頼まれたので親友に後輩を紹介する話。 作:北原春希
「優、昼飯どうする?」
講義の二コマ目が終わって昼食前、光一と並んで学食に向かう途中でそんな話題を振られる。
大学の講義は一コマ90分なので、ニコマ目が終わるとちょうど昼メシ時だ。
「んー、今日はカレーの気分かな。光一は?」
「俺はラーメンかなー」
学食は値段抑え目なのでありがたいのだけど、それはそれで別の問題が発生するのが玉に瑕だ。
実際に到着すると、席の大半が埋まっていてふたりで座れる場所もぱっと見では探せない。
これが午後の三コマ目の講義が始まったらさっと人がいなくなるからゆっくりするには最適なんだけど……。
大学にはそういうのを見越して講義を選ぶ人間もいるし、他にも一日講義を入れない曜日を作って週三休にするとか午前の講義は取らずに午後出勤にするとか人によって特色が出たりする。
学びたい内容の講義を選ぶ? 知らない文化ですね……。
なんて冗談はともかく。
「どっか席空いてるか?」
「あそこ空いてんじゃね?」
「お、本当だ」
幸い窓際に並んで座れる席が二つ見つかったのでそこに荷物を下ろす。
「んじゃ並ぶか」
盛況な学食のカウンターへ食券を買ってから並ぶ。
そのまま注文した品を受けとって戻ってくると食欲を誘うカレーの匂いに腹が鳴った。
「午後の講義だるいわ、帰って寝てー」
ラーメンをすすり終わった光一がそんなことを言うが気持ちはわかる。
実際に午前だけ講義を受けて午後は休みなんて曜日も存在するのが帰りたさに拍車をかけるんだよなあ。
まだ寒さが残る四月の半ば、日の高いうちからベッドに引きこもっておやすみなさいしたら絶対気持ちいいわ。
まあ無理なんですけど。
「光一はどっちにしろ今日もバイトだろ」
「一旦帰って、寝て起きて、バイト行く。完璧じゃね?」
「なるほど完璧な作戦っスねーっ、単位を落とすという点に目をつぶればよぉ~」
実際には一回休んだだけなら単位はまだ落ちないけど、気分で帰る奴が残りの講義をまともに受けられるとは思えないのでどっちにしろ詰みである。
なんてしょーもない話をしている合間に、後ろから声をかけられた。
「佐久穂センパイ」
「ん?」
振り向くと、そこにいたのは黒髪ショートの赤インナーカラー女子。
当然俺の知り合いにそんな髪色をした女は一人しかいない。
「阿智か。ほらよ」
俺は用意していた去年のレポートを渡す。
「ありがとうございます。使い終わったら返しますね」
「急ぎじゃないからそのうちでいいぞ」
「わかりましたー」
用紙を受け取った阿智は俺を見たあと、光一のほうにも視線を向けてペコリとお辞儀をして去っていく。
そしてその背中が消えてから、光一がこちらに顔を向けた。
「優、さっきの娘は?」
「サークルの知り合いの後輩。二年の講義で使ったレポート貸してほしいって頼まれた」
「知り合いの後輩って他人じゃん」
「それはそう。つっても去年のレポート貸すくらいなら手間でもないしな。あと大学の中ならよくわからん人脈が繋がるのは珍しくないだろ」
「たしかに、それもそうか」
「そういうこと。んじゃ午後の講義行くか」
「イヤだー!」
「諦めろん」
嫌そうにする光一の首根っこを掴んで、俺は三コマ目の講義室に向かった。
大学から帰宅してきてしばらくすると、部屋のチャイムが鳴った。
「おじゃましまーす」
今日も部屋に訪ねてきた後輩を迎えると、その後ろにもう一人女子の姿がある。
「おじゃまします」
「いらっしゃい、軽井沢さん。今日は来てもらってわるいね」
「いえ、大丈夫です。灯里ちゃんのためですから」
阿智と一緒に部屋に来たのは軽井沢さん。
初対面の時に一緒に来ていた阿智の友人だ。
元茶髪で現黒髪(赤インナーカラー入り)の阿智と違って、彼女は元々の黒髪ロングで似合っている。
「ちょっとセンパイ、なんかあたしと対応がちがくないですか!?」
「阿智からは頼み事を聞いてる側だけど、軽井沢さんには頼み事を聞いてもらってる側だからな」
今日はこちらから頼んでうちに来てもらったのだ。
「本当にそれだけですか?」
問われて軽井沢さんに視線を向ける。
「あと軽井沢さんは性格も良さそうだし」
「まるで性格の悪い誰かがいるみたいですねえ」
「阿智もいい性格してるぞ」
「褒めてないですよね、それ!」
「まあそんな冗談は置いといて、取りあえず座ろうぜ」
「むー……」
阿智は不満げだが頼みごとをした側として軽井沢さんには礼を忘れないようにしたい。
阿智? 阿智は阿智だから……。
「なんだか、二人とも仲良し仲が良いですね」
「そんなことないからっ」
「軽井沢さん視力が弱かったりする? 大丈夫? 眼鏡屋行く?」
「今はコンタクトレンズをしてるから大丈夫ですよ?」
なるほど、軽井沢さんも冗談を言えるくらいに打ち解けてくれたみたいだ。
これからのことを考えたらそれくらいの方が楽ではあるか。
「そうだ、センパイ。今日のアレ、本当にあれでよかったんですか?」
「それに関しては説明しただろ?」
アレ、というのは当然昼に阿智が話しかけてきたこと。
あのレポートのやり取り自体、全部でっち上げの捏造だ。
「単純接触効果ってやつで、顔を合わせてるとそれだけで好感を持ちやすいらしいぞ。テレビのCMなんかも同じ理屈だとか」
「なんだか曖昧ですねえ」
「いつもどおりネットの受け売りだからな」
反論がないから試してみているだけで、これに関しては正直効果の程は保証できない。
「もっとセンパイの実体験で役に立つようなアドバイスとかないんですか」
「あるように見えるか?」
「あっ、そうですね、なんだかすいません」
「軽井沢さんはどう? なにかアドバイスとかない?」
「私は……、あまりそういう経験がないので」
「センパイ、セクハラですよ」
「マジかよ。ごめんね軽井沢さん」
「いえ、気にしてないので」
「ならよかった。……、っていうか今のがセクハラなら阿智もセクハラなんじゃねえの?」
「なんのことですかねー」
「絶対わかってるだろ」
そんな無駄話はほどほどにして、今日の本題に入ることにする。
「んじゃ今日は麻雀するぞ」
「はい」
「よろしくお願いします」
机の上には麻雀牌と麻雀マット。
光一が好きでうちでもたまに他の友人を誘って遊んでいるので、阿智に教えることにした。
俺と光一と阿智と軽井沢さんでちょうど四人だしね。
もちろんいきなり光一を誘って四人で宅打ちという流れにするのは不自然すぎるけど、自然な流れを作れれば距離感を詰める役に立つだろう。
阿智は麻雀を学ぶことが光一と親しくなるために有用だと理解しているから真剣だし、軽井沢さんは友人の為にやっぱり真剣なので教える側としてはやりやすいかな。
「始める前に、二人とも経験は?」
「ないです!」
「ちょっとだけあります」
「あ、軽井沢さんは経験者なんだ? 役とかわかる?」
「はい、細かい所までは覚えてないですけど簡単なところなら」
「なるほど、ならこれの役は?」
俺は麻雀牌で14枚のアガリの形を作る。
「平和、断么九、です」
「じゃあここにリーチツモドラ1がついたら何点?」
「8000点、ですか?」
「正解。ツモだから子なら4000、2000で親だと4000オールの12000点だね」
軽井沢さんは基本は分かるようなので、これなら教えるのは阿智だけで済みそうだ。
二人に教えるより一人の方がずっと楽なので、その点はありがたい。
「センパイ、なに言ってるのかさっぱりわからないんですけど」
「安心しろ、一から説明してやるから」
まずツモの順番から、4メンツ1雀頭の基本と役と上がり方についてゆっくり説明していく。
本当は四人で遊ぶゲームなんだけど、今日は遊び方を説明するのが目的なので三人で遊ぶように調整しておく。
「センパイ、この鳥はなんですか?」
「それは索子の1だな」
「竹のやつですか? なんで1だけ竹じゃないんですか?」
「しらん。そういうもんだと思って諦めろ」
「えー」
「センパイ、これってあがれますか?」
「役がないからリーチしないと上がれないぞ。まあ鳴いてるからリーチできないけどな」
「じゃあどうしろっていうんですか!」
「まず阿智は鳴くの禁止だな。とりあえず役がわからなくてもリーチかければあがれるから」
「えー」
「センパイ、これって役ですか?」
「北はオタ風だから3枚揃えても役にならないぞ」
「文字が書いてあるやつなのになんで役じゃないんですか!」
(気持ちはわかる……、まあ戦略的にそういうルールになってるのも理解できるけど初心者の頃は訳わからんよなあ)
「うーん……、これかなあ」
「ロン、国士無双」
「なんですかその形! 習ってないです!」
「教えてないからな」
「ズルじゃないですかー!」
「私も、ロンです。七対子のみ」
「あの形も習ってないんですけど、センパイ!」
「いや、あれは最初に説明した」
「されてないです!」
「えぇ……」
まあ初心者に特殊な形覚えさせても迷いが増えるだけだから最初は覚えなくていいとは言ったけどさ。
すっかり日が暮れた頃。
結構ビシバシと教えた結果、始めてから数時間で阿智はやっと最低限遊べるラインにはなったかな?といった様子。
というか補助がないとまだ怪しい部分が多いので本当に最低限だ。
「軽井沢さんは普通に遊ぶ分には問題なさそうだね。阿智は……、まあ麻雀は難しいからな」
「佐久穂センパイが珍しく優しいです」
「俺も最初は覚えるの苦労したからなー、鳴いたせいであがれなくて『なんでぇ!?』ってなったこともあるし」
「センパイもそんな時期があったんですねー。ならあたしが覚えられなくてもおかしくないですね!」
「俺が初めて麻雀触ったのは小学生の頃だったけどな」
「誰が小学生レベルですか!」
「ただの被害妄想なんだよなぁ……。軽井沢さんはなにか分からない所とかある?」
「はい。点数計算がまだちょっと難しいです」
軽井沢さんはネットで麻雀に触っていたようで、満貫未満の点数が曖昧だけどそこはゲームなら自動でやってくれてる部分なのでしょうがない。
「四人に一人できれば問題ないから大丈夫だよ」
一緒にやるなら俺も光一も計算できるし。
「うー……」
順調な軽井沢さんに比べて、知恵熱でも出しそうな声で唸っている阿智を見た。
「諦めるか? 別に麻雀自体は必須じゃないし」
できるなら活用できそうという手段の一つではあるけれど、できなければ問題になるわけではない。
正直一から麻雀を覚える苦労は理解してるしな。
自主的にゲームにハマらないとそれが大変というのもわかるので、無理にというつもりはない。
「いえ、もうちょっとがんばります」
大変そうではあるけれど、それでも後輩の目には続けるという意思があった。
「んじゃ続けるか」
「はい」
「灯里ちゃん、がんばろうね。私も手伝うから」
「うー、やっぱり持つべきものは親友だよー」
なんて美しい?友情を見つつも、麻雀の勉強を続ける。
「えい」
最初は完全に素人だった阿智の牌を積む手つきも、今ではかなり見れるものになっていた。
むしろ牌を積む動きだけは軽井沢さんよりも滑らかなくらいだ。
「今度は勝ちますよ! リーチ!」
「それロン。7700点」
「ぎゃー!」
実践に関してはまだまだ先は長そうだが。