堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

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第15話:無人島

 

 

 

 

 

 夏休みが始まった。

 

 だが、高度育成高等学校の夏休みは、普通の学校とは違う。

 

 八月初旬。一年生は豪華客船に乗せられ、海へと出発した。

 

 行き先は無人島。

 

 そこで行われるのは、サバイバル試験。

 

 生徒達にはバカンスと伝えられているが、実際には無人島で特別試験が行われる。

 

 前回はそうだったから、今回もそれは変わらないはず。

 

 船上で、堀北は海を眺めていた。

 

 青い空。青い海。白い雲。

 

 美しい景色だ。だが、堀北の心は穏やかではなかった。

 

 前回の記憶で、この試験の内容を知っている。

 

 一週間の無人島生活。

 

 与えられたポイントを使って、サバイバル生活を行うというもの。

 

 その他にもスポット占有などを行い、クラスポイントを獲得していく。各クラスはリーダーを設定し、試験終了時に他クラスのリーダーを当てる事が出来れば、それもクラスポイントを獲得する大きな手段となる。逆に、自クラスのリーダーを当てられれば、獲得できるクラスポイントが減ってしまう。

 

 様々なルールがあり、戦略が重要になる試験だ。

 

 前回、Dクラスは苦戦した。

 

 クラスの団結力不足、他クラスからの妨害等。様々な問題が重なり、何度も危機に陥った。

 

 堀北自身も体調不良で、足手まといにしかなれなかった。

 

 最終的には綾小路の機転で乗り切ったが、それは綱渡りのような勝利だった。

 

 今回は、違う結果を出したい。

 

 前回と違って、体調は万全だ。

 

 クラスも、ある程度まとまっている。

 

 堀北は、前回の記憶を頼りに戦略を立てていた。

 

 リーダーには体力のある生徒を選ぶ。ポイントを節約しつつ、リーダーが多くのスポットを占有する。そのうえで他クラスの動向を探り、確実なリーダー当てのみ行う。自分たちは最終日にリーダーを変更して、他クラスのリーダー当てを外させる。

 

 前回、綾小路が実行したこの戦略は効果的だった。今回も、同じ方法で行けるはずだ。

 

 そう思っていた。

 

 船が、無人島に到着するまでは。

 

 

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 

 

 前回と同様に、無人島到着を告げるアナウンスが流れてきた。

 

 アナウンス通り、ぐるっと島を一周したのち、下船の指示が下る。

 

 浜辺に集められた生徒たちの前に、Aクラス担任の真嶋が立つ。

 

 

 

「ではこれより―――本年度最初の特別試験を行いたいと思う!」

 

 

 

 突然の宣言に、多くの生徒が動揺した。

 

 だが、Dクラスは違った。

 

 堀北は、クラスメイトたちに事前に「夏休みに大きな試験があるかもしれない」と伝えていた。詳細は分からないが、心構えはできている。

 

 

 

「え、試験? 聞いてないんだけど!」

 

「マジかよ、夏休みなのに……」

 

 

 

 他クラスの生徒たちが騒ぐ中、Dクラスは比較的落ち着いていた。

 

 平田が、クラスメイトたちをまとめている。

 

 

 

「落ち着いて。堀北さんが言っていた通りだ。心構えはできてるはずだよね」

 

「お、おう。でも、マジで試験なのか……」

 

 

 

 須藤が、少し緊張した顔をしている。

 

 だが、パニックにはなっていない。

 

 これは大きなアドバンテージだ。

 

 他クラスが混乱している間に、こちらは冷静に状況を把握できる。

 

 堀北は、そう考えていた。

 

 だが――

 

 真嶋から試験の基本ルールが説明され、茶柱からマニュアルが配布された時。

 

 堀北は、自分の目を疑った。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 マニュアルに書かれたルールを、何度も読み返す。

 

 

 

「ルールが違う……?」

 

 

 

 前回と、微妙に異なっている。

 

 ボーナスポイントの条件が変わっている。リーダー当ての方式も、少し違う。ペナルティの内容も、前回とは異なる部分がある。

 

 大筋は同じだ。

 

 一週間のサバイバルで、スポットを占有しながらクラスポイントを残す。リーダーを設定し、当てればボーナス。

 

 だが、細部が違う。

 

 その「細部」が、戦略に大きな影響を与える可能性がある。

 

 

 

「どうした、堀北」

 

 

 

 隣にいた綾小路が、小声で尋ねる。

 

 

 

「……何でもないわ」

 

 

 

 堀北は、動揺を隠した。

 

 だが、内心は混乱していた。

 

 なぜ、ルールが違うのか。

 

 考えられる理由は、いくつかある。

 

 一つ目。バタフライ効果。

 

 堀北が前回と違う行動を取ったことで、歴史が少しずつ変わっている。須藤の事件を未然に防いだ。佐倉のストーカー問題に介入した。クラスメイトとの関係を、前回より早く築いた。

 

 それらの「変化」が、波及効果を生んでいる可能性がある。

 

 学校側も、生徒たちの動向に合わせて、試験のルールを調整したのかもしれない。

 

 二つ目。記憶の不正確さ。

 

 前回の記憶が、完全に正確ではなかった可能性がある。三年前のことだ。細部を忘れていても不思議ではない。

 

 三つ目。毎年の微調整。

 

 単純に、毎年ルールが少しずつ変わっているだけかもしれない。前回と今回で、同じルールである保証はない。

 

 いずれにせよ、問題は同じだ。

 

 未来の知識が、通用しなくなりつつある。

 

 前回の記憶を頼りに戦略を立てても、それが通用するとは限らない。

 

 むしろ、「前回の記憶」に頼りすぎると、足をすくわれる可能性がある。

 

 

 

「堀北。顔色が悪いぞ」

 

 

 

 綾小路が、再び声をかけてきた。

 

 

 

「大丈夫よ。少し、考え事をしていただけ」

 

「そうか。……何かあったら言ってくれ」

 

「ええ。ありがとう」

 

 

 

 堀北は、小さく頷いた。

 

 試験説明は続いている。茶柱の声が、淡々と追加ルールを読み上げていく。

 

 堀北は、それを聞きながら考えていた。

 

 前回の記憶に頼りすぎてはいけない。

 

 今回は、今回として対処しなければ。

 

 でも、どうすれば。

 

 不安が、胸の奥に広がっていく。

 

 一学期は、順調だった。前回の記憶を活かして、多くの問題を未然に防いだ。

 

 だが、それは同時に、「歴史を変えた」ということでもある。

 

 歴史が変われば、未来も変わる。

 

 堀北が知っている「未来」は、もう存在しないのかもしれない。

 

 これからは、前回の記憶を「参考」程度に留めないと。

 

 臨機応変に、対応しなければ。

 

 だが、それは同時に、堀北の最大の武器である「未来の知識」を、半ば失ったことを意味していた。

 

 試験説明が終わり、各クラスは話し合いを始めようとしている。

 

 生徒たちが集まる中、堀北は一人で考え込んでいた。

 

 どうする。

 

 戦略を、一から立て直さなければならない。

 

 前回の記憶は参考にはなるが、そのまま使うことはできない。

 

 ルールの変更点を把握し、それに合わせた新しい戦略を考えなければ。

 

 だが、時間がない。

 

 試験は、もう始まっている。

 

 

 

「おい、堀北」

 

 

 

 声がして、振り返る。

 

 綾小路が立ち上がっていた。

 

 

 

「試験始まったぞ。平田が、全員で話し合おうって言ってる」

 

「……ごめんなさい。少し、考え事をしていて」

 

「そうか。さっきのルール説明。何か気になることがあったんじゃないか」

 

「……分かるの?」

 

「お前の顔を見れば、分かる」

 

 

 

 綾小路が、堀北を見た。

 

 その目は、いつものように静かだった。けれど、どこか心配そうな色が混じっている。

 

 

 

「何があった?」

 

 

 

 堀北は、どこまで話すべきか迷った。

 

 未来から来たことは、まだ言えない。綾小路にはいずれ話すつもりだが、今はまだその時ではない。

 

 だが、今の不安を、一人で抱え込むのは辛かった。

 

 

 

「……試験のルールが、予想と違ったの」

 

 

 

 堀北は、慎重に言葉を選んだ。

 

 

 

「予想?」

 

「ええ。私なりに情報収集して、試験の内容を予測していたんだけど……実際のルールは、予想と少し違っていた」

 

「そうか。それで、動揺していたのか」

 

「ええ。……私は、自分の予測を頼りに戦略を立てていたから。それが外れると、どうすればいいか分からなくなって」

 

 

 

 綾小路は、しばらく黙っていた。

 

 波の音が、遠くから聞こえてくる。

 

 

 

「堀北」

 

「何?」

 

「お前の予測が外れたなら、新しい戦略を立てればいい。それだけのことだ」

 

「……そう簡単に言うけど」

 

「簡単じゃないのは分かってる。だが、お前一人で抱え込む必要はない」

 

 

 

 綾小路が、堀北を真っ直ぐに見た。

 

 

 

「オレがいる。平田もいる。クラスメイトもいる。一人で全部やろうとするな」

 

 

 

 その言葉に、堀北はハッとした。

 

 そうだ。自分一人でやる必要はない。むしろやってはいけないのに、昔の悪い癖が出てしまった。

 

 前回の自分は、一人で全部やろうとしていた。

 

 誰も頼らず、誰も信じず、一人で戦おうとした。

 

 結果、孤立した。クラスをまとめることができず、苦労した。

 

 今回は違う。

 

 仲間がいる。頼れる人がいる。

 

 一人じゃない。

 

 綾小路が、それに気づかせてくれた。

 

 

 

「……ありがとう」

 

「礼はいい。……それより、早く平田の所に行くぞ。みんな待ってる」

 

「ええ」

 

 

 

 堀北は、小さく微笑んだ。

 

 不安は、消えていない。

 

 だが、一人ではない。

 

 それだけで、少しだけ心が軽くなった。

 

 

 

「綾小路くん」

 

「何だ」

 

「この試験、一緒に乗り越えましょう」

 

 

 

 綾小路は、しばらく堀北を見つめていた。

 

 その目には、いつもの無表情ではなく、どこか温かいものがあった。

 

 そして――

 

 

 

「ああ。約束する」

 

 

 

 小さく、けれど確かに頷いた。

 

 太陽が、無人島を照らしている。

 

 これから一週間、過酷な試験が待っている。

 

 前回の記憶は、もう完全には頼れない。

 

 だが、仲間がいる。

 

 一緒に戦ってくれる人がいる。

 

 堀北は、気合を入れなおした。

 

 今度こそ、みんなと一緒に乗り越えてみせる。

 

 

 

 

 

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