堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

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第19話:襲撃

 

 

 

 

 

 無人島特別試験、三日目。

 

 その朝は、叫び声で始まった。

 

 

 

「な、何だこれ!?」

 

 

 

 須藤の怒号が、洞窟に響き渡る。

 

 堀北は、寝袋から飛び起きた。

 

 まだ夜明け前。空は薄明るく、朝靄が立ち込めている。

 

 洞窟の入り口から外へ出ると、信じられない光景が広がっていた。

 

 ベースキャンプが、荒らされている。

 

 備蓄していた食料が散乱していた。

 

 昨日、苦労して集めた木の実や魚が、地面に投げ捨てられている。一部は踏み潰され、もはや食べられる状態ではない。

 

 水を貯めていた容器がひっくり返されている。

 

 クラスメイトが汲みあげてくれた水が、土に染み込んで消えていく。

 

 そのうえ、購入した備品までも荒らされ、泥まみれになっていた。

 

 

 

「誰がやりやがった!」

 

 

 

 須藤が、周囲を見回しながら怒鳴る。

 

 その声には、怒りと困惑が入り混じっている。

 

 

 

「落ち着いて、須藤くん」

 

 

 

 平田が、必死になだめる。

 

 だが、須藤だけではない。他のクラスメイトも動揺している。

 

 

 

「せっかく集めた食料が……」

 

「水も全部こぼれてる……」

 

「最悪だよ、これ……」

 

 

 

 池と山内が、途方に暮れた顔で立ち尽くしている。

 

 女子生徒たちも、不安そうな表情を浮かべている。

 

 クラス全体に、動揺が広がっていく。

 

 堀北は、荒らされたキャンプを見つめながら考えた。

 

 誰がやった?

 

 いや、考えるまでもない。

 

 こんなことをする人間は、一人しかいない。

 

 龍園だ。

 

 Cクラスの支配者。狡猾で、残忍で、目的のためなら手段を選ばない男。

 

 昨日、綾小路が接触した時、龍園は堀北を「面白い女」「遊びがいがある」と言っていた。

 

 これが、その「遊び」なのだろう。

 

 だが、前回こんな事件は起きなかったはずだ。

 

 前回の無人島試験では、龍園はこのような直接的な妨害をしてこなかった。

 

 その理由は明確だ。

 

 前回のルールでは、「他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、対象者の所属するクラスは即失格」だった。

 

 だから、龍園もこんな露骨な妨害はできなかった。リスクが高すぎる。

 

 今回も、そのルールは存在する。

 

 マニュアルにも明記されている。

 

 だが――

 

 堀北は、マニュアルを取り出して読み返した。

 

 

 

「他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、対象者の所属するクラスは即失格となる」

 

 

 

 器物破損。

 

 だが、今回破壊されたのは「器物」なのか?

 

 食料は、自然物を採取したもの。森で拾った木の実、川で獲った魚。学校から支給されたものではない。

 

 水も、川から汲んできたもの。容器は壊されておらず、中身がこぼれただけ。

 

 備品も壊されてはいない。

 

 

 

「証拠がない……」

 

 

 

 堀北は、呟いた。

 

 龍園は、ルールの隙間を突いている。

 

 「破壊」ではなく「散乱」させた。食料を盗んだわけでも、壊したわけでもない。ただ、散らかしただけ。

 

 備品も泥まみれになってるだけ。川で洗い流せば、使える程度のダメージだろう。

 

 厳密に解釈すれば、「器物破損」には該当しない可能性がある。

 

 そして何より――「Cクラスがやった」という証拠がない。

 

 犯人の姿を見た者はいない。証拠も残っていない。

 

 学校に訴えても、「証拠がない」で終わるだろう。

 

 これは、龍園の罠だ。

 

 堀北を狙っている。

 

 クラスを混乱させて、堀北の信用を失わせる。

 

 「堀北がリーダーシップを取っているのに、こんな被害を受けた」

 

 「堀北の作戦は、穴だらけだ」

 

 そう思わせることが、龍園の狙いだ。

 

 

 

「堀北、どうする?」

 

 

 

 綾小路が、静かに近づいてきた。

 

 その目は、冷静に状況を分析している。

 

 

 

「……立て直すわ。まだ試験は終わっていない」

 

 

 

 堀北は、歯を食いしばった。

 

 想定外の事態だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

 

 

「食料と水を再調達する。備品の洗浄も行う。今日一日で、元の状態に戻す」

 

「分かったよ。みんな、聞いて」

 

 

 

 平田が頷き、クラスメイトに指示を出し始める。

 

 

 

「大変なことが起きたけど、落ち着いて行動しよう。男子は食料と水の再調達、女子は備品の洗浄をお願いできるかな」

 

「了解」

 

「分かった」

 

 

 

 クラスメイトたちが、少しずつ動き始める。

 

 だが、その表情には不安が残っている。

 

 

 

「なあ、本当に大丈夫なのかよ……」

 

 

 

 池が、小声で呟く。

 

 

 

「また荒らされたら、どうすんだ?」

 

「夜中に見張りを立てるしかねぇだろ」

 

 

 

 須藤が、苛立たしげに答える。

 

 

 

「でも、そしたら寝不足になるぜ……」

 

「じゃあどうすんだよ!」

 

「落ち着いて、須藤くん」

 

 

 

 平田が、二人の間に入る。

 

 クラス内に、小さな亀裂が生じ始めている。

 

 堀北は、それを感じ取っていた。

 

 これが、龍園の狙いだ。

 

 クラスを混乱させ、分裂させる。

 

 そして、堀北の信用を失わせる。

 

 だが、堀北は分かっていた。

 

 これで終わりではない。

 

 龍園は、また仕掛けてくるだろう。

 

 そして、前回の知識は通用しない。

 

 前回は、こんな事件は起きなかった。だから、対処法も知らない。

 

 自分の実力で、切り抜けなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 

 堀北は、洞窟の外で一人、考えていた。

 

 焚き火の光が、岩壁に揺れる影を落としている。

 

 クラスメイトたちは、疲れ果てて眠っている。

 

 一日がかりで、食料と水を再調達した。備品の洗浄も行った。何とか、元の状態に近いところまで戻すことができた。

 

 だが、備品の中には使えなくなったものもあり、ポイントと時間を大幅に消費した。

 

 そして、クラスメイトたちの疲労と不安は、確実に蓄積している。

 

 結局、犯人も分かっていない。

 

 龍園に問い詰めようとしたが、Cクラスの拠点は既にもぬけの殻だった。

 

 恐らくどこかに潜んでいるはずだが、居場所までは特定できていない。

 

 龍園の狙いは、明確だ。

 

 堀北を「要注意人物」として認識している。

 

 だから、前回よりも早く、激しく攻撃を仕掛けてきている。

 

 前回の龍園は、Dクラスをそこまで警戒していなかったはずだ。

 

 伊吹澪を送り込んでくるという、雑なスパイ活動を行う程度には舐められていただろうから。

 

 だが、堀北が須藤の事件を未然に防いだことで、龍園は堀北を敵として認識している。

 

 「全てを知っているかのように動く女」を、潰そうとしている。

 

 これは、堀北自身が招いた結果だ。

 

 前回と違う行動を取ったことで、敵の行動も変わった。

 

 バタフライ効果。

 

 一羽の蝶の羽ばたきが、遠くの国で嵐を引き起こす。

 

 堀北の小さな行動の変化が、未来を大きく変えている。

 

 皮肉な話だ。

 

 未来を変えようとすれば、未来の知識そのものが無効化される。

 

 前回の記憶は、もはや「正解」ではない。

 

 ただの「参考」に過ぎない。

 

 

 

「……私は、どうすれば……」

 

 

 

 堀北は、頭を抱えた。

 

 焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れている。

 

 その光が、堀北の顔を照らす。

 

 疲労と不安が、心を蝕んでいく。

 

 前回の自分なら、ここで暴走していたかもしれない。

 

 一人で戦おうとして、限界を迎えて、崩れていたかもしれない。

 

 だが、今回は――

 

 

 

「眠れないのか」

 

 

 

 声がして、振り返る。

 

 綾小路が、立っていた。

 

 焚き火の光に照らされた彼の顔は、いつもと変わらず無表情だった。

 

 

 

「……ええ。少し、考え事をしていて」

 

「そうか」

 

 

 

 綾小路が、堀北の隣に座る。

 

 二人は、しばらく無言で焚き火を見つめていた。

 

 炎が、パチパチと音を立てている。

 

 

 

「龍園は、また仕掛けてくるだろうな」

 

 

 

 綾小路が、静かに言った。

 

 

 

「分かってるわ」

 

「対策は?」

 

「……まだ、考え中よ」

 

 

 

 堀北は、正直に答えた。

 

 

 

「私の知識と予測が、通用しないの。龍園くんの行動が、まったく読めない。だから、どう対処すればいいか分からない」

 

「そうか」

 

 

 

 綾小路は、それ以上追及しなかった。

 

 ただ、焚き火を見つめている。

 

 

 

「……一つ、提案がある」

 

 

 

 しばらくして、綾小路が口を開いた。

 

 

 

「何?」

 

「お前は一人で抱え込むな。オレも、手伝う」

 

 

 

 今回の綾小路は、前回よりも協力的だ。

 

 それは、良好な関係が築けている、なによりの証拠でもある。

 

 

 

「……いいの? あなた、目立ちたくないんでしょう?」

 

「ああ。だが、お前が潰れたら、クラスも潰れる。それは誰も望んでいない」

 

「……」

 

「お前の知識と、オレの能力。それを合わせれば、龍園にも対抗できるはずだ」

 

 

 

 綾小路が、堀北を見た。

 

 その目には、いつもの無表情ではなく、どこか真剣な光があった。

 

 

 

「一人で全部やろうとするな。頼れる相手には、頼れ」

 

「……ありがとう、綾小路くん」

 

 

 

 堀北は、小さく微笑んだ。

 

 

 

「明日から、一緒に対策を考えましょう。龍園くんの次の手を、読んで」

 

「ああ。任せろ」

 

 

 

 綾小路が、頷いた。

 

 焚き火の炎が、二人を照らしている。

 

 まだ、試験は終わっていない。

 

 四日目が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

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