公国随一の港湾都市を任されてる事から信頼の厚さが伺えるが、同時に公国東部の諸侯であるともされている。
中央暦1644年1月1日午前9:00
公国東部諸侯ハガマ・スイーデン伯爵*1領都スイーデン
激動という言葉ですら書き表せない程のマイハーク市長としての任を公国より解かれ、今我が領地の領主邸においてこの日誌を書いている。
「日本国」今や第三文明圏はおろか第一文明圏にすらその名を轟かす国の船が、始めて我が公国に姿を現したあの日の事を。
中央暦1639年1月24日午前6:55
市庁舎*22階
市長としての朝は早い、1時間程前に起床した私は10:00からのマイハーク交易所所長及び所員との会談を控え、必要な書類を秘書官の手も借りて纏め上げている。
「ロウリア王国との事がある、外国商人の中には今の内に家屋敷財産を処分して本国への帰国を考えている者もいるだろう」
彼等を責める事は難しい、文明圏外国出身の商人達にとって自身の身は自身で守るのが常識だ。
彼等が独自に冒険者や傭兵を雇い隊商や私船舶の護衛とするのは、少なくともこのロデニウス大陸では日常茶飯事。
現に少し前にマイハーク北方にて海賊船に定期航路の帆船が襲われている。運良く我が方の飛竜によって討ち取る事が出来たが、偶々飛竜がその海域に居なければクイラ人含めた乗員に被害が出ていたかもしれぬ。
「この情勢で私を市長として公国政府が任じたのは、国として彼等を避難させる為の意地も入っているのだろうな」
何時侵攻してくるかも知れないロウリア王国、私自身も連中が亜人と蔑称するエルフ族の1人だ。
達観ではないが、先ず助かるまい。
ならばやる事をやり尽くして果てる方が後悔は無い、必要ならば我が領の船舶を総動員してフィルアデス大陸へ領民を避難させる事も準備している。到底全員は助かるまいが、1人でも多く生き残ってくれれば領主としての責務は果たせる。
午前7:05
「市長!」
「どうした?」
無骨な木製テーブルで少し遅い朝食を摂っていると、我が領地において騎士爵*3を持つ市職員が扉をノックして入室して来る。
「防衛騎士団の夜警任務*4中隊他の市内へ駐留する各中隊が慌ただしく動いております、騎士団からの伝令では国籍不明騎がマイハーク上空へ向かっている為だと」
ロウリア王国か、何時かは来ると覚悟していたが遂に来てしまったか。
「分かった、市内がパニックにならぬ様防衛騎士団との連絡は密にしておく様に」
「は!」
「ああ君、すまぬが着替えを頼む」
流石に寝間着姿で下に行く訳にはいかぬからな。
「市長、おはよう御座います」
「うん状況を⋯」
言おうとした矢先に空けられたガラス窓から奇妙な音が聞こえて来た。
「な、なんだ!」
「市長、奥へ!」
「狼狽えるな!何かあれば市民を避難させねばならぬ我等が浮足立ってどうする!」
その轟音はマイハーク市内上空を飛び去って行った。
僅かに窓から見えはしたがどう見ても飛竜には見えない、そもあの飛竜は朝焼けの太陽の方向、つまり東側から侵入して来たのだ、ロウリア王国とは正反対だぞ。
「君、マイハーク交易所へ協議を一時中止とする使いを、次いで防衛騎士団と海軍司令部へ向かってくれ。この分だと防衛騎士団や海軍司令部とも協議する必要がある」
「はい!」
市職員は我が領地からの者と地元マイハーク出身の者とに大別される。使いに出した者はマイハーク出身、防衛騎士団には顔見知りも多いから問題無かろう。
市庁舎1階執務室
「ふむ、今の所市内は平穏だな」
「防衛騎士団長イーネ様からの報告では、市内全中隊が臨戦体制へ、市外の1中隊を市内警備の任へ充てると伝えて来ました」
「分かった、後で直接会って打ち合わせを行おう」
私が去年市長を公国政府より任じられる前から騎士団を率いている者だ、安心して任せられる。
「市長、第2艦隊司令のノウカ様が」
「わざわざ来られたのか、通してくれ」
言い終わると同時に当人が入室する。
「ハガマ市長」
「ノウカ司令、わざわざ来られたという事は、面倒事ですな?」
クワ・トイネでは差し出した片手を両手で握るのは敬意の証*5、海賊退治に戦果を上げている方を無碍には出来ぬ。
「これから飛竜基地の火喰い鳥にて公都へ向かうのですが、その前に市長にも一言言うべき事が出来ましてな」
「?」
「【転移国家】という単語に聞き覚えは?」
「忌まわしき魔帝がこの世界から転移したという御伽噺でなら知ってはいますが⋯アレが魔帝であるなら私含む職員達は今頃生きてはいないでしょう?」
最早遠い過去の出来事だが、全種族を奴隷と化していた存在だ。あの様な示威行動などせず、始めから我々を攻撃していただろう。
「流石、東部一の豪胆さを持つハガマ氏ですな」
普段が普段故この男、感心しているのか皮肉なのか分からぬ。
「実は、第2ガレー船隊のミドリ司令がその転移国家が派遣したと思われる大型船船を臨検する為乗り込んだ際、謝罪を含めた我が国との会談を求めていると伝えて来まして」
最初から言ってくれと言いたい所だが、我慢だ。
「まさか?」
「はい。その大型船を第2ガレー船隊がマイハークへ誘導していますので、市民達には平静を保つ様促して頂きたい」
とんでもない事になった、大型船とやらがどの程度の大きさかは分からぬが、別の意味で市内がパニックになりかねん。
「では私はこれで、公都の石頭に事情を直接説明せねばなりません故」
言うだけ言って、ノウカ司令は馬上の人となった。
「市長⋯」
「呆然としてても始まらん。謝罪に来たいという事は文官中心の集団が来られるのだろう。港管理所へ向かうぞ、後は頼む」
港管理所*6 午後2:00
訳も分からぬ内に管理所にて市職員含む防衛騎士団員に海軍司令部員30名程が港の係留場を見ていると、【古木の門】上部に設けられた見張り台から入港を示す旗が振られる。
管理所側にある見張り櫓にいる兵が困惑した声で言う。
「古木の門より沖合に、お、大型船接近!」
「あれがか?」
単眼鏡で古木の門正面を見ると、周りにいる公国ガレー船が漁船の様に見える程の巨船が見える。
「凄え⋯アレと比べりゃ留学で見たパーパルディア皇国の魔導戦列艦が小舟みたいだぜ」
「あれ?側面から何か降ろしてるぞ?ボートか?」
海軍司令部から来た水兵長他水兵達が口々に話す。
「すまんが、単眼鏡を貸してくれるか?」
「此方です」
水兵長から単眼鏡を受け取ると正面の巨船を覗く。
「…オールも漕がずに此方にむかって来ている」
「え?」
見た所漁民達の使う様なボートと左程変わらない大きさだが、明らかに速度が違う。
そのボートは信じられぬ速度で古木の門を潜ると、我々の居る管理所至近の停泊場階段近くに止まった。
何故かミドリ司令が乗り込んでいる。
「ミドリ司令!」
「ハガマ市長ですか、ノウカ司令から話は通しておくと魔信で言われていますが、日本国外務省の皆様です」
転移国家が謝罪の使節団を送って来る、としか此方は言われていないぞ!
「港湾の関係上あの大型船は停泊出来ない為、此方のボートで往復して必要な物を運ぶとの事です。彼等に敵意は無い為、どうか御協力頂きたく」
紺色の衣服を着用した人物が次いで声を掛けて来る。
「この港湾における責任者ですか?」
「私は経済都市マイハークにおいて市長を務めているハガマ・スイーデンと申す者、卿らが日本国の使者か?」
「はい、日本国外務省田中一久と申します」
フルネーム?農民や町人達にも家名は存在するが、普段は使わず基本的には【〇〇村(町)の〇〇】と呼び合う、貴族出身なのだろうか?
「ノウカ司令からは卿等を迎える様依頼されております、公国政府からの魔信が届き次第公都へ御案内しましょう」
急な事なので、管理所から少し歩いた先にある文明圏から来た商人達を歓待する宿として使われているマイハーク随一の大廈高楼*7にして宿屋【棗(なつめ)の木*8】へ一行を案内する。
文明圏国家からの商船団が来た時に備えて市自ら建設した宿だ。列強国ではホテルという名称が付いているらしいが、我々には宿屋の方が馴染み深い。
「文化財の様な木造建築だなぁ」
侮りでも高慢でもなく純粋な興味とは珍しい、それにブンカザイとは如何なる物なのだろうか?
「主人、住まないが客人を各部屋まで案内してくれ」
使節団の長に言う。
「申し訳ない、私は市長としての仕事がありますもので直接案内出来るのは此処までとなります」
「いえ、突然の訪問に対応して頂き有難う御座います」
奇妙な客人達だ、列強や文明国の人間が自国の優位性をひけらかすのは極々普通の事なのだが⋯。
午後3:30
モヤモヤした気分を引き摺りつつ、市庁舎へ戻ると人集りが出来ている。
「市長が戻られたぞ!」
ああ、案の定だ。
「遂にロウリアが攻めて来たのですか!?」
「沖に見た事も無い船が!」
「!」「!?」「!!」
仕方ない、少々私らしくないが非常時だ。
「市長として皆様に言う、どうか落ち着いてもらいたい!」
自分でも発した記憶の無い大声で一喝し、皆が静まるまで待つ。
⋯よし、頃合いだろう。
「有難う、我が親愛なるマイハークの民よ!沖に停泊している船は、謂わば迷い人の船だ!」
「道に迷い、不安になりながら漸く村落を見つけた迷いの旅人を警告無く打ち据える様な者はクワ・トイネには居ないと信じている!」
「我等マイハークは彼等にとっての灯台の光!」
「消せば彼等は海魔出現する暗黒の海へ放り出された遭難者となろう!その恐怖は、このマイハークで船に関わる全ての者が理解出来よう!」
ついこの間海賊船による襲撃があったばかりであり、海で生きる者達にとって海難事故による悲劇は必ず見聞きし、自ら体験した者は決して少なくない。
「皆様、どうか日常を保ちつつ、我等に対応を任せて欲しい!」
「市長」
演説が終わるか否かで声を掛けられる。
「どうした?」
「公都から魔信が来ました、海軍司令部・防衛騎士団と協調し、明日公都へ使節団を送り出す様にとの事です」
ほう、カナタ首相も覚悟を決めた様だな。
「分かった、此方は防衛騎士団に【棗の木】周辺の警備と見廻りの夜警を増やす様要請しよう」
さて、この演説が幸運に繋がるか不幸に繋がるかは神のみぞ知るという奴だな。
後年、ハガマ伯爵はロデニウス大陸屈指の港湾都市となる「ニュー・マイハーク港」を有する大都市の基礎を築き上げた人物としてクワ・トイネ文部省の初等教育用教科書にその名が載る事となるが、それは未来の話である。
後書き
如何でしたか?
マイハーク市政のトップという立ち位置である為、突然の苦労事を四苦八苦して熟す人物という書き方になりました。
(1)諸侯と市長
ロウリア王国による侵攻が予想される時期に市長の任を受け入れた気骨ある人物であり、公国からの信頼の厚いキャラという前提で書く事は投稿前からある程度決めていました。
それはそれとして領民を避難させる手段を独自に用意する等、領主としての役割も全うする抜け目の無い雰囲気を感じられたら幸いです。
(2)棗の木
日本国召喚においてちょくちょく挟まる雑談回の様な酒場風景、ファンタジー作品にて屡々見られる典型的な酒場兼宿屋ではあるのだが、コミカライズ版ではパーパルディア皇国エストシラントにヴィクトリア王朝時代「パブリック・ハウス(Public House)」に準拠した酒場も出て来る。
跡見学園女子大学機関リポジトリ 種田明
「ヨーロッパの宿屋の起源:客人厚遇からホスピタリティへ ─H・C・パイヤー『異人歓待の歴史』を読む─」