない生活圏が維持されている。
「大使閣下、此方パーパルディア皇国海軍主催の竜母ヴェロニア*3進水記念式典の招待状となります」
「有難う、しかし近年の皇国の姿勢を見ると素直に喜べんな」
「は、大使が赴任する先年にはアルタラス王国の北西、マール王国の南東に存在した島国、文明圏外国のガランダ王国*4が皇国の軍門に降った他、マール王国・アルタラス王国・フェン王国への外交的圧力は急激に増しつつあります」
「一体、何処まで皇国は領土を拡張するつもりなのだろうな?」
「租界総督府のムー陸軍駐在武官の話では【征服するだけであれば、第三文明圏のみならず周辺大陸も可能であろう】との事です」
「征服するだけなら、ね。手厳しいな」
一応皇国は我がムー国の友邦だが、市井からの評判はあまり宜しくない。大手新聞社のチャーチワード・ポストではあから様に【文明国の代表たる列強の行いではない】と書かれた事もある。
「パーパルディアの躍進を支えているのは新興エリート層です。新たに皇国から征服地たる属領を領地として与えられ、爵位もルディアス皇帝から直接得ています」
「現ルディアス帝即位からの10年程で万を超える者達が【皇国貴族*5】として特権を付与されているからな、そして特権を受けた者達の半分以上は軍人だ」
ルディアス帝がどれ程自分の為に働く軍人を重視しているのか分かろうというものだ。
覇道を突き進む彼の御仁にとって、自身の権力の基盤となるのは軍隊であり軍人である事を相当に重視していると見える。
「ただ、北への拡張はここ20年程膠着状態が維持されています」
「北西部はパンドーラ大魔法公国が実質的に服属しているから実質マール王国しか残っていない、だが北部はマルタ・アルーク・クーズの各属領北部国境に沿って複数の山脈*6と接しているからな」
それに属領クーズには長年反皇国活動を続ける勢力が山岳地帯を中心に組織化されているという情報も入っている、その為かクーズ領には治安維持の為に皇国陸軍2個軍団*7からなる属領統治軍が配置されている。
「北東部に関しては文明国リーム王国が原因でしょう。彼の国は現状の第三文明圏では皇国に次ぐ第2位と言って良い国力を有します、如何に皇国軍とはいえ無視出来ない損害を受けるものと思われます」
伝統的に皇国は複数方面から圧力を受ける事を警戒しつつ征服戦争を行なっている。
その意味ではフェン王国・アルタラス王国への圧力増加は既定路線とは言えるかもしれん。
「失礼します」
ドアの向こうから声がする。
「入れ」
「在パーパルディア皇国クイラ王国大使館より、大使宛の書簡が送られて来ております」
クイラ王国?私が赴任して間もない時期に原油流出の件で対応して以降、クイラ王国からの原油輸送を担当するムー海運会社と共に事後の流出対応と定期連絡で顔を合わせる様になったロデニウス大陸の文明圏外国だ。
「今年4月のロウリア王国による侵攻を撃退したクワ・トイネ公国の友邦ですな」
「ああ、統括軍租界派遣局の予想ではロウリア王国によって征服されると予測されていたが海戦に敗北、3ヶ月の膠着の後に再び陸上から侵攻した様だがロウリア侵攻軍先鋒隊がまたもや敗北、これによってクワ・トイネ側が占領されていた西部占領地の奪還に成功した事で戦線は膠着状態となり睨み合いに終始しているそうだ」
銃も大砲も無い文明圏外国同士の戦争とはいえ4000隻ものロウリア艦隊が撃退されたというニュースはそれなりに話題にもなったが、所詮文明圏外の事としてすぐに埋没してしまった。
「本国としてはクイラ王国内の我が国の利権が守られるのであれば、ロウリア王国による征服を黙認する事も視野に入れておりましたからな」
クイラ王国で産出される原油は租界地の精油所で精製された後に租界地向け火力発電所やムー航空*8のラ・カオス型大型旅客機*9の燃料に使われる他自動車用ガソリンにもなるが、その相手がクイラ王国でなければならないという必要性は残念ながら無い。
「思う所はあるが、我が国からロデニウス大陸はあまりにも遠すぎる、第一文明圏東側にはムーの大艦隊を受け入れる艦隊停泊地が無いからな」
我が国が第三文明圏に軍艦を派遣した例が無い訳ではないが、基本的に租界警備用として2〜3隻程度の戦隊を交代で派遣する程度でしかない、租界に常駐する軍艦は砲艦*104隻だけだ。
これでも帆船しか持たない第三文明圏の海賊相手には過剰過ぎる位なのだが。
ところでだ。
「君、この書簡は“何処で受け取った”のかな?」
「…」
「封をする為の封蝋*11の印璽は確かにクイラ王国の国章を象った正式な物だがね。合わせて押す筈のクイラ王家紋章を模した印が無い、その代わり私が知る者の家の紋章が描かれている、どういう事かな?」
「申し訳御座いません大使閣下、此方の手紙は昨日エストシラント港湾区画のパブリック・ハウスにて休暇中にクイラ王国大使館員を名乗る人物から大使に直接渡す様にと依頼を受けたのです」
「まさか、それを口頭だけで信じたりはしてないだろうね?」
「いえ、クイラ大使館員を表すパスポートと証人としてシルガイア氏がクイラ大使館員に同行しておりました」
シルガイア、表向きには掃除夫をしている者だが、租界総督府から我が国の大使館を含む各国大使館に紹介の上雇われた事もあり大使館職員には顔を知っている者は多い。
ムー国製洗濯機を卒なく扱えるという魔法文明が基本の第三文明圏では希少なスキルを持つ為、この大使館で住み込みで働いていた事もあったそうだ。
「今、彼はクイラ王国大使館にて雇われていると確認が取れています」
「この大使館で働いていたという事だが、それ以前には問題行動は無かったのか?」
「皇国海軍士官学校にて現皇国海軍バルス元帥と成績トップを争う程の秀才だったそうですが、何かのトラブルで士官学校を中退しています、それ以降は今に至るまで掃除夫をしていると」
何とも変わった経歴の持ち主だ。
租界地で働いていたそうだが、商船や我が国の軍艦も停泊する港湾区画が見える場所を本人が希望していたとある。
海の潮風を忘れまいとしているのだろうか?
「中に異物等は?」
「日で透かしてみましたが、手紙以外の物は何も」
「送り主は原油流出事故以来何度も顔を合わせているメツサル卿か」
クイラ王国外務貴族として原油流出事故の責任を追求すると同時に、ムー国の法律に基づく海運会社への賠償要求と国家としての謝罪を求めたのが馴れ初めだった。
「事故で座礁した油槽船の船員を王都で手厚く保護し、文明圏外国では非常に高価な魔写を使った証拠の提示までして来ましたからな」
「皇国辺りなら一笑に付したろうがな、仮にも世界第2位の列強たる我がムー国が狭量な
真似は出来んさ」
最終的に船員救助と流出原油回収の為の資材一式を積んだ貨客船2隻と砲艦1隻からなる小船団を派遣、3ヵ月間程回収の為に現地に留まると共に、今後発生する流出事故対応用の職員を租界に常駐させる契約をムー総督府が仲立ちする形で海運会社と交わした。
まぁ租界裁判所の判決で海運会社からの正式な賠償が行われたのは1年程経った後だったが。
「第三文明圏では劇的なニュースであった様で」
「皇国には分からんだろうがね【名を捨て実を得よ】、だよ。お陰で租界の警備兵として実直なクイラ獣人族やドワーフ族の兵士を雇う繋がりが出来た」
租界地の警備を担当する租界地警備隊は皇国との協議によって【議定兵力*12】が決められ、直近では5年前に締結された文章に従い3000名と定められている。
「クイラ王国にとってのロウリア王国の件が片付いた今、敢えて正規手続きを外れて接触を図って来ている」
「⋯尋常ならざる案件かもしれませんね」
「独断ではあるが、この事は暫く本国の耳には入れないでくれ」
「分かりました、指示あるまで内心に留めておきます」
職員が退室する。
「さて、一体何が書かれているのやら⋯」
封蝋を剥がし、中の手紙を読む。
少し経ち、ムーゲ大使の顔が僅かに強張る。
「君、済まないが呼んでくれないか?」
「私がですか?」
「うん、少々理解に苦しむ内容でな」
一体何を読まされるのだ?
以下内容
【拝啓 クイラ王国外務局長メツサル、パーパルディア皇国在クイラ王国大使館を通じてこの手紙を送る様命じた者である。この様な形で連絡した事をムーゲ大使・そして上位列強たるムー国の名誉に対して平にお許し願いたい】
【今年4月における友邦クワ・トイネ公国を併呑せんと侵攻したロウリア王国の件については既に御承知でありましょう。彼等が侵攻を撃退した事はおろか、現状における戦線の膠着、これ全く第三文明圏において予想外の事と思われる】
【友邦クワ・トイネと我が国が救われたのは我等の自助努力にあらずして、貴国の神話にて言い伝えられたる転移により出現した科学文明国家に依るものなり】
【転移国家の名は「日本国」、貴国ムーと同じく科学文明を有したる未曾有の国家なり】
【今年2月における使節団との接触の際に本邦クイラ王領内の貴国の油田を見学したる際に、彼等は貴国の存在を認知せり】
【ロウリア王国との戦端が開くに辺り御座なりとなった本件を、再度日本国は我がクイラ王国外務局に通知したる由】
【文明圏外国国に過ぎぬ我がクイラ王国と貴国ムー国が第一文明圏を挟み遥かなる海にて分かたれたるも、此れ迄互いに利となる関係を維持する事が出来たのは貴国ラ・ムー国王陛下の恩寵と忠実なる臣下あっての事なり】
【日本国と貴国との接触は第三文明圏は愚か第ニ文明圏の変革に繋がり得る事態に成り得るものである故、パーパルディア皇国に知られ得る正規手順による外交文書受け渡しを国家の外交を王家より信任されたる者として断念せざるを得なかった事は、外務を司る者として甘んじて後世の批判を覚悟し全ての責任を負うものなり】
「い、如何致します?」
「うーん⋯」
これでは慎重な顔付きになっても仕方が無い。
確かに転移の話は我が国にあるが、既に1万2000年も前の事だ。
時代が離れ過ぎていてムー人の中でも基本は御伽噺の分類に入っている。
どうしたものか⋯戯言として放置する事もできるが、【ロウリア王国と2ヶ国の差を考えれば併呑されて当たり前】という下馬評を覆した事に説明が付かない。
「クイラにある我が国の油田は知っているな?」
「え?あ、はい。最初はバルラート南西20kmの海岸砂丘付近にある王領で発見された油田から半径1km四方を我が国で王領ごと借り受け、王領保有者たる当時のウザード国王に直接地代を払う形式を提案したと」
「よく知っているな。だが当時の王家は王家の金庫ではなく、クイラ国庫に納めて欲しいと提案したそうだ」
「国庫にですか?」
「文明圏外国には【王家の財*13】と【国家の財*14】とを混同している国家が珍しくない、その意味では第三文明圏の文明国よりクイラ王国は文明国をしていると言える」
一口に文明圏外国と言っても、その成り立ちや経緯は決して同じではない、言葉は中身の意味を知って使わなければ意味が無いのだから。
「そしてこの日本国とやらは、油田が我が国の物だという事を理解して接触を図ろうとしている」
「原油の存在を理解し、それを生活・産業に使う国家と?」
「それだけじゃない、油田を【ムー国有油田】でなく、ムー企業を通じた【企業所有】油田である事を理解している」
民間企業の権利を認めた民法典は我がムー国がミリシアル帝国に先達した分野だ、あくまで【成文化した】という意味でだが。
「では、如何いたしましょう?」
「非公式のルートで伝えて来たのだ、ならば我々も慎重を期さねばならん」
まてよ?
「君、進水記念式典の開催は何時だ?」
「1週間後とあります」
ふむ、ならば利用させて貰うとしよう。
「クイラ王国大使館へ手紙を、万国郵政*15に参加しているムー郵政を使えば怪しまれる事無くクイラ王国大使館へ出入り出来る」
「宛先はシルガイア氏が良いでしょう、表向き【掃除夫としての契約を再度結ぶ事を希望する】とでも体裁を整えれば良いかと」
「そうと決まれば行動だ、すまんが紙と万年筆を頼む」
「は」
今出せば明日の昼頃にはクイラ大使館へ届く、無茶な接触をして来たのは彼等なのだから、此方の無茶も聞いて貰うとしよう。
これにて前半は終了となります。
原作群では中央暦1640年7月の下旬にてパーパルディア皇国内に居住しているムー在留邦人に引き上げの要請が下っている事から、エストシラント内又は近郊の纏まった地区にムー国人が集中して居住する租界があるという設定で本作品内では書いております。
なお、ムー警備隊については北清事変後の北京議定書に基づいて駐留した「華北駐屯列国軍(日・英・仏・露・独・伊・墺)」をモデルにしています。
(1)パーパルディア皇国貴族
皇国貴族はナポレオン1世によってフランス革命で打破された貴族的特権を政治的思惑を下に復活させた「帝国貴族(noblesse impériale)」を基に設定している。ルディアス皇帝に忠誠を誓い主従関係を受け入れた新興エリート層と目される軍人・官僚のみならず、自身に潜在的な反感を持つであろう旧貴族層を取り込み体制を安定させようと試みている。(コミカライズ版46話では覇権主義に消極的な立場を取る聖都パールネウス出身貴族を主体とする勢力の存在が語られている)
note 武内和人/Takeuchi Kazuto
「ナポレオンの政治的能力を解き明かす『ナポレオン帝国』の書評」
(2)ムー租界
本作品内でのムー租界面積は旧ポルトガル領マカオの32.9平方㎞を想定している。
この面積は山手線の内側エリア(約63k㎡)の半分である他、人口はポルトガル領末期1998年の約41万人に対する1/10程の5万人、パーパルディア皇国と日本国が戦争状態へ入った後に出されたムー国在留邦人退去(コミカライズ版第39話)にて記述&描写がある為、少なくとも万単位の皇国在住ムー人がいる模様。
ムー租界は沖に突き出した半島南端と沖合広範に広がる遠浅湿地帯に存在した島が中心であり、皇国による租界制定時は病原菌渦巻く疫病の地として忌み嫌われていた場所である。半島はマカオ半島に相当し、沖合の島はタイパ島・コタイ(埋立地)・コロアネ島に相当する。
(2)警備隊
3000名の駐留兵力は少なく感じるかもしれないが、地球世界におけるマスケット銃や前装式大砲に相当する地上兵器しか保有しないパーパルディア皇国からすればムー陸軍は“恐ろしい列強の軍隊”という恐怖感を持っていたとしてもおかしくはない。
警備隊内訳
2個歩兵大隊 1000名編制(ムー本国陸軍より派遣)
2個現地雇用歩兵中隊 100名編制(クイラ王国人 獣人族・ドワーフ族混成)
1個工兵中隊 200名編制(ムー本国陸軍より派遣)
1個憲兵小隊 50名編制(ムー本国軍より派遣)
1個砲兵中隊 100名(75mm野砲×4門) 装軌車牽引
3個歩兵砲小隊 100名(70mmガエタン砲×6門) 自動貨車搭載&人力牽引
1個飛行中隊 150名(3個飛行小隊 計12機) 整備部隊含む
1個対空中隊 200名(6.5mm重機関銃×24門)
計3000名
船舶陸戦隊 常駐する砲艦4隻より派遣可能 最大人員80名
ムー租界警察 400名 租界の治安維持及び半島租界境界区における警備
警察署のモデルは中華人民共和国上海地下鉄1号線常熟路駅近くにある旧フランス租界時代の「公安大樓」。
公安大樓は北京語にて公安機関(警察等の治安維持組織)が使用する一連の建築物を指す言葉。
nii.ac.jp 櫻井良樹
「華北駐屯列国軍と東アジア国際社会」
(3)警備隊成立過程の裏設定
設立は現中央歴1639年より40年ほど前に遡る。当時のパーパルディア皇国において発生した国家方針を巡る内乱において、反乱軍兵士による暴動でムー人が被害を受けた事で本国から緊急派遣された船舶陸戦隊300名と海軍陸戦隊200名、ムー租界警察200名がパーパルディア皇国軍が派遣した救援軍が到着するまでの1ヶ月間守り抜いた一件後、内乱鎮圧後の皇国政府に激烈な抗議文を送った事から設立を許可“させた”事に端を発する。
モデルは1900年の「北清事変(義和団事件)」。
なんだかんだ言って、ムー国もこの世界の列強としてのプライドは相応に存在する事は原作群を見ても随所に見受けられる。
Youtube【歴史の物語】
『「義和団事件が起こるまで」を再現してみた。不死身の力を信じた暴徒たち』