訓練所で過ごして1年を過ぎたある日、私は1人で勉学にいそしむ為に個室に居た。
しばらくすると訓練所の施設の警報であるアラートが大音量で鳴り響いた。
何事かと廊下へ出ると、大暴れしている人が居た。
それは大きな呻き声をあげて錯乱状態の黒髪の少女、明日香だった。
錯乱状態の明日香は屈強な男の腕をへし折り、壁を突き破るほど吹き飛ばす馬鹿力を見せていた。
その地獄絵図のような光景に私は絶句した。
そこへ私の傍にISの指導官である男が近づいてきた。
「一体、明日香に何をした…?」
私は低い声で睨むように男へ話しかけた。
どうしてあんなに暴れて馬鹿力を発揮しているのか疑問だったから。
男はやれやれといった表情で話を返してきた。
「薬の実験で失敗した。そのせいで暴走を起こしている。ISで止めて欲しい。最悪は命を絶っても構わない」
「なっ!?」
驚きの3拍子、薬の実験、暴走、そして命を絶っても。
ここは、そんな事までしていたのか。
その言葉を聞いた瞬間には私は男に掴みかかっていた。
「人の命をなんだと思っているッ!?」
私は激怒し怒鳴り声を上げていた。
人の命を物のように弄んでいると怒りがこみあがる。
男達は腐っている、いやもうこの施設そのものが腐っていた。
私が男の体を掴んでいても屈強な男だけに動じていない。
「ここはそういう所だ。まあ君はあんな扱いはされないから心配する事はない。だが急がないと私達や施設の皆が危ない。君もあれを見てわかるだろ?」
「ぐッ……」
理不尽すぎる…私がIS適性Sだから言葉通り実験体にはならないという事、でも他の皆は実験体として選ばれているとすぐにわかった。
あのまま明日香を放っておいたらエイミーや他の皆まで危険に晒される。
私は歯を食いしばって爆発した怒りを静めさせた。
馬鹿力で暴れているだけに…ISを使うしか他に選択肢がなかった。
とにかく今は明日香をどうにかして捕まえる事が最優先だ。
怒るのは後だ、気持ちを切り替えなければ…。
私の操縦能力で殺さないように慎重にやればきっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせてISの元へと走り出してISに乗り明日香の元へとISを走らせた。
「ウグァァァ!!」
「ッ!なんて力…!」
ISの腕で大きな呻き声をあげる明日香の体を抑えようとしたが馬鹿力によって乗っているISごと壁へと吹き飛ばされた。
ドゴォンと爆音と共に壁に埋まるようにISは止まったがシールドバリアのおかげで壊れてはいない。
気を取り直してISを起き上がらせたら明日香は私を無視して違う所へ走り出した。
明日香が向かっている方向はエイミーや皆が居る大部屋だ。
「だめッ明日香!」
「ヴア゛アアアァァァァァァ!」
錯乱状態の明日香は私の呼びかけでも止まる事を知らない。
ISのブースターを全開に吹かせて大急ぎで明日香を抑えようと再度腕を伸ばした。
「あッ!」
《左アーム損壊。使用不能です》
明日香の馬鹿力でISの左腕がへし折られた…ISの金属をへし折るって私は言葉を失った。
とっさに私の左腕はISから離したけど判断が遅れていたら腕ごとやられていた…。
しかしISの左腕をへし折ったり、ISを吹き飛ばすほどなのに明日香は無傷、どんな薬使ってあんな事になっているんだと私は怒りと苛立ちが沸き起こる。
錯乱している明日香を止める方法は他に無いか考えた。
私は歯を食いしばりやる事は1つしか思い浮かばなかった。
『殺すしかない』
ISで明日香を抑える事はもう無理、抑えようとしてもISの装甲ごと私が殺される。
そしてもう目の前は皆が居る大部屋が近い…。
残された右腕から訓練で用意されている剣状の近接ブレードを展開させて手に持つ。
「明日香。守れなくてごめん」
たった少ししか話してないにも関わらず、とても罪悪感に心が満たされている。
その謝罪の念をこめて私に後ろを向いて走り出す明日香に力強く言う。
そして、ブレードを明日香の体へと突き刺し、命を絶つ。
ただそれだけの行動がとても重く重圧が私の背中、体、心に『私の存在』全てにのしかかる。
重い重い重い重いオモイ……。
重くて体が痺れそうなほど動きが鈍い。
それでもやらないと大部屋に居る皆が危険、それだけは絶対にさせたくない。
私は意を決して歯を食いしばり、ただ明日香の最後まで見届けようと、じっと視線は明日香に注いだ。
「がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「………」
『ごめん。明日香』と私は心の中でそう謝罪した。
絶命していく叫び声、体から血を噴き出し血にまみれるその姿、突き刺した感触、私は記憶にしっかりと刻みつけた。
ISは人を傷つけ、殺すという事がどれだけ重く、どれだけ辛い事か、私はこの時初めて知った。
操縦管をたった少し、ほんのちょっと動かすだけで、人を殺める行為がどれだけ単純だったか、生身なら絶対体が動かないほど重すぎる重圧をISは軽々しく行ってしまう事に気づいた。
そして私の心が罪悪感の闇へと堕ちていく気分でもあった。
叫びたい。絶叫したい。泣きたい。
明日香を殺した罪へ叫び辛い罪悪感で満たされるドス黒い心の闇を――。
「っ………」
ゴクンと私は気持ちを飲み込んだ。
『絶叫をしてしまったら今までの私が壊れて無くなる』そう本能的に判断した。
飲み込んだ気持ちと共に闇と罪を背負う覚悟を決めた。
ISが兵器であり、人を殺める行為がこれほど簡単に単純だったのか…人を、明日香を殺した罪と共に背負う。
この汚されるドス黒い心の闇を私はエイミーや他の皆には味合わせたくない。
私だけが全ての闇と罪を背負い抱え生き、他の皆には誰も味あわせない、汚したくない。
この理不尽な世界を利用する事を闇を纏ってやると決めた。
この時、私は強い決意を胸に秘めたのは12歳の頃だ。
「よくやった。暴走した明日香をよく止めた。まあ命は惜しいが代わりは沢山居る」
男の冷酷と思える声を聞きながら、血にまみれた私はISから下りた。
もう私は黙っていた。ドス黒い闇を抑えつけるだけで気を強く張っていた。
「花蓮…いったい、何が…」
そこへエイミーが現れ、顔を青ざめ眼を点にして驚いている。
私が血にまみれているせいか。
「何も聞かなくて良い。エイミーは私のようにならないで、並みの人であるエイミーに私はさせたくない。私がさせない」
「そういう意味……わかった花蓮…」
私の力強い言葉は意外とすぐに出てきた。
エイミーは言葉を理解したみたいで納得した表情で頷いた。
もう私は並みの人じゃない。
血に汚され、心の闇と罪、全てを抱えた私はもう普通の人ではなくなった。
それでも、私の心は人のあり方を見失わないからエイミー達、他の人は私のようにさせないと決心できた。
「ごめん。明日香」
落ち着いた気持ちで口で謝罪しながらシャワーで血を流したが血の鉄の匂いは私の体に染み込んだ。
明日香を想うと嫌に感じない、もうこの罪は私が背負い続けなければいけないとそう思うから。
こんな理不尽な世界だけど私が丁重に扱われる事を利用し裏切らず、逆に訓練所という施設から信頼を得て利用した。
それからトラブルは続いたが私が皆を必死にかばう形でやりすごしてきた。
明日香のような錯乱し暴走する事も度々あったがもう全ての闇と罪を背負い込むと決心した私の心は動じる事はなかった。
何より、皆をドス黒い闇に犯さない為に人の倍以上してきた訓練、鍛練、体術、武術が屈強な男達でさえ身軽に返り打てるぐらいになった。
それにより訓練所は様変わりしていき鍛練の訓練すら男が指導するのではなく、私が指導していく事へと変化していった。
指導するに当たっていろいろと先行して勉学する手間になったけど、どうやら私は知識の飲み込みが早かった。
しかし、薬の実験に関してはどうする事も出来ずそこは割り切るしかなかった。
ただ薬の実験体として選ばれるのは訓練で低い成績の人から選ばれていたから最低でもエイミーだけは良い成績になるように教え込んだ。
それと同時に次第に無表情、無感情だった皆は年月と共に成長し感情が表に出てきて微笑む事をするようになってきた。
保護され訓練所を合わせて4年間という長い年月を過ごして、私は14歳になりエイミー含めて皆は成長し、人としての感情や性格も出ていた。
「うわっ!?いつも思うけどどうして私の後ろに居る…」
私は後ろを振り返ったら、茶髪の少女が立っていて驚いた。
気配を感じてなかったから、やれやれといった表情を浮かべて問いかけた。
「す、すみ、すみません…」
この子はローレン、口下手なんだけど気配を消すのが得意で存在感を感じない。
よく私の後ろに居るから驚かされてばかり、歳は私より1つ下だから13歳。
いつも申し訳ない表情で謝るから、とやかく怒鳴る気もしない。
「ふふ。ローレンは花蓮のことが心配だからよ。みんなをかばっているからね。きっかけは私は知っているから何も言えないわ」
微笑みながら言うのはエイミー、歳は忘れていたけど私と同い年で14歳。
すっかり元気になって泣く事がなくなった。これも成長の1つだ。
ついでに言葉遣いが少し女らしくなった気がした。
他にも話するようになった子は居るけど私に主に関わっているのはこの2人。
そこへ部屋のドアが開いて緑髪の長髪で若い女が入ってきたが服装がスーツ姿だ。
この訓練所に来てから初めての事態にさすがの私も困惑した。
「私の名前はエマだ。花蓮は居るか?」
入ってきた少女の名はエマと言い、私を呼んできた。
「私が花蓮ですが…何か?」
率直に思った事を言うとエマと名乗る人はじっと見つめて眺めていた。
視線に何も感情がこもっていないから私を見ているだけか。
「任務だ。私についてきてもらう。詳細は移動しながら伝える」
エマは平然とした態度で言う。
任務…訓練所の目的は兵士としての育成だからその機会が来てしまったのか…。
「せめてエイミーだけでも一緒に同行させる事はできない?任務の邪魔にならないように遠くで見張りとかできない?」
エイミーを心配する気持ちがこの言葉を生んだ。
この訓練所で学んだ知識を振り絞って私はせめてエイミーだけでも見える所に居させたかった。
「……良いだろう。ただ実行はあくまで花蓮が担当だ」
エマはしばらく考え込んだが頷いてくれた。
このやり取りを聞いたエイミーは私に抱きついてきた。
思わず体を突き放そうとしたがやめた。
やめた理由はわからない。
「ありがとう花蓮…」
「くっつかなくて良い。エイミーも訓練してきた経験をいかして失敗はしないように」
まったくこの子は…と深い溜息を心の中でした。
エイミーとは訓練所で長い時を過ごした仲間で傍に居たから目を離したくなかっただけなのに。
それでも微笑むエイミーには心安らぐものを感じた。
それからワゴン車に乗って訓練所の施設から車を走らせ、私達にとっては久しぶりの外の世界、久しぶりの町が見えた。
―――。
…。
……。
………。
…………。
現在。
IS学園―特別医療室―
朱音が眠りについてから既に2週間が立っていた。
毎日のように脳波の状態を検査しているが未だに脳は活発に活動し夢が終わっていない事を表していた。
夢が終わらない限りは朱音が眼を覚ます事も無い。
教師も生徒もそう判断せざるおえない途方も無い不安の日々が続いている。
「秋葉が来て約2週間だ。ISが新しく増えたというのに寝ている秋葉や白式を狙うような事は起きず平穏そのものというのが不気味だな…」
「やっぱり、朱音ちゃんはそれほど深い関わりがあったから、慎重にはしているけど何も不穏な足跡もない…」
未だに眠りについている朱音を見舞いに来ていたのは楯無と千冬だった。
更識家でもIS学園側としても裏組織の不穏な行動に警戒はしているが朱音が来て以降平和そのもので何も不穏な気配は感知していなかった。
「せめて年越しは一緒にしたいわね…クリスマスとか贅沢は言わないから…」
「ふっ…更識。まだ1ヶ月以上あるぞ?先を見すぎだ」
楯無は窓の外を呟くと千冬は微笑んで指摘するように言った。
「織斑先生。贅沢多く言うと目覚めてくれないかもしれないじゃない?朱音ちゃんは私の補佐です。補佐がここにずっと居たら更識家に私が帰れません。そうなると家の人が困るでしょう?」
顔をうな垂れながら言う楯無、日々朱音の見舞いに立ち寄って心配していた。
千冬は何か悟ったような表情になった。
「おい、更識。一夏の次は秋葉に惚れたのか?」
「ッ!?な、何を根拠に…朱音ちゃんはただ、いろいろ話きいて…助けて…くれて…それで…もごもご……」
千冬の言葉に楯無は顔を真っ赤にして慌てた様子になって口が回らなくなった。
「まったく、姉妹揃って一夏と思ったら、なんとやらだな」
「と、とりあえず朱音ちゃんが目覚めない限りは私は何も言いません」
千冬は微笑みながら悪戯ぽくいいながら、楯無は気を取り直して扇子を広げて口元を隠した。
扇子の字は何も書かれていなく表示を忘れていた。