ちょむとだけ改稿とタイトル追加しました。テンポだけで描いたら、あんまりにもキャラ薄いんだもん。

 ファンタジー世界における、ピザデリバリーのお話。
 小説家になろう様、カクヨム様にも投稿しております。

1 / 1
ピッツァ・ラ・コリエーレ

 

「はいよっ! マルゲリータ出るよっ!」

 

 威勢の良い声とともに、石窯の奥からは焼き上がったピッツァが引き抜かれた。

 

 爆ぜる薪の熱を吸い込んだ生地の縁は、不規則に焦げ目がつき、ぷっくりと膨れ上がっている。

 その中央では、沸騰した真っ赤なトマトソースの海を、純白のモッツァレラが島のように漂い、ふつふつと溶け崩れていた。

 

 仕上げに散らされたバジルの葉が、熱に触れて鮮烈な香りを昇らす。そこへ、オリーブオイルがたっぷりと回しかけられ、黒胡椒の粗い粒を振り撒いた。

 

 ジュウッ、という官能的な音とともに、オイルとスパイスの香りが店内に充満する。

 

 ゴクリと、喉を鳴らすのは少女。

 トマトの様に真っ赤な帽子を被り、動きやすい制服に身を包んでいる。

 

「頼んだよ。ラ・コリエーレ」

 

 マルゲリータピッツァを大きな丸い箱へ滑り込ませた瞬間、溢れ出す蒸気ごと彼女は「保温の術式」を起動し、蓋を閉じた。

 

「お任せ。配達先はエトナだね」

 

 少女は軽々とピッツァケースを抱え、店を出る。

 

「まだ若い男の子達だからね。表のラガーサーバーを一つ、持ってってやんなよ」

 

 眩しい陽射しが注ぐ、麗しの古都カターニア。

 街一番のピッツェリアとして繁盛するこの店の名は、マルゲリータ・コリエーレ。

 

 店一番の売りは、マルゲリータ。

 そして、コリエーレとは飛脚、あるいは急使を意味する。

 

「じゃ、いってきます」

 

 それは彼女の愛称でもあった。

 ラガーサーバーを肩に担いで、膝を撓める。

 瞬間。

 疾風の如く駆け出した。

 

 

 

 足元の土が隆起する。

 足裏が乗せられる前に跳ぶ。

 かと思えば、予想着地点は湖へと変わった。

 

 体内術力を起動。

 術式の刻まれた道具——術具へ巡る秘蹟。

 悪路走行用ブーツの底から、蒸気が吹き出した。それが為すのは救世主の行いし奇跡。

 水面を蹴り、ラ・コリエーレはもう一度、中空を舞った。

 

 滑空していくコリエーレ(配達員)

 

 その視線が向かうのは、いつだって「お客様」の場所。

 かつて一人ぼっちで、お腹を空かせていた彼女と同じ場所。

 

「その先は、摩擦がない区間が続くから気をつけなさい!」

 

 脳内へと響く、若女将の声。交信の術式だ。

 

Va bene(了解)! 問題ないわ!」

「上から鳥よっ!」

 

 若女将は雇用主であると共に、優秀なナビゲーターでもある。彼女はピッツァを求める声ならば、交信の理屈を超えて聴き取るのだ。

 

 上を向いたラ・コリエーレは大きく息を吸う。

 窄めた唇に、咥えるのは吹き矢。

 頭上を覆うのは、月飲みとも呼ばれる巨体な怪鳥だ。

 

「ピッツァ狙いとは、良い度胸ね! 揚げ鳥!」

 

 鋭く吐き出す息と共に吹き出した矢は、やがて巨大な銀の槍となって、月飲みを貫いた。

 

 堕ちてゆく巨大怪鳥、月飲みだが、別に殺してはいない。

 吹き矢の弾丸である槍に、即効性の麻痺薬を塗ってある為だ。

 

「帰りに回収してあげるから、けものなんかに食われるんじゃないわよ!」

 

 叫ぶ、ラ・コリエーレ。

 月飲みはとても味が良いうえ大きいので、揚げ鳥や、焼き鳥屋には非常に喜ばれるのだ。

 

 巨躯が奏でる地響きを背に、ラ・コリエーレはピッツァの水平を保ちつつ、サーバーの泡を立てないように着地する。

 同時に次の一歩を刻んだ。

 

 さっきまで「道」だった場所は、すでに断崖となって、せり上がっていた。垂直に駆け上がる。

 

 新山の造成、突発的な湖化。地形の常識が通用しない、大異界、霊峰エトナ火山の気まぐれ。

 

 だが、彼女が案じているのは自分の足場ではない。

 

 ——箱の中のピッツァは、まだ踊ってはいないわよね?

 

 五感を研ぎ澄ませ、背負ったケース内のピッツァの姿を妄想する。

 熱々で、最高の焼き上がりであった。

 

 どれほど山が荒れようと、ピッツァを斜めにする理由にはならない。

 

「残り、あとわずかよ! お客様が、熱々のチーズとトマトの香りに反応したわ。心拍、期待値、上昇中!」

 

 若女将の快哉が脳内で跳ねる。

 

「流石は、冒険者ね!」

 

 ピッツァを愛する者の為、そしてピッツァの為に、彼女は駆ける。

 魔銀と呼ばれる高位の冒険者となった彼女だが、本業はピッツァ・ラ・コリエーレ(ピザの宅配便)だ。

 

 何故なら、ピッツァの配達員だから。

 

 幼い頃に、お腹を空かせて公園で倒れていた時。

 ボクのピッツァをお食べよ。誤発注でね、余っちゃったんだ。と、熱々のピッツァを差し出してくれた、ちょっとだけ嘘つきな憧れのあの人と同じ、ピッツァ・ラ・コリエーレ(ピザの宅配便)だからだ。

 

 彼女は駆ける。熱々のピッツァを届ける為に。

 自分と同じく、お腹を空かせた誰かのために。

 

 摩擦のない、ツルッツルの圧縮された道なぞ、何のその。魔銀位階は、ピッツァ宅配員とは、この地獄の様な秘境からも、一人で生還可能だと認められた、名誉なのだから。

 

「焼き立てのピッツァは、不可能を可能にするんだからっ!」

「そうよっ! ピッツァならやれるわ!」

 

 ピッツァケースは焼き立てピッツァによる芳しい蒸気によって、既にバンバンに膨らんでいる。

 その充満した美味しさの暴力を少しだけ、世界へと晒してやれば。

 

 ピッツァケースを後方へと向けて、空気穴を開いた。

 

 膨大な香りの圧力が、一点にて解放される。

 それは差し詰め、ジェット噴射の様に。

 

 縮退星により圧縮された地表を、彼女は滑ってゆく。摩擦がない? 走れない? ならば、滑るまでよと。

 無茶も道理も、ピッツァならば解決出来るものなのだ。

 

「ラ,コリエーレ! その先の大穴の下で、お客様達がお待ちかねよ! そのまま行けるわ!」

 

 若女将が叫ぶ。当然だ。まだ、ピッツァは熱々なのだから。

 

「そのままなんて、待てないよっ!」

 

 最速で、熱々のピッツァを届けたい。

 それは、コリエーレとしての誇りであった。

 彼女はピッツァケースとラガーサーバーを水平に保ったまま更に加速して、底の見えない大穴へと飛び込んだ。

 食欲をそそる、マルゲリータの芳香を山中に残して。

 

 

 

 ガチガチと、剣が地虫の甲殻を弾く乾いた音が響く。

 虫とは名がつけど、地虫は鉱物である。

 その肉は食えない。石をを啜ったところで、人の腹は膨れやしなかった。

 

「……なあ、最後によ。何が食いたかった?」

 

 一人が力なく笑う。乾いた唇が、ひび割れている。

 

「ピッツァ。それと、酒だな。喉が壊れるくらいにキンキンに冷えたラガー……」

「最高だな。……熱々のマルゲリータをつまみに、冷えたラガーか。いいな、それ」

 

 少年達は四人。どの顔も青褪めていて、肌も渇ききっている。

 時間の感覚さえも失われたこの暗い場所に、どれ程いるのか。それさえももう、わからない。

 

「うわ、もう俺ダメかも。幻覚が……」

 

 重く湿った地下の空気に、ありえざるもの。

 

 立ち昇る、暴力的なまでの小麦の焼ける香ばしさ。

 沸騰するトマトソースの酸味。脳を直接揺さぶるような、濃厚なチーズの脂の香り。

 ありえない。ここは穴の底だ。だが、この香りを知っている。

 

「あはは……。俺ももう、ダメだわ」

「幻覚……だよな?」

 

 言葉と共に、乾いた笑いをあげる少年達。

 涙は流れない。もうそんな、水分は残されていなかった。

 

 だがそこに。

 

 頭上から、光と「匂い」と共に、声が降ってくる。明るい、女の声が。

 

「はいよっ! お待たせ! マルゲリータお届けにあがりましたー!」

 

 凄まじい衝撃音と共に、少女が着地する。

 

 土煙が晴れた中心。彼女は右手にピッツァケース、左手にラガーサーバーを水平に保ったまま、眩しい太陽の匂いをさせている。

 

「サービスのラガーもありますよー。熱々のうちに、召し上がれっ!」

 

 ピッツァ・ラ・コリエーレ。

 ピザの宅急便。

 

「……って、何よその顔。早く代金準備しなさいよ、こっちは忙しいんだから」

 

 お客様が望みとあらば、いつでも、どこでにでも熱々のマルゲリータをお届けする、町一番のピッツェリア。

 

 生地の外側はカリッと香ばしく、中は空気をたっぷり含んでモチモチとした弾力をしている。

 じっくりと煮詰められたトマトソースが、パレットに広げた絵の具のように鮮やかに広がって。

 フレッシュバジルの葉が、オリーブオイルと共に、熱で香りを放ちながら彩りを添えている。

 

 躍動するトマトの鮮烈な赤、とろけるモッツァレラの純白、そして芳醇に香るバジルの緑——。

 香ばしくもモチモチとした黄金色の生地の上で、ビタロサの情熱が三位一体となって弾ける、究極のBellezza semplice(飾らない美)

 

 

「ちょっとー。お代は?」

 

 ラガーサーバーへ駆け寄り、キンキンに冷えたラガーを生命の水の様に煽る少年達へ、彼女は営業用でない、平坦な声を出す。

 慌てて一人が懐から現金を取り出して、彼女へと渡した。領収書を作成するラ・コリエーレ。

 

「まいどありー。ラガーばっかじゃなくて、熱々のうちに、ピッツァも食べなよね。ウチのマルゲリータは最高なんだから」

 

 明るい声音に戻った彼女は、上を、空を見る。周囲には、垂直な壁。

 

「んじゃ、またねー。今度はこんな辛気臭い場所じゃなくて、お店に食べに来なよ」

 

 その壁を、彼女は駆け上る。

 

「ラ・コリエーレ! 次の注文が入ったわ! 行き先はパレルモ、お客様は——」

Va bene(了解)!」

 

 彼女は駆ける。異界を抜け、街道を進み、街へと。若女将の焼き上げる、極上のピッツァを受け取る為に。

 

 

 

「なぁ、救助じゃねーの?」

「ピッツァうめぇ!」

「おい、抜け掛けしてんじゃねぇ!」

 

 暗い穴の底。少年達の疑問は、ラガーとピッツァによって、掻き消されてしまった。

 

 

 

 駆ける。駆ける。

 ラ・コリエーレは駆けていく。

 

 何故なら、誰が何と言おうと彼女は、ピッツァ・ラ・コリエーレ(ピザの宅配便屋さん)なのだから。

 

 最高の一枚を届けるためなら、異界の奥でも、地獄の底でもどこだって、ただの通り道に過ぎないのだから。

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ビタロサ王国シシリア州における、一般的な冒険者の日常。(作者:カズあっと)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

▼ ビタロサ王国シシリア州カターニア市は旧都であり、冒険者の街としても名高い。▼ その街に住むレンツォもまた冒険者として生計を立てている。▼ そこそこ優秀であったが夢破れ、将来の目標を失ってしまったレンツォはそれでもそれなりにやっている。▼ そんな、平凡な日常のお話。▼ 普通の人達が普通に頑張る物語。▼ ▼ お読み頂き、ありがとうございます。二章完結しました…


総合評価:760/評価:8.19/完結:30話/更新日時:2025年08月30日(土) 00:27 小説情報

ちょっとだけ愉快な仮面の冒険者(作者:乾燥海藻類)(原作:wizardry variants daphne)

タイトル通りです。▼一周年おめでとうございます。


総合評価:410/評価:8.17/完結:10話/更新日時:2025年10月24日(金) 19:50 小説情報

つぶやきギデオン(作者:赤銀)(原作:トリッカル・もちもちほっぺ大作戦 )

▼ギデオンがつぶやくだけ▼刊行用に表紙作成しました↓▼【挿絵表示】▼表紙カバー↓▼【挿絵表示】▼BOOTHの入荷完了しました。▼https://booth.pm/ja/items/8090929▼電子書籍用版は↓です。▼https://sekiginn.booth.pm/items/8165266▼書籍版の方は在庫抱えちゃったので、勿体無いけど少し経ったら処…


総合評価:286/評価:8.83/完結:28話/更新日時:2026年05月21日(木) 21:55 小説情報

スピッキーの小さな天敵(作者:渡貫真琴)(原作:トリッカル・もちもちほっぺ大作戦)

エーリアスにスピキという謎の生き物がやって来た!▼スピッキーと仲良くなりたいスピキだったが、スピッキーはモノマネ幽霊として自分とそっくりなスピキを認めることができない。▼それでも彼女と仲良くなりたいスピキは、スピッキーの育てているかぼちゃに元気がないという情報を聞きつけて……。▼果たしてアイデンティティ泥棒と彼女そっくりのぬいぐるみは仲良くなれるのか…


総合評価:615/評価:8.96/完結:2話/更新日時:2026年02月10日(火) 01:50 小説情報

悪徳の都に浸かる(作者:晃甫)(原作:BLACK LAGOON)

 何の因果か二度目の生を受けた男。▼ 立っていたその場所は、世界屈指の悪の都だった。▼ 輪廻転生モノ、若干の勘違い成分含。


総合評価:57580/評価:8.9/連載:55話/更新日時:2020年11月30日(月) 23:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>