頼まれたので親友に後輩を紹介する話。   作:北原春希

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001.初対面

「講義だる」

 

日差しが心地よい春の午後、必修かつ単位習得が面倒という憂鬱な講義を終えて俺は思わず愚痴が漏れた。

 

「第二外国語なー。こちとら第一外国語どころか母国語すらあやしいっつうの」

「そこは頑張っておけよ、日本人として」

「つーか誰だよ、第二外国語にドイツ語とか選んだやつ」

「お前な」

「お前もだろ」

「「はあー……」」

 

これから大学生になるみんなはドイツ語とかフランス語とか取らずに韓国語を取っておこうね。

簡単だから。

 

 

 

4コマ目を終えて時間は16時をちょっと過ぎ。

俺は友人の光一とくだらない話をしながら、並んで大学の廊下を歩いている。

 

「光一、この後の予定は?」

「ちょっとしてからバイト。優は?」

「特になし。帰ってからゲームかな」

「んじゃ、とりあえずラウンジ行くか」

 

歩きながらガラス張りの廊下の外を見ると、桜が綺麗に咲き誇っていた。

 

「春だなあ」

「最近暖かくなってきたしな」

 

周囲を見ると自分と同じように春物に身を包んでいる人が多い。

まだ日が落ちると寒いから、厚手の上着を重ねてる姿もチラホラ見えるけど。

 

「そろそろ就活の季節だってよ」

 

光一が廊下の掲示物を見ながらそんなことを言うので俺は露骨に顔をしかめた。

 

「シューカツ? 寿命宣告でもされたのか?」

「終活じゃねえよ! 現役大学生が先にそっちを思い浮かべるのおかしいだろ」

「聞きたくねえってことだよ。それくらい察せ」

 

俺と光一はどちらも同じく大学の三年。

これから先人たちの通った終活という地獄のあとを進まなければならないと思うと今からうんざりしてくる。

 

「そもそもまだ就活には早いだろ」

「早い奴は三年の四月から準備を始めるらしいぞ」

 

光一の視線と同じ方向を見ると、掲示されたポスターにはまさに『春から就活の季節!』といった旨の内容が描かれている。

流石に実際に志望する企業を決めるにはまだ早いみたいだけど……。

進級に必要な単位から逆算して講義を選ぶような不良学生には今から耳が痛い話だ。

 

 

 

「光一、バイト何時まで?」

 

ラウンジまで移動して、講義と講義の隙間に集まった学生たちでそこそこ席が埋まってる中、空いてるテーブルに腰掛けながら聞く。

 

「十時だな」

「じゃあ今日は晩飯一人か」

 

光一のバイトが19時くらいまでに終わればそのあと合流して飯って流れもあるんだけど、流石に22時まで飯抜きはキツイ。

 

「ああでも明日休みだからバイト終わったらそっち行くわ」

「りょーかい」

 

明日は土曜日で講義はなし。

そういう日は特に用もなく光一が俺のマンションに来たりするし、その逆もあったりする。

こういうのは一人暮らしの特権かな。

 

「んじゃ帰りに酒買ってきて」

「もうなかったっけ?」

「先週飲んで全部終わった」

「そうだったっけ」

 

本当は昨日俺が最後の一本飲み終わったんだけど、まあどっちしろ二人で飲むには足りないので些細な問題だ。

そんな話をしながらも、互いにスマホを取り出してデイリーを消化するためにアプリゲームを起動する。

 

「なんか面白いことねえかなー」

 

なんていうのは光一のボヤき。

そこには現状への退屈と新たな刺激を求める声が含まれていた。

 

「バイトは?」

「バイトは別に面白くはないだろ。いや別に嫌いじゃないけど、そういうのじゃなくて」

「ゲーム?」

「月末の新作までは予定なし」

「今やってるじゃん」

 

俺は手元のスマホを指さす。

そこにはアプリゲームのガチャで引いた二次元キャラクターが映っている。

 

「いやこれは日課だから、面白いとかそういうのじゃないし」

「それもそうか」

 

実際こう楽しい!って感じじゃないのはわかる。

毎日酒飲んでゲームやる生活も悪くはないんだけど、なにか新しいイベントが起きて欲しいという気持ちは理解できた。

まあその前にやることもあるんだけど、課題とか。

 

「そいや光一、来週頭までのレポートやったか?」

「えっ、なにそれ」

 

あー、そういう感じね。

 

「なんでもない、気にするな」

「いや、明らかにレポートやる必要がある流れだったよな!?」

「だってまだ手を付けてないレポートを手伝えって言われてもめんどうだし……」

 

「ちなみに出さないと?」

「単位もらえないんじゃん? まあ必修じゃないから落としても留年確定はしないけど」

「十分大ごとだろっ! なあ優ー、手伝ってくれよー、今度飯奢るからー」

 

「しゃーねーな」

「よっしゃ!」

「丸写しにして俺の分まで不可にされても困るし、中身は自分でやれよ」

「わかってるって! おっと、そろそろバイトの時間だわ!」

 

調子よく荷物をまとめて先に帰る光一を見送る。

俺はそのまま帰らずに、サークルの先輩から着ていたメッセージへの返信といくつかの連絡を済ませた。

 

 

 

それから少しして、スマホを操作する視界の隅に人影が映った。

 

「こんにちは、ここ座ってもいいですか?」

 

聞こえたのは女性の声。

当然、かどうかはわからないが聞き覚えのない声だ。

これが大学の廊下とかなら、俺の後ろにでもいる人に話しかけてるんだろうなとスルーしただろう。

むしろそんな状況で反応したら恥ずかしい思いをすることが確定的に明らかだ。

 

しかし今はその声が、向かいの席から聞こえてくる。

流石にこれで声かけの対象が俺じゃないってことはないだろう。きっと、たぶん。

 

諦めて顔を上げると見たことのない女子。

髪を明るく染めていて、ショートカットで整えているオシャレな女子だ。

つまり、俺には縁遠い相手。

ならまあ、応える言葉は決まっている。

 

「えー、壺なら間に合ってます」

「宗教勧誘じゃないですよ!」

 

違うの???

絶対そうだと思ったのに。

 

「えっ、じゃあ洗剤とかもちょっと……」

「マルチ講でもないです!」

 

元気だなぁ、この知らない人(たぶん後輩)。

 

「じゃあ美人局?」

「いや〜、急に美人とか言われても、確かにあたしが美人なのは本当のことですけど〜」

「『つつもたせ』って言ったのに脳内で漢字変換したうえで都合の良い勘違いするんじゃないよ」

 

そういう意味合いがある言葉なのは否定しないけどさ。

 

「じゃなくてですね! 先輩って、佐久穂先輩ですよね?」

 

名字は佐久穂、名前は優が俺の本名だ。

 

「うーん、部分的にはそうかも」

「部分的には違うんですか?」

「人違いってことで誤魔化したほうがいいかもしれないという気持ちの分だけ、別人ってことになるかもしれない」

「ならないでください、いい加減怒りますよ」

「あっはい」

 

後輩がちょっと怒った表情を見せる。

俺は悪くないのに理不尽だ。

…………ごめん、やっぱちょっとふざけすぎたかも。

 

「んで、俺に何か用か?」

「その前に、あたしは二年の阿智灯里です。こっちは軽井沢香織」

「失礼します、佐久穂先輩」

 

既にテーブルの向かいの席に座った後輩の後ろにもう一人、紹介された女子がいる。

長くて綺麗な黒髪の彼女は、目の前の騒がしかった後輩Aと違って落ち着いた印象を受けた。

二人組としてはアンバランスなような、逆に差があってバランスが取れているような。

 

「これはご丁寧にどうも。どうぞ座ってください」

 

空いている席に彼女を促す。

 

「なんかあたしと態度がちがくないですか?」

「気の所為だろ」

「……、まあいいです」

 

どこか納得できない部分があるようだが、阿智はそれを飲み込んで話を進める。

軽井沢さんの方は、阿智の付き添いかなにかかな。

 

「佐久穂先輩って、諏訪先輩の友達ですよね?」

「そうだな」

 

諏訪というのはさっきまで一緒にいた光一の名字。

大学じゃよく一緒にいるし、部屋に遊びに行ったり来たりもするので友人と言っても問題ないだろう。

 

「それで、お願いがあるんですけど」

 

あー、はい。

どういう話の流れか大体わかった。

同時に俺は面倒くさいという気持ちが顔から漏れる。

 

「諏訪先輩を紹介してくれませんか」

「えぇ、めんどくさ……」

 

本当に紹介するだけならすぐ済む話だけど、わざわざこうやって本人じゃなくて俺に話を持ってきているあたりそうじゃないんだろう。

連絡先交換したいだけなら、直接話しかければいいだけだし。

まあ目の前の後輩の本人に話しかけるのが恥ずかしいっていう乙女心の可能性も無くはないけど……。

いや、やっぱないかな。

 

「ちなみに確認するが、紹介ってどこからどこまで?」

 

俺の質問に、阿智は頬を染めて少しだけ恥ずかしそうに答える。

 

「できれば、諏訪先輩と付き合いたいので手伝ってほしいです」

「えぇ、めんどくさ……」

 

後輩がどれくらいの本気度なのかは分からないが、それでも真面目に取り組めば少なくない時間がかかる事案なのは間違いないだろう。

指先一つで即座に済む案件なら受けるにやぶさかでもないが、時給1000円と仮定しても万単位の請求になりそうな時間を要求されるのは流石にダルい。

 

わざわざボランティアでそこまで労力を割くには、他人の恋心に対する親切心という動機では弱すぎる。

あと早く帰ってゲームしたいし。

 

「だめ、ですか……?」

 

だめだよ。

と即答したいところだが、流石にそこまで塩対応だと心証が悪すぎるかもしれない。

赤の他人の心証なんてと思うかもしれないが、大学という場所は学年的な縦にもグループ的な横にも意外なところで繋がっているするものなのであまり自由な振る舞いは回り回って自分の首を絞めかねない。

なので責任は他人に押し付けることにする。

 

「ちょっと待ってろ」

 

こちらを伺う阿智と軽井沢さんを放置して、俺はスマホのスリープを解除する。

そして連絡先から通話をかけるとそれはすぐに繋がった。

 

「もしもし、光一?」

 

通話の相手はバイトに向かう途中の光一。

まだ大学から出て外を歩いている最中だろうという予想通りだ。

向こう側で近くを走る自動車の音がノイズになってるけど、通話をするには問題ない。

 

『優か、どうした?』

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。お前、彼女ほしい?」

 

これで光一がノーと答えるならそれを理由に後輩の頼みは断ろう。

俺には一ミリも責任が生まれない、冴えた考えだ。

唯一の欠点があるとすれば、光一の答えが俺の希望とは沿わない場合には面倒事が増えるということだけど。

 

『そらまあ、出来ることなら欲しいけど』

「あー、わかった、そんじゃ」

『えっ、そんだけか?』

 

あんまり話して事情を察されても困るので、さっさと通話を切る。

その様子を観察するように、後輩二人はこちらを見ていた。

光一側の声は聞こえていないはずなので、そこには不安の感情が浮かんでいる。

 

うーん。

 

ちょっと面倒だが、あいつが彼女ほしいって言ってるんだからちょっとくらいなら後輩を手伝ってやってもいいか。

 

「わかった、協力してやる」

 

その答えに緊張が解けて、嬉しそうな表情を浮かべる後輩。

隣の友人の軽井沢さんも安心した表情を浮かべている。

 

「ありがとうございます、佐久穂センパイ」

「どういたしまして」

 

そんな後輩の様子を見て、まあ酷いことにはならないんじゃないかなとなんとなく思う。

 

 

こうして、俺と後輩の"短くない"付き合いが始まった。

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