堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
夏休みが始まった。
だが、高度育成高等学校の夏休みは、普通の学校とは違う。
八月初旬。一年生は豪華客船に乗せられ、海へと出発した。
行き先は無人島。
そこで行われるのは、サバイバル試験。
生徒達にはバカンスと伝えられているが、実際には無人島で特別試験が行われる。
前回はそうだったから、今回もそれは変わらないはず。
船上で、堀北は海を眺めていた。
青い空。青い海。白い雲。
美しい景色だ。だが、堀北の心は穏やかではなかった。
前回の記憶で、この試験の内容を知っている。
一週間の無人島生活。
与えられたポイントを使って、サバイバル生活を行うというもの。
その他にもスポット占有などを行い、クラスポイントを獲得していく。各クラスはリーダーを設定し、試験終了時に他クラスのリーダーを当てる事が出来れば、それもクラスポイントを獲得する大きな手段となる。逆に、自クラスのリーダーを当てられれば、獲得できるクラスポイントが減ってしまう。
様々なルールがあり、戦略が重要になる試験だ。
前回、Dクラスは苦戦した。
クラスの団結力不足、他クラスからの妨害等。様々な問題が重なり、何度も危機に陥った。
堀北自身も体調不良で、足手まといにしかなれなかった。
最終的には綾小路の機転で乗り切ったが、それは綱渡りのような勝利だった。
今回は、違う結果を出したい。
前回と違って、体調は万全だ。
クラスも、ある程度まとまっている。
堀北は、前回の記憶を頼りに戦略を立てていた。
リーダーには体力のある生徒を選ぶ。ポイントを節約しつつ、リーダーが多くのスポットを占有する。そのうえで他クラスの動向を探り、確実なリーダー当てのみ行う。自分たちは最終日にリーダーを変更して、他クラスのリーダー当てを外させる。
前回、綾小路が実行したこの戦略は効果的だった。今回も、同じ方法で行けるはずだ。
そう思っていた。
船が、無人島に到着するまでは。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』
前回と同様に、無人島到着を告げるアナウンスが流れてきた。
アナウンス通り、ぐるっと島を一周したのち、下船の指示が下る。
浜辺に集められた生徒たちの前に、Aクラス担任の真嶋が立つ。
「ではこれより―――本年度最初の特別試験を行いたいと思う!」
突然の宣言に、多くの生徒が動揺した。
だが、Dクラスは違った。
堀北は、クラスメイトたちに事前に「夏休みに大きな試験があるかもしれない」と伝えていた。詳細は分からないが、心構えはできている。
「え、試験? 聞いてないんだけど!」
「マジかよ、夏休みなのに……」
他クラスの生徒たちが騒ぐ中、Dクラスは比較的落ち着いていた。
平田が、クラスメイトたちをまとめている。
「落ち着いて。堀北さんが言っていた通りだ。心構えはできてるはずだよね」
「お、おう。でも、マジで試験なのか……」
須藤が、少し緊張した顔をしている。
だが、パニックにはなっていない。
これは大きなアドバンテージだ。
他クラスが混乱している間に、こちらは冷静に状況を把握できる。
堀北は、そう考えていた。
だが――
真嶋から試験の基本ルールが説明され、茶柱からマニュアルが配布された時。
堀北は、自分の目を疑った。
「え……?」
マニュアルに書かれたルールを、何度も読み返す。
「ルールが違う……?」
前回と、微妙に異なっている。
ボーナスポイントの条件が変わっている。リーダー当ての方式も、少し違う。ペナルティの内容も、前回とは異なる部分がある。
大筋は同じだ。
一週間のサバイバルで、スポットを占有しながらクラスポイントを残す。リーダーを設定し、当てればボーナス。
だが、細部が違う。
その「細部」が、戦略に大きな影響を与える可能性がある。
「どうした、堀北」
隣にいた綾小路が、小声で尋ねる。
「……何でもないわ」
堀北は、動揺を隠した。
だが、内心は混乱していた。
なぜ、ルールが違うのか。
考えられる理由は、いくつかある。
一つ目。バタフライ効果。
堀北が前回と違う行動を取ったことで、歴史が少しずつ変わっている。須藤の事件を未然に防いだ。佐倉のストーカー問題に介入した。クラスメイトとの関係を、前回より早く築いた。
それらの「変化」が、波及効果を生んでいる可能性がある。
学校側も、生徒たちの動向に合わせて、試験のルールを調整したのかもしれない。
二つ目。記憶の不正確さ。
前回の記憶が、完全に正確ではなかった可能性がある。三年前のことだ。細部を忘れていても不思議ではない。
三つ目。毎年の微調整。
単純に、毎年ルールが少しずつ変わっているだけかもしれない。前回と今回で、同じルールである保証はない。
いずれにせよ、問題は同じだ。
未来の知識が、通用しなくなりつつある。
前回の記憶を頼りに戦略を立てても、それが通用するとは限らない。
むしろ、「前回の記憶」に頼りすぎると、足をすくわれる可能性がある。
「堀北。顔色が悪いぞ」
綾小路が、再び声をかけてきた。
「大丈夫よ。少し、考え事をしていただけ」
「そうか。……何かあったら言ってくれ」
「ええ。ありがとう」
堀北は、小さく頷いた。
試験説明は続いている。茶柱の声が、淡々と追加ルールを読み上げていく。
堀北は、それを聞きながら考えていた。
前回の記憶に頼りすぎてはいけない。
今回は、今回として対処しなければ。
でも、どうすれば。
不安が、胸の奥に広がっていく。
一学期は、順調だった。前回の記憶を活かして、多くの問題を未然に防いだ。
だが、それは同時に、「歴史を変えた」ということでもある。
歴史が変われば、未来も変わる。
堀北が知っている「未来」は、もう存在しないのかもしれない。
これからは、前回の記憶を「参考」程度に留めないと。
臨機応変に、対応しなければ。
だが、それは同時に、堀北の最大の武器である「未来の知識」を、半ば失ったことを意味していた。
試験説明が終わり、各クラスは話し合いを始めようとしている。
生徒たちが集まる中、堀北は一人で考え込んでいた。
どうする。
戦略を、一から立て直さなければならない。
前回の記憶は参考にはなるが、そのまま使うことはできない。
ルールの変更点を把握し、それに合わせた新しい戦略を考えなければ。
だが、時間がない。
試験は、もう始まっている。
「おい、堀北」
声がして、振り返る。
綾小路が立ち上がっていた。
「試験始まったぞ。平田が、全員で話し合おうって言ってる」
「……ごめんなさい。少し、考え事をしていて」
「そうか。さっきのルール説明。何か気になることがあったんじゃないか」
「……分かるの?」
「お前の顔を見れば、分かる」
綾小路が、堀北を見た。
その目は、いつものように静かだった。けれど、どこか心配そうな色が混じっている。
「何があった?」
堀北は、どこまで話すべきか迷った。
未来から来たことは、まだ言えない。綾小路にはいずれ話すつもりだが、今はまだその時ではない。
だが、今の不安を、一人で抱え込むのは辛かった。
「……試験のルールが、予想と違ったの」
堀北は、慎重に言葉を選んだ。
「予想?」
「ええ。私なりに情報収集して、試験の内容を予測していたんだけど……実際のルールは、予想と少し違っていた」
「そうか。それで、動揺していたのか」
「ええ。……私は、自分の予測を頼りに戦略を立てていたから。それが外れると、どうすればいいか分からなくなって」
綾小路は、しばらく黙っていた。
波の音が、遠くから聞こえてくる。
「堀北」
「何?」
「お前の予測が外れたなら、新しい戦略を立てればいい。それだけのことだ」
「……そう簡単に言うけど」
「簡単じゃないのは分かってる。だが、お前一人で抱え込む必要はない」
綾小路が、堀北を真っ直ぐに見た。
「オレがいる。平田もいる。クラスメイトもいる。一人で全部やろうとするな」
その言葉に、堀北はハッとした。
そうだ。自分一人でやる必要はない。むしろやってはいけないのに、昔の悪い癖が出てしまった。
前回の自分は、一人で全部やろうとしていた。
誰も頼らず、誰も信じず、一人で戦おうとした。
結果、孤立した。クラスをまとめることができず、苦労した。
今回は違う。
仲間がいる。頼れる人がいる。
一人じゃない。
綾小路が、それに気づかせてくれた。
「……ありがとう」
「礼はいい。……それより、早く平田の所に行くぞ。みんな待ってる」
「ええ」
堀北は、小さく微笑んだ。
不安は、消えていない。
だが、一人ではない。
それだけで、少しだけ心が軽くなった。
「綾小路くん」
「何だ」
「この試験、一緒に乗り越えましょう」
綾小路は、しばらく堀北を見つめていた。
その目には、いつもの無表情ではなく、どこか温かいものがあった。
そして――
「ああ。約束する」
小さく、けれど確かに頷いた。
太陽が、無人島を照らしている。
これから一週間、過酷な試験が待っている。
前回の記憶は、もう完全には頼れない。
だが、仲間がいる。
一緒に戦ってくれる人がいる。
堀北は、気合を入れなおした。
今度こそ、みんなと一緒に乗り越えてみせる。