堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
無人島特別試験、四日目。
試験が進むにつれ、Dクラス内部に不協和音が生じ始めていた。
三日目の朝に起きたキャンプ荒らし事件。
その後、堀北は警戒を強化した。
夜間の見張りを行うことにした。二人一組で、交代制の見張りを敷く。深夜も、誰かが必ず起きているようにした。
食料の保管場所を分散させた。一箇所にまとめて置くのではなく、複数の場所に小分けにして隠す。全てを一度に奪われないように。
他クラスの動向を探る偵察も強化した。AクラスとBクラスももちろんだが、特に注意したのはCクラス。
Cクラスは大半がリタイアしたようだが、どこかに潜んでいるであろう龍園に注意し、二次的な被害を生まないように努めた。
だが、それがクラスメイトの負担になっている。
四日目の夕方。
洞窟の中で、不満の声が上がり始めた。
「なあ、見張りって本当に必要なのか? 寝不足でキツいんだけど」
池が、目の下に隈を作りながら言った。
昨夜、深夜の見張り当番だったらしい。昼間は暑くて寝られるはずもなく、疲労の色が濃くなっている。
「必要よ。また荒らされたら、もっと大変なことになるわ」
堀北は、毅然とした態度で答えた。
「でもさぁ……」
池が、不満そうに顔を歪める。
「堀北ちゃんの指示通りにやってんのに、全然うまくいかねぇじゃん」
山内が、池に同調した。
「てゆーか犯人特定するのが先だろ。誰がやったのかも分かってないのに、見張りとか偵察とか。意味あんのか、これ」
「意味はあるわ。そのためにやっているのだから」
「別にそんな面倒なことしなくても、怪しそうな奴を問い詰めた方が早いだろ」
「それは……」
堀北は、言葉に詰まった。
そうしたいのはやまやまだが、肝心の怪しい奴が簡単に見つかれば苦労はしない。
「そもそも、お前の作戦がダメなんじゃねぇの?」
山内が、遠慮のない言葉を投げつける。
その言葉が、堀北の胸に突き刺さった。
彼らの言う通りだ。
前回の記憶を頼りに立てた作戦は、ことごとく外れている。
龍園の妨害を予測できなかった。前回は、こんな直接的な攻撃はなかった。だから、対策も立てていなかった。
ルールの変更にも対応しきれていない。前回の戦略が通用しないと分かっていながら、新しい戦略を立てることができていない。
結果として、クラスは混乱し、疲弊している。
それは、堀北の責任でもある。
「もういいだろ、堀北に任せるのは」
須藤が、苛立たしげに立ち上がった。
「俺たちで勝手にやった方が、マシなんじゃねぇか。どうせ龍園の仕業だろうしな」
「須藤くん、それは……」
平田が、なだめようとする。
「今はみんなで協力しないと……」
「協力? してんじゃねぇか。堀北の指示に従って、見張りもやって、偵察もやって。でも、全然うまくいってねぇ」
須藤が、堀北を睨む。
その目には、失望と苛立ちが浮かんでいた。
「俺はもう、堀北の指示には従わねぇ。自分で考えて動く」
須藤が、洞窟を出ていく。
その背中を、堀北は呆然と見つめていた。
「あ、俺も」
池と山内が、須藤について行った。
「ちょっと、待ってよ……」
平田が、三人を追いかけようとする。だが、彼らは振り返らなかった。
残されたクラスメイトたちは、気まずそうに堀北を見ている。
誰も、何も言わない。
だが、その視線が全てを物語っていた。
「堀北についていっても、うまくいかない」
「この試験、大丈夫なのか」
女子グループも、堀北に懐疑的な視線を向けている。
「……堀北さん、なんか最近おかしくない?」
「確かに。入学した頃は頼りになると思ったけど……」
「この試験、大丈夫なのかな……」
その言葉が、堀北の耳に入った。
胸が、締め付けられるように痛んだ。
堀北は、孤立しつつあった。
一学期をかけて築いた信頼関係が、崩れ始めている。
須藤の信頼。池や山内との関係。女子グループとの距離。
全てが、砂の城のように崩れていく。
「堀北さん……」
平田が、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だよ。みんな、疲れてるだけだから。少し休めば、落ち着くと思う」
「……ええ」
堀北は、力なく頷いた。
だが、心の中では分かっていた。
これは、疲れのせいだけではない。
堀北自身の失敗が、招いた結果だ。
夜。
洞窟の中は、重苦しい空気に包まれていた。
クラスメイトたちは、それぞれのグループに分かれて過ごしている。
須藤、池、山内は、洞窟の入り口付近で焚き火を囲んでいる。堀北から距離を置くように。
女子グループは、洞窟の奥で固まっている。時折、こちらを見ては、ひそひそと話している。
平田は、あちこちを回って、クラスメイトたちと話をしている。分裂を食い止めようとしているのだろう。
綾小路は、いつもと変わらず、静かに佇んでいる。
堀北は、誰とも話さず、一人で座っていた。
孤独だった。
入学以来、堀北はずっとクラスの中心にいた。
リーダーとして、みんなをまとめてきた。
Sシステムの警告、中間・期末試験の勉強会。
全てで、堀北が中心になって動いた。
その結果、クラスメイトからの信頼を得た。
「堀北さんについていけば大丈夫」
そう思われていた。
だが、今は違う。
予想外のトラブルに対して、後手を踏んだ。クラスは混乱し、疲弊している。
「堀北についていっても、うまくいかない」
そう思われ始めている。
信頼は、築くのに時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ。
堀北は、立ち上がった。
「……少し、外の空気を吸ってくるわ」
誰に言うでもなく、洞窟を出た。
夜の森。
月明かりが、木々の間から差し込んでいる。
堀北は、洞窟から少し離れた岩場に座った。
膝を抱え、空を見上げる。
星が、瞬いている。
美しい夜空だ。
だが、堀北の心は、暗く沈んでいた。
「私は……間違えた?」
声に出して、呟いた。
前回の記憶に頼りすぎた。
未来を知っているという過信が、臨機応変な対応を妨げている。
「前回はこうだった」
「前回はこうすれば上手くいった」
「前回の知識があれば、今回も上手くいく」
その思考が、足かせになっている。
今回の試験は、前回とは違う。
ルールが違う。リーダー当ての方式が変わった。リタイアのペナルティが増えた。
状況が違う。堀北が前回と違う行動を取ったことで、敵の行動も変わった。
敵が違う。龍園は、前回よりも早く、激しく攻撃を仕掛けてきている。
なのに、前回の成功体験に固執した。
「前回はこうだったから、今回もこうすればいい」
そう思い込んでいた。
その結果、新しい状況に対応できなかった。
龍園の妨害を予測できなかった。
クラスメイトの疲労を考慮できなかった。
新しい戦略を立てることができなかった。
全ては、堀北の失敗だ。
前回の記憶という「武器」に頼りすぎた結果だ。
「どうすれば……」
涙が、頬を伝った。
堀北は、声を殺して泣いた。
悔しかった。
情けなかった。
一学期、あれだけ頑張ったのに。
クラスメイトとの関係を築いて、信頼を得て、Aクラスを目指して。
その全てが、一瞬で崩れようとしている。
前回の失敗を繰り返さないために、やり直したはずなのに。
結局、また失敗している。
「……私は、何のためにここにいるの……」
タイムリープした意味は、何だったのか。
前回の記憶があっても、結局同じ失敗を繰り返すなら、意味がない。
むしろ、前回の記憶があるせいで、余計に苦しんでいる。
堀北は、膝に顔を埋めた。
悔しさで、情けなさで、胸がいっぱいになった。
風が、髪を揺らす。
波の音が、遠くから聞こえてくる。
一人ぼっちの夜。
堀北は、ただ泣いていた。