堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
無人島特別試験、二日目。
初日の滑り出しは、上々だった。
ベースキャンプの設営も終わり、みんなで夕食を囲みながら、試験の擦り合わせも行った。
今日は朝から、クラスメイトが各自割り振られた役割をこなしている。
水や食料を確保するグループ、料理や洗濯などの家事を行うグループ、スポット占有に関わるグループ等、いくつかのグループに分かれて動き出していた。
そんな中、堀北は、綾小路と共に各クラスの様子を偵察に出た。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
孫子の言葉だ。
他クラスの状況を把握することは、この試験において極めて重要。
「Aクラスは、川辺にキャンプを設営しているわね」
森の中から、Aクラスのキャンプを遠目に観察する。
川沿いの開けた場所に、整然とテントが並んでいる。
葛城康平が中心となって、クラスメイトに指示を出している。合理的で、無駄がない動き。
「洞窟を取られたから、次善の策として川辺を選んだんだろうな」
綾小路が、分析する。
「水の確保が容易で、周囲の見通しも良い。悪くない選択だ」
「葛城くんらしいわね。リスクを避け、確実な方法を選ぶタイプ」
「ああ。リーダーは、おそらく葛城自身か、信頼できる側近だろう。堅実な選択をするはずだ」
「坂柳さんは不参加だから、そうなる可能性が高いでしょうね」
堀北は、Aクラスのキャンプをもう少し観察した。
葛城の周りには、何人かの生徒が常についている。
戸塚弥彦、橋本正義……前回の記憶で、彼らの名前を覚えている。
リーダーは、葛城本人か、あるいは……
「……次に行きましょう」
堀北は、思考を切り替えた。
まだ情報が足りない。
次に、Bクラス。
森の中に、キャンプを設営している。
木々に囲まれた小さな広場。川からは少し離れているが、近くに湧き水があるようだ。
一之瀬帆波が中心となって、クラスメイトをまとめている。
和気あいあいとした雰囲気。笑い声が聞こえる。
「Bクラスは、相変わらず仲が良いわね」
「ああ。一之瀬の人望は本物だな。クラス全体があいつを中心にまとまっている」
綾小路が、感心したように呟く。
「おかげでリーダーが絞りづらい。一之瀬本人か、あるいは誰か別の人物か……」
「確かにそうね。Bクラスは、クラスの結束力が高いから、誰がリーダーでもおかしくない」
堀北は、Bクラスのキャンプを観察し続けた。
一之瀬の周りには、神崎隆二や柴田颯といった生徒がいる。
彼らも、リーダー候補として考えられる。
最後に、Cクラス。
浜辺に、派手なキャンプが設営されていた。
「……あれは」
綾小路が、興味深そうに観察している。
Cクラスは、まるでリゾートのように過ごしていた。
パラソル。ビーチチェア。豪華な食事。冷えた飲み物。
ポイントを惜しみなく使って、贅沢三昧。
サバイバル試験とは思えない光景だ。
「龍園は、リタイアする気なのか」
「……」
綾小路の分析に、堀北は感心していた。
堀北がこの光景を見るのは2回目だが、綾小路は初見だ。それにも関わらず、龍園の狙いを既に見破っているのは、さすがとしか言えない。
堀北は、感心しながら前回の記憶を思い出していた。
前回も、龍園はこの戦略を取った。
最初に大量のポイントを使い、豪華な生活を送る。そしてポイントを使い切ったら、クラス全員でリタイアしたフリをする。
だが、実際には数人が無人島に潜伏。他クラスの情報を集め、リーダー指名を狙う。
狡猾な戦略だ。
「龍園くんは、ポイントを守ることには興味がないのかもしれないわね。リーダー指名で一発逆転を狙っている」
「だとすると、情報収集に力を入れてくるはずだ。警戒した方がいい」
「ええ……」
堀北は、考え込んだ。
龍園の作戦は読めている。だが、それを止める手段はない。
前回と同じように、龍園がリーダーなら話は簡単だが、そうとは限らない。
そして、龍園が堀北を警戒していることも分かっている。
須藤の事件を未然に防いだ時から、龍園は堀北を「要注意人物」として認識している。
何か、仕掛けてくるかもしれない。
「綾小路くん。龍園くんと話をしてきてくれない?」
「オレが?」
「ええ。あなたなら、怪しまれずに近づける。龍園くんが私をどう思っているか、探ってきてほしいの」
綾小路は、少し考えた。
そして、頷いた。
「分かった。行ってくる」
綾小路は、一人でCクラスのキャンプに向かった。
浜辺で、龍園翔がビーチチェアに座っている。
サングラスをかけ、冷えた飲み物を片手に、優雅にくつろいでいる。
周囲には、石崎大地やアルベルトなど、龍園の側近たち。
綾小路は、自然な様子で近づいた。
「ちょっといいか」
「ああ? 誰だ、お前」
龍園が、サングラスを少しずらして綾小路を見る。
その目には、僅かな警戒が浮かんでいる。
「Dクラスの綾小路清隆だ」
「Dクラス? ……ああ、あの堀北のクラスか」
龍園の口元に、笑みが浮かぶ。
獰猛な、獣のような笑み。
「何の用だ? 堀北の使いか?」
「いや、別に。ただ、各クラスの様子を見に来ただけだ。随分と豪華なキャンプだな」
綾小路は、周囲を見回すフリをした。
パラソル、ビーチチェア、豪華な食事。確かに、他クラスとは比べ物にならない豪華さだ。
「当然だろ。せっかくの夏休みだ。楽しまなきゃ損だぜ」
龍園が、冷えた飲み物を一気に飲み干す。
見せつけるように。
「で、お前のクラスはどうなんだ? 堀北がリーダーか?」
「さあ。オレは、そういうことには興味がない」
「クク、そうかよ。でも、お前、堀北とよくつるんでるらしいじゃねぇか」
龍園の目が、鋭く光る。
観察するような、値踏みするような目。
「あの女は面白ぇ。入学初日からSシステムの裏を見抜いて、クラスをまとめて。まるで、全部知ってるみてぇな動き方してやがる」
「……そうか? オレには、普通に見えるが」
「普通? ハッ、お前も大概だな」
龍園が、声を上げて笑う。
だが、その目は笑っていない。
「堀北鈴音。確かに警戒はしてる。あの女は、普通じゃねぇ。何か「知ってる」目をしてやがる」
「……」
「だがな、所詮は女だ。オレの敵じゃねぇよ」
龍園が、不敵に笑う。
「面白い女だとは思うぜ。遊びがいがありそうだ。だが、それだけだ。本気で相手にするほどじゃねぇ」
綾小路は、龍園の言葉を聞きながら考えた。
龍園は、堀北を警戒している。
だが同時に、完全に下に見ている。
「面白い女」「遊びがいがある」程度の認識。
本気で脅威とは思っていない。
それは、良いことなのか、悪いことなのか。
「じゃあな。せいぜい頑張れよ、Dクラス」
龍園が、追い払うようなジェスチャーを見せる。
綾小路には、興味がないようだ。
「普通の生徒」として、完全に見落とされている。
それを確認した綾小路は、その場を離れた。
堀北と合流し、報告する。
「龍園は、お前を警戒している。だが、同時に見下している」
「見下している?」
「ああ。「面白い女」「遊びがいがある」程度の認識だ。本気で脅威とは思っていない」
堀北は、複雑な表情を浮かべた。
「……それは、良いことなのかしらね」
「分からない。だが、龍園が油断しているなら、こっちとしては好都合だ」
「そうね……」
堀北は、考え込んだ。
龍園は、堀北を警戒しつつも、見下している。
それは、チャンスかもしれない。
だが、龍園の言葉を額面通りに受け取ってはいけない。
龍園は狡猾だ。相手を油断させるのも、作戦のうちかもしれない。
いつ、何を仕掛けてくるか分からない。
「とりあえず、今日は拠点に戻りましょう。明日からに備えて」
「ああ」
二人は、ベースキャンプに戻った。
夕日が、島を赤く染めている。
クラスメイトたちが、洞窟の外で夕食の準備をしている。焚き火の匂いが漂ってくる。
穏やかな光景だ。
だが、堀北の心は穏やかとはいえない。
龍園。葛城。一之瀬。
敵は多い。
そして、何より――自分自身の「秘密」が、最大のリスクだ。
前回の記憶に頼りすぎれば、足をすくわれる。
かといって、完全に無視することもできない。
そのバランスが、難しい。
「堀北さん、ご飯できたよー」
軽井沢の声が、堀北を現実に引き戻した。
「……ええ、今行くわ」
堀北は、焚き火の方へ歩いていった。
夜が、更けていく。
三日目の朝、異変が起きることを、堀北はまだ知らなかった。