堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

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第7話:疑念

 

 

 

 

 

 Sシステムの真実が明かされた日の放課後。

 

 堀北は、男子寮の通路を歩いていた。

 

 目的地は、綾小路の部屋だ。

 

 チャットで部屋番号を確認し、扉をノックする。

 

 

 

「開いてる」

 

 

 

 中から声がして、堀北は扉を開けた。

 

 綾小路の部屋は、驚くほど殺風景だった。

 

 必要最低限の家具。飾り気のない壁。本棚には数冊の本があるだけで、個人的な物はほとんど見当たらない。

 

 まるで、誰も住んでいないかのような部屋。

 

 

 

「入ってくれ」

 

 

 

 綾小路は、窓際の椅子に座っていた。

 

 

 

「お邪魔します」

 

 

 

 堀北は、部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

「随分と、簡素な部屋ね」

 

「必要な物があれば十分だからな」

 

「そう。……でも、少し寂しくない?」

 

「そうでもない。慣れてる」

 

 

 

 綾小路の言葉には、なんの感情も込められてなかった。

 

 けれど、どこか哀愁のようなものが漂っている。

 

 堀北は、それ以上追及しなかった。

 

 この男には、何か事情があるのだろう。それを無理に聞き出すのは、今は得策ではない。

 

 

 

「えっと……ベッドに座っても構わないかしら」

 

「ああ」

 

 

 

 堀北は、静かに腰を下ろした。

 

 

 

「それで、今日の件だけど、予想通りの展開だったわね」

 

「そうだな。クラスポイントが100まで減った。今月の支給額は1万ポイント」

 

「前回よりはマシよ。100ポイント残ったから――」

 

 

 

 言ってから、堀北は自分の失言に気づいた。

 

 

 

「前回?」

 

 

 

 綾小路が、僅かに眉を上げる。

 

 

 

「……言葉の綾よ。気にしないで」

 

「そうか」

 

 

 

 綾小路は、それ以上追及しなかった。

 

 けれど、その目は何かを探っている。

 

 堀北は、内心で冷や汗をかいていた。

 

 危ない。

 

 うっかり「前回」という言葉を使ってしまった。

 

 綾小路は鋭い。こういう些細な言葉の綻びから、何かを察知する可能性がある。

 

 気をつけなければ。

 

 

 

「堀北」

 

 

 

 綾小路が、静かに名前を呼んだ。

 

 

 

「何かしら」

 

「お前は、本当に不思議な奴だな」

 

「……どういう意味?」

 

「入学初日から、まるで全てを知っているかのように動いている。Sシステムの裏も、クラスメイトの性格も、茶柱先生の反応も」

 

 

 

 綾小路が、堀北を真っ直ぐに見つめる。

 

 その視線は、まるで心の奥底を覗き込むかのようだった。

 

 

 

「……観察眼がいいだけよ」

 

「オレには、そうは見えないけどな」

 

「じゃあ、どう見えるの?」

 

 

 

 沈黙。

 

 綾小路は、しばらく考え込んでいた。

 

 そして――

 

 

 

「……分からない。だから、興味がある」

 

「興味?」

 

「ああ。お前のことを、もっと知りたいと思ってる」

 

 

 

 その言葉に、堀北は動揺を隠せなかった。

 

 「もっと知りたい」という言葉が、胸に響く。

 

 前回の三年間、綾小路からそんな言葉を聞いたことは一度もなかった。

 

 彼は常に距離を置いていた。誰に対しても、壁を作っていた。

 

 それが、今は違う。

 

 彼は、堀北に興味を持っている。

 

 堀北のことを、知りたいと言っている。

 

 

 

「……私のことを知って、どうするの?」

 

「分からない。ただ、知りたいだけだ」

 

「変な人ね」

 

「お互い様だろう」

 

 

 

 綾小路が、僅かに口元を緩めた。

 

 それは、笑みと呼べるほどのものではない。けれど、彼にしては珍しい表情だった。

 

 堀北は、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

 

 

(綾小路くんは、いつか私の秘密に気づくかもしれない)

 

 

 

 そう思う。

 

 けれど、不思議と恐怖はなかった。

 

 むしろ、どこかで――気づいてほしいと、思っている自分がいる。

 

 

 

「綾小路くん」

 

「何だ」

 

「私も、あなたのことを知りたいと思ってる」

 

 

 

 綾小路が、僅かに目を見開いた。

 

 

 

「……そうか」

 

「お互い様でしょう?」

 

 

 

 堀北が、小さく笑う。

 

 綾小路は、しばらく黙っていた。

 

 そして――

 

 

 

「……面白い奴だな、お前は」

 

 

 

 その言葉には、どこか温かみがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

 Cクラスの教室では、別の動きが始まっていた。

 

 放課後の教室。

 

 ほとんどの生徒が帰った後、数人の男子生徒が残っている。

 

 その中心にいるのは、龍園翔。

 

 Cクラスを支配する男。

 

 

 

「おい、石崎」

 

「はい、龍園さん」

 

「お前も、様子を見てきたか?」

 

「昼休みに行ってきました。ポイントが1万しか支給されなかったって、騒ぎになってましたね」

 

 

 

 石崎が、へらへらと笑う。

 

 

 

「ウチよりも少ないなんて、ざまあねぇっすね」

 

「そういうことじゃねぇ」

 

 

 

 龍園が、低い声で言った。

 

 石崎が、慌てて表情を引き締める。

 

 

 

「す、すいません」

 

「Dクラスに、面白ぇ女がいるな」

 

「面白い女……ですか?」

 

「金田、堀北鈴音を知ってるか?」

 

 

 

 石崎が、首を傾げる。

 

 その隣にいた、金田が答える。

 

 

 

「堀北……ああ、生徒会長の妹らしいですね。入学式の時に見ましたよ」

 

「生徒会長の妹? そりゃ面白ぇ」

 

 

 

 龍園は、不敵に笑った。

 

 

 

「だが、それだけじゃねぇな」

 

「と言いますと?」

 

「あの女、入学初日からSシステムの裏を見抜いてたらしいじゃねぇか」

 

 

 

 石崎が、目を丸くする。

 

 

 

「マジっすか? どうしてそんなことが……」

 

「それをオレが聞いてんだよ」

 

 

 

 龍園が、窓の外を見つめる。

 

 その目には、獰猛な光が宿っている。

 

 

 

「頭がいいんすかね、その堀北って女」

 

「頭がいいだけじゃ、ああはならねぇよ」

 

 

 

 龍園が、振り返る。

 

 

 

「あれは――「知っている」目だ」

 

「知っている目……?」

 

「ああ。まるで、最初から全部分かってるみてぇな目をしてやがった。普通の新入生じゃ、絶対にできねえ顔だ」

 

 

 

 石崎には、龍園の言っていることがよく分からなかった。

 

 けれど、龍園が何かを感じ取っていることは確かだ。

 

 この男の勘は、鋭い。

 

 入学してから一ヶ月、龍園はあっという間にCクラスを掌握した。暴力と恐怖で支配し、逆らう者を徹底的に潰した。

 

 その過程で、龍園は何度も「勘」を働かせていた。

 

 誰が裏切るか、誰が使えるか、誰が危険か。

 

 龍園は、それを本能的に嗅ぎ分ける。

 

 今、その本能が、堀北鈴音という女に反応している。

 

 

 

「石崎」

 

「はい」

 

「監視しろ。堀北鈴音を」

 

「監視、ですか」

 

「ああ。あの女が何者なのか、何を知ってるのか。調べ上げろ」

 

 

 

 石崎が、頷く。

 

 

 

「分かりました。すぐに手配します」

 

「急がなくていい。じっくりとやれ。ボロが出るまで、待つ」

 

 

 

 龍園は、窓の外を見つめた。

 

 夕日が、校舎を赤く染めている。

 

 

 

「堀北鈴音、か」

 

 

 

 龍園の口元に、笑みが浮かぶ。

 

 

 

「楽しみだぜ。お前が何を隠してるのか、暴いてやる」

 

 

 

 その目には、獲物を狙う獣のような光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 堀北は、自室のベッドに横たわっていた。

 

 天井を見つめながら、今日のことを振り返る。

 

 綾小路との会話。

 

 彼は、堀北に興味を持っていると言った。

 

 もっと知りたい、と。

 

 その言葉が、まだ胸の中で響いている。

 

 

 

(嬉しい……のかもしれない)

 

 

 

 前回の三年間、綾小路との関係は常に一方通行だった。

 

 堀北が近づこうとしても、彼は壁を作った。堀北が理解しようとしても、彼は何も明かさなかった。

 

 最後には、何も言わずに去っていった。

 

 今回は、違う。

 

 彼は、堀北に興味を持っている。

 

 それだけで、前回とは全く違う。

 

 

 

(でも、気をつけないと)

 

 

 

 堀北は、自分に言い聞かせる。

 

 綾小路は鋭い。うっかり「前回」などと口走ってしまえば、いずれ真実に辿り着くかもしれない。

 

 それは、まだ早い。

 

 今の段階で「未来から来た」などと告白しても、信じてもらえないだろう。頭がおかしいと思われるのが関の山だ。

 

 もっと信頼関係を築いてから。

 

 もっと絆を深めてから。

 

 その時が来たら、全てを打ち明けよう。

 

 

 

(それまでは、慎重に)

 

 

 

 堀北は、目を閉じた。

 

 明日から、また新しい一日が始まる。

 

 クラスをまとめ、信頼を築き、Aクラスを目指す。

 

 その道のりは、まだ長い。

 

 けれど、今回は一人じゃない。

 

 綾小路がいる。平田がいる。少しずつ、仲間が増えている。

 

 前回とは、違う。

 

 

 

(今度こそ、変えてみせる)

 

 

 

 堀北は、静かに眠りについた。

 

 明日への希望を、胸に抱いて。

 

 

 

 

 

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