堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない 作:ほりきたすずね
五月一日。
朝、目が覚めて最初にしたことは、スマートフォンでポイントの支給額を確認することだった。
画面に表示された数字を見て、堀北は小さく息を吐いた。
追加されていたのは、たったの1万ポイント。
少ない。
けど、予想通りでもある。
結局、自分の実力はこの程度なのだろう。
Sシステムの事を完全に理解していて、そのうえでクラスメイトに働きかけた結果がこれ。
信頼関係を築けない人間が出来ることはほとんどない、ということを見事に証明している。
でも、前回よりは多い。今回は、1万ポイントだけでも残っている。
堀北の働きかけが、僅かながら効果を発揮したということだ。
もちろん、クラスメイトたちは驚くだろう。
彼らの中には、先月の10万ポイントを使い切ってしまった生徒もいる。
今月の支給が1万ポイントだと知ったら、大混乱になる。
その混乱を、どう収めるか。
それが、今日の課題だ。
朝のホームルーム。
教室には、いつもと違う空気が流れていた。
「なあ、ポイント確認したか?」
「したした。なんか1万しかないんだけど」
「俺も。バグじゃね?」
あちこちで、困惑した声が上がっている。
誰もが、自分のスマートフォンを見つめ、首を傾げている。
その時、チャイムが鳴った。
茶柱佐枝が、教室に入ってくる。
いつもと同じ、無表情。いつもと同じ、冷たい目。
「席に着け」
生徒たちが、慌てて席に座る。
けれど、落ち着かない様子は隠せない。
「佐枝ちゃんせんせー!」
真っ先に声を上げたのは、池だった。
「ポイントが1万しか振り込まれてないんだけど、なんかの手違いですか?」
「手違い?」
茶柱が、冷たい目で池を見る。
「それはない。ポイントは何のミスもなく支給されている」
「え、でも先月は10万だったじゃないですか! なんで今月は1万なんですか!?」
池が食い下がる。山内も、隣で大きく頷いている。
「うるさい。少し黙っていろ」
茶柱が、低い声で制した。
教室が、一瞬で静まり返る。
「聞きたいことは山ほどあるだろうが、とりあえずこれを見ろ」
茶柱が、黒板に向かう。
チョークを手に取り、何かを書き始めた。
Aクラス:940
Bクラス:650
Cクラス:490
Dクラス:100
四つの数字が、黒板に並ぶ。
「これは、各クラスの「クラスポイント」だ」
「クラスポイント……?」
「入学時、各クラスには1000ポイントのクラスポイントが与えられた。このクラスポイントを100倍した金額が、毎月の支給額になる。ちなみに、お前たちが所持しているポイントをプライベートポイントと呼ぶ」
茶柱が、淡々と説明する。
「クラスポイントは、クラスに対する評価だと解釈しろ。Aクラスの評価であるクラスポイントは940。そして、今月の支給額は9万4000プライベートポイントだ」
「Bクラスは650だから、6万5000ポイント。Cクラスは490で、4万9000ポイント」
茶柱が、Dクラスの数字を指さす。
「お前たち、Dクラスは100。つまり、今月の支給額は――1万ポイントだ」
教室が、凍りついた。
「な……なんでだよ!」
須藤が、勢いよく立ち上がった。
「なんでうちのクラスだけ、こんなに少ねえんだ!」
「嘘だろ……」
「マジかよ……」
悲鳴、怒号、困惑。
様々な声が、教室に響き渡る。
けれど、堀北は冷静だった。
「茶柱先生」
堀北は、静かに手を挙げた。
「減点された理由を、教えていただけますか」
教室が、一瞬静まる。
茶柱が、堀北を見つめた。
その目には、僅かな興味の色がある。
「……本来は教える義務はないんだがな。お前は気づいていたようだし、特別に教えてやろう」
茶柱が、手元の紙を広げた。
「まず、遅刻。合計12回」
教室がざわめく。須藤が顔をしかめる。
「次に、授業中の私語。合計488回」
池と山内が、気まずそうに目を逸らす。
「授業中の居眠り。合計154回」
茶柱が、淡々と読み上げていく。
遅刻、私語、居眠り、課題未提出、授業態度。
全てが、点数化されていた。
「以上だ。合計マイナス900ポイント。初期クラスポイント1000から差し引いて、残り100ポイント」
茶柱が、紙を閉じる。
「聞いてねえよ、そんなの!」
須藤が、机を叩いて叫んだ。
「遅刻とか私語でポイント引かれるなんて、誰も言ってなかっただろ!」
「言った」
茶柱が、冷たく答える。
「入学初日に説明した。「学校生活のあらゆることがポイントに関わる」と。お前たちが勝手に楽観視して、聞き流しただけだ」
「そんな……」
「この学校は、実力至上主義だ。甘い考えは通用しない。自分たちの行動を見直すことだな」
多くの生徒は納得がいっていない様子だが、さらに追い打ちがかかる。
先日行われていた、小テストの結果が発表された。
分かってはいたが、こちらも悲惨な結果だった。
もしこれが定期試験であれば、赤点だった生徒が7人もいたという現実。
前回と何も変わらない。
もちろん、赤点を取った生徒は退学処分だ。
「中間テストまで、後3週間ある。じっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法は、あると確信している」
茶柱は、それだけ言って教室を去っていった。
残されたのは、呆然とする生徒たち。
「退学って、嘘でしょ……全然意味わかんないんだけど」
「それもそうだけど、ポイントもやばくないか? 1万ポイントって、1万円だぞ……?」
「先月分、全部使っちまったよ……どうすんだよ……」
絶望、後悔、怒り。
様々な感情が、教室を渦巻いている。
その中で、一人の声が響いた。
「……堀北の言う通りだったじゃねえか」
振り向くと、須藤が苦々しい顔で立っていた。
「お前、ポイントが減るかもって言ってたよな……」
「マジだったのかよ……」
視線が、堀北に集まる。
前回とは、違う視線だ。
前回は、「変なことを言う奴」という冷たい視線だった。
今回は、「正しいことを言っていた奴」という視線。
警戒から、僅かな信頼へ。
小さな変化だが、確かな変化だった。
昼休み。
堀北は、教室で一人、昼食を取っていた。
周囲では、まだポイント減少とテストの話題で持ちきりだ。
「マジでどうすんだよ……」
「来月までに稼ぐ方法ないのかな……」
不安と焦りの声が、あちこちから聞こえてくる。
「堀北さん」
声をかけられて、顔を上げる。
平田が、穏やかな笑顔で立っていた。
「隣、いいかな」
「……ええ」
平田が、隣の席に座る。
綾小路は、食堂に行ったから問題ない。
「今朝の発表、堀北さんは驚かなかったね」
「……予想していたから」
「やっぱり。君は、最初から気づいていたんだね」
平田は、感心したように頷いた。
「君のおかげで、僕たちは現実を知ることができた。感謝してるよ」
「お礼を言われることじゃないわ。結局、私はたいして役に立てなかったもの」
「それでも、だよ。君が警告してくれなかったら、もっと悲惨なことになっていたかもしれない」
平田の言葉は、心からの感謝に聞こえた。
「これから、一緒にクラスを良くしていきたいんだけど……堀北さんも、どうかな?」
「私は構わないわ。最初からそのつもりだから」
「ありがとう。まずは中間テストを乗り切るために、クラスをまとめる必要があると思うんだ。僕一人じゃ難しいけど、君の力を借りられれば、できるかもしれない」
平田の申し出。
前回も、同じ申し出を受けた。
あの時は、断った。「一人でやる」と。他人に頼ることを、弱さだと思っていた。
結果、堀北は孤立し、クラスをまとめることに苦労した。
今回は、違う選択をする。
「……ええ。よろしく、平田くん」
平田が、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、堀北さん。一緒に頑張ろう」
握手を交わす。
小さな一歩だが、前回とは違う一歩だ。
Dクラスの教室では、まだ混乱が続いている。
けれど、その混乱の中で、新たな動きが生まれ始めていた。
平田を中心としたグループが、クラスの立て直しを図ろうとしている。
堀北も、その輪の中にいた。
前回とは、違う位置に。
前回とは、違う役割で。
まだ、道のりは長い。
けれど、確かに一歩を踏み出した。
堀北鈴音は、二度目の高校生活を歩み続ける。
そして、その姿を――
一人の生徒が、静かに捉えていた。