堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
試験開始直後。
他クラスがまだ方針を決めかねている中、堀北は真っ先に動いた。
「みんなついてきて。ベースキャンプの候補地を確認するわ」
「候補地? もう決まってんのか?」
須藤が、驚いた顔をする。
「ええ。心当たりがあるの」
堀北は、クラスメイトを引き連れて、島の奥へと向かった。
浜辺を離れ、森の中へ入っていく。
木々の間を縫うように進む。足元には落ち葉が積もり、時折枝が服に引っかかる。蝉の声が、頭上から降り注いでくる。
前回の記憶では、この島には理想的なベースキャンプ地がある。
洞窟だ。
雨風をしのげる。外から見えにくい。スポットも近くにたくさんあって、水場にも近い。
前回、この洞窟を最初に確保したのはAクラスだった。
彼らが、試験開始直後に素早く動いて占有した。その結果、Aクラスは試験期間中、安定した動きを維持できた。
今回は、Aクラスより先に動く。
森の奥を進むこと約三十分。
目的の場所に到着した。
「ここよ」
岩壁に開いた洞窟。
入口は狭いが、中は広い。天井も高く、クラス全員が余裕で過ごせるスペースがある。
「おお、すげぇ……」
須藤が、感嘆の声を上げる。
洞窟の中を見回し、天井を見上げ、壁を触る。
「雨も防げるし、最高じゃねえか」
「近くに川もあるわ。水の確保も容易よ」
堀北は、洞窟の外を指差した。
少し歩けば、清流が流れている。飲み水の確保に困ることはないだろう。
「ほう、なかなか良い場所だねぇ」
声がして、振り返る。
高円寺が、笑みを浮かべながら立っていた。
金髪を風になびかせ、優雅な立ち姿。無人島にいるとは思えないほど、余裕に満ちた態度だ。
「ところで、君はどうしてこの場所を知っていたのかな?」
高円寺の目が、堀北を見つめている。
その視線には、単純な好奇心以上のものが含まれているように感じた。
観察するような、分析するような目。
高円寺という男は、ただの変人ではない。
前回の三年間で、堀北はそれを知っている。
圧倒的な身体能力。鋭い観察眼。そして、何事にも縛られない自由な精神。
彼は、自分の興味の赴くままに動く。クラスの勝利も、他人の評価も、彼にとっては取るに足らないものだ。
だからこそ、厄介な存在でもある。
前回の無人島試験では、高円寺は早々にリタイアした。「面倒だから」という理由で。そのせいで、Dクラスはペナルティを受けた。
今回は、リタイアのペナルティが−30から−40に増加している。
初期ポイントも300から250なっているので、高円寺を自由にさせるわけにはいかない。
「船が無人島を外周してる時、地形を観察しておいたの。洞窟がありそうな場所を推測して、確認しに来ただけよ」
堀北は、平静を装って答えた。
半分は嘘だ。
前回の記憶で、この場所を知っていた。
だが、それを言うわけにはいかない。
特に、この男の前では。
高円寺は、鋭い。表面上は自分のことにしか興味がないように見えるが、その観察眼は確かだ。
「ふむ。船上から地形を分析し、洞窟の位置を推測した、と。なかなかの観察眼だね」
高円寺が、意味深な笑みを浮かべる。
「しかし、それだけでここまで迷いなく歩いてこられるものかな? まるで、以前にも来たことがあるかのような足取りだったが」
心臓が、跳ねた。
高円寺は、堀北の歩き方を観察していたのだ。
迷いのない足取り。確信を持った方向選択。
それは、「初めて来た場所」を歩く人間の動きではない。
「……何が言いたいの?」
堀北は、声が震えないように努めた。
「ただの感想さ。気にしないでくれたまえ」
高円寺が、肩をすくめる。
「私は他人の秘密を暴くことに興味はないからね。君が何を隠していようと、私には関係のないことだ」
「……」
「ただ、一つだけ言っておこう」
高円寺が、堀北の目を真っ直ぐに見た。
その目には、いつもの傲慢さとは違う、真剣な光があった。
「君は実に面白いガールだ。入学以来、ずっと観察していたが、君の動きには常に「確信」がある。まるで、結果を知っているかのようにね」
堀北は、息を呑んだ。
高円寺は、気づいている。
完全に見破られたわけではないが、何かがおかしいと感じている。
「やるじゃないか。気に入ったよ」
高円寺が、ふっと笑った。
「私は退屈が嫌いでね。君のような「謎」を持った人間は、見ていて飽きない」
その言葉に、堀北は少し安堵した。
高円寺は、堀北の秘密を暴こうとしているわけではない。
ただ、「面白い」と思っているだけだ。
それは、高円寺という人間の本質だ。彼は、自分が楽しめるかどうかでしか物事を判断しない。
だからこそ、利用できる。
「高円寺くん。あなたにお願いがあるのだけど、聞いてもらえるかしら」
堀北は、意を決して切り出した。
「なにかな? 聞くかどうかは私の気分次第だが、とりあえず言ってみたまえ」
高円寺が、余裕たっぷりに答える。
ここは、大事な場面だ。
高円寺を味方につけるかどうかで、この試験の結果は大きく左右される。
前回は、高円寺を放置した結果、彼は勝手にリタイアした。「サバイバル生活は私の美学に反する」とかなんとか言って。
今回は、同じ轍を踏むわけにはいかない。
だが、高円寺は普通の説得では動かない。
クラスのため、勝利のため、そんな言葉は彼には響かない。
彼を動かすには、彼自身の興味を引く必要がある。
堀北は、慎重に言葉を選んだ。
「この試験、あなたには「自由に過ごしてもらいたい」と思っているの」
「ほう?」
高円寺が、僅かに眉を上げた。
予想外の言葉だったのだろう。
「ただし、一つだけ条件があるわ。リタイアだけはしないで」
「……ふむ」
高円寺が、顎に手を当てる。
「理由を聞こうか」
「リタイアすれば、−40ポイントのペナルティが発生する。それは、クラス全体に影響するわ」
「クラスのことなど、私には関係のないことだが」
「ええ、知ってるわ。だから、別の理由を提示する」
堀北は、高円寺の目を真っ直ぐに見た。
「この島には、あなたが楽しめるものがたくさんあるはずよ。海、山、森、川。あなたの身体能力なら、この環境を最大限に楽しめる。魚を捕り、山を駆け、海で泳ぐ。それは、あなたにとって「退屈」とは程遠い体験になるんじゃないかしら」
「……」
高円寺が、黙って堀北を見ている。
その目には、興味の色が浮かんでいた。
「リタイアすれば、船に戻される。船の中で一週間、一人で過ごす。それこそ、あなたの言う「退屈」そのものじゃない?」
「ふむ……」
高円寺が、笑みを深めた。
「なるほど。君は私を説得しようとしているのではなく、私自身の利益を提示しているわけだ」
「そうよ。私はあなたに命令する気はないわ。ただ、あなた自身が楽しめる選択肢を示しただけ。最終的に決めるのは、あなた自身よ」
沈黙。
クラスメイトの話し声だけが、遠くから聞こえてくる。
高円寺は、しばらく堀北を見つめていた。
そして、声を上げて笑った。
「ハッハッハ! いいね、実にいい!」
「……?」
「君は、私のことをよく理解している。命令や説得ではなく、私自身の興味を引こうとした。それは正しいアプローチだ」
高円寺が、満足げに頷く。
「いいだろう。この島で一週間、存分に楽しませてもらうとしよう。リタイアなどという退屈な選択肢は、私の辞書にはないからね」
「……ありがとう」
堀北は、内心で安堵のため息をついた。
高円寺を説得できた。
これで、前回のようなリタイアは避けられるだろう。
「ただし、一つだけ言っておこう」
高円寺が、堀北に近づいた。
その目が、真剣な光を帯びている。
「私は君に従うつもりはない。私は私の好きなように行動する。それだけは、理解しておいてくれたまえ」
「分かってるわ。私も、あなたに従えとは言わない」
「ならばいい。せいぜい私を楽しませてくれたまえよ、堀北ガール」
高円寺が、優雅に踵を返した。
その背中を見送りながら、堀北は思った。
高円寺六助。
彼は、味方でも敵でもない。
ただ、自分の興味の赴くままに動く、自由な存在。
それを利用できれば、大きな力になる。
だが、制御しようとすれば、反発される。
難しいバランスだ。
だが、とりあえず今回は上手くいった。
「とにかく、ここをベースキャンプにするわ。他クラスに取られる前に、占有しましょう」
堀北は、次の問題に頭を切り替えた。
ベースキャンプは決まった。
次はリーダーを決めなければならない。
スポットを占有できるのは、リーダーだけだ。キーカードを使って、正体を隠しながらスポットを占有していく。それがリーダーの役割。
堀北は、周囲を見回した。
クラスメイトたちが、洞窟の中を探索したり、外の様子を確認したりしている。
誰をリーダーにするか。
高円寺と須藤は目立ちすぎる。体格が良く、声も大きい。他クラスから真っ先にマークされるだろう。
平田も同様だ。クラスの中心人物で、誰からも信頼されている。リーダーとして真っ先に疑われる。
綾小路は……難しいところだ。
彼自身は目立たないが、最近は堀北と一緒に行動することが増えている。「堀北と一緒にいる生徒」として、他クラスに認識されている可能性がある。
堀北自身は論外だ。
龍園からも坂柳からも警戒されている。リーダーとして真っ先に疑われるだろう。
必要なのは、「適度に目立たない」人物。
他クラスから見て、「リーダーではなさそう」と思われる人物。
かといって、あまりに影が薄いと逆に疑われる。「あえて目立たない人物を選んだのでは」と。
絶妙なバランスが必要だ。
堀北の視線が、一人の女子生徒に止まった。
特別目立つわけではないが、極端に影が薄いわけでもない。
前回の記憶では、彼女は試験中ほとんど目立たなかった。他クラスからも、ほとんど認識されていなかったはずだ。
洞窟周辺のスポット占有程度なら、問題なくこなしてくれるだろう。
堀北は、彼女に声をかけた。
「え、私?」
彼女が、驚いた顔で振り返る。
「あなたにお願いしたいことがあるの。少し、離れた場所で話せる?」
「う、うん……」
彼女は戸惑いながらも、堀北について洞窟の奥へと移動した。
他のクラスメイトには聞こえない場所。
堀北は、小声で切り出した。
「単刀直入に言うわ。リーダーを、あなたにお願いしたいの」
「リーダー? 私が?」
彼女は、さらに驚いた。
目を丸くし、自分を指差す。
「どうして私なの? 平田くんとか、須藤くんとか、もっと適任がいるでしょ」
「彼らは目立ちすぎるわ。リーダー指名の対象になりやすい」
「そうかもしれないけど……」
彼女は、突然のリーダー指名に戸惑っているようだ。
「私、そんな大役……できるかな……」
「できるわ」
堀北は、真剣な目で彼女を見た。
「あなたは、他クラスから見て「リーダーらしくない」と思われる。それが重要なの」
「リーダーらしくない……?」
「この試験、リーダーの正体を隠すことが鍵になるわ。他クラスに当てられたら、−30ポイント。当てられなければ、その分のポイントを守れる」
堀北は、説明を続ける。
「あなたなら、他クラスから警戒されない。「まさかあの子がリーダーとは思わなかった」と言わせることができる」
彼女は、しばらく考え込んでいた。
視線が揺れている。不安と、期待と、責任感が入り混じっているようだ。
そして、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……分かった。やってみる」
「ありがとう」
堀北は、小さく微笑んだ。
「ただし、このことは他のクラスメイトにも秘密にしてほしいの。知っている人が少ないほど、情報が漏れるリスクが減るから」
「うん、分かった。誰にも言わない」
「平田くんと綾小路くんには伝えるわ。彼らは信頼できるから。でも、それ以外には絶対に言わないで」
「了解」
彼女が、真剣な顔で頷く。
こうして、Dクラスのリーダーは決定した。
表向きは、「リーダーは誰か分からない」という状態を維持する。クラスメイトにも、リーダーの正体は伏せておく。
知っているのは、堀北と平田と彼女、そして綾小路だけ。
堀北は、茶柱のもとへ向かった。
リーダーの登録を行うためだ。
「茶柱先生。Dクラスのリーダーを登録します」
「ほう。誰だ?」
堀北が名前を告げると、茶柱が僅かに眉を上げた。
意外そうな顔だ。おそらく、堀北か平田がリーダーになると予想していたのだろう。
「……分かった。登録する」
茶柱は、それ以上何も言わずに登録を完了させた。
そして、専用のキーカードを渡してくれる。
「リーダー専用のキーカードだ。スポットを占有する際は、これをかざすだけでいい。絶対になくすなよ」
「ありがとうございます」
堀北は、キーカードを受け取り、彼女に渡した。
「これがキーカード。スポットを占有する時に使うの。なくさないように、しっかり管理してね」
「うん。分かった」
彼女が、大切そうにキーカードを胸に抱く。
同時に、洞窟のスポット占有も行った。
これで、とりあえず一段落だ。
続いて、備品の購入。
マニュアルに記載された購入リストから、生活に必要なものを揃えていく。
洞窟が広いので、テントはいらない。
その代わりに、寝袋、トイレ、シャワー設備等、クラスメイトと相談しながら決めていく。
ポイントは節約するが、欲しいものはどんどん購入する。
前回は、あまりに節約しすぎて、クラス内で揉め事が起きてしまった。
今回は、同じような失敗を繰り返さない。
備品の購入と設営を進めていると、森の中から足音が聞こえた。
振り返ると、数人の生徒が近づいてくる。
Aクラスの生徒たちだ。
先頭を歩いているのは、葛城康平。
Aクラスのリーダー格。坂柳有栖と派閥を二分する、実力者だ。
今回の試験、坂柳は不参加。葛城が実質的にクラスを率いている。
「……お前は確か、堀北鈴音だったな」
葛城が、堀北の前で立ち止まった。
鋭い目。威圧感のある体格。だが、その態度には礼儀正しさがある。
「そうよ。初めまして、葛城くん。よろしくね」
「ああ、よろしく頼む」
葛城は、洞窟を見回した。
その目が、少し険しくなる。
「まさかDクラスもここを狙っていたとはな。一足遅かったか」
「ええ。洞窟は私たちのベースキャンプに決まったわ」
堀北は、毅然とした態度で答えた。
譲る気はない。先に来たのはこちらだ。
「そうか。ならば仕方ないな。我々は別の場所を探すとしよう」
葛城は、あっさりと引き下がった。
堀北は、少し驚いた。
もっと粘るかと思っていた。あるいは、交渉を持ちかけてくるか。
だが、葛城はそのまま踵を返し、Aクラスの生徒たちと共に去っていった。
これは意外だったが、半ば分かっていた事でもある。
堀北は、葛城が誠実な人間であることを知っている。
前回の三年間で、何度か彼と関わる機会があった。ルールにも忠実で、人のものを横取りするような人物ではない。
だからこそ、先に取ってしまえば問題ないと踏んでいた。
ここまであっさり引き下がるのは、少し予想外ではあったが。
「よし、これでとりあえずの拠点は確保できたな」
須藤が、満足そうに言う。
腕を組み、洞窟を見上げる。
「雨が降っても安心だし、他クラスに邪魔されることもねぇ。最高の場所じゃねぇか」
「でも、油断はできないわ。まだ試験は始まったばかりよ」
堀北は、警戒を緩めなかった。
拠点は確保した。リーダーも決まった。備品も揃えた。問題の高円寺も説得した。
初日としては、上々の滑り出しだ。
だが、試験はこれからだ。
まだ六日間も残っている。
何が起きるか、分からない。
「約120ポイント消費ね。残りは130ポイント」
堀北は、計算しながら呟いた。
「悪くないな。これなら、一週間は持つだろう」
綾小路が、横から声をかける。
「ええ。でも、油断はできないわ。何が起きるか分からない」
夕日が、島を赤く染め始めている。
クラスメイトたちが、洞窟の外で夕食の準備をしている。焚き火の匂いが漂ってくる。
穏やかな光景だ。
初日は、無事に終わろうとしていた。