堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

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第5話:波紋

 

 

 

 

 

 入学から一週間が過ぎた。

 

 高度育成高等学校での生活は、表面上は穏やかに進んでいる。

 

 授業が始まり、クラスメイトたちは互いの顔と名前が一致するようになり、少しずつ日常のリズムが出来上がっていく。

 

 けれど、堀北は知っている。

 

 この穏やかさが、長くは続かないことを。

 

 来月訪れるポイント0の衝撃。

 

 それまで、自分にできることをしなければならない。

 

 堀北は、慎重に動いていた。

 

 前回の記憶を頼りに、クラスメイトの問題行動を把握し、最小限の介入で軌道修正を試みる。

 

 まず、須藤。

 

 彼は遅刻の常習犯だ。朝が弱く、一限の授業に遅れることが多い。前回の一ヶ月間で、彼の遅刻は十回を超えていた。

 

 直接注意しても、聞く耳を持たないだろう。むしろ反発される。

 

 だから、別の方法を取った。

 

 昼休み、食堂でクラスメイトとの交流を試みる。

 

 人とのコミュニケーションは苦手だけど、これも克服しなければならない。

 

 今日の相手は、小野寺かや乃。彼女は目立たない生徒だが、須藤と同じ体育会系の部活に所属するはず。

 

 

 

「ねえ、知ってるかしら。この学校って、一限の出席が成績に直結するみたいよ」

 

「え、そうなの……?」

 

「ええ。先輩に聞いたのだけど、遅刻が多いと部活での評価に響くらしいの」

 

 

 

 正確な情報ではないが、交流を試みながらヒントを与えていく。

 

 この学校では、全ての行動が評価されている。それは事実。けれど、「部活での評価に響く」という具体的な話は、堀北の創作だ。

 

 小野寺は、真剣な表情をしている。

 

 

 

「それ、須藤くんに教えた方がいいかな……彼、バスケ部入るんでしょ? 遅刻が多いみたいだし……」

 

「そうね。でも、私が言っても聞かないでしょうから。小野寺さんから言ってもらえるかしら」

 

「え、私……?」

 

「だって、あなたも運動部に入るのでしょう?」

 

「まあね。私は水泳部だけど、確かに遅刻癖のある生徒を評価してくれる顧問はいないかも」

 

「その通りよ。だからあなたから伝えてもらった方が、須藤くんも理解しやすいはず。少なくとも、無関係な私よりは耳を傾けてもらえると思うの」

 

「そういうものかな……まあ、いいけど」

 

 

 

 小野寺は、おずおずと頷いた。

 

 数日後、須藤の遅刻は減った。

 

 完全にゼロにはならなかったが、前回よりは確実に改善している。

 

 次に、池と山内。

 

 この二人は授業中の私語が多い。特に、可愛い女子が近くにいると、途端に落ち着きがなくなる。

 

 直接注意すれば、「うるせえ」と反発されるのは目に見えている。

 

 だから、櫛田を利用した。

 

 

 

「櫛田さん、少し相談があるのだけど」

 

「何かな? 堀北さん」

 

「池くんと山内くんのことよ。授業中、彼らは少しうるさいと思うの。授業に集中できなくて、困ってるクラスメイトもいるんじゃないかと思って」

 

「うん、確かに……。でも、男の子って注意すると逆効果だったりするよね」

 

「そうなの。だから、櫛田さんから言ってもらえないかしら。あなたの言うことなら、聞いてもらえるかもしれない」

 

 

 

 櫛田は、にこりと笑った。

 

 彼女は、人から相談されると断ることが出来ない。

 

 

 

「分かったよ、堀北さん。私から言ってみるね」

 

 

 

 櫛田の影響力は、絶大だった。

 

 彼女が「静かにしてくれると嬉しいな」と言うだけで、池と山内は従順な子犬のようになる。

 

 単純といえば単純だが、効果は抜群だった。

 

 けれど、全員を制御することは不可能だった。

 

 Dクラスは、そもそも「問題児の集まり」なのだ。

 

 一人が改善しても、別の誰かが問題を起こす。

 

 授業中に居眠りする者。課題を提出しない者。教師に反抗的な態度を取る者。

 

 モグラ叩きのように、次から次へと問題が発生する。

 

 堀北一人の力では、限界がある。

 

 放課後。

 

 堀北は、約束の場所に向かった。

 

 校舎裏の、人目につかないベンチ。

 

 そこには、既に綾小路が座っていた。

 

 

 

「待たせてしまったかしら」

 

「いや。今来たところだ」

 

 

 

 隣に座る。

 

 一週間前に協力関係を結んでから、二人は定期的に情報交換をするようになっていた。

 

 

 

「それで、何か分かった?」

 

「ああ。それとなく上級生に聞いてみた」

 

 

 

 綾小路が、淡々と報告する。

 

 

 

「結論から言うと、お前の仮説は正しい。各クラスのポイント支給額は、バラバラだ」

 

「やっぱりね」

 

「Aクラスは多く、Dクラスは少ない。場合によっては、0のクラスもあるらしい」

 

 

 

 堀北の予想通りだった。

 

 いや、予想ではない。知っていた。前回の経験で。

 

 けれど、それを綾小路に言うわけにはいかない。

 

 

 

「つまり、クラスの評価によってポイントが変動する。私たちの行動は、全て採点されているということね」

 

「そう考えるのが妥当だな」

 

 

 

 綾小路は、淡々と言う。

 

 けれど、その目には僅かな興味の色がある。

 

 

 

「ただ、具体的な採点基準までは分からなかった。上級生も詳しくは知らないか、もしくは口止めされてるな。どうやら自分たちで推測するしかないらしい」

 

「そう……」

 

「仮りに、遅刻、私語、授業態度。その辺りが評価対象だとすれば、うちのクラスはかなり危険だな」

 

「ええ。分かってるわ」

 

 

 

 分かっている。

 

 だからこそ、この一週間、動いてきた。

 

 けれど、全員を制御することは不可能だ。

 

 来月は、もらえるポイントが確実に減る。

 

 それは、避けられないだろう。

 

 ただ、前回よりは減点を抑えられるかもしれない。

 

 それだけでも、意味はある。

 

 

 

「堀北」

 

 

 

 綾小路が、唐突に名前を呼んだ。

 

 

 

「何?」

 

「お前、どうして入学初日からこの仮説に辿り着けた?」

 

 

 

 その問いに、堀北の心臓が一瞬跳ねた。

 

 

 

「……どういう意味かしら」

 

「普通、入学初日にSシステムの裏を疑う生徒はいない。みんな、10万ポイントに浮かれていた。なのに、お前だけは最初から「おかしい」と感じていた」

 

 

 

 綾小路の目が、堀北を真っ直ぐに見つめる。

 

 観察するような。探るような。そんな目。

 

 

 

「なぜだ?」

 

 

 

 どう答えるべきか。

 

 嘘をつくか。はぐらかすか。

 

 けれど、綾小路は鋭い。下手な嘘は、すぐに見破られる。

 

 

 

「……勘よ」

 

 

 

 結局、それしか言えなかった。

 

 

 

「勘?」

 

「ええ。この学校の名前は「高度育成高等学校」。「実力至上主義」を謳っている。そんな学校が、無条件で10万ポイントを配るなんて、直感的におかしいと思ったの」

 

 

 

 半分は、嘘。半分は、真実。

 

 綾小路は、しばらく黙っていた。

 

 

 

「……勘、か」

 

 

 

 その声には、納得とも疑念ともつかない響きがある。

 

 追及はされなかった。

 

 けれど、彼が疑念を抱いているのは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 堀北は、意を決していた。

 

 クラスへの警告。

 

 ここが三年前のDクラスであることはほとんど確定していたけれど、二人で集めた情報で裏付けも取れた。このままでは、来月にポイントが大幅に減少する。

 

 それを、クラスメイトに伝えなければならない。

 

 直接言えば、怪しまれる。「なぜ知っているのか」と問われる。

 

 けれど、間接的な方法では、伝わらない。

 

 一週間、様々な手段を試した。噂を流し、櫛田を利用し、遠回しに注意を促した。

 

 効果はあった。けれど、限定的だった。

 

 もっと直接的に言わなければ、クラス全体の意識は変わらない。

 

 朝のホームルームが、始まる前の教室。

 

 堀北は、席から立ち上がった。

 

 

 

「少しいいかしら」

 

 

 

 教室が、一瞬静まる。

 

 全員の視線が、自分に集まる。

 

 堀北は基本的に言葉が強く、三年後の自分も決して人当たりがいいとは言えない。

 

 前回よりはマシだが、まだクラスメイトからの信頼も勝ち取れてはいない。

 

 

 

「私は、この学校のシステムに疑問を持っているの」

 

「はあ? 堀北ちゃん、何言ってんの?」

 

 

 

 池が、怪訝そうな顔をする。

 

 

 

「毎月10万ポイントが無条件で支給される。この学校は「実力至上主義」を謳っているのに、あなたはおかしいと思わないの?」

 

「おかしいって……学校がそう言ってんだから、疑うも何もなくね?」

 

「言ってないわ。茶柱先生は、毎月10万ポイントがもらえるなんて一言も言わなかった」

 

「だから何だよ。細かいこと気にしすぎだろ」

 

 

 

 山内が、鼻で笑う。

 

 周囲からも、失笑が漏れる。

 

 

 

「おい、朝から何絡んでんだよ」

 

 

 

 須藤が、苛立たしげに立ち上がった。

 

 

 

「めんどくせえな。ポイントがどうとか、関係ねえだろ。貰えるもんは貰っとけばいいじゃねえか」

 

「関係ないわけないでしょう。もしポイントが減らされたら、あなたの生活に直結するのよ」

 

「減らされる? んなわけねえだろ。妄想もたいがいにしろよ」

 

 

 

 空気が、険悪になっていく。

 

 堀北は、孤立しかけていた。

 

 クラスメイトたちの視線は冷たい。「入学式の日に続いて、また変なことを言い出した奴」という目で見られている。

 

 分かっていた。こうなることは。

 

 けれど、言わなければならなかった。

 

 少なくとも、「警告はした」という事実を残しておきたかった。

 

 最も影響力の高い生徒を巻き込むために。

 

 

 

「まあまあ、落ち着こうよ」

 

 

 

 その時、一人の男子生徒が立ち上がった。

 

 平田だ。

 

 彼は、穏やかな笑顔で場を見渡した。

 

 

 

「堀北さんの言うことにも、一理あると思うんだ」

 

「は? 平田、お前まで何言ってんだよ」

 

「落ち着いて聞いてくれ。僕も、入学式の日から少し気になってたんだ。彼女が茶柱先生に質問した時、明確な答えが返ってこなかっただろう?」

 

「……まあ、確かに」

 

「もしポイントに隠された条件があるなら、今のうちに気をつけた方がいいと思う。減点されてから後悔しても遅いからね」

 

 

 

 平田の言葉に、教室の空気が少し和らぐ。

 

 彼の影響力は、やはり大きい。

 

 

 

「別に、今すぐ何かを変えろって言ってるわけじゃないよ。ただ、少しだけ意識してみるのはどうかな? 遅刻とか、私語とか、そういう基本的なことを」

 

「……まあ、それくらいなら」

 

「確かに、社会に出たら当たり前のことだしね」

 

 

 

 須藤たちは未だに不服そうだが、女子はすぐさま平田に賛同する。

 

 少しずつ、頷く生徒が増えていく。

 

 堀北は、小さく息をついた。

 

 完全な成功とは言えない。けれど、最悪の事態は避けられた。

 

 平田が、助けてくれた。

 

 前回はなにもしなかった。堀北自身も問題のある生徒の一人でしかなかったから。

 

 今回は、違う。

 

 入学式の日に先生に質問したこと。疑問という種を蒔いたこと。

 

 それが、この場面で活きた。

 

 小さな変化が、少しずつ積み重なっている。

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 

 堀北は、屋上にいた。

 

 一人で昼食を取りたい時、ここに来ることが多い。人が少なく、静かで、風が心地いい。

 

 自分で作ったおにぎりを頬張りながら、朝のことを振り返る。

 

 警告は、一応成功した。

 

 けれど、クラスメイトたちの意識がどれだけ変わるかは分からない。

 

 結局、来月になってみないと――

 

 

 

「堀北さん、ここにいたんだ」

 

 

 

 声がして、振り返る。

 

 櫛田が、笑顔で立っていた。

 

 

 

「一緒に食べてもいい?」

 

「……好きにしてちょうだい」

 

 

 

 断る理由もない。櫛田は、隣に座った。

 

 

 

「さっきの発言、すごいと思った」

 

「そう?」

 

「うん。みんなが考えてなかったことを、ちゃんと指摘できるって、なかなかできないことだよ」

 

 

 

 櫛田の声は、心からの賞賛に聞こえる。

 

 けれど、堀北は知っている。

 

 この女の言葉を、額面通りに受け取ってはいけない。

 

 

 

「でもね、もう少し言い方を工夫した方がいいかも」

 

「……そうでしょうね」

 

「うん。せっかくいいことを言っても、伝わらなかったら意味ないと思うんだよね。須藤くんとか、最初から反発しちゃってたでしょ?」

 

 

 

 正論だ。

 

 そして、この正論で「味方のふり」をするのが、櫛田の手口だ。

 

 相手の弱点を指摘しつつ、「あなたのためを思って言っている」という態度を取る。

 

 そうすることで、相手の信頼を得る。そして、後で利用する。

 

 前回の堀北は、この手口に気づかなかった。

 

 櫛田を「鬱陶しい奴」としか思っていなかった。そして、彼女を敵に回し、無駄な労力を費やした。

 

 今回は、違う。

 

 

 

「助言ありがとう。参考にさせてもらうわ」

 

 

 

 素直に受け入れる態度を見せる。

 

 櫛田の目が、一瞬だけ細くなった。

 

 予想外の反応だったのだろう。

 

 前回の堀北なら、「余計なお世話よ」と突っぱねていた。それが、素直に礼を言った。

 

 

 

「うん! 私、堀北さんの味方だから。何かあったら頼ってね」

 

「ええ。ありがとう、櫛田さん」

 

 

 

 櫛田は、にこりと笑って去っていった。

 

 その背中を見つめながら、堀北は思う。

 

 

 

(前回、私はあなたの本性に気づくのが遅すぎた。でも今回は違う。あなたを敵に回さず、利用できるところは利用させてもらう)

 

 

 

 屋上の風が、髪を揺らす。

 

 空は青く、雲は白い。

 

 穏やかな昼休み。

 

 けれど、堀北の心は穏やかではなかった。

 

 来月まで、あと三週間。

 

 それまでに、どれだけのことができるだろう。

 

 全てを変えることは、できない。

 

 けれど、少しでも良い方向に持っていきたい。

 

 そのために、今日も明日も、動き続ける。

 

 

 

 

 

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