中央暦1639年1月24日午前8:20
私、ミドリ・ソスイ*1の人生において今日程驚きに満ちた日はなかった。船隊行動訓練の為に朝早くにマイハークを出港して訓練を行っていた我が第2ガレー船隊旗艦「ピーマ*2」の魔信に第2艦隊司令部から送られた緊急通信を受信した。
「司令、第2艦隊司令部より通信です!」
「読んでくれ」
「は!発第2艦隊司令部より宛ピーマ。マイハーク上空に国籍不明騎が侵入、第6飛竜隊の迎撃に応戦する事なく北東の方向に遁走、第2船隊は現時刻を持って訓練を一時中断、大東洋北東方面へ可能な限り進出し哨戒を行うべし、との事です」
ふむ、風は順風だから問題はないが、マイハークへの帰還を前提とするなら精々午前中までだな。夜間航行は座礁の危険があるし、海魔も出る。
「航海長!進路を北東へ、他船へも知らせ!」
「は!」
「帆を張れー!」
ガレー船とは言え、何時もオールで漕いている訳ではない、乗員の疲労を考えれば早々長時間の航行は出来ないからな。
午前9:50
「ヨーソロー!」
ロデニウス大陸の陸地が霞んで見える距離を保ちつつ我が船隊が航海を続けていると、水平線上に影が見えた。
「司令、11時の方向水平線上に影あり!」
「距離は!」
「距離は、おい、これ本当か?」
困惑しながら隣の水兵に聞いている。
「報告は正確にせんか!」
「は、はい!凡そ20km!此方に向かって来ます!船体後方にウェーキ*3を確認しました!」
列強パーパルディアのフィシャヌス級であっても、その距離では豆粒位にしか単眼鏡では見えない筈、それがはっきり分かる程の艦だと?ムーの機械動力船か?噂に聞くミリシアルの魔導戦艦か?
「魔信手、すまんが、もしもの時に備えて海軍司令部へ対して直に知らせを送れる様に準備しておいてくれ」
相手が列強で此方への攻撃を考えているのなら、風神の涙もない我が船隊ではどうあっても助かるまい。だが、せめて義務は果たそう。
「航海士!魔導砲⋯筒の様な物を此方へ向ける気配は無いか?」
「いえ、甲板が平べったい船なので、その様な物は確認出来ません!」
「船体側面の跳ね上げ窓もか?」
「はい」
午前10:25
「止まりましたな⋯」
「ああ、我が船隊に恐れをなしたとは思えないが⋯」
我が船隊前方2km程の所で停泊したその巨艦は、船体前方の巨大な錨を降ろし、その場で止まった。不思議な事に錨が1人でに降りた様に見えたが。
「如何致します?」
「漕ぎ手以外の者は完全装備で待機、バリスタは発射準備だけしておけ!漕ぎ手はこのまま前進、あの大型船側面まで接近しろ!」
「しかし、まるで城塞だな」
臨検をするにしても、どう乗り込んだものか…見た所階段もタラップも無い。
大艦の斜め前横100m程で停泊してまもなく、大型船最上甲板の一部が降りてきた、魔道装具か?
「司令、降りてきた甲板上に人がいます」
「人間族*4だな、あそこから乗船せよという事か?」
「どうなされます?」
「この海域が公国の領海*5である以上、臨検はせねばなるまい?いきなり矢を射かけて来る無法な海賊よりは対話の目はあるしな」
部下2名を連れ、降りてきた甲板に乗り移る。
「私はクワ・トイネ公国第2艦隊第2ガレー船隊提督を務めるミドリ・ソスイである、貴国の軍船は我が国の領海に侵入している事は理解しておられるか?」
黒い服に袖口に金刺繍、金のボタンが施してある上質な衣服を着ている水兵?が困惑気味に受け答える。
「我々の言葉が通じるのですか?」
「?何を言っている?貴殿らは我々も使う第三文明圏の共通語言語を話している様に聞こえるが」
おかしい、私の知る列強ならば文明圏外国でしかない我々にこんな受け答えはしない。
「船長はおられるか?」
「艦橋におられます、お連れ致しましょう」
そういえば足元の甲板は魔道装具だったな、これで最上甲板まで上がるのか。
魔道装具が上まで上昇すると、視界一杯の大東洋海域が目に入る。
「なんという高い甲板を持つ船だ、ガレー船がまるで小船の様に見えるではないか」
甲板も甲板で広い、馬上槍試合の会場を超える広さがあるのではないか?
そう思っていると、甲板に立つ横長の塔*6のドアから複数の人間族が此方へ歩いて来る。部下と共に臨検における規定上の質問を行う。
「この船の責任者の方々ですかな?」
「はい、私は艦長の任を承っている者に御座います」
「現在我がクワ・トイネ公国は隣国との緊張関係につき厳戒態勢にある、貴船の所属及び航海目的を述べて頂きたい」
「では、此方から説明させて頂きます」
斜め後ろにいた紺色の衣服を着た人物が受け答える。軍人には見えない、文官だろうか?
「私は日本国外務省に属する田中一久と申します」
外務【省】?確か上位列強のムー国に外交を担当する組織がその様な名だった様な。
「日本国?聞かない名だが」
「はい、信じられないかもしれませんが、我々日本国は突如としてこの世界に転移してきたのです。哨戒機による周辺海域での情報収集によってその事を掴んだのが漸く1週間前後経った時だったのです」
1週間前後?確か、私が基地の兵舎で就寝中に夜中が一瞬昼間の様に光ったという報告を受けた時期と重なる、まさか。
「すると、我が国マイハーク上空で目撃された国籍不明騎は貴国のだと」
「はい、発見した大陸の沿岸を情報収集する中で偶然貴国の港湾都市上空に迷い込んだ事で発生した予期せぬ出来事だったのです」
マイハーク上空で目撃され北東へ遁走した時刻を考えると、確かに辻褄はあう。
「貴国への公式な謝罪、そして指導層への取次をぜひお願いしたい」
俄然話がややこしくなって来てしまった、一船隊司令の出来る事は限られている。
「分かりました、では魔信で司令部を通じ政府へ送りましょう」
「!通信があるのですか?」
魔信を知らない?文明圏外国でも大抵は普及している通信方法を?なんだこのチグハグさは。
午前10:30
「船長、戻られましたか!」
一瞥すると甲板後方にいる魔信手へ命令する。
「魔信手!第2艦隊司令部のノウカ司令に、今から述べる言葉を正確に送ってくれ!」
「ピーマより、マイハーク第2艦隊司令部へ。我、正体不明の大型船を北東海域にて国籍不明騎を哨戒中に発見、臨検を行った所転移国家を名乗る日本国と呼ばれる国家の軍船であるとの事、公式な謝罪を行う為に公国政府との会談を求めている。以上だ」
魔信手はおろか漕ぎ手まで困惑顔だ、まあ分からなくはない。
10分後
「司令部から返信がありました」
「早いな、読んでくれ」
「発第2艦隊司令部より宛ピーマ。対象の大型船を監視しつつマイハーク港まで誘導せよ、魔信では公国政府が信ずるとは思えない為、自ら首相他公国政府を説得する。以上」
ノウカ司令らしいと言えばらしいが、一歩間違えば私も含めて司令官解任ものの行為だな。夜の海上で海魔に襲われる事は勘弁して貰いたい所なので、有難くはあるが。
「よーし、もう1度大型船に乗り込んで彼らに説明するぞ。航海士!漕ぎ手達全員に食事を、少々無理をする事になるだろうからな」
「は!」
まぁ食事といってもパンと若干の干し肉に酢漬け野菜*7なのだが。
これでもフィルデアス大陸へ赴く船では屡々謎の病気*8に掛かる者が出る為、公国船乗り達にとっては御馳走らしい。
1度目と同じく上下に動く甲板から乗り込み彼らと話す。
「御待たせしました。海軍司令部から許可が出たので、我が船団に付いて来て下さい。」
「入港を許可していただけると?」
「ただ、貴国の船が余りに大きい為、我が公国の港湾では対応できぬと思われます。」
「ふーむこれは困った。艦長、何か手はありませんか?」
「空自からの映像を見ただけですが、港の規模・停泊する帆船の大きさを考えると、海岸ギリギリまで接近して内火艇*9を使うしかありませんね」
ほう、ボートの様な物か?
「失礼、ナイカテイという物が我々には分かりませんが、問題が無ければ見せて頂けませんか?」
「問題ありません、甲板端から下を覗けば直ぐ見れますよ」
その場所に案内されて下を覗きこむ、ん?まて、この柵は鉄製なのか?
「ほう、確かにボート*10ですな。我々も良く知る物です」
「如何でしょう?」
「これならば問題ありません、マイハーク港【古木の門*11】も問題なく通れるでしょう」
「?【古木の門】とは?」
「我が国の大陸外との玄関口、マイハークを入出港する船が必ず通る朽ちた古木の様な岩石によって形成された岩石群の名称です」
「その様に巨大な岩が?」
いかん、未知の体験の連続で少々気が高ぶっていたらしい。
「これより我々ガレー船団は貴船をマイハーク港へ御案内します。沿岸には所々浅瀬がある為、船団より大陸側には決して近づかぬ様お願いします」
「此方は周辺の海図すら無い状態です、よろしくお願いします」
「司令!ミドリ司令!」
この声は魔信手だな、確か代々タウン・クライヤー*12を家業としている家の出だったな。
「会談中だぞ!どうした!」
「海軍司令部から追加報告、飛竜及び飛竜士1騎を水先案内役として付ける。との事です!」
ノウカ司令が飛竜基地へ依頼したな、全く手の早い御人だ。
「あー、申し訳ありません。今し方お聞きになられた通り飛竜1騎が案内に就きます。現海域南方沿岸より南側から駆け付けるとの事です」
「艦長!CIC*13より報告、南方より飛行物体1、距離50㎞、高度500m、速度120㎞╲hにて本艦に接近中」
驚いた、まだ見えてもいない飛竜を探知出来るのか。
「ミドリ司令官殿、この飛行物体は」
「おそらく我が軍の飛竜です。我が船団は貴船をマイハークヘ御連れ致します、付いて来て下さい」
ピーマに戻ると、魔信手に命令を下す。
「第2ガレー船隊旗艦ピーマより。宛、海軍司令部。これより大型船を誘導しマイハークヘ御連れする、錨を上げ!帆を張れ!」
南からの飛竜到着に合わせ、船隊各船がピーマを先頭に縦一列に並んでゆっくりと航行を開始する。
「しまった」
「司令?どうなされました?」
「いやな、あの大型船の名前が何なのか聞く事を忘れていた事に今更気付いてな」
さて、航海日誌に何と書こうか今からでも悩むが、今は目の前の仕事に集中しよう。
余談だが、マイハーク港に到着したらしたで、市長を務めるハガマ氏に呼び出される、軍務局へはノウカ司令と共に状況説明に赴く羽目になる等忙しなく動く羽目になるのだが、それは別の話になるのであった。
以上、ミドリ氏から見た日本国との接触になります。
個々人によって同じ事件でも捉え方、感じ方は違うという考えの基に書いております。
(1)言語自動翻訳
この世界に転移して来た日本国及びグラ・バルカス帝国全国民に発生している「自国言語⇒大陸共通言語」への翻訳現象だが、同じく転移して来たムー国に関しては何故か特に言及されていない。だが文章の翻訳機能は存在しない為、読み書きに関しては両国共に言語学会を総動員した文書翻訳作業を行っていると思われる。
(2)文明レベルと港湾
「クレーン」、港湾において貨物船の荷物積み下ろしを行う機材として一般にも名が知られている機械ですが、クレーン自体は古代ローマにおける足踏み回転クレーン「ポーリースパストス (Polyspastos)」がある他、中世盛期欧州には「ガントリー・クレーン」「タワー・クレーン」の2種類が港湾用クレーンとして使われています。
「ハリッジ・トレッドウィール・クレーン(Harwich Treadwheel Crane)」はイギリス連邦エセックス州ハリッジにて保存されている足踏み式クレーンですが、現在の場所に移設される前は海軍造船所にて1930年代まで使用されていたとされます。