転生特典《防御完全無視》で異世界を生きる~冒険者組合の直属冒険者です。二つ名が【人狩者】になりました~ 作:KNa\
地下というのは便利なものだ。外部からの目は届きにくく、外気温の影響は受けにくく、外敵の脅威から身を守りやすく、外界への危険を閉じ込めやすいからである。氷室やシェルターや地下倉庫とかが良い例だ。
とはいえ危険も相当に多いものだ。空気の循環はよどみやすく、地下に照明は用意しにくく、崩落の危険はついて回り、都合が悪いことは漏れにくい。炭鉱とかトンネル工事の事故や、地下牢とかが悪い例か。
うまく運用できれば頼もしく、些細な綻びを見逃せば崩れさる。メリットデメリット、どちらも有り得るのが地下だ。異世界においても、地下というのはよく利用されるものらしい。
というわけで、
まぁ今いる
天井に埋まっている照明は数も光量も多くて、昼間と変わらないほどに明るいし。戦う舞台を囲む観客席は、数十人は座れるキャパシティ。舞台が見やすいように、外周に行くほどに高くなっている。舞台を取り囲む頑丈な柵も、高さ自体はそれほどでもない。大体俺の鳩尾くらいかな。
舞台の広さはバスケのハーフコートとそこまで変わらないように見える。遮蔽の無い剥き出しの地面は、クレーコートとかいうやつだ、確か。格闘漫画の闘技場とか言えば伝わりやすいか?人が動き回るには十分な広さがあると思う。
「……なんか、観客多くね?」
闘技場の舞台の手前、入り口の一方に立つ俺は、そうやって周囲をぐるりと見まわしてみる。うん。何度見ても多いな。観客が。
はて、今から行われるのは、ただの
フォウさんに聞いてた限りでは、試験を見るのは試験担当の
なんてとぼけつつも、俺は観客について心当たりがある。だってここにいるの、過半数が酒場にいたっぽい人達だもの。
観客たちを見てみれば、その手には酒の入ったジョッキが握られ、行儀悪くも席の上で組まれた片胡坐には小皿が乗っている。中身は当然のように酒の肴、ツマミのアテだ。軽く耳を澄ませてみると、「オッズは新人……スーメイク……」「生意気な奴……には頑張……」「あいつが負けたらスカッと……新人に勝……」と、かすかに声聞こえてくる。なるほど?
「ヒトの試験で酒飲もうってわけね」
俺とスーメイクの煽り合いを盗み聞いて、これから起きる
あ、レイン達も居ら。
知り合いの姿を観客席の隅っこに見つけた。酒とかは持ってないようで一安心。こっちから手を振ってみると、呆れた顔で舞台上に指を指される。集中しろってことだろう。それはもっともだ。
俺は頭の中から酒飲み共を追い出して目線を戻す。柵の向こう、入り口を超えた舞台の中には既に人が居た。言うまでもなくスーメイクだ。右手に握った木斧を肩に担ぎ、左腕には丸盾を括ってある。どちらもギルドの貸し出し品だった。ただ、その体には頑丈そうな胴当てや脛当てを身に着けている。酒場の時から装備していた物だ。どうやら外す気はないらしい。
『武器や盾は
とかボムさんが言っていたっけか。どっちだろうと一発ぶち込んでやる。と答えたのは俺なので文句はない……転生特典で何とかなるだろ、と思っているのは内緒である。《防御完全無視》なら名前からして防具くらいぶち抜ける筈。多分。恐らく。
「……やれっかなぁ?」
心中に燻ぶった不安は無視して、俺は舞台の中央へと進んでいく。靴の裏で擦れる地面の感触は、妙に胸騒ぎを掻き立てた。
あぁそうだ。一応俺の装備も確認しておこうか。とはいえ、武器選びの時から大きく変わることもないのだが。
まず一つは右手のバトルナイフ。
次に左手。投げナイフ。こっちも木製の借り物。バトルナイフと比べると、四分の一程度の長さしかない。細長くて軽いので、上手く投げないと威力は出ない。サブ武器。
身を守るための盾は持ってないが、肩から臍上までを隠すマントを羽織っている。胴回りには投げナイフ入れ。左右でそれぞれ三と四本だ。手持ちと合わせて計八本。
手の内で大きさの違うナイフを弄びながら。ザリ、と音を鳴らして足を止める。目線を上げればこちらを見下ろすスーメイク。睨め下してくる視線は、酒場の時から変わらない。ただただ、叩き潰してやるという意思のみが俺を貫いている。
「逃げなかったらしいな小僧。最後のチャンスだったてぇのによ」
「こっちのセリフだスーメイク。鼻血垂らしてもお着替えの時間はないぞ?」
舞台の中央で互いに睨み合って、前哨戦とばかりに舌戦を交わした。スーメイクの指がきつく斧の柄に巻き付いていく。俺の手の内で揺れていたナイフが、手首と一緒に固定される。どちらというでもなく、目線が一瞬だけ舞台の外の一点を見る。視線の先には今回の
俺とスーメイク、そしてボムさんの目線がカチ合う。
「はぁ……
ボムさんが片手を宙に持ち上げて口を開き、次の宣言と同時に腕を振り下ろす。
「試験かい―――」
―――開始の宣言より先。ボムさんの腕が下りきる前に、俺は体を舞台の中央から飛び退かせた。
ブオッと、前髪を掠めて空気が裂かれる音が鳴る。次いで、バゴンと、硬い何かが割れる音。
着地後すぐに、俺は半身で構えて前を見る。先ほどまで俺の立っていた場所に、木製の斧が突き立っている。
「……ちっ、避けるか」
ソレを起こした張本人。スーメイクはそう言いながら降りぬいた右手の斧を持ち上げる。その目に苛立ちの様子は見えない。
「はっ、バレバレなんだよ。やるならもっと上手くやれや」
俺はそう言いながらも、自分の肌が委縮していくのを感じていた。つまりはスーメイクの先制攻撃は、ただの様子見だったらしい。
成程、これが。
数歩先の地面には、浅く穴が開いていた。頭では理解していたつもりだった、現役の
舌がのどに突っかかる。産毛が首から足の先まで総毛立つ。恐怖が俺の全身を締め付けて、足を地面に縫い付けようとする。死の予感が首筋を舐める。
「……だから、どうした」
ぼそりと呟き、踵を浮かせた。小さく息を吐きだした。
「あぁ?何か……言ったかよ!」
弱々しい声を好機と見たスーメイクは、その肉体をまっすぐに俺のほうへと突貫させる。右手の斧を頭上に掲げ、丸太の足で地面を蹴り、土の煙を巻き上げる。
「ぶち折れろや!!」
速度を伴い振り下ろされる斧の一撃。迫りくる体躯はさながら暴走車だ。
だからどうした。死の経験も、暴走車に轢かれた経験も。すでに俺は知っている!
足から腰、腰から肩。俺は体をバネの様に屈伸させ、自らを轢き潰さんとするその巨体に対し、全速力でその左脇へと突っ込んだ。
肩で空気を裂きながら、すれ違うようにスーメイクの後方へ。すぐさま体を反転させて、俺は右手のナイフの峰を左の肩へ水平に添わせる。
「!、ちょこまかと!」
まさか脇をすり抜けるとは思わなかったのだろう。スーメイクはたたらを踏んでこちらを振り向いた。その時、やつの足は完全に止まり、俺は既に構えを終えている。
「まず一発!!」
俺は叫びながら飛び込んで、ナイフを足の止まったスーメイクの顔面へと降り抜いた。先ほどの先制攻撃の意趣返しのように、絶対に入ると、そう確信を持てる一撃だ。
一撃だった。
「なっ……!?」
水平方向、顎の先を狙った完璧な一刀は、しかしスーメイクの左掌につかみ取られた。
そして形勢は逆転する。俺の体はいまだ空中。対するスーメイクは、大きく。大きく右足を引き絞った。
「痛っ……てえなぁ!クソがぁ!!」
「ぐぅっ!?」
スーメイクの声を合図に、弧を描いた爪先が俺の腹部へ向かって振り上げられた。
ベキッと、硬いものが折れる音が舞台に響く。
踏ん張ることすらできない空中で、まともな防御は殆ど取れなかった。エネルギーは完璧に俺の体へと乗り移り、俺は風に煽られたフリスビーのように回転しながら吹き飛ばされた。
背中から地面へと着地して、なおも止まらず俺の体は地面を転がる。肺から空気が逃げ出して、えずくような声が漏れる。
「が……っぁ……」
痛い。痛い。痛い。
逃げ出した空気を求めて肺が膨らむ。それに合わせて体中が熱を持つ。
違うだろ。体中じゃない……痛いのは着地でぶつけた肩と背中と脇腹だ。辛うじてだが、防御は機能したらしい。
自分の状態を確かめて、俺は左手の中身を握りこむ。
「ははっ、どうした?骨でも折れたか?」
「……れて……ねぇ、よ!」
下卑た笑い声をあげながら、スーメイクの声がこちらへ近づいてくる。俺は右手で体を持ち上げて。声の不へ向かって無理くり左腕を振りぬき、飛ばす。砕けて柄だけになった元投げナイフは、ふん、というスーメイクの鼻息と共に、ろくな音も立てずに左腕の盾で打ち払われる。
這い蹲って睨み付けても、当然スーメイクの足は竦まない。むしろ俺の抵抗に気を良くしたらしい。その目は細く尖って弦を書き、引き伸ばされた口端を赤い舌が湿らせた。
心の中で悪態を吐くが、無意味な時間は俺の敵だ。少しだけマシになった呼吸に頼って立ち上がり、俺は右のナイフを逆手に持ち直す。空いた左手には、懐の予備ナイフを取り出させた。
「ずいぶん汚れたな……小僧!」
「うっせぇんだよ」
俺が構えるのを見届けて、ようやくスーメイクは間合いを詰めてくる。斧は頭上ではなく盾に沿わせてこちらを狙う。二の轍は踏まないという事だろう。とはいえ俺にしたって同じ事の繰り返しではまた痛みと共に空を舞うだけ。まさしく二の舞だなぁ!ガハハ!
無理やり笑ってスーメイクに向かって足を動かす。流石に先ほどのような、勢い任せは狙えない、とはいえやれる事はある。
「馬鹿の一つ覚えが!!」
コンパクトに振られる斧、右から左へ、やや水平軌道は俺の首を刈る動き。早いな、早い。とはいえ……まっすぐ過ぎるよなぁ!
俺は膝から重心を深く落として斧を避ける。そして沈んだ体を踵で跳ね上げながら反動も利用して左回転。右のナイフが相手の首元を撫でるように振り上げた。このまま当たれば気道直撃!避けるにしても大きく体勢を崩せる!
小中高と五年間。玉遊びしてきてんだよこっちは!懐に入るも避けるもやりなれてんだわ……!
俺はそうやって自身の経験をフルに使い、スーメイクの喉元まで入り込んで見せた。
「狙いが単調だなぁ小僧……オラ!」
しかし、経験なんてモノは、俺だけの専売特許じあゃない。
当然、それは相手も同じこと。むしろ普段は魔物なんかを相手に、命のやり取りをしているのが
「っ!」
俺は片足を後ろへ滑らせ体勢を低くし、何とかそれを避けることに成功する。残した前足で地面をけって、再びスーメイクと数歩分の距離をとった。追撃対策に全力で投げナイフを投げつけるが、奴が少し左にずれるだけでナイフは標的を失ってしまう。そのままナイフは盾の淵を掠めて、まっすぐ直進して壁にぶつかり地に落ちた。
「ちっ……気持ちの悪い動きしやがる……」
スーメイクは不機嫌そうに言っているが、文句を零したいのは俺のほうだ。投げたナイフも、さっきの一撃もその前も、俺としては会心の一撃だった。それをいとも簡単に、さらりと掴んで躱していなしやがる。
しかもそんな俺に対するスーメイクの攻撃は、一撃一撃が重すぎる。体重・身長の差もあるのだろうが、一つの動作で俺よりも大きく、的確に動いてくる。
おかげでこちらは大げさに避ける必要があって、素早い反撃が難しい。だというのに、向こうはまさしく首の皮一枚程度の最小限の動きで躱してくる。今は何とか俺のスピードが勝っているが、このまま続けば先に潰れるのは俺だろう。
頭ではそう考えながら、俺はスーメイクの周囲を足を止めずに旋回していた。何度か斧や足蹴の攻撃を誘い、左右のナイフで反撃を狙ってはいるものの、手首や足首を、軽く叩くか撫でるか程度で止まってしまう。
一度背後をとってから投げたナイフも、慣性投げだったのもあるだろうが、振り返っての肘打ちで叩き落された。固めた筋肉の防御力が高すぎて、ジャブやスピード任せの軽い一撃じゃ意味がない。
というか、スーメイクもそれをわかっているらしい。走って俺を追うのではなく歩きながら距離を詰め、俺が動くとそれに合わせて攻撃を仕掛けてくる。体重を乗せた一撃はひらりと躱され、軽い接触は無視するようになっている。
そのうえ……。
「おらぁ!」
「っぶね!?」
「ちっ、外したか……」
段々と、走り回る俺への攻撃が正確になってきている。今のは危なかった、肩にかすった。マントがなければ滑らず擦れてたかもしれん。
俺は苦い顔で距離をとる。今のところは膠着状態に持ち込めてはいるものの、このままいけば俺の体力が尽きて終わる。勝ちの目はまだ余力のある今しかない。
だがどうする?頼みの綱の
しかし、いったいどうやって?
「何を油断してやがるんだぁ?小僧……!!」
「っ……してねぇよ!」
そんな思考を回す余裕も、今の時点では満足にない。少し緩んだ足を見れば、スーメイクはここぞとばかりに俺へ向けて攻撃を仕掛けてくる。振るわれた斧を屈んで回避して、追撃の蹴撃は地面に胴を転がして何とか避ける。
ただ転がるだけでは次の足に踏みつぶされる。俺は腕と背筋で地面を押し飛ばして、スーメイクの足元から距離をとった。
はっはっと、短く呼吸を切りつつ動き回る。ニヤついた笑みのスーメイクは、またも俺へ向けて歩いて距離を詰めてくる。脳に酸素が足りない。少しでも時間を稼がなければ。
俺の頭は短絡的に、相手の足を止めなければとそう考えて、投げナイフをスーメイクへ向けて投げつけた。
そのナイフは左手に容易く受け止められる。しかしなぜかスーメイクは数秒間、受け止めたナイフを見て足を止めてしまった。いや、都合が良い。今のうちに早く作戦を―――
「おい小僧。お前に手本を見せてやるよ!!」
スーメイクはそういうが早いか、手元のナイフを片手に握りなおしたかと思うと―――俺に向けて投げつけた。
「!!!?」
俺に向かって、ものすごい速さでナイフが飛んでくる。おそらく狙いは顔から胸。それはわかる。
しかしこれは無理だ。避けきれない。俺が投げたナイフなんかとは、比べ物にならない速度。
バッティングセンターの最大速度を、優に二回りは超えていると、過去の経験が判断している。
当たれば最悪失神する。躱すことは間に合わない。受ける、しかない。
引き延ばされた思考が、瞬時に対応を選択する。俺は逆手持ちしたナイフの腹を盾として構えて持ち上げる。左手は握ったナイフの腹に添わせるように指を当てる。
構えが終わってコンマ一秒。甲高い音と共に、両の手に痺れるような衝撃が走る。成功した。ひたすらに運任せではあったものの、確かに俺はナイフを防いだ。
飛来物を見事に防御し、迎え撃った。
しかし、見方を変えればそれは、防御のために足を止めたとも言える。
そして、弱い方が足を止めたということは。
強い方に、追いつかれるということである。
「投げモノってのは、こう使う!!」
すぐ近くから、スーメイクの声が聞こえる。
気づいた時にはもう遅い。
足の止まった俺の前に、振り上げられた斧が迫った。