本編時間軸ではクワ・トイネ公国と同時期に日本国との国交を結んだとされる日本国資源確保の生命線、クイラ王国。
書籍版1巻特典以外では記述が無く、コミカライズ版で各種設定が追加された事で国家の輪郭が朧気ながら見える様になった。
なお、クイラ国内にムー国関連の小規模な「油井」が存在する事から、召喚後の日本国が原油を必要とする地球世界で言う所の19世紀末~20世紀程に相当する近代国家の存在を知る事に繋がった設定がある。
中央暦1639年2月16日
首都バルラート王城「バハーラ*1」
朝早くから出仕の命が下り、足早に王城の門を衛兵に出迎えられつつ歩いて行く。
「陛下。外務卿メツサル、只今参上仕りました」
「うむ、朝早くにすまぬな」
この御方こそ、私が仕える現クイラ王国国王クイラ・アル=ウザード陛下である。
「陛下、またクワ・トイネ公国からの援兵要請でしょうか?」
「それなのだが⋯宰相*2から説明した方が良かろう」
「外務卿、転移神話の話は知っているな?」
「我が国に訪れるムー国の事でしょうか?」
ゲンユと称する黒水*3を我が国から買い付けに来る遥か遠き第二文明圏の科学文明大国に、その様な話があった。
「うむ。それと同じかは分からぬが、クワ・トイネ公国外務局より緊急の魔信が早朝に入ってな」
「転移国家⋯とでも?」
「正直、私も陛下も半信半疑ではある」
「宰相からの報告では、クワ・トイネ公国が派遣した外交団が既に転移国家と実務交渉中という事だ」
なんと!
「クワ・トイネ公国経由で我が国の事も知った為か、我等との接触も希望しているらしい」
「お待ち下さい。陸路か海路かは分かりませぬが、仮にその転移国家とやらが我が国に来るにしても1週間以上掛かるのでは?」
クワ・トイネ東部から最短の海路を取るにしても、帆船では最低で1週間、天候次第では2週間以上も掛かる。
陛下と宰相だけでなく、並び立つ王族・諸侯の方々まで難しい顔をする。
「それがな、明後日には我が国東端の【孤独の岬*4】まで到達、1日後には王都まで来るそうだ」
「⋯失礼ですが、御冗談では無いのですね?」
「外務卿、此処が正式な場であったら叱責ではすまぬぞ?」
「!申し訳ありませぬ」
「まぁ分かる、余りにも船足が速すぎる故な」
「我が国にも時節来るムーの機械船*5でしょうか?」
「我が国の常識で測ればそうなるだろうな、だが転移国家だ、常識では測れぬ」
頭を抱えつつ、宰相閣下が言う。
「兎に角、出迎えの準備を急いで整えねばならぬが⋯」
「ムー国機械船が来た時の出迎えを基本とする他ありませぬが、問題は既にあるムー国機械船用の桟橋で対応出来るかどうかです」
「その点に関してはクワ・トイネ側からの知らせで問題無いという事だ。手段は分からぬが外交団人員や資材を陸揚げする機材を独自に持っていると言って来ている」
「明後日に孤独の岬に来るそうですが、王国東部海域を担当する第2艦隊には既に?」
「魔信で知らせてはいる。が、何しろクワ・トイネ外務局からは【ガレー船が木の葉に見える程の大型船】という話故、艦隊司令も怪訝な声色をしていた、無理もないがな」
「第2艦隊司令は東部諸侯のムンディル領主、クイラ・アル=ハッサム子爵*6でしたな?」
「うむ、我がクイラ王国海軍では数少ないパーパルディア海軍への留学経験のある生粋の海軍武官よ」
我等を文明圏外国と見下すパーパルディア皇国だが、同時に彼等は自国軍学校への留学を許可している。
列強たる皇国の強国自慢に利用されるのは癪だが、彼等の航海術や操船技術を学ぶ絶好の機会でもある。
「しかし彼等の船足が話通りとすると、ガレー船では付いて行く事すら難しいのでは?」
「それがな、ハッサム子爵自身からの提案で【可能であるならば、我自ら大型船に乗り込み道案内を行う】と言ってきおった」
「相手が許可するかどうかという問題もありまするが、艦隊司令ともあろう御方が少々軽弾みなのでは?」
宰相がぼやく様に言う
「言葉は悪いが人質としての役割、そして【格】の問題がある故な」
「諸侯議会*7にて取り急ぎ行った会議でも【任せる】と合意した」
「あやつめの行動力の高さは王国内でも有名よ」
「思う所はあるが、内陸諸侯の中には川船*8以外船に縁遠い者も珍しくない」
「ふん、本人が是非この目で見てみたかったと太々しい態度で弁明するのが予想出来るわ」
普段喧々諤々の議論で有名な会議がこうも早く決まるとはな。
「了解しました、では出迎えの準備に取り掛かります」
「頼むぞ、必要な予算は王国国庫より出来る限り融通する。外務局の方に既に誓約書は送ってある故、確認せよ」
「は」
一体全体どの様な国なのやら、パーパルディア皇国の様に高圧的で無ければ良いのだが⋯。
中央歴1639年2月17日
「局長、宿の手配の件は此方の羊皮紙に」
「王国近衛軍楽隊*9から出迎え式参加の合意を取り付けました」
「王都防衛艦隊*10より、当日は訓練出撃を中止、大型船出迎えに備えるとの事です」
2階建て土造りの外務局に忙しなく局員が出入りしている。
「ふう」
此処までの忙しさは外務卿に任命されてからの業務引継ぎ以来だな。
「局長、王国内務局との打ち合わせで派遣した局員から外交団視察ルート選定に関する提言が出されております。此方が書類となります」
広げられた羊皮紙に変わった事が書かれている。
「ムー国の油井見学の件?」
「はい、もし彼等がムー国に近しい科学文明だった場合、彼処から産出される黒水を買い求めるかもしれません」
「我がクイラ王国にとって貴重な外貨獲得手段の1つだからな」
と言ってもムー国の方々が常駐している訳ではない、月に2〜3回の頻度でムー国機械船が来訪して地面に突き刺した杭から黒水を回収、海岸沿いの黒水桶*11へ貯蔵、素材は分からぬがホースと呼ばれる物で桟橋に停泊した機械船へ送り込むという物だ。
「如何でしょう、彼等黒石*12を買い求める事もありますし、王都の黒石貯蔵所も入れては?」
「提案されている視察コースからも大きくは外れないか」
黒水は兎も角、黒石の方は王国でも需要がある故、王国内でも産出される鉱山は多い。
「分かった、中間報告会議にて提案してみよう」
ザワ、ザワ、ザワ
「局長!宰相閣下がお見えに!」
「なに?」
必要ならば王国内を行幸する事に躊躇いがない陛下と違い、宰相閣下は其処まで行動的ではない、何方かと言えば調整型の人物だ。
入室する宰相へ向かい、局員一同片膝を付く姿勢を取る。
「御苦労、突然の来訪を先ずは詫びよう」
「いえ、凡その方針は既に決定しております故、今は最終的な調整といった所です」
「クワ・トイネから追加の知らせが?」
「話が早くて助かるぞ。先ず転移国家の名称だが、【日本国】、出現場所は大東洋海域との知らせがクワ・トイネのクイラ王国大使館より来た」
「外務局としてはパーパルディア⋯【下位列強】国を想定して対応する予定ですが」
「いや、クワ・トイネ公国外務局からは下位列強等とは比べ物にならぬ程発展した国だそうだ、下手すると上位列強をも超えるやもしれぬと」
「参りましたな。全てを信ずるには情報が余りにも不足しています、友邦クワ・トイネを疑う訳ではありませぬが」
出たとこ勝負なぞ外務を取り扱う者に在るまじき事だが⋯。
「クワ・トイネ側は既に日本国へ外交団を差し向けた様であるし、我等クイラ王国も日本国を直接目にする必要が生じるかもしれん」
「クワ・トイネ側は如何程の規模の外交団を?」
「リンスイ外務卿を中心に、軍務局のハンキ氏を始めとした公国官僚団凡そ80名だそうだ」
「外務卿自ら赴いたのですか、万事慎重な公国らしくないですな」
私自身も、興味が無いかと言われれば嘘になる。
「まぁ、先ずは大型船の対応をしなければならんし、何が起こるかも分からない不確定事象の先の事を話せば神に笑われるだろう?」
クワ・トイネ側は出だしを上手く立ち回っている様だ、我々もこの流れに乗るべきか、慎重を期するべきか?
中央暦1639年2月18日
東京にてクワ・トイネ公国外交団が日本国との最終的な実務者協議を行っている中、海上自衛隊第1護衛隊群第1護衛隊に属する「DDH-183 いずも」はロデニウス大陸東海岸を南下中だった。
「艦長、右舷見張り員がロデニウス大陸南東端の岬、公国外務局員が言う所の【孤独の岬】を視認したと」
「うん、御苦労。しかし一面の耕作地に緑が生い茂っていたクワ・トイネ公国とは大違いですな」
いずも艦長より艦橋に入る事を許されている数少ない公国外務局員に尋ねる。
「はい。私も含めクイラ王国へ初赴任する外務局員は、あまりの環境の差に面喰う程です」
「“貧国”とも呼ばれていると聞き及びますが?」
「否定はしきれませんが多分に侮蔑も入っている評判です。我らクワ・トイネ国内で使われている魔信用魔石は主にクイラ王国産ですし、鎧兜や武器、鉄製品等はクイラ王国より齎されている地金*13に頼っています」
「ふーむ、我々にとっての原油やレアメタルに相当するか…」
「艦橋へ、孤独の岬台地上の木造灯台と思われる建造物付近から狼煙と思われる煙にクイラ王国旗が振られています!」
「クイラ王国の迎えと考えてよろしいですかな?」
「クイラ王国東部沿岸を担当しているクイラ海軍第2艦隊が管理する灯台です、話は通っている様ですね」
「これで接触第一段階となりますが、貴国クワ・トイネと同じく我々のP-3C哨戒機がクイラ王国上空を飛行しています。国交以前に先ず謝罪からになるでしょうね」
田中一久氏が語る。
「貴国の飛竜…失礼、ピースリーシーがどの程度の高度で侵入したかに依りますな、彼等は飛竜隊を有していませんので」
「この世界では一般的な航空戦力と伺っていおりますが」
「何分飛竜は軍馬以上に大飯喰らいな上に、保有している国では飛竜養成施設・飛竜舎から土の滑走路まで揃える必要があります。豊穣の大地有する我が国では問題ありませんが、第三文明圏の文明国でも飛竜の維持管理は頭の痛い問題なのです」
「ふーむ摩訶不思議な世界ですが、維持費の問題は変わらないのですね」
孤独の岬を横目に、ロデニウス大陸南方海域へ侵入する。
「本船は孤独の岬沖合から西へ転進、クイラ王国東部港湾都市ムンディル*14へ向かいます」
「本国からの魔信でクイラ政府を通じ、第2艦隊へは既に情報が送られている筈です」
「では当初の予定通りムンデイル沖にて本船は一時停泊し第2艦隊司令と会合、そのまま王都バルラート近郊の港湾都市に向かいましょう」
クイラ王国東部港湾都市ムンディル
さして大きくない泥煉瓦3階建ての第2艦隊司令室へ海軍武官が入室する。
「艦隊司令、クワ・トイネ公国からの話にあった【大型船】が沖合に到着しました」
平静を保とうとしているが、僅かに声が上擦っている。
「確かに言われはした、だが言われるのと見るのとでは大違いとはこの事だ」
「本当にアレに乗り込むおつもりですか?」
副官が呆れた様に言う。
「相手次第だな」
「まさか我が国に訪れるムーの機械船を遥かに上回るとは思いませんでした」
数週間程前に黒石買い付けに入港したムーの貨客船が入港する時も港は行商人や住民達で賑わっていたが、今回の大型船訪問は若干の困惑が感じられる。
「各地区の代表者には家中の者を派遣して事情説明は行ったが、流石に昨日今日では時間が足りないか」
「幸い、大きな混乱には至っていないと報告を受けています」
すると、後ろの木戸がノックされる。
「入れ!」
「艦隊司令、司令部魔信室に入信あり」
「読んでくれ」
「宛、クイラ王国第2艦隊司令部へ。発、クワ・トイネ外務局ゴエイカンイズモ随行員より、我等ムンディル沖合の大型船に座乗中なり、大型船は貴国との外交交渉を希望す、以上です」
ほう、クワ・トイネ外務局は動かすには重く不便な大型魔信機*15を態々持ち込んでいるのか。
「分かった、港湾へのボート入港は許可していると伝えよ!」
「は!」
流石にあの大型船を受け入れられる桟橋は無い。
ボートを載せていると聞いているが、数km離れた沖合からではそれなりに時間も掛かるだろう。
「では空けておいた4号桟橋*16で迎えるとしよう」
「はい」
司令部から海軍ガレー船隊の停泊する桟橋まではそれなりに掛かる、港湾入口は対海魔用の大型バリスタと鉄鎖で封じられている為、外海に直接接する外海堤防地区には古くからのしきたりで住民の居住は認められていない。
日干し煉瓦で舗装された道には、大型船を一目見ようと有象無象の人集りが出来ている。
「衛兵隊*17の皆には苦労を掛けるな」
「仕方ありません、やっと情報を纏めて衛兵隊へ報告出来たのが昨日の晩ですし」
やがて、小屋の様な港湾管理棟が見えて来る。
「子爵閣下!*18」
「うむ、状況は?」
「大型船横腹からボートの様な物が降ろされているのを港湾出入口の見張り櫓から報告されています」
ふむ、事前説明通りだな。
「ほう、魔導具か何かで吊り下げているのか?」
「どうやら、海面に降ろしてから乗り込むのではなく、予め人が乗ってから海面に降ろしている様ですね」
自身の持つ単眼鏡を大型船に向けながら副官が言う。
ん?漕ぎ手が居ないぞ?
「し、子爵。あのボート、独りでに動いてませんか?」
「どうやら君の錯覚では無い様だぞ?私にも見えているからな」
いかん、驚いている場合ではない。
「港湾長、鉄鎖を沈めよ、このままだと引っ掛かり事故になるぞ」
「は、はい」
港湾閉鎖用の鉄鎖を沈める為の旗が振られ、港湾局員達が人力で車輪を回す。
その間にもボートは港湾入口まで進んで来ている。
「速いな⋯」
「司令、ボートの舳先に⋯クワ・トイネ公国第2艦隊のノウカ司令です!」
なんだと?公国海軍の1艦隊を率いる御仁ではないか。
港湾入口を過ぎてあっという間に4号桟橋へ到着すると、ノウカ司令が気取った動作で桟橋に飛び乗る。
「これはこれはハッサム子爵、御機嫌麗しゅう御座います」
「本当にノウカ司令ですか、昨年のマイハーク訪問以来ですな」
長らく友好を保っている我が王国と公国、まして海軍武官同士は繋がりを常に保っている。
「しかし、ノウカ司令自ら来られる事は魔信では聞いておりませんが」
「はは、本当はミドリか他の奴等に任せる予定だったのですが、【面倒事を最初に持って来た者が安穏としているのは頂けませんね】とカナタ首相に言われてしまいましてね」
理知的と評判のカナタ首相も言う時は言う御仁だからなぁ。
「ノウカ司令の他には?」
「随行員は私と外務局員含め5名です、私はその長を勤めていますよ」
本当に最低限といった人数だな。
「では、ボートに乗っておられるのが話に聞く日本国の方々で?」
「ええ、日本国から貴国への国交成立を求める一団です」
顔をボートに向けると濃紺色の衣服を着用した者がいる。
そう言えば我が国へ来るムー国人にも似た様な服を着ていた御仁が居たな、色や衣嚢*19の位置は異なるが。
「お初にお目に掛かります、日本国外務省、田中一久と申します」
自ら名乗る?列強国なら文明圏外国家側の人間に先ず名乗らせるものだが⋯。
「うむ、私はこのムンディル領主にしてクイラ王国第2艦隊司令を勤めし現クイラ国王陛下の臣下、クイラ・アル=ハッサムと申す」
「付け加えますと、王国内では生粋の海の武官にして子爵の爵位を王国より与えられている御方です」
ノウカ殿が補足説明をする。
まぁ古くからの地場の貴族家が多い公国と違い、我が王国の爵位は王家から直接与えられた物だから微妙に異なりはするが。
「公国外務局を通じて既に通達が行われていますが、我々はこれよりクイラ王国首都バハーラ近郊の港湾都市へ向う予定です」
「我々も王都からの魔信にてその議は伝えられております、其処で提案なのですが⋯」
ダメ元でも提案するだけはしてみるか。
「見た所我々の運用するガレー船や定期商船とは比べ物にならぬ巨艦、王国沿岸には浅瀬や岩礁も点在おります故、不肖このハッサム、水先案内を務める所存です」
「ノウカ殿、事実ですか?」
「クイラ王国南岸は海岸線こそ長いですが漁をするには収穫に乏しい貧しい海です、ハッサム子爵が言う様に危険な海という事も拍車をかけています。その為、王国の漁村は主に北部山岳地帯から南方向へ流れる大河に沿う場所に作られています」
「成る程、東部海岸を航行中に見かけた川もそれでしょうね」
「P-3Cが撮影した航空写真にも川沿いに点在する集落が複数写っていました、今の所間違いは無いかと」
唯、幾ら緊急事態とはいえ他国の軍人をいずもに載せるのは法的に問題になるやもしれない。
「招待した、という体でゴリ押すしかありませんね」
「国民の皆様方の税金で建造された【いずも】を座礁で失う事の方が問題でしょう」
「クイラ王国沿岸は海図も無い状況です。本来なら測量船を連れて来たい所ですが、海保の測量船と共に国内海図の再測量任務で手一杯ですし」
ふふん、賭けには勝てた様だな。
「では、許可して頂けると?」
「流石に船内を自由に、という訳には参りませんが」
「感謝致します。司令部の魔信にて伝えます故、少々お待ちを」
踵を返し、司令部へ速足で急ぐ。
「司令がお戻りになられたぞー!」
王国内では珍しいガラス窓越しに声が放たれる。
出入り口を通り、1階の魔信室へ向かう。
「うむ、御苦労。早速だが王都に魔信を送ってくれ」
「は」
「発、ムンディル第2艦隊司令部より。宛、王都バハーラ、我、大型船への乗船許可を取り付けたり、これより水先案内人として日本国外交団を王都へ送り届ける事を約束する。以上だ」
魔信を送り、5分程で返信が返って来た。
「発、王城バハーラより、宛、第2艦隊司令ハッサム子爵へ。必ず送り届ける事を厳命す、外務卿メツサルより、以上です」
「司令は賭けに勝った様ですな」
「その代わり、諸侯の皆様に小言を言われる事はこれで確実になったがな」
「岬灯台の報告を信ずるなら、順風状態で走る定期商船の2倍以上、15ノットか」
「確かに事前説明通り、1日以内に王都港湾へ辿り着ける速度です」
「益々楽しみだ」
衛兵長や家令*20には事前に連絡済み、大型船が立ち去ればこれ以上の混乱も起こり難いだろう。
足早に4号桟橋へ戻る。
「お待たせ致した。王国外務局より確認の返信を受け取りました故、これより御案内致します」
「では、宜しくお願いします」
ボートが4号桟橋を離れ、手漕ぎボート・帆船では有り得ぬ機敏さで港湾出入口を離れて行く。
「あれが貴殿等日本国が有する軍船か、まるで浮かぶ城塞の様だ」
「はい、【いずも】と呼ばれています」
ほう、軍船の名前は大抵地名・国名・人物名だ。
あの船の名前もその類だろうか?
あっという間に大型船横に空いた穴*21付近まで来ると、魔導具の様な柱が迫り出して来る。
「成る程、このボートを吊り下げる為の装置か」
作業が終わり、装置によってボートが大型船船内へ入ると、白帽と黒服*22に金刺繍を施された面々に出迎えられる。
咄嗟にクイラ式の敬礼*23をして応えると同時に。
「ムンディル領主にして王国子爵、第2艦隊司令たるハッサン閣下へ、本艦への来訪を歓迎致します」
「突然の提案を受け入れて貰った事を神へ、そしてクイラ王家に列する者として感謝いたす」
「ここからは我々が御案内致します」
「ノウカ司令」
「先ずは甲板、その次が艦橋になりますな」
私の背丈の何倍もあろうかという空間横にある装置から床が上昇しつつ、甲板へ到達する。
「何という高さだ、パーパルディア戦列艦のマストより高いのではないか?」
「ははは、ミドリの奴も似た事を言っていたそうです。マイハークでこの船に乗り込んだ私もなのですが」
これだけの巨艦、確かにムーとは比較にならぬ技術力を有した国なのだろうな。
歩きながら話をしつつ、横長の尖塔の如き建物に入り、階段を登る。
歪み1つ無いガラス窓が林立する部屋に、特別製と分かる椅子が目に入る。
恐らく、この軍船の船長席だろう。
「この船の船長とお見受けしますが」
「はい、私はいずもの艦長を務めている者です。クイラ王家に連なるクイラ・アル=ハッサム殿下を招く事が出来た事を光栄に存じます」
自分で言うのもなんだが、文明圏外国の貴族、それも下位爵位でしかない子爵である者を此処まで手厚く歓迎する列強国等皆目聞いた事が無い、転移国家というのは強ち間違いでは無い様だな。
「では早速ですが、我がクイラ王国南岸の地図をお見せしましょう」
「よろしいのですか、自らで使う物を他国人に見せてしまって?」
「転移国家としての同情ではなく、我が国の実利として必要だと私自身で判断しました」
メツサル卿からは、送り届ける為に汎ゆる手段を尽くせと言説は頂いているからな。
なお、当然だが後日宰相を含む王国政府一同から激しい叱責を喰らう事となった。
後年日本国外務省を通じ、この時の礼として贈られたクイラ王国全土を測量した航空地図がクイラ王家へ返礼として贈られ、後の世まで国宝として扱われる事となる。
「クイラ王国南岸は基本的にロウリア王国との国境に面する山脈地帯まで西南西へ直進する海岸線を有しています。されど岩礁や浅瀬が沖合に至る所に存在している為、我々のガレー船を基準とした場合、安全を期するなら陸地に対して1kmの距離は最低でも取る必要があります」
「ふむ」
クワ・トイネ公国で見たガレー船の喫水は凡そ1m〜1.5mと推測されている、対して本艦の喫水は7mだ。
「これだけの船です。海魔も恐れて近寄らないでしょうし、陸地から5kmの距離を保てばまず座礁の心配はありません」
「疑う訳ではありませんが⋯」
「何、我がムンディルには代々沖合で漁をする者共がいましてな、彼等にとっては南岸一帯が狩場の様な物。沖合の地形、魚が潜む場所、海魔から逃れる方法を知り尽くした者達です。また、そうでなければ命を落とす危険と隣り合わせなのです」
納得した顔で、船長席近くの魔導具を手に取る。
「全乗組員へ、こちら艦長。本艦はこれよりクイラ王国首都バルラートへ向かう、我々にとって未知の海域だ、決して油断せぬ様に心掛けて欲しい」
ほう、パーパルディア皇国で見た魔導拡声器の様なものか。
ロデニウス大陸では未だ普及していない物だ、初めて聞いた時は私も驚いたものだが。
その後日が沈み夜に、そして夜明け近くになるが、幸いな事に何事も無く王都バハーラへ【計算上では】後数時間という所まで来た。
「しかし赤い魔導灯とは便利ですな、目が眩みません」
「貴国では夜はどの様な照明を?」
「平民達は基本的に日が沈むと寝るのが基本です。町人や商人は松明や蝋燭を使いますが、貴族の中にはパーパルディア産の魔導灯を使う者もいますな」
「ハッサム子爵のムンディルと王都バハーラは、王国内において魔導灯を街路灯に採用している数少ない都市ですからな」
同じく借り受けた双眼鏡で進行方向の暗闇の海を見つつ言葉を発するノウカ氏の姿がある。
「うむ、農村にも1台はある魔導通信機と違い、魔導灯は街全体に何百基と設置して魔石を交換しなければならぬから魔石の量も馬鹿にならん、それならば貴国に売った方が実入りも良いのでな」
「それでも長距離通信用の高純度魔石を売るアルタラス王国には敵いませんからなぁ、羨ましい事です」
「ハッサム閣下」
いずも艦長が声を掛けて来る。
「風呂の準備が出来ていると報告がありまして、宜しければ如何でしょう」
ふ、風呂?王国では真水は貴重である為、貴族であっても基本的には海水や川の水を使った行水で済ます者も多い、蒸風呂もあるにはあるが。
「失礼、風呂とは湯船に湯を貼った風呂の事だろうか?」
不思議そうな顔をして返すと、横のノウカ氏が言う。
「我がクワ・トイネ公国の都市部で見られる公衆風呂より数段良い物ですよ」
「御案内します」
どうするか思案する途中で相手が歩き出した為、反射的に付いて行ってしまう。
階段を降り続け、乗組員の居住区画と説明された場所に案内される。
「これだけの巨艦を操る水兵が僅か数百人足らずとは⋯」
パーパルディア皇国の魔導戦列艦は大きい物で1000人を超える乗組員が必要だ、その半分以下と聞かされるとはな。
「此方が所持品を入れる貴重品用ロッカー…戸棚*24になります、此方の鍵を右に回すと鍵が掛かり、元に戻すと開く様になります」
「ほう、鍵を持っておれば盗まれる心配も無いと?」
商人達が家財を入れる為に使う様な高価な錠前が当たり前の様に並んでいるのは、ある意味壮観だな。
事前に説明された様に流水装置(シャワー)や薬品(シャンプー&リンスに石鹸)を使ってみたが、何だこれは至福か?
「座り心地の良い椅子もそうだが、贅沢にも程があるだろう、真水を使える時点で異常なのだが」
それに加えて、これだ。
「どう見ても陶器でも木製でもない、薄いが頑丈だ、鉄でもないな」
少し湯を口に含んでみるが。
「海水を熱しているのか」
湯船に真水を使わないという事は、彼等も彼等なりに真水を貴重な物と認識しているのだろう。
「ううむ、やはり至福だ!」
風呂を堪能し着替えると、居住区画を抜け尖塔への階段を又上がる。
「軍船にあれ程の設備があるとは⋯」
「されど、初めてでは無い様に見受けられますが」
案内を務めるサントーカイサ*25と紹介された者が尋ねて来る。
「我等クイラ王国にとって科学文明は貴国と国交を結んだ公国よりも身近なのです。遠き第二文明圏から来る列強国ムーの客船を見学した事が御座いましてな、その時に似た装置を見た事がありました故」
「ムーでありますか?」
怪訝な顔をする彼だが。
そうか、転移国家という事を忘れていた。
「彼等は高圧的なパーパルディア皇国と違い、文明圏外国の我々にも胸襟を開き交易を行って頂ける為、親近感を湧く者も少なくありません。まぁ列強国の取る態度としてはパーパルディアの方が当たり前なのですが」
尖塔への階段を登りつつ会話をしていると、夜明けの明星がガラス窓から突き刺さる。
陸地を双眼鏡で見つつ。
「このままの速度ならば朝方には王都バハーラの港湾に着きましょう」
「これで、本艦の任務は半分を終えたました」
「王国の対外外交を司るのはドワーフ族出身の外務局局長にして王国伯爵のメツサル卿*26です。ああ見えて対列強外交の経験もある王国内きっての外務諸侯の1人故、用意周到に準備を行ってるでしょうな」
ノウカ氏がそう言うと、ハッサム子爵が返す。
「前にムーの機械船が黒水を流出させ、我が国の海岸を汚染させた事故ではパーパルディア皇国皇都エストシラントのムー国租借地の総督府*27へ乗り込んでムー本国からの謝罪を引き出しましたからな」
ロデニウス大陸何処ろか第三文明圏件では前代未聞の出来事だった為、当時は魔信を介して一大ニュースになったものだ。
「はは、パーパルディア皇国政府からは【文明圏外国風情が】と罵られたそうですがな」
「当代のルディアス皇帝が皇位に就いてからというもの増長が激しいですからな、前はそうでもなかったのですが」
「何せ第三文明圏初の列強認定です、文明国時代のパールネウス共和国を事を知るエルフ族からは【変わり過ぎ】と言われる程です」
「失礼ですが。その、ドワーフ族と言うのは⋯」
いずも艦長が聞いて来る。
そうだった、日本国には人間族しか居ないと言っていたな。
「クイラ王国は獣人族・ドワーフ族を中心とした国なのですが、私の様な人間族もおります」
「数百年前にクイラ王国が未だ成立していなかった時代に入植した冒険者一団によって、王国南東部に築かれた入植地がムンディルの祖と伺っていますな」
「うむ。我が先祖はその冒険者一団のリーダーを務めていたと我家の記錄には記されている」
「対してドワーフ・獣人族は彼方の時代よりクイラの地にて生きて来た者達です、ドワーフ族は北部西部の丘陵・山岳地帯、獣人族は大河と木々低き荒地を中心とした平野部を主な居住場所としておりました」
「特に山岳地帯のドワーフ族とは我等公国も長年交易関係を結んでおりましたから、獣人族出身の現クイラ王家によってクイラの地が統一された後に初めて派遣した公国外交使節団の中には、初めて獣人族を見たという者も居たと公国史書にあります」
「我が家は運が良かったのでしょうな、同じ冒険者集団の中には地元勢力との諍いで滅ぼされた者達も居た様ですから」
「現国王陛下たるクイラ・アル=ウザード陛下の祖王よりムンディルの統治を引き続き任せるのと引き換えに臣従、その代わり他のロデニウス大陸国家やフィルアデス大陸との外海交易を仕切る事を条件に成されたと」
「外海との交易をですか?」
何時の間にこの尖塔に上がって来たのやら、田中氏が聞いて来る。
「ええ、我が祖先はフィルアデス大陸のとある文明国の支援を受けロデニウス大陸がある南方海域に漕ぎ出したそうでして、代を重ねつつも繋がり自体は維持し続けていました、それに目を付けた様です」
「クイラ王国北方の大山脈は北西部の地峡をを除くと互いの行き来が出来ぬ程険しい故、船による交易に目を付けた当時のクイラ王は先見の明がありましたな」
「うむ、それによって得た富を基に現在のクイラ王国統一へ邁進なされました、無論我が先祖もクイラ王の下で数々の武勲を立て、今の子爵の地位を得たのです」
その後も田中氏やノウカ氏と他愛の無い会話をしていると、天井の魔導拡声器から声がして来る。
「艦長!前方11時の方向に複数のガレー船を視認!」
「ハッサム閣下、クイラ王国の軍船でしょうか?」
「間違いありません、王都防衛艦隊のガレー船です」
双眼鏡で船体後部に翻るクイラ国旗を確認する。
「ハッサム子爵、王都防衛艦隊ならば各船魔信を搭載しておりますから、先ずは此方から呼びかけましょう」
「うむ、甲板の武官達が度肝を抜いておる事だしな」
「君、魔信を打ってくれ。発、日本国護衛艦いずもに同乗したるクイラ・アル=ハッサ厶子爵より。宛、王都防衛艦隊所属軍船へ、我前方の大型船に同乗し本海域まで来たり、本船に敵対の意思は無し、これより王都バルラートへ向かわんとす」
公国外務局員が尖塔下の格納庫にある魔信へ向け駆け降りる。
いずも艦長が質問する。
「しかし特徴的な地形ですな、砂丘が海までせり出しています」
「ええ、バルラート近郊は連続した丘が続いている故、この辺りで良港と呼べるのはバルラートしかありません、故に我が国では外海にて漁をするものは例外的な存在なのです」
この船の高さ故に見下ろす形になっているが、ガレー船や定期商船からは壁の様に見える。
そう言えば、海岸の丘を見下ろすなど生まれて初めてだったな。
「成る程、天然の良港と成り得ますな」
「これ程の巨艦を有する貴国の港も、機会あれば是非見てみたいものです」
先程魔信を打ちに向かった局員が戻って来た。
「御苦労、どうだったかな?」
「王都バルラートにて出迎え準備は出来ているとの事です」
「流石メツサル卿、昨日今日の報せで対応するとは」
会談で砂を掻き回す思い*28をしているだろうがな。
「船長、提案があるのですが宜しいか?」
「何でしょう?」
「後部の引き波を見るに、この速度のままガレー船横を通過すると少なからず巻き込んでしまいます。速度を落とすべきかと」
「航海長、今の速度は?」
「15ノット(27.78km毎時)です」
「既にバハーラは見えておりますし、多少速度を下げても到着には支障ありません、バハーラ港湾周辺は水深も十分過ぎる程の深さがあります」
「よし、航海長、速度8ノットへ下げ」
「速度、8ノットへ下げ!」
「速度8ノットォ!」
パーパルディアの魔導通信機の様な機材の前にいる水兵が何かを操作する。
「おぉ」
ムーの機械船でもこれ程早くは速度の変更は出来ない、巨艦であるにも関わらず動きは陸鳥の様に鋭いとは!
そう思っていると、田中氏が声を掛けて来る。
「ハッサム閣下、我々はバハーラ港湾沖合に着き次第、内火艇にて先ずバハーラ港湾に入ります」
「愈々ですな?外務卿とは同じ王国諸侯として知ったる仲です。私と我が家の名誉に掛け、道中の安全は保証致します」
この見た事も無い大船と独りでに動くボート、王国の歴史書に残るだろう事に我が家が真っ先に関われるとは、これ程面白い事は無い。
クイラ王国は原作における登場人物が少ない為、名無しのクイラキャラだけでは話を纏め辛かった理由で出したオリジナル人物が中心になってしまいました。
後半部ではちゃんとメツサルを主人公にしますので、どうかご容赦を。
(1) 王国東部都市ムンディル
モデルはバハレーン(現バーレーン王国)の海洋古代文明ディムルン。
紀元前2000年を全盛期とし、メソポタミア文明圏とインダス文明圏を繋ぐ中継交易を担った。
【ゆっくりモンド2】
「知られざる海洋古代文明ディルムン…いや知ってる人は知ってるけど」
(2) バルラート海岸砂丘のネタ元 新潟砂丘
現代は「魚沼コシヒカリ」等で米所とされる新潟県、かつての越後平野は河川の水面より低い沖積平野による湿地帯だらけの平野であり、農作業期間中含め1年中水でぬかるんだ湿田にて栽培された「鳥またぎ米」という不名誉が昭和初期まで付けられていた。
【ゆっくり土建図鑑】
「【ゆっくり解説】新潟の守護神「大河津分水」【東洋一の大工事】」
(3) ムー機械船
コミカライズ39話に登場するエストシラント港〈貨客船乗り場〉のムー貨客船、油井から回収した原油の積み込みに来ていたとすると、油槽船(タンカー)と思われる。
【Animagraffs】
「How an Early 20th Century Steam Ship Works」