三津寺は血を流しながらも、狂気的な笑みを浮かべて再び剣を振るう。
「まだだ! その剣に触れさえすれば、俺の鞘が……!」
「ねえ、三津寺……そんなにこの剣を折りたいの?」
ケリーが、わざとらしく大きく剣を振りかぶった。必死の三津寺はそこに勝機を見た。全ての呪力を右腕の鋼へと集約し、カウンターの折剣波を放つ構えを取る。彼の全身の細胞が、史上最高の名剣を砕く悦楽に震えた。
「今だ! その名剣、貰い受けるッ!!」
三津寺の全力が、ハースニールの刀身を真っ向から捉えた。
パキィィィィン――!!
これまでで最も高く、澄んだ「金属の破壊音」が、廃工場に響き渡った。三津寺の顔に、勝利の歓喜が広がる。手応えがあった。ついに、あの忌々しくも美しい銀紫の輝きを、自分の手で叩き折ったのだ。
「……はは、ははは! 見たか! 折れた! ついに折れたぞ、ハースニール!!」
だが。目の前の少女は、崩れ落ちるどころか、仮面の下でこれまでで一番幸せそうに笑っていた。
「……あはははは! 本当に、馬鹿ね。……名剣? 最高傑作? ……そんなもの、最初からどこにも無いって言ったじゃない」
「……何、だと……?」
三津寺が目を見開く。折れたはずのハースニールの破片が、地面に落ちることなく空中で静止していた。そして、その破片の一枚一枚を繋いでいたのは、鈍い光を放つ細い鎖だった。
「これ、ただの鎖の集合体よ……折れたんじゃない。私が、貴方を殺すために解いたの」
ケリーが指先を微かに動かした瞬間。剣の形状を保っていた金属片が、三津寺の腕を、脚を、そして首を、生き物のような速度で這い回り、がんじがらめに縛り上げた。
「あ、が……っ!?」
それは剣などではなかった。捕縛と圧殺のために作られた魔女の檻、《グレイプニル》の真の姿。 三津寺が「折った」と確信したものは、彼自身を処刑台へと固定するための、冷たい鉄の蔦へと変貌したのだ。
「あ、あああ……っ! 離せ、離せえっ!」
三津寺がもがくほどに、鎖は彼の肉体と、彼が癒着させていた名剣の残骸へと深く食い込んでいく。メキメキと骨が軋む音が、静まり返った工場に響く。ケリーは、もはや剣士の演技さえ脱ぎ捨て、事務的に鎖の出力を高めていく。《グレイプニル》の鎖に絡め取られ、床に縫い付けられた三津寺は、もはや獲物以外の何物でもなかった。名剣の破片も、強化外骨格の装甲も、魔女が紡いだ鉄の蔦の前では薄い紙きれと変わらない。
ケリーは、もがき苦しむ男を冷徹に見下ろすと、その白い指先を指揮者のように優雅に振った。音もなく、足元から這い出た鎖が数十本に分裂した。それはもはや、何かを繋ぎ止めるための道具ではない。鎖の一つ一つの節が鋭利な鋸歯状に変形し、耳を劈くような超高速の電磁駆動音を立て始める。
「さぁ、ショータイム!」
ケリーの宣告と共に、回転する刃の鎖が三津寺の四肢に深く絡みついた。
――《チェーン・ミートグラインド》
次の瞬間、数十の鎖が同時に逆回転を開始した。肉と骨の境目を探る必要などない。《グレイプニル》は電磁反発と引力を交互に超高速で切り替え、対象の体を“固定したまま、削る”という矛盾した物理現象を強制する。三津寺が抵抗しようと体をよじれば、鎖はその摩擦をエネルギーとしてさらに回転数を上げ、筋肉を繊維の一本まで精密に解体していった。
「ひあ、あ、あああああああ!!」
廃工場に、三津寺の絶叫が木霊する。三津寺は自分が折ったものが、実は自分を縛り上げるための死神の鎌であったことを知り、自らのコレクションと共に解体されていく
「乙女のような悲鳴を上げるのね、ブレードハンターさん」
加虐の悦楽に輝く瞳を細めながら、ケリーは最後に残った胴の中心へと、すべての鎖を収束させた。回転は一瞬、静止し――次の瞬間、磁場の反発が内側から限界を超えて膨れ上がる。爆ぜるような音と共に、すべてが崩壊した。
あとに残ったのは、原形を失い、ただの物質へと還元された肉塊だけだった。ケリーの腕に戻るグレイプニルは、血を弾き飛ばしながら何事もなかったように静まり、再び一振りの剣、ハースニールの姿へと再構成されていく。
ケリーは、足元に広がる無価値な残骸を一度だけ一瞥した。彼女の舌を刺していた不快な泥の味は、もうどこにもしない。残念そうな電子音声だけがむなしく響いた。
『――12点。……あーあ、君が折ったのは名剣じゃなくて、ただの自分の思い込みだったね』
ケリーは無言のまま周囲を見回した。彼女はゆっくりと手を伸ばし、空中に浮遊する微細な金属粒子を、再び一振りの長剣の形へと収束させる。ハースニールが、再びその冷徹な輝きを取り戻した。
だが、ケリーの視線は三津寺の残骸や救出が可能な人質を見ていなかった。彼女は、何もない空間の一点を見据え、仮面の奥で瞳を紫電に染める。
「――見てるんでしょ。『採点者』さん」
ケリーの声が、磁場の震えとなって工場の空気を直接震わせた。彼女はハースニールの先端を、あたかもそこに誰かが立っているかのように、虚空へ向けて突き出す。同時に、彼女の演算領域が工場全域の電子情報を舐めるように走査し、不自然に偽装された観測用ドローンの極小通信プロトコルを叩き潰した。
「捕まえた」
ケリーが指先を弾く。工場のスピーカー、三津寺の戦闘狩衣の残骸、そして付近の通信端末が一斉に不快なノイズを上げ始めた。逆探知。ケリーは観測者の信号を辿り、その接続先へと、猛毒のような高負荷データを直接流し込んだ。
『――おっと……っ! あはは、これは。期待以上の解答だね、魔女さん』
スピーカーから漏れ出したのは、先ほどまでの余裕を欠いた、耳障りな電子ノイズの混じった笑い声。物理的に確認が不能な筈の採点者の「表情」が、ケリーの情報の暴力によってわずかに歪んだのを、彼女は見逃さなかった。
「貴方の採点なんて興味ないわ。でも、私の舞台を特等席でタダ見した代金は、きっちり払ってもらうから。……次は、貴方を解体してあげる」
ケリーは一方的に通信を遮断した。
数分後、工場の外にはイズモ境界対策課の回収班が到着し、物言わぬ肉塊となった三津寺を運び出していく。ケリーは、その喧騒に背を向け、銀紫色の髪を夜風にたなびかせながら歩き出した。首元のリミッターは既に青い光に落ち着いている。廃熱の霧も消え、彼女は再び、感情を読み取らせない仮面の騎士へと戻っていた。
数時間後、イズモ支部最深部。 久部幕内の執務室には、依然として沈香の香りが漂っていた。
「報告は受けているよ。三津寺刃の捕縛、および『採点者』の通信経路の特定……期待以上の出来だ、ケリー」
久部は、相変わらず陶器の壺を磨きながら、一度も振り返らずに告げた。だが、その言葉には、以前よりも確かな投資対象としての評価が混じっている。
「オーディションの合格通知、用意してあるわね。おじさま」
ケリーは執務室の壁に寄りかかり、ハースニールを弄びながら短く返した。
「ああ。君の望み通り、祓魔第■班班長・上坂光の指名任務に、君を正規のアタッカーとして配属する。……だが、忘れないことだ。上坂という男は、君が今回の任務で出会った三津寺のような小物とは、根源から質が違う」
「分かってるわよ。……あのおじさんのことは、私自身が一番よく知ってる」
ケリーの脳裏に、地下訓練場で喉元を突いた時の、上坂の狂気じみた笑顔が過った。上坂はかつての任務の後遺症で長期戦闘が不可能な体になっている――あの時、余りにも長時間の訓練に付き合い続けた彼は、回避する事は本当に不可能だったのだろう。だが、心から喜んでいた狂人だった。
「それでも
ケリーはハースニールを影の中へと消し、執務室を後にした。彼女が向かうのは、さらなる熱狂と破壊が待つ、新たな戦場だった。