頼まれたので親友に後輩を紹介する話。   作:北原春希

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002.お宅訪問

マンションの自室に帰ってきた俺。

その後ろにはさっき初めて会った女子の姿があった。

 

「佐久穂センパイって一人暮らしなんですね」

「光一もだけどな」

 

彼女、阿智灯里がうちに来た理由は一つ。

光一に紹介するための作戦会議だ。

ちなみに言い出したのは後輩の方。

 

「つーか、一人で来るのはどうよ?」

 

なんか流れでついてきたからここまでツッコまなかったけど、仮にも初対面の男の部屋にその日のうちに訪れるのは絶対に普通の感覚じゃない。

 

「いいじゃないですか。センパイが変な気を起こさなきゃ大丈夫ですよ、それともなにか変なことする気なんですか」

「そんな気はないが……、まあいいか。ちなみに軽井沢さんは?」

 

大学では阿智の付き添いに軽井沢さんという後輩女子がいたんだけど、彼女の姿はここにはない。

 

「あたしが失礼なことしないか心配で一緒にいたんですけど、大丈夫なんで帰ってもらいました」

「大丈夫じゃないんだよなあ」

 

正声二人きりよりは三人の方がずっとマシなんだけど帰っちゃったものはしょうがないか。

 

「結構きれいにしてるんですねー」

 

部屋に入って中を眺めた後輩がそんな感想を漏らす。

 

「光一も来るしな。っていうか今日も来るし」

「えっ、そうなんですか? 会ったら困るんですけど……。いや、嫌なわけじゃないんですけど、心の準備が必要っていうか……」

 

急に焦り出す後輩はちょっと面白い。

 

「バイトしてから帰ってくるのは10時過ぎになるから会うことはないぞ。まさかそれまで居座るつもりじゃないだろ?」

「それはそうですね……。安心しました」

 

バイトが急になくなることもないだろうから、ばったり鉢合わせって心配もないし。

というか夕飯前に追い出すし。

 

「んー」

「ってベッドの下確認しようとすんのはやめろ!」

「えー、お約束ってやつじゃないですかー」

 

ベッドの下を覗き込んでいた後輩は、頭を上げてこちらを見る。

 

「どっちにしろエロい物を持ってたとしてもスマホかPCの中だろ。今時、実物持ってる奴なんていねーよ」

「あっ、つまりセンパイはそういうの持ってるんですね」

「光一だってそれくらい持ってるぞ。っていうかもし付き合ったら”そういうこと”をするんだろ?」

「センパイ、それセクハラですよ」

「話題を振ったのは後輩のほうなんだよなあ」

 

誰が悪いかって言ったら先にセクハラしてきた後輩の方なので、俺は悪くない。

はい、護身完了。

 

というか、

「どっちにしろその辺は理解してないと後々不幸なことになりかねないぞ」

 

貞操観念は大切だが、それとは別に恋人ならセックスもするというのは事実であり、その前提に齟齬が生まれると悲しいことになる。

大学生で付き合ってるならそういうことをする方が"普通"だしな。

両者が同意してるならしないのは自由だし、付き合ってからどれくらいの期間をかけるかも人次第だろうけど、基本的に結果は変わらないしそこの意識を合わせるのは大切だ。

 

「なんか実感がこもってますね」

「気のせいだろ」

 

話題を逸らして、まだ少し寒い部屋に暖房を入れてから上着を脱いでハンガーに掛けた。

 

「んでどうするんだ?」

 

座布団に腰かけてから聞くと、テーブルを向かい合って同じように座った後輩は不思議そうな顔を浮かべる。

 

「えっ、あたしが考えるんですか?」

「そりゃそうだろ」

 

別にそこを考える段階から手伝ってもいいけど、考えがあるなら先に聞いておきたい。

 

「そうですね、光一先輩の好みを教えてください」

「他には?」

「今思いつくのはそれくらいです」

「なるほど」

 

ノープランなのがよく分かった。

という俺の考えは表情に出ていた様子で、後輩が不満そうな顔をする。

 

「じゃあセンバイは何か考えがあるんですかー」

「まずはそこから考えるか」

 

俺はルーズリーフを取り出してペンを握った。

 

 

「じゃあ目標を決めるぞ」

「目標ですか?」

「そうだ、計画を立てるならゴールから逆算するのは基本だろ」

 

ルーズリーフに目標と大きく書く。

 

「なるほど……?」

「んで、後輩の目標は?」

「光一先輩と付き合うこと?」

「それでいいのか?」

「えっ、だめですか?」

「その目標だと、付き合ってすぐに別れることになっても目標達成ってことになるが」

「それは困ります」

「なら最終目標は、結婚か」

 

最終的な目標に据えるにはちょうどいい地点ではある。

流石にそれより先は知らんって感じでもあるけど。

 

「流石にそれは重くないですか?」

「それは俺もそう思う」

 

大学生で結婚を視野に入れるのはおかしいとまでは言わないけれど、付き合う前から考えるのは流石に重い。

 

「そうだな。じゃあ付き合ってしばらくは上手くいくことを目標にするか。ちなみに後輩、過去に彼氏作ったことは?」

「それはありますけど……、今の話に関係あります?」

「関係ないことはわざわざ聞かないから安心しろ。それじゃあ遠距離恋愛の経験は?」

「それはないですね」

「なら予想で、自分は遠距離恋愛ができると思うか?」

 

ちなみに俺は、遠距離恋愛できない人間である。

とはいえ一般的に高校卒業してから遠距離恋愛になったカップルはその多くが破局するというから、自分が特別薄情な人間ではないと思いたいところではあるけれど。

 

「必要ならやりますよ。それで、これ何の話ですか?」

「ふむ、まず俺と光一は今大学三年で、後輩はその一つ下の二年だろ」

「そうですね。なるほどそういうことですか」

「そういうこと。光一がこの近くで就職しない限り、どうやっても後輩とは遠距離になるわけだ」

 

「つまり、優センパイが光一先輩の就職先をさり気なく大学の近所に誘導してくれるってことですね?」

「ですね? って言われてもやらねえよ?」

 

なんでドヤ顔でその結論にたどり着くんだよ。

 

「えー」

「えーじゃないんだわ。そこはもう諦めろ」

「ならどうするんですか」

「長く付き合うつもりなら、遠距離にも備えないとだめって話だ。なので次、目標達成の期限の設定」

「最低でも二年後の光一先輩の卒業までには付き合うって話ですよね」

「加えて言えば、付き合っている期間が長ければ長いほど、遠距離になっても恋人関係を継続できる可能性が高い」

 

卒業と同時に付き合った相手と、卒業の一年前から付き合っている相手なら、後者の方が遠距離になっても別れる確率は低くなるだろう。

 

「あたしが卒業したらどうにでもなりますもんね」

「一年間耐えられればだな」

 

後輩が卒業するまで付き合ってればあとは同棲でもすればいい。

実際には普通に遠距離でも問題ないって可能性もあるけど、まあ備えられる問題には備えておいた方が効率的だろう。

 

「さてそれで最終的な期間だが……」

「どうやって決めるんですか?」

「区切りで言ったら長期休暇かなあ」

「長期休暇?」

 

卒業を最終ラインに決めたわけだけど、実際には早ければ早いほうが良いわけで。

 

「大学だと春夏の長期休暇は二ヶ月近くあるだろ。ならその前に付き合えれば一緒にいられる時間はかなり増えるはず」

 

その期間を有効活用できれば、恋人同士としてもより親密になれるだろう。

 

「じゃあ夏休み前ですか?」

「んー、理想はそうだろうけど」

 

今が四月で夏季休暇が始まるのが七月末、およそ四ヶ月で恋人同士になれるほど親密になれるだろうか。

 

「十分じゃないですか?」

「今すぐ後輩を紹介して四ヶ月丸々距離を詰めるのに使えばいけるかもしれないけど、可能ならその前にやりたいことがある」

「やりたいこと?」

 

「光一のことを知って、親しくなるための準備かな。例えば初対面で同じ趣味があればそのまま親しくなりやすいだろ?」

「あー、まあわからないでもないです。でもそれどれくらいやるんですか?」

「ひと月かふた月くらい」

「んー、結構長いですね」

「後輩がノープランで距離を詰めて失敗してもいいっていうなら止めないが?」

「それは嫌です」

 

まあ俺が時間をとってみっちりやれば半月とかで終わるかもしれないけど、めんどいからやだ。

 

「じゃあとりあえず夏休み前を仮目標として、そのタイミングでまだ足りなそうなら距離を詰める方針を継続するってことで。恋人同士じゃなくても、知り合いなら休みに会うくらいはできるだろうしな」

「それもそうですね」

 

「方針は決まったな。それじゃこのあとの予定をおさらいするぞ。まず、後輩に光一のことを教える。やってるアプリとか映画の趣味とか異性の好みとか、知ってればできることもあるだろ」

「光一先輩の好きなタイプとか知ってるんですか?」

「それはこれから調べる」

「えぇ、不安なんですけど……」

「胸がデカいのが好みとか言われても泣くなよ」

「それどういう意味ですかー!」

 

そのままの意味である。

 

「準備が済んだら、次は実際に後輩を光一に合わせて親密度を稼ぐぞ。んで、可能なら夏休み前に付き合う。これでいいか?」

「はい」

 

頷く後輩を見ながら、一つ懸念があるんだけど今言ってもしょうがないことなので黙っておく。

 

「よし、じゃあ今日はこれでいいか」

「センパイ、結構色々考えてくれてたんですね」

 

意外そうな顔をしている後輩だが、それは誤解だ。

 

「いや、ネットでテキトーに検索した結果をそのまま使ってるだけだぞ」

「えー、酷い!」

「酷くはないだろ、少なくともノープランだった阿智よりはマトモな意見出してるからな」

「それはそれ、これはこれですよ! もっと親身になって考えてください!」

「親身になる理由がないんだよなあ」

 

出会って数時間の相手にここまで手伝ってるだけで十分労力を割いてると思われる。

 

「むー」

 

そんな不満そうな顔しても知らんぞ。

 

「まあいいです、お世話になったのは事実ですし」

「おう、感謝はしてもしなくてもいいぞ」

「なんですかそれ」

 

後輩が今度はおかしそうな顔をする。

表情が豊かな後輩だ。

 

 

 

今日やることは全部終わって、そのまま後輩が居座る理由もないので帰り支度を始める。

 

「駅まで送るか?」

「大丈夫です、まだそんな時間じゃないですし」

 

外は日が落ちているけど、まあ心配するほどの時間でもないか。

玄関で見送ると、後輩が最後に振り返る。

 

「センパイ」

「どうした、阿智」

「これからよろしくお願いします」

「わかった。お前も頑張れよ」

「はい」

 

本当は後輩の為じゃなく、彼女が欲しいという光一の為なんだけど、目指す結果が同じなのだからわざわざ訂正する必要もないか。

 

 

 

「ただいまー」

「おかいも」

 

自室にて、帰ってきた光一が冷蔵庫に酒をしまってから部屋に入ってくる。

 

「バイト疲れた」

「おつかれ。レポートやるか?」

「いきなりそれかよ。ちょっとは労わってくれ」

 

うんざりした様子の光一。

普段はここまでじゃないので今日のバイトはお疲れだった様子だ。

 

「まあ明日休みだしまだ余裕はあるか」

「そうそう。そいや夕方の通話はなんだったん?」

「あーあれ。光一が実は女に興味ないんじゃないか疑惑が出てきたから確認しただけ」

「なんでそんな話になるんだよ」

「だって光一が彼女作ってるの見たことないだろ?」

「それは単純に相手がいないだけだよっ!」

 

軽くボケたおかげで、急に通話した疑問は有耶無耶にできたかな。

 

「まあお前はバイトで忙しいしな。バイト先にはかわいい娘とかいないの」

「いなくはないけど……、そういう雰囲気にはならないかなあ」

「ふーん」

 

そんな雑談をしながら、光一の恋愛関係を探っていく。

なんかこれだとスパイ活動みたいだけど、そもそも光一が彼女が欲しいって言ったうえで俺がその候補を紹介するための準備なので俺には一切の非はないことはここに明らかにしておきたい。

 

俺は悪くねえ!

いや、実際悪くないんだけどさ。

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