堀北鈴音は二度目の高校生活を諦めない   作:ほりきたすずね

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第9話:暴風前夜

 

 

 

 

 

 六月。

 

 梅雨の季節に伴い、空には灰色の雲が広がっている。

 

 堀北は、教室の窓から外を眺めていた。

 

 中間テストは、過去問を利用せずに乗り切った。

 

 クラスがまとまったおかげで、前回とは違う成果を得られたことは良い点だ。

 

 クラスポイントも200まで回復し、雰囲気もだんだんと良くなってきている。

 

 でも、油断はできない。

 

 もうすぐ、あの事件が起きる。

 

 須藤の暴力事件。

 

 前回、この事件はDクラスに少なからず打撃を与えた。

 

 須藤がCクラスの生徒に暴力を振るったとして告発され、敗北寸前まで追い込まれた。

 

 最終的には、綾小路の機転で何とか乗り越えた。けれど、そこに至るまでに多くの労力を費やした。

 

 今回は、そもそも事件を起こさせない。

 

 事前に防ぐ。

 

 それが、堀北の計画だった。

 

 

 

 

 

 

 

 梅雨明けを控えた、ある日の放課後。

 

 堀北は、体育館の方向に向かっていた。

 

 バスケットボール部の練習を見学するためだ。

 

 体育館に入ると、ボールがコートを跳ねる音、シューズが床を擦る音が響いている。

 

 部員たちが、激しく動き回っている。

 

 その中に、須藤の姿があった。

 

 赤い髪。長身。鍛え上げられた体。

 

 彼は、一年生ながらレギュラーの座を掴みつつある。その実力は本物だ。

 

 けれど、実力があるからこそ、妬まれる。

 

 堀北は、視線を移した。

 

 コートの反対側に、二人の男子生徒がいる。

 

 小宮と近藤。Cクラスのバスケ部員。

 

 彼らは、須藤のことを睨んでいた。

 

 隠そうともしない敵意。

 

 前回、彼らが須藤を挑発し、暴力事件を引き起こさせたのだ。

 

 全ては龍園の指示だったけど、個人的な恨みがあった可能性も高い。どちらにしろ、結果としてDクラスは損害を被った。

 

 今回は、同じ轍を踏まない。

 

 練習が終わり、部員たちが散っていく。

 

 堀北は、須藤が体育館を出るのを待った。

 

 

 

「須藤くん、ちょっといい?」

 

 

 

 声をかける。

 

 須藤が、怪訝そうな顔で振り返った。

 

 

 

「あ? なんだよ、堀北」

 

「少し話があるの。時間ある?」

 

「面倒くせえな……まあ、少しくらいならいいけどよ」

 

 

 

 二人は、体育館の裏に移動した。

 

 人気のない場所。周囲に誰もいないことを確認してから、堀北は口を開いた。

 

 

 

「須藤くん。明日、Cクラスの生徒があなたに絡んでくる可能性があるわ」

 

「は?」

 

 

 

 須藤が、眉をひそめる。

 

 

 

「なんでそんなこと分かんだよ」

 

「……Cクラスの龍園という男が、あなたを狙っているという噂があるの」

 

「龍園? 誰だよ、そいつ」

 

「Cクラスのリーダーよ。危険な男だわ」

 

 

 

 堀北は、慎重に言葉を選びながら続ける。

 

 

 

「あなたは一年生にしてバスケ部のレギュラーなんでしょう? だから、Cクラスのバスケ部員から妬まれているの。小宮くんと近藤くん、もちろん知ってるわよね」

 

 

 

 須藤の表情が、変わった。

 

 

 

「……ああ。あいつらか」

 

「彼らは、あなたのことを快く思っていないわ。練習中、ずっとあなたを睨んでいた」

 

「知ってるよ、そんなことくらい。あいつら、いつもネチネチ絡んできやがる」

 

「だから、気をつけて。もし明日、彼らが挑発してきても、絶対に手を出さないで」

 

 

 

 須藤が、堀北を見つめる。

 

 

 

「なんでお前が、そこまで気にすんだよ」

 

「私たちは同じクラスでしょ? 余計なトラブルに巻き込まれそうになってるクラスメイトを、放ってはおけないもの」

 

「……っ」

 

 

 

 須藤は、少し驚いた顔をした。

 

 

 

「お前、オレのこと心配してんのか?」

 

「クラスのためよ。個人的な感情じゃないわ」

 

「……ふん。相変わらず可愛くねぇ言い方だな」

 

 

 

 須藤が、鼻を鳴らす。

 

 けれど、その表情には敵意はない。

 

 

 

「分かったよ。気をつける」

 

「本当に? 挑発されても、手を出さない?」

 

「ああ。約束する」

 

 

 

 須藤が、真剣な目で頷いた。

 

 堀北は、少し安堵した。

 

 前回よりは、信頼関係が築けている。だからこそ、須藤は素直に聞いてくれた。

 

 

 

「ありがとう、須藤くん」

 

「別に礼を言われるようなことじゃねぇ。……じゃあな」

 

 

 

 須藤が、手を振って去っていく。

 

 その背中を見送りながら、堀北は思う。

 

 

 

(これで、一つ目の関門はクリアした。あとは、明日を乗り越えるだけ)

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 堀北は、朝から緊張していた。

 

 今日、事件が起きるはずだ。

 

 前回の記憶では、放課後、特別棟で須藤がCクラスの生徒と言い合いになった。

 

 挑発に乗った須藤が手を出し、「暴力事件」として告発された。

 

 今回は、須藤に事前に警告している。彼が約束を守ってくれれば、事件は起きないはずだ。

 

 けれど、不安は消えない。

 

 須藤は短気だ。いくら警告しても、その場の感情で動いてしまう可能性がある。

 

 だから、堀北は自分の目で確認することにした。

 

 放課後。

 

 堀北は、現場の近くで待機していた。

 

 物陰に隠れ、様子を窺う。

 

 しばらくすると、須藤が歩いてきた。

 

 一人だ。部活に向かう途中だろう。

 

 そして、予想通り。

 

 

 

「おい、須藤」

 

 

 

 声がして、三人の男子生徒が須藤の前に立ちはだかった。

 

 小宮、近藤、そしてもう一人。

 

 Cクラスの石崎だ。

 

 

 

「なんだ、お前ら」

 

 

 

 須藤が、警戒した声を出す。

 

 

 

「ちょっと話があるんだよ」

 

 

 

 小宮が、嫌な笑みを浮かべる。

 

 

 

「最近、調子乗ってんじゃねぇの? 一年の分際でレギュラーとか、笑わせるな」

 

「は? 実力で勝ち取ったんだろうが。文句あんのか」

 

「文句? あるに決まってんだろ」

 

 

 

 近藤が、一歩前に出る。

 

 

 

「お前みたいな粗暴な奴が、バスケ部の恥さらしだって言ってんだよ」

 

「なんだと……!」

 

 

 

 須藤の拳が、握りしめられる。

 

 堀北は、息を呑んだ。

 

 危ない。

 

 須藤の怒りが、限界に近づいている。

 

 

 

「どうした? 殴りてぇのか? 殴ってみろよ、この野蛮人が」

 

 

 

 小宮が、さらに挑発する。

 

 

 

「お前みたいな馬鹿は、暴力でしか解決できねぇんだろ? さっさと退学しろよ、ゴミ野郎」

 

 

 

 須藤の体が、震えている。

 

 怒りで、我を忘れかけている。

 

 堀北は、飛び出そうとした。

 

 けれど、その前に。

 

 

 

「……っ、やめとくぜ」

 

 

 

 須藤が、拳を下ろした。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 小宮が、呆気にとられる。

 

 

 

「お前らみたいな雑魚相手に、手を汚すかよ。馬鹿馬鹿しい」

 

 

 

 須藤は、踵を返した。

 

 そして、三人から遠ざかっていく。

 

 

 

「お、おい! 逃げるのか!?」

 

 

 

 近藤が叫ぶ。

 

 けれど、須藤は振り返らなかった。

 

 

 

「勝手に言ってろ。オレは部活に行くんだよ」

 

 

 

 そのまま、去っていく。

 

 残されたCクラスの三人は、呆然としていた。

 

 計画が、失敗したのだ。

 

 堀北は、物陰で安堵の息を吐いた。

 

 

 

(やった……事件を、防げた)

 

 

 

 須藤は、約束を守ってくれた。

 

 挑発されても、手を出さなかった。

 

 これで、暴力事件は起きない。面倒な事にもならない。

 

 一つ、歴史を変えた。

 

 けれど。

 

 その時、堀北は視線を感じた。

 

 振り返る。

 

 校舎の窓から、こちらを見ている人影がある。

 

 龍園翔。

 

 Cクラスの支配者が、堀北を見つめていた。

 

 その口元に、不敵な笑みが浮かんでいる。

 

 まるで、「面白いことをしてくれるじゃねぇか」と言っているかのような。

 

 堀北は、背筋が冷たくなるのを感じた。

 

 龍園は、全てを見ていたのだ。

 

 須藤が挑発に乗らなかったこと。そして、堀北が物陰からそれを見守っていたこと。

 

 

 

「……まずい」

 

 

 

 堀北は、呟いた。

 

 事件は防げた。けれど、代わりに新たな問題が発生した。

 

 龍園が、堀北を「監視対象」として認識していた。

 

 あの男は、堀北が何かを知っていると確信したはずだ。そうでなければ、この場にいるはずがない。

 

 これから、龍園は堀北の動向をしつこく探るだろう。堀北の「秘密」を暴こうとするだろう。

 

 それは、非常に厄介なことだ。

 

 窓の向こうで、龍園が笑っている。

 

 獰猛な、獣のような笑み。

 

 堀北は、その視線を受け止めた。

 

 逃げない。目を逸らさない。

 

 龍園との戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

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