「……?」
私は眼が覚めた時には、ベッドの上に寝かされていた。
周りはカーテンで閉められている。
何がどうなっているのか布団から体を起こすと私に気づいたのか誰かがカーテンを開けた。
「あ、起きましたね?大丈夫ですか?」
カーテンを開けて姿を現したのは眼鏡をかけた緑髪の女性だった。
聞かれて私はコクリと頷くように頭を振る。
「えぇと…貴女のお名前はなんて言いますか?」
「……名前?」
女性に私の名前を聞かれて思い出そうとしても頭の中は真っ白だった…。
私の名前って何?って気づいた。
「う…うぅ…名前…わからない…」
私は名前がわからない事に気づいた時には涙を浮かべて嗚咽を漏らしながらも、伝えないといけないと思い言葉を言った。
思い出せない事に言いようのない不安がこみ上げ、悲しくなっていく。
女性の人も私の言葉で困惑した表情になっている。
そこへ何かドアが開く音が聞こえて、人が近付いてくる音と気配を感じる。
「山田先生。泣かせてしまったのか?」
「お、織斑先生!こ、これは違いますよ!この子が名前がわからないそうで…」
私は悲しさと不安でいっぱいの中、ただ黙って2人の教師の会話を聞いていた。
近付いてきた人は豊かな黒髪の女性で、私の名前を聞いてきた女性の人を山田先生と呼んだ。
その山田先生が近付いてきた人の女性の事を織斑先生と呼んだ。
つまり、この女性2人は教師でここは学校?こういう知識だけは思い出せる…。
「うぅむ。悪いがもう一度聞くが名前はわからないのか?」
「は、い…」
私は小さく返事する。
2人が教師とわかって、人に教えたり面倒を見ることが仕事だからと思ったら私の気持ちは嗚咽は止まって落ち着いてきたけどまだ不安と悲しさは感じている。
「どうしましょう?この子…」
「見た所年齢は16歳前後だろうな。名前がわからない以上施設に送るしかないが…他に選択肢がないか聞いてみよう。他にも何か思い出せる事はあるのか調べる必要もある。山田先生、しばらく頼む。私は一度職員室へ戻る」
「わかりました。織斑先生、後は任せてください」
「あぁ。頼んだぞ」
山田先生と織斑先生の話のやり取りを私は黙って聞いていた。
人が傍に居るのは安心感が沸き、ホッと安堵して落ち着いた。
織斑先生はドアを開けて去っていった。
「えーと、いろいろ聞きますけど思い出せる事あったら教えてくださいね?まずは――」
山田先生が質問して私が答えた事を紙に書いていった。
年齢とか家の場所とか、私の個人的な事を聞いてきたけど何も思い出せずわからなかった…。
答える度に私は不安を覚えるけど、記憶喪失だから仕方が無いと割り切ったら楽になった。
………しばらく経過後。
「んー。本当に何も思い出せないみたいですね…」
「はい…ごめんなさい…」
山田先生は頬に右手を当てて困惑した表情で言う。
私は申し訳ない気持ちで謝った所でドアが開いて、織斑先生ともう1人女性が入ってきた。
「山田先生、何かわかった事はあるか?」
「いいえ。この子何も思い出せないようです…」
「そうか。ひとまず私達では手に負えないから、人を連れてきた。この人は医療員の相葉先生だ」
「はーい。始めまして、相葉赤穂と言います。よろしくお願いしますね。ってこの子どう呼びましょう?」
私は先生達の会話のやり取りを黙って聞いていたら、紹介された先生"相葉赤穂"は私のほうを向いて挨拶してきたから、私は無言のまま頭を上下に頷くように振った。
私の事をどう呼ぼうか困惑した表情で相葉先生は織斑先生のほうを向いて聞いている。
私もどんな呼ばれ方が良いのか、何も思いつかない。
「そうだな。仮の名前になるだろうから相葉先生に任せよう。私達は少し離れる。何かあったら呼んでくれ」
「はい。わかりました。後はお任せください」
「よろしく頼むぞ。山田先生いくぞ」
織斑先生はそう言うと相葉先生は頷いた。
そして、織斑先生は山田先生を連れてドアを開けて立ち去っていった。
「じゃあ貴女の名前は、貴女の髪の色が赤いのと苗字は私と今時期が秋に近いからもじって…秋葉朱音さんに決めましょう。良いかな?」
「秋葉朱音…わかりました」
相葉先生は私の仮の名前を微笑みながら言う。
仮の名前でも私の名前だから、私は力強く念をこめるように言葉にして言った。
しかも名前の意味まで考えてくれて感謝する。
「それでは秋葉さんの記憶はどこまで思い出せないのか調べますので、質問に答えてください」
「はい…」
相葉先生はそう言って、山田先生の時のように私は聞かれた事を答えてその内容を紙に書いていく。
山田先生の時と違うのは国の名前とか首都の名前とか食事の仕方とか一般常識、生活する上で必要な事を聞かれた。
私は相葉先生に聞かれた事は全部思い出して答えられたから、落ち着いて返事が出来た。
自分の事思い出せなくても、普段の生活する上は大丈夫な事に気づいたから安心した。
………しばらく経過後。
「質問はこのぐらいで良いですね。秋葉さんの記憶傷害は全生活史健忘と言って自分の名前や年齢、生育史、家族など秋葉さん個人に関する記憶を全て失っています。一般的には記憶喪失と言われるものですね」
「そうですか…なんとなくわかっていました…」
相葉先生は額に手を当てて、困ったような表情で言いながら、私はそれを聞いても驚かなかった。
記憶喪失だって、私の名前が思い出せない時点でなんとなくそうだなって思って割り切っちゃったし…。
あれ?知識の記憶はこういうときは思い出せるんだねと関心した。
そこへドアが開いて織斑先生と山田先生が戻ってきた。
「相葉先生。どうだったか?」
「あ、はい。この子の名前は"秋葉朱音"という名前に決めました。そして記憶傷害は全生活史健忘と言って記憶喪失と言われるものです。戸籍とか届ければ用意ができます」
「そうか。では手配しよう。山田先生、秋葉の身体検査と適性検査等必要な事を頼む。私は一度ここから離れるからな」
「わかりました。織斑先生」
私は黙って教師達の話を聞いていた。
戸籍がなければ何もできないからね…。
ただ、私は適性検査という言葉に嫌な気持ちを感じた。何故だろう?
こう…何か…言いようの無い拒絶感というか…表情には出ないけど。
「じゃあ秋葉さん、まずは身体検査しますね」
山田先生はそう言うとカーテンを閉めて、私は着ている服を脱いで、身体検査をしてもらった。
山田先生は紙に私の身長、体重、体位を図ったのを記録し終わったら私は服を着なおした。
「それでは次は適性検査のほうしますので私についてきてください。相葉先生はどうしますか?」
「すみません。私はこれから違う事をしないといけませんのでここで失礼します」
山田先生は、見守っていた相葉先生のほうを向いて聞くと申し訳ない表情で謝って、ドアを開けて立ち去っていった。
「それじゃあ、秋葉さん私についてきてくださいね?」
「わかりました」
山田先生に促されて私は頷いて、後について行く。
今は山田先生に従うしか、私にはわからないから…。
―検査室―
山田先生についていった先は装置が置いてある部屋だった。
「ここはフィジカルデータと言って身体能力やIS適性値などを検査する為の部屋になります。秋葉さんはそこの装置の所に立って待っててくださいね?」
「わかりました。ここ…ですね?」
「はい、そうです。少し待っててください」
私は山田先生に案内された装置のところに立つと、ガラス張りの個室みたいな操作室に山田先生は向かう。
少し経つと私の足元からリング状のスキャナーが垂直に浮き上がり、ゆっくりと私の全身をスキャナーのレーザーが当てられ、検査していっているのがわかる。
「えぇぇっ!?」
「ッ!?」
リング状のスキャナーが足元に下りて、検査が終わったのと同時に山田先生の悲鳴にも似た驚いたような声が響いて、私はビックリとして体をびくってさせた。
「お、驚きましたぁ…えぇと…秋葉さんの身体能力がかなり高い数値でしたので思わず驚いたのですよ…他はおかしな所はありませんので気にしないでくださいね?」
「は、はい…わかりました」
山田先生は両手で額の汗を拭いているけど、身体能力がかなり高かったから驚いたとわかって、ホッと安堵した。
何か変なところあったのかな?って一瞬思ったけどなんともなくて良かった。
「それじゃあ。秋葉さんの検査等は終わったので、私についてきてください」
山田先生は操作室から出て来てそう言うと私は頷いて山田先生の後ろについていく。
―生徒指導室―
検査室から移動した先の部屋には生徒指導室と書いてあった。
「本来は生徒を指導する為の部屋なのですけど、職員室は今は慌しいのでこちらになりました」
「そうですか」
私は何故こんな部屋へ連れてこられたのだろうって思っていたら山田先生の説明で納得した。
「えぇと。まずこの学園の事を教えないといけませんね」
「あ、はい。私は何も知らないので…」
「それじゃ、今から説明します。この学園はIS学園といって」
「ISの操縦者育成を目的とした育成機関ですよね?」
山田先生の話に私はすぐに思い出し、話を割る形で口に出た。
「そ、そうです…秋葉さんはISの事わかりますか?」
「そうですね。ISは宇宙空間での活動を想定し、開発された。開発者は篠ノ之束。ISのその機能はハイパーセンサーなど…そもそも女性しか乗れないという事も思い出せます…?いえ、1人男性で乗れる人が居ましたね。たしか織斑一夏…という人IS学園に居ますよね?」
山田先生にISの事を聞かれて、私は思い出せる事を口にしたけど、世界で唯一の男性で1人だけISに乗れる人が居るという知識まで私にはあった。
山田先生はちょっと眼を見開いて驚いている。
「そ、そうです。たしかにそうです。織斑君は私の担当しているクラスに居ます。記憶喪失ってこういう所は覚えているんですね…私は始めて目の当たりにしたので驚きました」
「そうみたいです…思い出そうとすれば知識は思い出せるけど私の個人的な記憶は思い出せません…」
山田先生は驚いたせいか額の汗を手で拭いていた。
私はこの知識を思い出そうとすれば出てくる事に違和感を感じ、どうしてここまで詳しく覚えているんだろう?と思って戸惑いそうな所で部屋のドアが開いて織斑先生が入ってきた。
「山田先生、待たせてすまなかったな。手配した秋葉に必要な書類だ。山田先生、説明を頼む」
「はい。秋葉さんは記憶喪失という事で戸籍、住民票、IS学園入学の申請など様々な書類にサインしていただきます。名前は『秋葉朱音』さんでよろしくお願いしますね」
織斑先生は書類を山田先生に渡した。
そして話を聞いていたけど『IS学園入学』の言葉に私の頭の中の知識が違和感を感じた。
IS学園は記憶喪失が理由だけで入れるような所じゃないからと…。
あくまでISの事を学ぶ所であり、IS操縦者の国家代表候補生も居るようなところだから通常入学以外では難しい話だと…。
「あの、IS学園に入学とか私の記憶喪失以外にも何か理由がありますよね?」
「……そうだ。秋葉、お前はIS適性値がSと出た。だから学園に特例で入学する事となった」
私の問いに山田先生は戸惑った表情をして口を閉じ、織斑先生はしばらく考えこんでから話をしてくれた。
私のIS適性値がS…それはつまり世界で最高レベルの適性値を持っている…。
知識の記憶は他にも思い出させてくれた事があった。
適性Sは公表されているだけで世界で"2人"しか居ない。
その1人は目の前に居る織斑千冬であり、IS同士での対戦の世界大会の総合優勝者には最強の称号『ブリュンヒルデ』を持っていると…。
「私の適性がSで…ブリュンヒルデでもある織斑先生…と同じだからですか…?」
「そうだ。秋葉はISの知識だけ相応の記憶があるかもしれんが、お前が何者なのか何も思い出せないのだろ?だからこの学園に入学させる。それと秋葉がIS適性がSなのは国際IS委員会は周知の事実になるだろう。それに戸籍上、日本の代表候補生にもなるかもしれないがそこは定かではない。それにISの専用機が無くても代表候補生は居るからな…実を言うとこの書類に書いてくれないと秋葉が危険に晒されてしまいかねないのだ…それだけは私としても防ぎたい」
織斑先生の唐突な説明にも、私の知識の記憶からそれは仕方が無い事と思えるようになった。
「適性Sだから、他に利用しようとする人が居ると…?」
「そうかもしれない。だから防止しておきたいからこのような処置をとらせていただきたい」
適性Sとわかってしまった以上、学園から出ると身を狙われる危険がある…。
そう思うのも織斑先生も感じているんだ。
「わかりました。書類にサインすれば良いのですね?」
私の問いに先生達は頷いたので、書類にペンを走らせサインをしていく。
名前は『秋葉朱音』と…知識だけの私でもこうして漢字もかけるから私が何者なのか…もうこの際考えないで割り切って過ごすしかない。
「では、山田先生。この書類を届けてくれ。後、秋葉に必要な荷物の手配を頼む。いつもみたいに間違えるなよ?」
「わかりました。大丈夫です。しっかりと気をつけます」
織斑先生は山田先生に私がサインした書類を手に持ち、真剣な表情をしたまま退室していった。
いつもみたいにとか言う織斑先生の言葉に、こういう書類とか頼まれることは間違えやすいのかな?と率直に思った。
「では、秋葉。本来は参考書を用意できてから入学する事になるのだが、すぐに入学する事だから参考書の用意が間に合わない。明日には用意できるが、今知っておいて欲しいこともあるから私から説明をする。1度しか言わないからよく聞け。いいな」
「はい。お願いします」
織斑先生は椅子に座り、長い話を始めた。
IS学園はISの情報開示と共有、研究の為の用途として軍事利用の禁止などを定めたアラスカ条約に基づき日本に設置された、ISの操縦者育成用の特殊国立高等学校である。
学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、どの国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約がある。
運営及び資金調達には原則として日本国が行う義務を負う。
ただし、当機関で得られた技術などは協定参加国の共有財産として公開する義務があり、また黙秘、隠匿を行う権利は日本国にはない。
また当機関内におけるいかなる問題にも日本国は公正に介入し、協定参加国全体が理解できる解決をすることを義務付ける。
また、学園の生徒は1年生はISの基礎知識、基本動作を学ぶ期間となり、2、3年生になると志望毎に科が分かれ、操縦科、整備科、開発課、管理科の4つがある。
…ここまでは織斑先生曰く参考書を見ろと言いたいと溜息をついていた。
IS学園は全寮制で生徒は2人での相部屋が基本、風呂は部屋にシャワーが設備されているが大浴場もある。
寮監は織斑先生がしていて「廊下は走るな、そして騒ぐな」を基本で守れば良いと言う。
そこは大雑把なのですかと内心思った。
「以上だ。詳しい事は明日にも参考書が用意できるからそれを見るように」
「はい。わかりました」
織斑先生の長い話を聞き終わり、頷いた。
「所で秋葉、お前のISの知識はどのくらいある?」
「思い出そうと思えばいろいろとあります…基本操作も含めて…恐らく動かし方も知っていると思いますが頭の中に浮かぶだけなのではっきりとした感覚じゃないですね。乗った記憶がないのですから…」
「そうか。ISの授業の時にしっかりと記憶に覚えると良い」
私は聞かれた事を率直に伝え、織斑先生は頷いた。
私は知識だけだから、ISを操縦した記憶も私個人の記憶ごと喪失しているからわからない。
記憶喪失だから今を見ると割り切る事に気を遣っているのを許したら不安が募りそうだ…。
「では、そろそろ寮を案内しよう」
「はい。わかりました」
私は頷き、織斑先生と一緒に席を立ち、ついていく形で部屋を出る。
―IS学園生徒用寮―
寮へと続く廊下を織斑先生の後をついていくように歩いていると、他の生徒と時々出会う度に視線が向けられるが織斑先生が居るのか遠巻きに離れていく。
寮監もかねているから、用がないなら離れろ的な雰囲気?と疑問が浮かんだ。
「さて、秋葉。ここがお前の部屋になる」
「はい。ありがとうございます」
ふと、織斑先生が部屋のドアの前で足を止め、鍵でドアを開けると、私に鍵を渡した。
私は部屋の中へ入ると、空部屋?と思うぐらい綺麗になっている。
その後、山田先生が私の制服(スカートの丈がミニぽい)など学園に必要ものと着替えとかいろいろ生活必需品を持ってきてくれた。
私の体位を図ったせいか服とか下着とかちゃんと合っていたという、どう合わせたんだろう?と疑問がよぎったけど気にしないことにした。
そして、明日から学園生活ですね…。
記憶喪失で私が何者なのかを考えると悲しみが沸いてきたから、気を張ってなるべく考えないようにしよう。
割り切れないと今後もやっていけない…。
そういえば寮の部屋って相部屋じゃなかったっけ?
でも1人部屋って事ないよね?隣を良く見たら荷物があった。
まあ疲れたし、もう身支度してから寝よう…。