堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

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第12話:勉強会

 

 

 

 

 

 七月中旬。

 

 期末試験が近づいていた。

 

 放課後の図書室には、Dクラスの生徒が多く残っている。平田の提案で始まった勉強会だ。

 

 中間試験の時と同様、成績の良い生徒が他の生徒を教える形式。堀北も、教える側として参加していた。

 

 

 

「須藤くん、ここの問題は――」

 

「ん? ああ、この公式か。なんだっけ、これ」

 

 

 

 須藤が、ノートを覗き込みながら首を傾げる。

 

 

 

「二次方程式の解の公式よ。覚えてる?」

 

「えーと……」

 

 

 

 須藤が、頭を掻く。

 

 

 

「……忘れた」

 

 

 

 堀北は、小さくため息をついた。

 

 前回の堀北なら、ここで突き放していただろう。「一度教えたことを覚えられないなら、自分で何とかしなさい」と。

 

 クラスメイトを助けることに、意味を見出せなかった。

 

 けれど今回は違う。

 

 

 

「じゃあ、もう一度説明するわね」

 

 

 

 堀北は、ノートにペンを走らせながら説明を始めた。

 

 

 

「この公式は、xイコール、マイナスb プラスマイナス ルートb二乗マイナス4ac 割る2a。これを覚えるのが基本よ」

 

「うーん……長いな」

 

「語呂合わせで覚えると楽よ。「二次の夜、悲鳴を上げて走る4a」とか」

 

「なんだそれ」

 

 

 

 須藤が、呆れた顔をする。けれど、その口元には笑みが浮かんでいる。

 

 

 

「まあ、語呂合わせは自分で作った方が覚えやすいかもしれないわね。とにかく、この公式を使えば、二次方程式は解けるようになるわ」

 

「おう。サンキュー、堀北。お前、教えるの上手いな」

 

 

 

 須藤が、素直に礼を言う。

 

 以前の須藤なら、堀北に教わることを嫌がっただろう。

 

 けれど今は、素直に受け入れている。

 

 信頼関係が、少しずつ築かれている証拠だ。

 

 

 

「堀北ちゃーん。こっちも教えてー」

 

 

 

 声がして、振り返る。

 

 池と山内が、手を挙げていた。

 

 

 

「何?」

 

「英語の文法が分かんないんだよ。助けてくれ」

 

「仕方ないわね。見せて」

 

 

 

 堀北は、二人のノートを覗き込んだ。

 

 基本的な文法の問題だ。関係代名詞の使い方が分かっていないらしい。

 

 

 

「ここはね、関係代名詞のwhichを使うの。先行詞が人以外の場合は――」

 

 

 

 説明しながら、堀北はふと思った。

 

 前回の自分は、こんなことをしなかった。

 

 クラスメイトを「駒」としか見ていなかった。助けることに、意味を見出せなかった。

 

 結果、孤立した。クラスをまとめることができず、苦労した。

 

 今回は違う。

 

 自ら教え、サポートする。クラスメイトと協力する。

 

 小さな変化の積み重ね。それが、クラスを変えていく。

 

 

 

「軽井沢さん、この公式を覚えて」

 

 

 

 堀北は、次のグループに移動した。

 

 軽井沢が、数学のノートを広げている。

 

 

 

「え、あんたが教えてくれんの? ……まあ、いいけど」

 

 

 

 軽井沢は、少し警戒した目で堀北を見た。

 

 彼女との関係は、まだ完全には改善していない。けれど、以前よりはマシだ。

 

 

 

「この公式、覚えにくいよね」

 

「そうね。でも、語呂合わせで覚えると楽よ」

 

「語呂合わせ?」

 

「ええ。例えば、「サインコサイン、サインコサイン、タンジェント」って歌いながら覚えるの」

 

「……何それ、ダサくない?」

 

 

 

 軽井沢が、呆れた顔をする。

 

 

 

「そうかしら。私は、これで覚えたわ」

 

「マジ?」

 

「本当よ。試してみて」

 

 

 

 軽井沢は、しばらく渋っていたが、やがてノートに向き直った。

 

 

 

「……サインコサイン、サインコサイン、タンジェント……」

 

 

 

 小声で呟きながら、公式を書いていく。

 

 

 

「あ、なんか覚えられるかも」

 

「でしょう?」

 

「……ありがと」

 

 

 

 軽井沢が、小さく礼を言った。

 

 その声は、ぶっきらぼうだったけれど、敵意はなかった。

 

 小さな進歩。けれど、確かな進歩だ。

 

 勉強会は、順調に進んでいた。

 

 図書室を見回すと、クラスメイトたちが真剣に勉強している。

 

 平田が中心となって、全体を取りまとめている。櫛田も、あちこちで生徒たちを助けている。

 

 良い雰囲気だ。

 

 前回の中間試験の時よりも、クラスの結束が強くなっている気がする。

 

 ふと、視線を感じた。

 

 図書室の隅を見ると、綾小路が座っていた。

 

 彼は、一人で本を読んでいる。勉強会には参加せず、離れた場所で静かに過ごしている。

 

 いつもの光景だ。

 

 けれど、堀北は気づいていた。

 

 綾小路の視線が、時折こちらに向けられていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 堀北は、図書室の一角で休憩を取っていた。

 

 ずっと教え続けて、少し疲れた。

 

 周囲を見回すと、クラスメイトたちが真剣に勉強している。

 

 その中に、意外な組み合わせがあった。

 

 綾小路と須藤。

 

 二人は、図書室の隅で何やら話している。綾小路が、須藤のノートを指差しながら説明しているようだ。

 

 堀北は、少し驚いた。

 

 綾小路が、自ら誰かに勉強を教えるなんて。

 

 彼は基本的に、目立つことを避けている。クラスメイトと積極的に関わることも少ない。

 

 それが、須藤に勉強を教えている。

 

 しばらく観察していると、綾小路がこちらに気づいた。

 

 二人の視線が合う。

 

 綾小路は、少しばつが悪そうな顔をした。

 

 そして、須藤の元を離れ、堀北の方に歩いてくる。

 

 

 

「隣、いいか」

 

「ええ」

 

 

 

 綾小路が、堀北の隣に座った。

 

 

 

「大変そうだな」

 

「そうでもないわ。みんな、思ったより真面目に取り組んでくれてる」

 

「そうか」

 

「あなたのおかげもあるわ」

 

「オレか? オレは何もしてないぞ」

 

「嘘ね」

 

 

 

 堀北が、小さく笑う。

 

 

 

「あなた、こっそり須藤くんに勉強を教えてたでしょう。さっき、見てたわ」

 

 

 

 綾小路が、僅かに目を逸らす。

 

 

 

「……見てたのか」

 

「ええ。ありがとう」

 

「……別に、大したことじゃない。須藤が赤点を取ったら、クラスポイントに響くからな」

 

「それだけ?」

 

 

 

 堀北が、綾小路を見つめる。

 

 その目は、真剣だった。

 

 綾小路は、しばらく黙っていた。

 

 図書室の静寂が、二人を包む。

 

 そして――

 

 

 

「……お前のためだ」

 

 

 

 綾小路が、小さく呟いた。

 

 

 

「え?」

 

「クラスのためじゃない。お前が必死に動いてるから、オレも少しだけ動いた。それだけだ」

 

 

 

 堀北は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 綾小路が、自分のために動いてくれた。

 

 その言葉が、胸に響く。

 

 

 

「……ありがとう」

 

「礼はいらない。お前のお陰で、それなりに楽しめてるからな」

 

「楽しい?」

 

「ああ。退屈しない、という意味でな」

 

 

 

 綾小路が、僅かに口元を緩める。

 

 それは、笑みと呼べるほどのものではない。けれど、彼にしては珍しい表情だった。

 

 堀北は、嬉しくなった。

 

 綾小路が、自分のために動いてくれた。

 

 自分と一緒にいることを、「楽しい」と言ってくれた。

 

 それだけで、十分だった。

 

 

 

「ねえ、綾小路くん」

 

「何だ」

 

「この調子で、期末試験も乗り越えましょう。そして、夏休みには無人島試験がある。そこでも、協力してほしいの」

 

「無人島試験……?」

 

 

 

 綾小路が、僅かに目を細めた。

 

 

 

「何か知ってるのか」

 

「……先輩から聞いただけよ。夏休みに、大きな試験があるって」

 

 

 

 またやってしまった。

 

 少しでも気が緩むと、堀北はすぐにボロが出る。

 

 そして誤魔化す意味もないのに、下手な嘘をついてしまう。

 

 もちろん、綾小路は空気を読んで、流してくれるけど。 

 

 

 

「そうか。……まあ、協力は惜しまない。お前が頑張るなら、な」

 

「ありがとう」

 

 

 

 堀北は、微笑んだ。

 

 綾小路の気遣いが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。

 

 

 

「……お前、最近よく笑うようになったな」

 

「そうかしら」

 

「ああ。前より、表情が柔らかくなったんじゃないか?」

 

「……そう」

 

 

 

 堀北は、少し照れた。

 

 

 

「あなたのおかげかもしれないわね」

 

「オレ?」

 

「ええ。あなたがいるから、私は笑えるの」

 

 

 

 綾小路は、しばらく黙っていた。

 

 そして、視線を逸らした。

 

 

 

「……やっぱり変な奴だな、お前は」

 

 

 

 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

 

 勉強会は、夕方まで続いた。

 

 期末試験まで、あと一週間。

 

 Dクラスは、着実に力をつけている。

 

 堀北は、それを感じていた。

 

 前回とは、違う。

 

 クラスメイトとの関係も、綾小路との距離も。

 

 全てが、良い方向に進んでいる。

 

 このまま、夏休みを迎えよう。

 

 そして、無人島試験を乗り越えよう。

 

 堀北の目は、明るい未来を見据えていた。

 

 

 

 

 

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