堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

14 / 29
第14話:影

 

 

 

 

 

 七月下旬。夏休み直前。

 

 期末試験も終わり、Dクラスには穏やかな空気が流れていた。

 

 教室の窓から差し込む夏の日差しが、机や床を明るく照らしている。クラスメイトたちは、夏休みの予定を話し合ったり、試験の結果に一喜一憂したりしている。

 

 退学者ゼロ、クラスポイントの回復。

 

 一学期の成果としては、上々と言えるだろう。

 

 堀北は、自分の席で周囲を観察していた。

 

 平田が、クラスメイトたちと夏休みの計画を話している。軽井沢が、女子グループと笑い合っている。須藤が、仲間と何やら盛り上がっている。

 

 クラスの雰囲気は、良い方向に変わっている。

 

 前回の一学期とは、比べものにならないほどに。

 

 全てが、順調に進んでいるように見えた。

 

 だが、小さな違和感が積み重なっていく。

 

 ふと、通路側の窓に目をやる。

 

 廊下を歩く生徒たちの中に、見覚えのある顔があった。

 

 Cクラスの生徒だ。

 

 彼は、Dクラスの教室をちらりと見て、そのまま通り過ぎていった。

 

 それだけなら、何でもないことだろう。

 

 だが、こういうことが、最近増えている。

 

 龍園の動きが、読めない。

 

 前回の記憶では、この時期にCクラスは大きな動きを見せなかったはずだ。

 

 だが今回、龍園は頻繁にDクラス周辺に出没している。

 

 廊下ですれ違う時、視線を感じる。食堂で食事をしている時、遠くから観察されている気配がある。

 

 そして、龍園の手下と思しき生徒が、Dクラスの教室付近をうろつくことも増えた。

 

 堀北は、その変化に気づいていた。

 

 そして、その原因も理解していた。

 

 自分だ。

 

 須藤の事件を未然に防いだ時から、龍園は堀北を「要注意人物」として認識している。

 

 「入学初日からSシステムの裏を見抜いていた女」

 

 「須藤の事件を事前に予測した女」

 

 「まるで、全てを知っているかのように動く女」

 

 龍園は、堀北の正体を暴こうとしている。

 

 

 

「堀北」

 

 

 

 声がして、振り返る。

 

 声の主は、隣の席に座る綾小路だ。

 

 

 

「何?」

 

「Cクラスの連中が、お前を監視してるぞ」

 

「知ってるわ」

 

 

 

 堀北は、短く答えた。

 

 

 

「対策は?」

 

「今のところ、様子見よ。向こうから仕掛けてくるまで、こちらからは動かない」

 

 

 

 下手に動けば、相手に情報を与えることになる。今は、静観するのが最善だ。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 綾小路は、少し考え込むような顔をした。

 

 

 

「……だが、気をつけろ。龍園は危険な男なんだろ?」

 

「そうね」

 

 

 

 堀北は、また廊下に目を向けた。

 

 一人の男子生徒が立っている。

 

 石崎大地。Cクラスの生徒で、龍園の腹心の一人だ。

 

 彼は、こちらを見ていた。

 

 監視するように。威嚇するように。

 

 堀北は、その視線を受け止めた。

 

 目を逸らさない。怯えない。

 

 しばらく睨み合った後、石崎が視線を外して歩き去った。

 

 

 

「あいつ、毎日のようにこの辺りをうろついてるな」

 

 

 

 綾小路が、呟いた。

 

 

 

「龍園くんの指示でしょうね。私の動向を探れ、と」

 

「何か心当たりは?」

 

「……須藤くんの事件よ。あの時、私が事前に動いたことを、龍園くんは知っているはず」

 

 

 

 堀北は、小さくため息をついた。

 

 

 

「私の事を、調べようとしてるんでしょう」

 

「厄介だな」

 

「ええ。でも、今のところ直接的な行動は取ってこない。様子見している段階だと思う」

 

「油断はするな」

 

「分かってるわ」

 

 

 

 堀北は、頷いた。

 

 龍園は、危険な男だ。

 

 狡猾で、残忍で、目的のためなら手段を選ばない。

 

 前回の三年間で、堀北は彼の恐ろしさを知っている。

 

 だが、今は焦る必要はない。

 

 こちらから動かなければ、相手も動きにくい。

 

 時間を稼ぎながら、対策を考えればいい。

 

 そう思っていた。

 

 だが、問題は龍園だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。終業式の前日。

 

 放課後、堀北は一人で廊下を歩いていた。

 

 夏休み前の解放感からか、多くの生徒は早々に帰宅している。校舎は静かで、廊下には人影がまばらだ。

 

 図書室で借りた本を、寮に持ち帰ろうとしていた時だった。

 

 

 

「初めまして、堀北鈴音さん」

 

 

 

 声がして、足を止めた。

 

 振り返ると、一人の少女が立っていた。

 

 小柄な体。紫色の髪。紫色の瞳。

 

 そして、杖をついている。

 

 坂柳有栖。

 

 堀北は、思ってもみない人物との遭遇に動揺した。

 

 Aクラスの生徒。表向きは「病弱なお嬢様」として知られている。

 

 だが、その実態は、Aクラスを裏から支配する策謀家。

 

 前回の三年間で、堀北は彼女の恐ろしさを知っている。

 

 冷酷で、狡猾で、容赦がない。

 

 敵に回せば、最も厄介な相手の一人だ。

 

 

 

「――いえ、「初めまして」で本当によろしいのでしょうか?」

 

 

 

 坂柳が、にこりと微笑む。

 

 その笑顔は、どこか不気味だった。

 

 人形のように整った顔。けれど、その瞳の奥には、何か冷たいものが光っている。

 

 

 

「何の話かしら」

 

 

 

 堀北は、努めて平静を装った。

 

 声が震えないように。表情が強張らないように。

 

 

 

「とぼけなくても結構ですよ」

 

 

 

 坂柳が、一歩近づく。

 

 杖をつきながら、ゆっくりと。

 

 コツン、コツン、と杖が床を叩く音が、静かな廊下に響く。

 

 

 

「あなたは、本当に面白い動きをしていますね」

 

「面白い?」

 

「はい、とても。入学初日からSシステムの裏を見抜き、クラスメイトに警告を発した。須藤くんの事件を事前に察知して、未然に防いだ。佐倉さんのストーカー問題も、誰よりも早く気づいていたそうじゃないですか」

 

 

 

 堀北の心臓が、激しく鼓動する。

 

 なぜ、坂柳がそこまで知っている?

 

 Aクラスの生徒が、Dクラスの内部事情をここまで把握しているのは、異常だ。

 

 

 

「クラスの信頼を着実に勝ち取り、中間試験でも期末試験でもDクラスを赤点者ゼロに導いた。入学からわずか三ヶ月で、あなたはDクラスの中心人物になっています」

 

 

 

 坂柳が、堀北を見上げる。

 

 その紫色の瞳が、堀北を射抜くようだった。

 

 観察するような。分析するような。獲物を見定めるような目。

 

 

 

「まるで、全てを知っているかのようですね」

 

 

 

 心臓が凍りつく。

 

 その言葉は、真実を突いていた。

 

 堀北は、未来から来た。三年分の記憶を持っている。だから、「全てを知っている」のだ。

 

 坂柳は、それを見抜いているのか?

 

 いや、そんなはずはない。タイムリープなど、普通は信じない。

 

 けれど、坂柳は何かを察している。それは確かだ。

 

 

 

「……何が言いたいの」

 

 

 

 堀北は、声を絞り出した。

 

 

 

「別に、何も。ただ、事実を述べただけですよ」

 

 

 

 坂柳が、くすくすと笑う。

 

 その笑い声は、鈴のように澄んでいて、けれどどこか冷たかった。

 

 

 

「安心してください。別にあなたを攻撃しようとか、そういうつもりはありません。少なくとも、今は」

 

 

 

 「今は」という言葉が、不気味に響く。

 

 

 

「じゃあ、なぜ声をかけてきたの」

 

「ただ――興味があるのです」

 

 

 

 坂柳が、杖で床を軽く叩いた。

 

 コツン、と乾いた音が響く。

 

 

 

「あなたが「何者」なのか。そして、何を「知っている」のか」

 

 

 

 沈黙。

 

 廊下に、静寂が満ちる。

 

 夕日が、窓から差し込んでいる。二人の影が、長く伸びている。

 

 堀北は、どう答えるべきか考えた。

 

 嘘をつくか。はぐらかすか。それとも、一部だけ真実を混ぜるか。

 

 

 

「……私は何も知らないわ」

 

 

 

 堀北は、慎重に言葉を選んだ。

 

 

 

「ただ、観察と推測で動いているだけ。それが、あなたの目には「全てを知っている」ように見えるのかもしれないけど」

 

「そうですか」

 

 

 

 坂柳が、微笑む。

 

 その笑顔は、信じているようには見えなかった。

 

 むしろ、「嘘をついているのは分かっていますよ」と言っているかのようだった。

 

 

 

「……それなら、いいのですけど」

 

 

 

 坂柳が、踵を返した。

 

 去っていく。杖をつきながら、ゆっくりと。

 

 コツン、コツン、と杖の音が遠ざかっていく。

 

 だが、数歩進んだところで、振り返った。

 

 

 

「堀北さん」

 

「何?」

 

「あまり目立ちすぎると、余計な敵を作りますよ」

 

 

 

 坂柳が、意味深な笑みを浮かべる。

 

 

 

「――例えば、あなたの知らない敵を」

 

 

 

 その言葉を残して、坂柳は去っていった。

 

 杖の音が、廊下の奥へと消えていく。

 

 堀北は、その背中を見送りながら、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 

 坂柳有栖。

 

 彼女は、何かを知っている。あるいは、何かを察している。

 

 まさか、彼女も自分と同じようにタイムリープしてきた?

 

 それは分からない。だが、堀北を「観察対象」として認識したことは確かだ。

 

 「あなたの知らない敵」

 

 その言葉が、胸に刺さる。

 

 龍園だけでなく、坂柳まで。

 

 敵が、増えていく。

 

 前回の三年間では、坂柳との直接対決は少なかった。彼女は主に綾小路を標的にしていたはずだ。

 

 だが今回は、違うのかもしれない。

 

 堀北の「異常さ」が、坂柳の興味を引いてしまった。

 

 それは、非常に危険なことだった。

 

 

 

「……気をつけないと」

 

 

 

 堀北は、呟いた。

 

 夕日が、廊下を赤く染めている。

 

 その光が、血のように見えた。

 

 夏休みが、始まろうとしている。

 

 そして、無人島試験が待っている。

 

 龍園の監視。坂柳の接触。

 

 不安の種が、増えていく。

 

 けれど、立ち止まるわけにはいかない。

 

 前に進むしかない。

 

 堀北は、拳を握りしめた。

 

 何があっても、諦めない。

 

 今度こそ、変えてみせる。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。