堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
六日目の夕方。
夕日が無人島を赤く染め始めた頃、綾小路と櫛田が情報収集から戻ってきた。
堀北は、洞窟の入り口で二人を出迎えた。
「二人とも、お疲れ様。どうだった?」
「各クラスのリーダーが特定できたよ」
櫛田が、明るく報告する。
その顔には、達成感が浮かんでいた。
「本当? 二人ともさすがね」
「ほとんど櫛田の手柄だけどな」
綾小路が、素っ気なく言う。
「そんなことないよ。もう、綾小路くんってば」
櫛田は謙遜しているフリをするが、綾小路は意に介していない。
三人は、洞窟から少し離れた木陰に移動した。
誰かに聞かれないように、小声で話し合う。
「まずAクラス。リーダーは森下藍だ」
綾小路が、報告を始める。
「え? 葛城くんでも、戸塚くんでもなくて?」
堀北は、かなり驚いた。
葛城は、Aクラスの実質的なリーダーだ。
戸塚は、葛城の側近として知られている。
それを差し置いての、まさかの森下。
確かに目立ちはしない生徒だが、まったくの予想外だった。
「葛城は目立ちすぎる。それに、あいつは堅実な男らしいからな。自分や側近がリーダーだと読まれるリスクを避けるはずだ」
「でも、どうして森下さんだと分かったの?」
「スポット占有のパターンを観察した」
綾小路が、説明を続ける。
「Aクラスは、定期的にスポットを占有している。一日三回。その時、必ず森下が単独で森に入っていく」
「それだけじゃ分からないわよね」
「ああ。だがもう一つ、決定的な証拠がある」
綾小路が、声を潜める。
「森下がスポットから戻ってきた時、葛城に小声で何かを報告していた。読唇術で読み取ったところ、「三番と七番、占有完了しました」と言っていた」
「読唇術……」
堀北は、綾小路の多才さに改めて驚いた。
観察力だけでなく、読唇術まで使えるとは。
「リーダーでなければ、スポット占有の報告はしない。森下がキーカードを持っているのは間違いない」
堀北は、頷いた。
スポットを占有できるのは、キーカードを持つリーダーだけ。
森下が占有を行い、葛城に報告しているなら、リーダーは森下で間違いない。
「それと、私がAクラスの子と少し話したんだけど」
櫛田が、補足する。
「森下さんは、葛城派でも坂柳派でもないんだって。どちらにも属さない、中立的な生徒らしいよ」
「なるほど……派閥争いに巻き込まれていないからこそ、リーダーとして適任だと判断されたのかしら」
櫛田の補足情報も、堀北の記憶と相違ないはず。
若干違和感があるが、リーダーと断定出来るほどの材料は揃っている。
「なかなか思い切った人選ね」
「ああ。恐らくオレ達じゃなければ分からなかっただろう」
堀北は、二人の分析に感謝した。
「次にBクラス。リーダーは網倉麻子」
「網倉さん? スポット占有していたのは神崎くんじゃなかったかしら」
堀北は、自分の観察を思い出した。
二日目に偵察した時、神崎がスポットの近くを動いているのを見た。
「神崎は囮だ。ついでに一之瀬も囮だ。あいつらのどちらかがリーダーだと思わせて、実際は網倉がキーカードを持っている」
「どうやって分かったの?」
「これは、私と綾小路くんが、お互いの視点から特定したの」
櫛田が、説明する。
「まず、私がBクラスに接触したんだけど、一之瀬さんと話してる時に、網倉さんが金田くんを警戒していたんだよね。それで、怪しいなって」
「それを受けて、オレがBクラスのスポット占有を観察した」
綾小路が、続ける。
「一之瀬は頻繁にスポットの近くに行くが、実際に占有作業をしているのは網倉だった」
「占有作業……よく見破れたわね」
「ああ。一之瀬はスポットの前で他のクラスメイトと談笑しているだけで、実際にキーカードを使っている様子がない」
綾小路が、さらに説明を加える。
「そんな中で、一之瀬とクラスメイトに囲まれながら、網倉はさりげなくキーカードを操作していた。あいつらは囲めばバレないと思ってたんだろうが、木に登って上から観察していれば、すべてが丸見えだった」
堀北は、その光景を想像した。
まず、神崎が単独でスポット占有しているフリをする。
一方で、一之瀬は別のスポットをクラスメイトと囲んで、網倉を隠しながらスポットを占有する。
悪くない囮作戦だ。
だがその全てを、綾小路は高い位置から観察していた。
「網倉さんは、一之瀬さんの親友だからね。信頼関係は厚いし、リーダーを任せるなら自然な選択だよ」
櫛田が、補足する。
「なるほど……一之瀬さんも、考えてるのね」
「Bクラスは結束力が高い。だからこそ、囮作戦が成立する。誰がリーダーでもおかしくない状況を利用して、クラス全員で網倉を隠している」
堀北は、一之瀬の人望の高さを改めて実感した。
クラス全員が協力して、リーダーを隠す。
それができるのは、Bクラスだけだろう。
「最後にCクラスだね。これが一番の収穫だったかも」
櫛田が、得意げに言う。
「ああ。伊吹と真鍋の会話から判明した」
綾小路が頷く。
「Cクラスのリーダーは真鍋さんだよ」
櫛田が、自信を持って答える。
「どうして分かったの?」
「私が盗み聞きしたの。伊吹さんと真鍋さんが森の中で話してて、真鍋さんが「私がリーダーなんだから、ちゃんとやらないと龍園に殴られる」って言ってた」
堀北は、目を見開いた。
「本人がそう言っていたのね……」
「うん。二人とも、まさか誰かが聞いてるとは思ってなかったみたい。油断してたみたいだね」
櫛田が、くすくすと笑う。
「それと恐らくだが、龍園はリタイアした。これも真鍋からの発言らしいが、島にいる気配が全くないところから考えても、間違いない情報だろうな」
堀北は、黙って頷いた。
龍園が、リタイアした。
前回とは違う展開だが、堀北はもう驚かなかった。
その可能性はあると踏んでいたからだ。
三日目の襲撃以降、龍園の足取りをずっと探っているが、その痕跡すらも見つかっていない。
堀北自身も空いた時間に探したし、この二人が見つけられなかったなら、それはもうリタイアしたと判断していいだろう。
「分かったわ。ありがとう」
堀北は、情報を整理した。
Aクラス:森下藍(スポット占有の観察と、葛城への報告から特定)
Bクラス:網倉麻子(占有パターンから特定)
Cクラス:真鍋志保(本人の発言を盗み聞きして特定)
「これで、リーダー指名の準備はできたわね」
「ああ。三クラス全て当てれば、+90ポイント。現在の残りポイントと合わせれば、かなりの上積みになる」
「でも、他クラスも私たちのリーダーを狙ってくるわ」
「そこは心配いらない」
綾小路が、自信を持って言った。
「お前が選んだリーダーは、予想しづらい人物だ。それに特定できるような材料もない」
「そうかもしれないわね。洞窟付近のスポットしか占有していないし、私達が警戒を強めてるせいで、安易に近づくこともできないでしょうから」
「そうだ。それに加えて、櫛田が印象操作もしてくれた」
「うん。堀北さんのリーダーシップが気に入らなくて、クラスが崩壊しかけてるって言っておいたよ」
櫛田が、満面の笑みで笑っている。
みんなに見せる、いつもの笑顔だ。
きっと心の中では、声を上げて大笑いしているに違いない。
でも、こうして今は協力してくれている。
それでいい。
「印象操作の狙いは、よく分からないクラスだという印象を相手に与える事。どうやらクラスが崩壊してるらしい、でも試験のリーダーが堀北かどうかは分からない、という余計な情報が相手を惑わす」
「これで、リーダー指名される確率自体も下げれるね」
「ああ。一クラスは必ずリーダー指名しなければいけない以上、よく分からないクラスの指名は、どこも避けるだろうからな」
「そうね。二人とも、本当にありがとう」
堀北が、素直に感謝を述べる。
「いいのいいの。クラスのためだもん」
「明日の最終日、リーダー指名で勝負を決めるぞ」
「ええ。頑張りましょう」
三人は、頷き合った。
勝利への道筋が、見えてきた。
その夜。
クラスメイトたちが眠りについた後、堀北と綾小路は二人だけで話し合っていた。
洞窟の外、岩場に座り、小声で会話する。
「綾小路くん。Cクラスのリーダーについて、確認したいことがあるの」
「……何だ?」
「真鍋さんが「私がリーダー」と言っていたのは、本当に信用できるのかしら」
堀北は、綾小路を真っ直ぐに見た。
櫛田と綾小路の偵察については、なにも疑う余地はない。
二人そろって嘘でもついていない限りは、偵察で得た結果が、そのまま答えになるだろう。
前回の記憶が通用しない以上、森下でも、網倉でも、真鍋でも、誰がリーダーだったとしてもおかしくはないのだから。
だが、Cクラスのリーダーについては、どうにも納得できない部分があった。
「龍園くんは、狡猾な人間よ。わざと偽情報を流している可能性はないの?」
堀北は、その疑念を正直に伝えた。
それを聞いた綾小路は、少し考え込んでいた。
「……確かに、その可能性はある」
「でしょう? 龍園くんは、他人を信用しない。クラスの命運を握るリーダーを、他人に任せるとは思えない」
「だが、龍園はリタイアした。島に残っていないなら、リーダーになれないはずだ」
「リーダーの変更は禁止されている。つまり、試験開始時に登録したリーダーが、そのまま判定対象になるわ」
堀北は、続ける。
「龍園くんが試験開始時にリーダーとして登録して、その後リタイアした場合……リーダーは龍園くんのまま、ということになるわよね」
綾小路の目が、僅かに見開かれた。
「なるほど。そういうことか」
「真鍋さんの発言は、罠かもしれない。わざと「私がリーダー」と言わせて、盗み聞きした人間を騙す」
「龍園なら、やりかねないな」
綾小路が、顎に手を当てる。
「だが、確証はない。龍園本人がリーダーなのか、真鍋がリーダーなのか、もしくはそれ以外か、判断材料が足りない」
「……そうね」
堀北は、考え込んだ。
三つの可能性がある。
一つ目は、真鍋がリーダー。龍園はリタイアして、真鍋に全てを任せた。
二つ目は、龍園がリーダー。真鍋の発言は罠で、龍園本人が判定対象。
三つめは、そのどちらでもない。
どれが正しいのか。
確証が持てないのなら、リーダー指名を見送るのも手だ。
むしろ、それが最善なのだろう。
恐らく龍園の狙いは、他クラスに誤ったリーダー指名をさせる事だろうから。
だがこの試験で、Dクラスは龍園に振り回され続けてきた。
彼の思惑通りに、試験を終わらせたくない。
龍園に一泡吹かせてやりたい気持ちと、でも慎重にいかなければという気持ちが、心の中でせめぎ合っている。
堀北は考え、そして決断した。
「みんなに決めてもらいましょうか。私の意見を櫛田さんに伝えて、みんなだけで話し合ってもらうの」
綾小路は、少し黙った。
月明かりの中、彼の表情は読み取りにくい。
そして、頷いた。
「……分かった。お前の決断を信じる」
「ありがとう」
「だが、リスクはある。もしリーダー指名して間違えた場合、−20ポイントだ」
「分かってるわ。でも、私たちだけで勝手に決めて、判断を間違えるよりはマシよ」
堀北は、この試験を思い返していた。
前回の記憶に縛られすぎて、判断を鈍らせていた自分。
一人で勝手に動いて、クラスメイトを蔑ろにしてしまった自分。
どちらも、自分が間違っていた。
同じ失敗は、もう繰り返さない。
みんなで、試験を乗り越える。
それが、正しい答えだと信じて。
「明日で、この試験も終わりね」
堀北は、海を見つめた。
月明かりが、波間にきらめいている。
「もう遅いから、私たちも寝ましょうか」
「ああ。そうだな」
二人は、立ち上がった。
そして、洞窟へと戻っていった。
明日は、最終日。
全てが決まる日だ。
堀北は、眠りにつきながら、明日のことを考えていた。
みんなは、どんな答えを選択するのだろうか。
そして、その選択によって、どんな結末が待ち受けているのだろうか。
答えは、明日分かる。
堀北は、静かに目を閉じた。