中編第2編はナーカル空港から第一文明圏東岸の沿岸地帯を飛行、そのままチャーチワード航海王子租界へと至る過程となります。ムーから見た上位列強にして祖国を超える発展を見せている神聖ミリシアル空港への羨望や対抗意識等を考えつつ執筆しております。
中央歴1639年1月23日 早朝
「ふぁ~あ」
大げさな欠伸をしつつ、ホテル1階のレストランにて朝食を取っている。
「おはよう」
「マイラスか、おはよう」
「三日月パン*1にチョコレート、ホットミルクか朝からよく食べるなぁ」
「今日はナーカルを飛び立ったらずっと機上だしな。機内で食事が出るらしいが、食べ慣れたムー料理にありつけるのは難しいだろうし」
そう言いつつ、マイラスもプレートにコーヒーをたっぷり入れた牛乳に棒パン*2、玉ねぎスープ*3を持ちながら席に付く。
「しかしまぁ、本国程ではないにしろ何時もと同じ様な朝食まで食べられるとは思わなかったぜ」
「文明国や文明圏外国からは【租界は列強国の文化発信地】とか言われているらしいからな、食文化から法理、世界ニュースまで」
「だがまぁ同じ上位列強とは言っても、まだまだミリシアルには敵わない面も多い」
「それは仕方ない。連中は魔帝とかいう超古代文明*4の技術を解析して実用化してるからな、色付きの放送なんて何時実用化出来るやら」
万国郵政組織・長距離通信・家庭用冷蔵庫・ムーの100㎞/h発揮可能な旅客用蒸気機関車*5を超える180㎞/hを叩き出す魔導高速列車・自軍ライフルを防ぐ軍用防具・ゴーレムと呼ばれる魔法で操る土木作業人形、挙げればキリがない。
「一歩一歩歩みを止めずに歩き、何れは帝国を追い抜くのが我がムー国の科学文明さ。と言いたい所だが、最近はレイフォルを呑み込んだグラ・バルカス帝国の件があるしな…」
「旧レイフォル帝国軍は一部を除いて殆ど戦わずに降伏したそうだからな。今のムー陸軍から見れば相手になるかどうかも分からない旧時代の軍隊だったが、それでもムー以外の第二文明圏国家相手なら十分過ぎる位の軍容だったのにな」
如何に下位列強と言われていたレイフォルだが、機甲戦列艦と魔導戦列艦・竜母合わせ300隻を超える*6海軍にパーパルディア皇国陸軍に匹敵する80万の陸軍、これ等が僅か2ヶ月で消え去ったと聞いた時は耳を疑った。
此処からは小声
「統括軍の残置諜者*7が居ると聞いているが」
「正確な人数は自分の立場じゃ情報に接続出来ないんだが、旧レイフォル領全域に百人単位いて活動を継続しているそうだ。ただ、去年9~11月の頃迄は無線による情報送信を送って来ていたんだが、11月頃からグラ・バルカス帝国による諜者逮捕が相次いだそうだ」
「なんだそれ?油断でもしてたのか?」
「残置諜者はそんな下手を打つ程甘い任務に付いてる訳じゃない、連中と対峙している旧レイフォル帝国国境線に逮捕した此方の残置諜者を連行して堂々と引き渡す事がもう何十件も起きてるし」
「じゃあ今はどうなっているんだ?」
「どうやって連中が無線機の場所を判明させているのか判明していないから“無線による長時間の情報送信の禁止”を通達しているそうだ」
貴重な残置諜者を失う事は出来ないからやむを得ないとはいえ付け焼刃の対応しか出来ないとはな。送り返された者の証言では、30分程の無線送信を行うと必ず5~6台の自動貨車に乗ったグラ・バルカス帝国軍の小隊~中隊規模の捜索隊が現れ捜索を開始するらしい。対策として無線は20分以内の使用に留め、送信後は必ず拠点を移動する様徹底しているとの事。これ迄捜索に来たグラ・バルカス帝国軍部隊との銃撃戦に発展した例もあるが、これ迄重傷者はあれど命を落とす者は1人として出ていない。連中曰く「慈悲深い皇帝陛下の意思」という事だそうだが…。
「マイラス氏・ラッサン氏、此方におられましたか」
自分達が起きた時にはもうベッドに居なかったが、外出していたのか。
「起床した時にもういなかったので、てっきり1階のカフェに居ると思っていたのですが」
「ナーカル総督府の航空旅客・貨物便の情報発信所で臨時便の発着時刻を確認しに行っておりまして」
租界内の行政・軍事・司法を取り纏める総督府、当然だが航空便の情報も取り扱っている。
「昨日は正午程と仰っていましたが…」
「やはり他の便との調整と最終点検の為、正午頃だそうですね」
まぁ仕方ないか。
「となると数時間は時間を潰さなくちゃならないか、どうする?」
「このナーカル租界地と神聖ミリシアル帝国のマルシェ租界地の中間地にある中間地帯は如何でしょう?」
「中間地帯?」
「租界地と租界地の間にある南北に細長い区間をターガ王国が両国との協議で開発した王国直轄の自治区でして、我々ムー人やミリシアル人相手の商売を行っている【市*8】が定期的に開催されている様です」
「妙な所に作られてるんだな」
「元々は両租界地を南北に分ける為の区画だったのですが、両国関係が安定を見せた30年程前にターガ王国最大の大商会【ラッテ商会】による区画開発の陳情が発端となったそうです」
租界巡回バスに手を振り止まってもらい、料金を車掌に渡しガラガラの席に着く。
「へぇ、じゃあターガ王国では新しい町なのか」
「どの様な施設があるのでしょう?」
「市は基本的に荷車を改造した販売所を5~10台程の組毎に並べ立てて売るのが基本ですね。自治区から許可を受けた行商人達や王都に本店を構える商会が数十台もの荷馬車を連れて来たり、各島から帆船を仕立てて送ってくる事もありますね」
聞く限りでは文明圏における典型的な定期市といった感じだが…。
「後は冒険者ギルド支部が御座いますね」
「ああ、昨日のバスの中で話していた連中か」
「聞く限りでは【定期市】という感じがしますが、何故その様な物が?」
「自治区の実質的な統治機関ですからね」
自治区の統治期間を丸ごと外部委託している様なものだぞ、列強国じゃありえないな。
「冒険者ギルドというのは一体どういう組織なんだ、それだと実質行政組織みたいなもんじゃないか」
「ここの冒険者ギルド支部は西方国家群冒険者ギルド協会本部*9に属しており、ターガ王国における本部は王都タオタオ・タノ*10にあります。ここの支部はその下部組織ですね」
「王国直轄領を任されているという事は、それ程王国から信用されているという事ですか?」
「信用されているのは支部長やギルド職員以上に“組織そのもの”ですね。既にターガ王国の税収システムは物納から自国貨幣からなる金納に変更しているのですが、直轄領は兎も角、諸侯や西部群島の首長達は税制変更に対応しきれずに不穏な情勢になった事が50年程前にありまして」
「物納なんて何時の時代の税制だよ…」
既にムーでは200年以上前にライ通貨を基本とした完全な金納に変更している。
金銀複本位制時代から金本位制時代、対外決済用の金と国内通用貨幣を分離させるべく【国内での金の民間保有を法律にて禁止、政府が定めたレートで金交換に応じなければ刑事罰*11】を行い、反発したムー南東諸州が反乱を起こす原因となった時代を経て今に至る。
まぁ、もう教科書の中における【そういう時代があった】程度の出来事でしかない。
「では、この国でも反乱が?」
「いえ、その時に実質的な仲裁役となったのがターガ王国冒険者ギルドなのです。商人集団としての色彩を持つ冒険者ギルドでは物納を好みません。少人数で活動する事の多い冒険者達は嵩張る物を大して持ち運べませんから重量物を好みません。彼等は貨幣という“軽量さ”からなる交換材の利便性を誰よりも理解しているのです」
「首長や諸侯にとって冒険者ギルドはどんな存在なんだ?」
「冒険者は自領の産品を王都の市場へ運ぶ帆船の護衛兵ですな。冒険者ギルドは王都への産品を確実に届ける運送業社でありギルドが有する船舶又は冒険者が共同で運航する帆船、王都・国内のみならず国外情勢を得る為の数少ない情報媒体組織でもあるのです」
一体全体どういう組織なんだそれは、もう組織・職業というより社会集団の様な…。
「護衛に運送業は分かりますが、冒険者ギルドが情報媒体組織とは…?」
「支部は別名【冒険者の店】とも呼ばれていまして、クエストと呼ばれる各支部が様々な企業・商会又は個人・代表者からの依頼を契約し遂行する契約所であり、宿泊業から飲食…まぁ酒場ですね。この他としてはギルド全体の方針なのか魔導映像受信機と魔導通信機が必ず1台は常備しています、文明圏外国の地方では唯一の外界の情報を得る場所という事すらあります」
租界内の巡回バスから降り、中間地帯との境にあるゲートで警官に軍手帳を見せる。
「問題ありません、ゲートを開けろ!」
手動式のゲートを開け、中間地帯へ歩み出す。
「こりゃ想像以上に賑わってるなぁ」
「まだ朝だからな、北にある港湾で働く人夫やら出入りの商人やらが多い。って…マスケを装着してるのはミリシアル人*12と一目でわかるな、マルシェ租界の奴等か」
「ん?あの建物は…」
「あれが自治区内の実質的な行政機関の中心地、冒険者ギルド支部です」
木造建築としてはかなりでかいな、2階建てだから高さはそれ程でもないが建物すぐ側に聳え立つ10m程ある櫓の様なアンテナが目立つ。
「なんでアンテナ用の鉄塔があるんだ?」
「ギルド支部内で使用される魔信受信用のムー製鉄塔です。冒険者ギルド支部には必ず付属している施設でして、他の場所では煉瓦・石造り・木製と国や場所毎に全く違うそうですが必ず建築する様冒険者ギルド規定*13に書いているそうです」
周りに高い建築物がないから矢鱈と目立つのも良い宣伝になるのか、文明国や文明圏外国では3階建ての大廈高楼すら珍しいと聞く。
支部前に群衆が数十人単位で集い、何やら囲む様にして賑わっている。
「失礼、何か催し物かな?」
「ムーの人かい?フェン王国の吟遊詩人*14の一団さ、この自治区にゃああした連中が稼ぎ時に来て演目をやるんだ」
「この王国では珍しい一団でねぇ、聞いた話しじゃミリシアル帝国のトーエイとかいう場所から稼ぎ場を求めて魔導船に乗り込んで来たんだって」
「え?トーエイからですか?」
「知っているので?」
「ええ、カルトアルパス赴任期間中に新しく新設された茶葉市場の開設式にムー国外務官の1人として開設式に招待された事がありましてね。紅茶用茶葉とは別に【フェン茶葉】が高値で取引されていました。その中に【トーエイ産ニーチャ】がありました」
茶はミリシアル帝国における日常的な飲み物だ。我々ムー国では朝の朝食にコーヒーやらミルク・コーヒーを飲むのが一般的だが、当然国が違えば違う所もある。
「しかし、フェンって言ったら第三文明圏より更に東側の島国じゃなかったか?それが何故ミリシアルに?」
「元々は東部海岸都市ゴースヴィーヴス南にある荒地を何代も掛けて開拓した一大開拓村だそうでして、今ではミリシアル各大都市の茶葉市場に卸す程の規模にまでなっています」
「武の国という対外イメージとはやや異なりますね」
「第三文明圏周辺では有能な傭兵として名を馳せていますから、そのイメージも間違ってはいません、ですがホーマ商会*15を始めとした商業に秀でた一面もあります。トーエイ産茶葉取引を引き受けているのもホーマ商社の分社であるトノサマ商社*16ですし」
話していると演目が始まったが、何やら聞き慣れない音階が鳴り響く。
「今より始まりますはぁ〜悲運なる最後を遂げた我等フェン王国初代剣王の父君、レンシ*17様の物語なり〜」
独特な音色は物珍しいんだが、自分には少々合わないな⋯。
「なぁ、これって音楽なのか演劇なのか何方なんだ?」
「演劇より⋯かなぁ、聞く限りでは」
「でも皆結構入れてますね、ターガ銅貨や銀貨にミリシアルのゲルド硬貨も入ってますよアレ」
度重なる戦の負担と増税に耐え兼ねて主君を討つ家臣か、歴代ラ・ムー陛下にもその疑いのある王が居なかった訳では無いが、討ったとされる者は存在する。が、流石に討った本人が残された幼い主君に最後まで忠節を尽くし最後は戦で果てるとは流石に我が国の歴史には無い、南北戦争でも反乱を起こした州の指導者層は処刑されたり重罪を科されている。まぁ最終的に恩赦が下されたらしいが、この物語とやらでは最後まで、少なくとも公的な処罰は受けていない。
「ターガ王国の皆々様、租界地の皆々様、有り難う御座ぇます。続きましての演目は〜」
「なぁ、出発まで後どれ位なんだ?」
横のマイラスに問いかける。
マイラスが腕時計を見る。
「⋯後2時間以上」
「まだあるのか⋯」
「それなら、ギルドで何か飲んでから行きましょう」
「え?ギルドで?」
ああそうか、酒場兼宿泊業とか言ってたっけ。
入口にある大人4人が楽に通れる両開きの扉を空け、広々とした内部が視界に広がる。
「おーい、此方のクエストの手続きを頼む!」
「はい注文のローストチキンだよ!」
「馬鹿な海賊が俺達の載ってる船に近付いて来てよ、乗り込んで直ぐに俺達の旅団*18の姿を見たらビビリ散らかして逃げ様としやがってさぁ〜」
「ノレスト島で海賊騒ぎだとよ、参加した旅団の1つが王国軍の海賊討伐に協力してクエスト報酬の他に褒賞金を貰ったとさ」
何だこれは⋯クエストと名の付く仕事依頼用紙が貼付けられた黒板群に行政府の様なカウンター、一角にはパブの様なカウンター、又ある一角には武器に封印封が付けられた剣を持つ革鎧姿の人間、リュートを持ち古楽風の曲を弾くエルフ族の吟遊詩人、荒くれとしか言い様が無い台詞が連発するムーの場末酒場の様な雰囲気を全て混ぜ合わせた様な状況だ。
「やはり驚かれますか」
「何と言って良いのやら⋯」
「私はエストシラントにある東方国家群冒険者ギルド本部しか知らないのですが、あちらは上品なパブの様な雰囲気ですので、支部毎に全く違うのでしょうね」
「お客さん、注文はどうなさるね?」
「飲み物はあるかい?」
「マウナ・アイスコーヒーは定番だねぇ、それとキンキンに冷やしたアイスミルクとか」
「冷やした?」
文明国以下の酒場だと常温の飲み物が出てくる事もあると聞いたが。
「ええ、ウチのギルドにはミシリアル帝国ルーンズヴァレッタ学園製の魔導冷却庫があってね。飲み物だけじゃなくて腐りやすい生肉や新鮮な魚も多少は保存できるんだ。おかげで朝昼夕ともに大繁盛さ」
指をさした先に1階の天井近くまである金属製の大型金庫の様な四角い物体が数台鎮座している。
「で、でかいな…」
「ミリシアルじゃもう大分型落ちの中古品らしいんだけどねぇ、ミリシアル租界地の商社からウチのギルド長が交渉して取り寄せたそうなんだ。あたしも始めは半信半疑だったけど、ミリシアルの技術は凄いもんだねぇ」
「おっと、注文だったね。私はアイスコーヒーを」
「「俺(私)もそれで」」
「あいよ」
後は何か時間を潰すものは…。
ギルドの一角に吊り下げてある横長の板が目に入る。
「ああ、あれが魔導映像受信機ですよ」
「これが?平たすぎるだろ…」
「我々が使用しているテレビジョンは縦横含めて【箱】の様な重量物ですからねぇ、この辺りは流石世界最強の魔法文明国と言った所でしょうか」
「はい、アイスコーヒ3人分だよ」
「ライ硬貨は使えるのかな?」
「大丈夫だよ、この租界では協定で3ヶ国同士の通貨レートが決まってるからねぇ」
「では此方で」
「ゆっくりして行ってねぇ」
そう言うと、慌ただしい喧噪の中に消えて行く。
魔導映像受信機には中央法国で日夜魔導師となるべく学ぶ将来の魔導学生に対するインタビューと学園生活の短編ドキュメンタリー番組が流れ、その次に人気番組である【世界ニュース昼版】の時間になる。
「去年行われたパーパルディア皇国によるアルタラス王国侵攻から既に2ヶ月、帝国外務省第1外務局からの発表によればアルタラス王国内における帝国資産たる取引済み魔法石は輸入機能不全の状態が続いています。既にカルトアルパス及びゴースヴィーヴス魔法石取引場では魔法石取引値が値上がりの様相を示しており、皇国第一外務局エルト局長との数度に渡る会議にも関わらず〜」
「やはり経済的な影響も出始めているみたいですね」
「アルタラス王国が輸出していた各等級魔法石の一部はミリシアル帝国にも皇国を通じて入って来ていましたからね、突然の供給停止は帝国経済にはマイナスにしかなりません」
聞く所によると王国一の魔法石鉱山の接収を要求したらしい、相手が飲める余地の無い要求を突き付けるとは恥知らずな⋯。
「ま、そのアルタラス王国の方向に行くんだけどな、俺達」
「正確には上空を飛ぶ訳だが」
3人で会話をしつつ、懐中時計を見る。
「そろそろ出発した方がいいんじゃないか?」
「バスの時刻表と待ち時間を考えれば、よい時刻ですね」
「ご馳走さん、此処に置いてくよ!」
「毎度ありがとう!今後とも御贔屓に!」
威勢の良い受け答えを尻目にギルド支部を出る。
ムー租界のゲートを再び潜り、空港行きバスに乗り込み、車掌に料金を渡す。
「本車はこれよりナーカル空港へ向かいます」
租界地正面ゲートを潜り、先日夜に通った舗装道路を通り、つづら折りの道を再び登る。
「昨日は夜だったから気付かなかったが、こりゃ凄い眺めだなぁ」
「ええ、両租界地と中間地の自治区が一望出来るでしょう?ナーカル空港滑走路の建設時は【街の上を飛ばすな】と要求された為、滑走路の方向が沿岸に対して並行になる設計となりました」
つづら折りの道を登り切り、空港と滑走路が視界内に入る。
「愈々一番危険なコースを飛ぶ訳か⋯」
「一応第一文明圏西部沿岸を通りますから海にドボンは無いとは思いますが、幸運に期待する他ありませんね」
「本車は終点、ナーカル空港滑走路へ到着いたしました。忘れ物、落し物をなさらぬ様お気をつけ下さい」
バスから降りると、発進を待つ航空機が複数いる。
「あっちはムー航空ラ・カオス前型の【ラ・ケイオス型貨物旅客機*19】、向こうはムー航空のライバル会社トライアングル航空*20の【旅客改造型 ボンバルデT-32】だな」
「お、丁度降りて来るみたいだぞ」
東側から低い雲をぬって降りてくる航空機がある。
ん?プロペラが無い?
「あれがミリシアル帝国が運用している【ゲルニカ35型*21】です」
「ラ・カオスに負けず劣らずの巨人機ですね」
「ラ・カオスはゲルニカ35型の前型であるゲルニカ28型*22を超えるべく開発されましたから」
振り返ると、ブラウン機長がいた。
「昨日は眠れましたかな?」
「ええ、お陰様で」
「今は機体最終確認中ですので、後30分といった所ですね」
顔を向けると、発動機を回して暖気運転中のラ・カオスが見える。
200m程先に着陸したゲルニカ35型が滑走路を進んでいる。
「プロペラが無いってのも不思議に感じるなぁ」
「我が国では研究段階の航空技術【噴射推進式】だからな」
「アレだろ?30年位前にムー国内の1発明家*23が飛行というか滑空に成功したっていう」
試作段階で派手に事故を起こしてしまい、その試作機は失われてしまったそうだが。
「彼等、始めから噴射式ってのは羨ましいね」
「魔帝遺跡から発掘された遺物からの解析で製造に成功した【かつての覇者】が使っていた魔導飛行兵器ですからね」
「でもよ。彼奴等ウチが使用している飛行機械の翼の構造を教わりに来た事があるそうだし、もしかして【正確な解析】が出来ているのか彼奴等も不安がっているんじゃないか?」
分析において見当違いの思い込みで解釈を間違えてしまうのは有り触れた事だ、自分も情報通信部に入りたての頃はそれで大目玉を食らった事もある。
「航続距離こそゲルニカを超える我等のラ・カオスですが、巡航速度や高度・機内環境の面では、まだまだ後塵を拝しています。風魔法を利用した与圧システムまでありますからね」
「機長!」
振り向くと、予備パイロットの1人がいた。
「最終確認終わりました、管制塔からも滑走路侵入よろしの通信が入っています。お急ぎを」
「分かった、すぐ行く」
ブラウン機長は小走りで機体へ向かう。
「無事に辿り着けりゃ良いんだがな⋯」
ラッサンが物騒な事を口走りつつ機体へと歩き出す。
梯子を登り空中厨房を通って後部客室に到着する。
「昨日山積みだったカートンが1個も無いな」
「なにしろ第一文明圏西部からマグドラ諸島を通過してチャーチワード租界地までが6000kmもありますからね。少しでも機体を軽くして距離を稼ぐ必要がありますので」
「普段の空路はカルトアルパスをチャーチワード航海王子租界地との中継地にしていますからね。中継地1つを省略している訳ですか」
「ラ・カオスの場合は凡そ3000〜4000km毎に中継地を設けて安全を確保していますからね」
兎角海だらけだからなぁ。
「此方機長ジョン・ブラウン、これより離陸致します」
発動機が出力を上げ、滑走路を走り出す。
「これより本機は大洋州諸島ノレスト島*24上空を通過、中央世界西部沿岸を南下してマグドラ諸島を目指し飛行します。大陸西部沿岸に接近する頃には夜間飛行となります故、必要なればスチュワードに備え付けの毛布の御用意が御座います。本機は全力を以て安全飛行に努めます故、どうか御任せ下さい」
離陸から6時間以上、夕方
ノレスト島南端を通過、今は機体左下方に島が見える。
「あの島は?」
「ネシアメラ島*25ですね。東西にある火山が特徴の島で、中央世界第一文明圏に属している文明国レンネル王国*26が統治しています」
「火山の間に、かなりでかい湖があるな」
「ネシアメラ島は北西部を除くと低い所で10m、高い場所で数十mの断崖絶壁で島の周囲を囲われた地形になっています。人口の過半以上が北西部にある港町ベローナに居住しており、王都テンガノは内陸にある淡水湖の畔にあります」
備付けの双眼鏡を座席横から取り出す。
双眼鏡を覗くと、遠目に小さいが3階建て程の高さはあるだろう赤煉瓦の王宮が見える
「あれか、テンガノの王宮ってのは」
「この国とは国交を?」
「ええ、外務省文明国担当課が担当しております。といっても特命全権大使とその御家族・職員含め数名程度の極めて小規模な一団で、大使館も2階建ての木造民家を改装した質素なものだそうですが」
*現実世界にある日本国の各国在日本大使館や大使公館もビルやマンションの一室、民家等を借りて活動している国々は存在し、西アフリカ・駐日ブルキナファソ大使館や南アフリカ・駐日レソト大使館、駐日ネパール大使館等が該当する。
「皆様」
何時の間にかスチューワードが来て話しかけて来る。
「夕食の御用意が出来ましたので、御持ちしてもよろしいでしょうか?」
出発時に話は聞いていたし厨房も見たが、本当に出るのか…。
「ええ、構いませんよ」
前菜は白マメのスープ
メインにローストチキンに少々のサラダ
やや硬めに焼いた丸パン
機内食が出る事自体凄い事なのだがローストチキンとはな、昨日見せてもらった時に保温容器が見えたがこの為か。
「いやぁまさか機内食でローストチキンとはな」
「保温機のお陰で熱々ですしね、流石に焼きたてという訳には行きませんが」
スチュワードが皿を下げている。
「皆様、此方のチーズ&クラッカーで締めになります」
「…此方の飲み物は?」
「薄めた白ワインで御座います、御口にチーズを含みながら少量飲んで御試し下さい」
うん、薄く塩気があるチーズと白ワインの風味が喧嘩せずに鼻孔を駆け巡る。
食事を楽しむ時は時間が早く流れるのか、もう既に辺りは薄暮を超え夜になりかけている。
「見えました、第一文明圏西部沿岸です」
「あれ全部魔導灯か?凄いな…」
水平線上に青や青紫色の光が見える、沿岸都市や漁村の光だろう。
「君、何かつまめる物はないかな?後、コーヒーも頼みたい」
「ブラウン機長」
「おや皆様、ディナーは如何でしたかな?」
「はい、大変美味しく頂けました」
「それは良かった」
「今操縦は?」
「副機長ともう1人が行っています、6時間交代で交互に操縦と休息を取る様会社から厳命されていますので」
それなりに大きい発動機の音に負けじと御互いに大声で喋る為、地上なら怒鳴っている様に聞こえるかもなと埒も無い事を考える。
「ああそうそう、此方を使いますか?」
「なんですかこれ?」
「耳栓ですよ、今までの機より多少マシとはいえ人によっては全く眠れない方もおられます故、常備されているのです。私も自分のベットでないと寝付き難いたちでして」
何処でも眠れる奴を羨ましく思うのはあんまり変わらないんだなぁ。
「では、私はこれにて」
そう言うと2人分のコーヒーカップを持ちながら前部客室の方に歩いて行く。
「この後はずっと西部沿岸を南東に向かって南下してマグドラ群島方向へ行きますが、早朝目覚めるとして何処まで行ってますかね?」
「順調にいけばフォーク海峡が見えるか、悪くてもマグドラ群島北端の無人島が見えるあたりでしょうか?」
「寝れれば、だけどな…」
全員スチュワードに頼んで毛布を受け取り座席2人分を使い横になるが、やはり音や形状から寝付きづらい。
とはいえ眠気は高まるばかりの為、耳栓をしつつ微睡みへと意識を浸す。明日無事に起きれる事を心から願いながら。
予定していたチャーチワード航海王子租界地まで書く事が出来ませんでした、帝国兵です。租界地の生活感を醸し出すネタが多過ぎた為色々削ったのですが、それでもこの文量と相成りました。次回はチャーチワード航海王子租界への到着とゴーマ空港への出発を予定、鋭意執筆中です。
作中小ネタ
オリジナル国家簡易データ
(1)ターガ王国
面積 ロデニウス大陸と同規模
人口 1214万人
首都 タオタオ・タノ
略史 前中央歴500年~ ロタ王による中央島統一
前中央歴430年~ ロタ3世と神聖ミリシアル帝国の接触
前中央歴240年~ ロタ王統傍流のテニアン王による主要6島実質統一
中央歴1510年~ ムー帆船による初めての定期航路開設に成功
中央歴1580年~ 中央島東部にて王位継承問題に端を発した反乱勃発
1、政体 君主制
2、元首 テニアン・ガダオ4世、王にして大洋州評議会議長を兼任
3、議会 実質的な王の助言機関【諮問評議会】の他、群島首長・ターガ諸侯も参加を認められた大洋州評議会
4、政府 グアーム・イナラハン宰相
5、軍事力 予算不明
兵力 陸軍4万+各諸侯5000+各首長1000
海軍魔導戦列艦30隻+帆船50隻+漁船改造警備船100隻
航空5個竜騎士団(3個竜騎士隊編制) ワイバーン・ロード60騎
(2)レンネル王国
面積 九州の凡そ1.5倍
人口 84万人
首都 テンガノ
略史 前中央歴120年頃~ 冒険者の一団200名による入植活動の開始
前中央歴40年頃~ 神聖ミリシアル帝国西方海域探検途中の魔導船に発見され公的に知られる
中央歴12年頃~ ミリシアル8世陛下へ初の使者を送り国家として認められる、称号【アンコーメン(ankommen=到達者)】が贈られる
中央歴20年~ ミシリアル帝国の支援の下、北東港湾都市の断続的な拡張が進められる。【港町ベローナの基礎】
中央歴1582年~ ムーとの国交樹立・大使館設立
政治体制・内政
1、政体 君主制
2、元首 アンコーメン・ヒティ14世
3、議会 戦友議会15議席 一院制
男性議員はアーベントロイラー(Abenteurer)
女性議員はアーベントイリン(Abenteurin)
【Abenteurer=ドイツ語で冒険者】
4、政府 アーベントロイラー・カイトゥウ・タウポンギ王国宰相兼戦友議会議長
5、軍事力 予算不明
兵力 陸軍5000+ベローナ都市警備隊500+住民民兵1万
海軍魔導戦列艦5隻+3本帆柱帆船10隻
航空1個竜騎士団(2個竜騎士隊編制) ワイバーン・ロード24騎
ここでしか使わない設定である為、色々と叩き込んであります。
Youtube【British Pathé】
『Nazi Spies' Radio Set (1940)』
時は1940年、バトル・オブ・ブリテン(Battle of Britain)前後の時期、イギリスへ秘密裏に上陸したドイツのスパイが所持していた小型携帯無線機のアーカイブ映像。
J-Stage
『駐日大使館建築の基礎的・実証的研究
-建築史料 外交文書ならびに旧華族への聞き取り調査に基づく検討-』
日本国と国交を有する国々の大使館は、それぞれ異なる立地・建築様式や各時代毎の好みや外交関係まで含めた複雑な歴史を歩んでいる事も重要だが、国毎に違う懐具合という生々しい理由も存在する。
posfie
『「冒険者ギルド」の性質から、武装集団と国家(王)との歴史的関係を考える』
【国王又は国家が武力を独占的に掌握している】実はそれ自体が現代目線から見た錯誤に過ぎない上に、現代ですら地域によっては必ずしも正しくない場合がある。