堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
豪華客船が、無人島の沖合に停泊していた。
青い海。白い砂浜。生い茂る木々。
潮風が、髪を揺らす。
美しい景色だ。だが、堀北の心は重かった。
試験の説明で配布されたマニュアルを、何度も読み返している。
ルールが、前回と違う。
細かい変更が多数あり、その全てが戦略に影響を与えていた。
【無人島特別試験ルール】
①基本ルール ※()内に、前回のルールを記載
・試験開始時、各クラスに試験専用の250ポイントを配布(300ポイント)
・配布されたポイントを使用して物資などを購入し、無人島で一週間自由に過ごす(変更なし)
・試験終了時の残りポイントをクラスポイントに加算(変更なし)
②リーダー関連
・試験開始時、クラス内でリーダーを設定(変更なし)
・スポット占有に使用されるキーカードを使用できるのはリーダーのみ(変更なし)
・リーダーの変更は禁止(正当な理由があれば可能)
・最終日に行われるリーダー指名の対象は「試験開始時に登録したリーダー」となる(最終日、最終点呼時のリーダー)
③リーダー指名のポイント
・他クラスのリーダーを的中:+30ポイント(50ポイント)
・他クラスのリーダーを間違えた場合:−20ポイント(−50ポイント)
・言い当てられたクラス:−30ポイント(50ポイント)
・リーダー指名は必須参加。最低1クラスは指名しなければならない(任意参加。リーダー指名をしなくてもいい)
④スポット占有
・無人島内にはスポットと呼ばれる地点があり、占有したクラスのみ使用可能になる(変更なし)
・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる(変更なし)
・スポットの占有権は8時間しか効力を持たず、更新しないと自動的に権利が切れる(変更なし)
・リーダー指名を的中させられた場合、スポット占有で得た全てのポイントが無効となる(変更なし)
⑤ペナルティ
・体調不良・大怪我でリタイア:−40ポイント(−30ポイント)
・環境汚染:−20ポイント(変更なし)
・他クラスのスポット無断使用:−30ポイント(−50ポイント)
・点呼不在:1人につき−10ポイント(-5ポイント)
・暴力・略奪・器物破損:即失格+プライベートポイント全没収(変更なし)
以上が、今回のルールだ。
特に重大な変更点は三つ。
第一に、リーダー指名の対象が「試験開始時に登録したリーダー」に固定されている。
前回は「最終日時点のリーダー」が対象だった。だから、最終日にリーダーを変更すれば、他クラスのリーダー指名を外させることができた。
綾小路が実行したその戦略は、見事に成功した。
だが今回は、その手が使えない。
試験開始時に登録したリーダーが、そのまま判定対象になる。途中で何が起きようとも、最初の登録が全てを決める。
第二に、リーダーの変更が禁止されている。
前回は「正当な理由」があれば変更可能だった。その曖昧な条件を利用して、最終日に変更するという戦略が成り立った。
今回は、完全に禁止。いかなる理由があっても、リーダーを変えることはできない。
これは、リーダー指名の公平性を保つための措置だろう。変更できてしまえば、リーダー指名自体が意味をなさなくなる。
第三に、リーダー指名が必須参加になっている。
前回は任意だった。確実に当てられる相手だけ指名すればよかった。リスクを避けて、何も指名しないという選択肢もあった。
今回は、最低一クラスは必ず指名しなければならない。消極策が取りにくくなった。
他にも、初期ポイントが300から250に減少。リタイアのペナルティが−30から−40に増加。点呼不在のペナルティが一人−5から−10に増加。
全体として、ポイント管理がシビアになり、戦略の自由度が下がっている。
いずれにしろ、前回の戦略「リーダーを、入れ替える」は、完全に封じられた。
堀北は、マニュアルから目を上げた。
既に試験は始まっている。いつまでも、モタモタしてるわけにはいかない。
「堀北さん、作戦はどうしようか?」
Dクラスの生徒たちが集まり、平田が代表して問いかける。
堀北は、考えを整理しながら答えた。
「……基本方針は変わらないわ。リーダーの正体を隠し、スポットを占有してポイントを稼ぐ。ただし、細部は臨機応変に対応する必要がある」
「リーダーは誰にする?」
「……まだ決められないわ。少し時間をちょうだい」
本当は、前回の記憶では「最終日に変更するから、スポット占有に向いた生徒なら誰でもいい」と思っていた。
だが今回は違う。
リーダー指名の対象が固定されている以上、「誰をリーダーにするか」が極めて重要になる。
スポットを占有するにはキーカードが必要で、それを使えるのはリーダーだけ。体力があり、島中を動き回れる生徒が望ましい。
だが、須藤のような目立つ生徒を選べば、すぐに見破られてしまう。
島中を動き回れるだけの体力があって、目立たず、かといって怪しまれない程度の存在感がある生徒。
そんな都合の良い人物がいるだろうか。
「分かったよ。じゃあ、まずはベースキャンプの設営から始めようか」
平田が、クラスメイトをまとめ始める。
クラスは、前回よりもまとまっている。それは確かだ。
一学期の間に築いた信頼関係が、ここで活きている。平田との協力、軽井沢との関係改善、須藤の信頼獲得。全てが、この瞬間のためにあった。
だが、不安は消えない。
前回の知識が通用しない。
ルールが変わった以上、記憶に頼ることはできない。
実力で、この試験を乗り越えなければならない。
「堀北」
声がして、振り返る。
綾小路清隆が、隣に立っていた。
「何かしら」
「リーダー、オレでいいぞ」
「え?」
堀北は、少し驚いた。
綾小路が、自ら名乗り出るとは。
「目立たないし、他クラスから警戒もされていない。適任だろう」
確かに、綾小路自身は目立たない。
入学以来、ずっと「普通の生徒」を演じてきた。成績は平均、運動能力も平均、存在感は薄い。
他クラスから見れば、「Dクラスの地味な男子生徒」程度の認識だろう。
だが、最近は堀北と一緒に行動することが増えている。
その姿を見ていた生徒は、少なくないはずだ。
「……ありがとう。でも、もう少し考えさせて」
「分かった。いつでも言え」
綾小路は、それ以上追及せずに離れていった。
堀北は、マニュアルを読み返しながら考えた。
リーダー指名のポイントは、前回より下がっている。
的中で+30ポイント。前回は+50だった。
間違いで−20ポイント。前回は−50だった。
言い当てられたら−30ポイント。前回は−50だった。
リスクは軽減されているが、リターンも減っている。
そして、リーダー指名は必須。最低一クラスは指名しなければならない。
「情報戦が、より重要になるわね……」
堀北は、呟いた。
他クラスのリーダーを探る。自クラスのリーダーを隠す。
その駆け引きが、この試験の鍵になる。
誰がリーダーなのか。
誰がリーダーではないのか。
嘘と真実が入り混じる、心理戦。
堀北は、覚悟を決めた。
前回の記憶に頼るのは、もうやめよう。
今回は、今回として戦う。
仲間と一緒に、自分の力で乗り越える。
それが、二度目の高校生活で学んだことだ。
「堀北さん、準備できたよ。キャンプ地を探しに行こう」
平田の声が、堀北を現実に引き戻した。
「ええ。行きましょう」
堀北は、クラスメイトと共に歩き出した。
無人島試験が、始まった。