転生特典《防御完全無視》で異世界を生きる~冒険者組合の直属冒険者です。二つ名が【人狩者】になりました~   作:KNa\

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10勝負は賭け事、勝利は砂味

 

 

 

走馬灯、というものがある。

 

人生の岐路、生死の狭間。極度の恐怖、底のない絶望。そういった人が一人で抱えきれない感情、あるいは現象を一息に浴びるとき、人は走馬灯を見るという。

 

そして一説によれば走馬灯というのは、自身の持ちうる人生という記憶の中から、現状を打破、あるいは解決するための超速思考であるとの説がある。この時脳内に流れる情報量は光速を超えているとさえ言われているとか、いないとか。

 

 

『くもいないぃぃ!』『数学とかいつ使うんだよ』『膝を抜いて重心移動で踏み込む』『昨日のアレなに?』『冒険者(ハンター)ってどんなことしてんの?』『合宿得点王はもらったぁ!』『おい焼いてた肉取んな!』『俺が悪いってのか?』『死んだらこうなるんかぁ』『かっこい~!』『股関節ヒンジ?ふーん?』『ありがとう、いつも』『やっぱダメかぁ、新人じゃあ』『ぶーぶ?くぅま?』『投擲武器ってのは、相手をコントロールする為にある』『お前が一番早い』『説明とか無い感じですかカミサマ?』『決勝勝つぞぁ!』『勝てよ、お前らが!』『それかーしーてー?』『ベッドの間、ベッドウィーン』『得物が模擬武器じゃなきゃ、あったかもな』『ん?そう、今日試合あるよ』『頼りにしてるぞ』『異世界飯が美味い』『俺が副っすか?』『タッパが足りんなら無理くり打つしかないだろ』『気持ち悪い動きしやがる』『お前体幹どうなってんの?』『行ってらっしゃい、気を付けて』『ほいほい、行ってきまーす』

 

 

記憶の波。過去の声。忘れた授業。懐かしい匂い。言い合いの喧嘩。幼少期の泣き言までも。脳内の記憶は津波のように、寄せては消えて、掘り起こされては流れていく。

 

走馬灯って時系列関係ないんだなぁと、そんな感想の中でどうも。俺だ。出稲(いずな)宇井(うい)だ。挨拶している場合ではないのは百も承知なんだけども、加速しまくった思考が無駄な余白を生み出している。走馬灯を見るのは初めての経験なので、活用方法とか知らんのよな。元の世界では見る間もなく死んだから。

 

走馬灯のロードショーの効果なのか、何年分もの記憶を見送ったにもかかわらず、迫りくる斧の一撃は未だ俺には届いていない。

 

しかしそれは余裕があるというわけでもない。迫る斧と同じように、俺の体もまた鈍い。というか時間全部が引き延ばされてる感じだ。しかしその中で、思考だけは走馬灯と変わらぬ速度で動き続けている。

 

防御しろ、回避しろ、対処しろ、打倒しろ。一秒を一分間に引き延ばしているような感覚の中では、加速した思考の命令は早すぎる。手足が一つ動き始める前に次の命令が飛んできて、結果として何も出来ずに俺の体は固まっている。焦れるようにまた思考は回り、頭の中では声が躍る。

 

 

防御する?不可能だ。斧の一撃を受け止めるには俺の体が足りない。バトルナイフを盾に両手で受けても、そのまま地面に叩きつけられるだろう。よしんば堪え切れたとしても、次の瞬間に左腕か前蹴りが俺の胴を二つに折るだろう。さっき蹴りを受けて無事だったのは、空中で、かつナイフで防御したからだ。降り落ちる斧を受け止めれば、どちらの要素も残らない。まともに受ければそこで終わり。

 

回避しろ?あとが無い。成程、全身全霊で左右どちらかに体を捻れば、斧の一撃は躱せるだろう。しかしそれでおしまいだ。防御した時と変わらない。左腕の盾撃か、速度の乗った杭打ち蹴りが俺の顔か腹へ穴を穿つ。それなら後ろに?馬鹿を言え、そんなものスーメイクがもう一歩踏み込んだだけで斧の射程だ。地面に転がり避けようとしても、杭打ちが地均しへ変わるだけ。赤い水が撒かれるのが、中空か地面かで変わるだけだ。

 

対処?打倒?どうやって?今や俺の体は完全停止。せめて動いていれば速度に乗せて一瞬の拮抗を作れたろうが、俺の腕力と体重じゃあスーメイクの斧を刹那止めることもかなわない。当たればそのまま折れて終わりだ。一か八かすり抜けるのも不可。初速こそ出せなくはないが、俺の動きはあくまでスポーツの延長。最初こそ惑わせられたが、俺の動きや速度に慣れてきていたスーメイクは多少の動きじゃ対応してくるだろう。

 

 

まぁなんだ。つまりは詰みだ。

 

 

加速し続ける思考は、すとんと諦めるような結論を出そうとして……。

 

 

本当に?

 

 

そこに、疑問が投げかけられた。

 

 

本当だ。そうに決まっている。

 

それなら、なぜ思考を止めない?

 

止めないんじゃない。勝手に脳が暴走しているだけだ。

 

ならなぜ降参を叫ばない?

 

無理だろこの距離じゃ。降参のコウの字を発音できるかどうかだ。

 

いいや、違うね。そんな理由じゃない。

 

何が違う?詰みだろうこれは。誰がどう見たって俺の負け。試験は終了だ。

 

試験がどうじゃない。というか俺の目的は合格じゃないだろ。

 

じゃあなんだ?

 

思い出せよ、なんで俺は啖呵を切った?格上相手に喧嘩を売った?

 

なんでって、それは。

 

転生特典は不発だったな?なのに、今まで降参しなかった理由はなんだ?

 

……それは、俺が。

 

覚えてるだろ。最初に決めた目的くらい。

 

 

思考が重なる。目的を思い出す。そうだった、俺は。

 

 

……俺はまだ、あいつに一発ぶち込めてない。

 

 

 

 

頭を流れる走馬灯が薄れて行く。現状を打破する手段も、解決する方法も見つかっていない。

 

けれど、あった。自問と自答の中で掴み取った。

 

 

 

 

俺はスーメイクが嫌いだ。

 

俺を馬鹿にしたことも。レインやアイナさんやギーツさんを馬鹿にしたことも。お遊び感覚で甚振ってきたのも。俺より強くて賢いのも。歪んだ性根のくせに技術はあるのも。言われた通りに手本に最適だったのも。

 

嫌いだ。大嫌いだ。たとえ何か事情があったとしても、今の俺はスーメイクが嫌いだ。

 

 

 

 

一発。一発でいい。ぶち込んでやる。そう決めていた。だから担当を変えらえると言われても、スーメイク以外に試験官を任せる気はなかった。

 

 

 

 

走馬灯が消えた中でも、思考は変わらず回転している。頭の中でルートを探す。スーメイクの斧が迫っている。左足は地面を踏みしめ、加速する右足が前に出てきている。

 

防御は不可。脇へすり抜ける回避はほぼ無理。背後に転がるのは論外。完全な無傷は不可能と判断。

 

次、予測される攻撃は?

 

斧は対処不可。回避一択。追撃はどうか?盾は左腕。つまり俺から見て右側にある。右へ避けた場合高確率でそっちの腕が振られる。逆の左は?その場合はスーメイクの右蹴撃が来る。おそらく前蹴り。左右の地面へ転がる場合は?踏みつけ、ないしは斧の軌道を曲げてくると予想。危険すぎるので却下。

 

つまり「左右どちらかへ回避」が俺の取れる選択肢だ。そこからどうする?

 

……左、つまり足蹴りの方だな。腕で繰り出される盾は軌道が予測しづら過ぎる。蹴り上げで固定されてる右足狙いだ。今から投げナイフを取り出すのは間に合わないし、危険を冒す割に合わない。バトルナイフを使って、俺の全体重を使ってぶち当たる。

 

足への攻撃でスーメイクに痛打が入れば最良。拮抗して俺のダメージが抑えられれば次善。最悪は完ぺきに力負けしてどっか折れる事か。

 

 

ま、これが今とれる手段だろうな。最善ではない。むしろ攻撃を誘って自分から当たりに行くわけだからな。レインが聞いたら「底抜けのアホかお前?」って言われそうだ。自分でもバカやってる自覚はある。

 

でもこれが一番俺の目的に近いんだよ。観客席で見届けてくれ。

 

加速している心中で腹は決まって覚悟は済んだ。走馬灯の思考加速って便利ね。

 

腕一本分はあった斧との距離は、もう肘から手首の距離まで縮んでいる。これ以上悩む猶予は無かったな。

 

右手のナイフは逆手のまま、左手をその手首へ重ねるように握る。両足は踵を浮かして重心を臍へ。動きを固定した股関節で体を加速。腰、肩、首を順に捻れば、スーメイクの斧が拳一つ分横を掠めた。

 

回避は成功。そして次の予想も大当たり。スーメイクの右足は俺へ向けて振り上げられている。しかし予測を外れたのはその速度。

 

言えば当たり前だが、最初に受けた蹴りはその場での前蹴り。しかし今は踏み込みによる加速が乗っている。軌道にナイフは合わせられるだろうが、威力はおそらく数段上だ……からどうした。

 

俺もスーメイクも既に攻撃に動いている。後戻りは出来ないし、する気もない。もとより不利は承知の上で、一撃を見舞うと決めたのだ。今更竦むような事は無い。

 

スーメイクの蹴撃へ向けて、俺の全霊を込めたナイフが奔る。

 

ヅォガッ!!と強かに。硬い骨と、堅い木の刃がぶつかる音がする。

 

 

「がぁっ!?」「ぐぅっ!!」

 

 

二種類の声が舞台に響いたコンマ数秒後、俺の体は弾かれ、地面を滑る。

 

競り負けた!一瞬の拮抗ののちに、俺の全霊はスーメイクの右足一本に転がされた。

 

しかし口惜しさに歯噛みする余裕などない。口の中に入った砂粒を噛み砕きながら、俺は急いで体勢を整えてスーメイクへと向き直り……内心でハテナを浮かべてしまった。

 

なぜか?それは俺の全力を蹴り飛ばして見せたスーメイクが、こちらへ向かって来ていなかったからだ。今までならニヤ付きながら追撃をしてきたはずのスーメイクは、浮かべていた嘲笑を消し去って俺を睨みつけていた。

 

どうしたことだろうか。俺は距離を取り、息を整えながら観察する。そして気づいた。スーメイクの右足。そこにあった脛当てが、半ばから砕けて落ちている。

 

 

「追撃が来ないと思ったら、反撃は成功してたらしいな?」

 

「……何をしやがった」

 

 

俺はゆっくり移動しながら少し煽ってみるが、スーメイクは足を止めたままだ。帰ってきたのは言葉だけ。体の向きだけを変えて俺を見ている。どうやら窮鼠の噛みついた弁慶の泣き所は、流石の灰石級(ストーン)冒険者(ハンター)でも弱点だっ……まて。何かおかしい。

 

緩んだ思考に待ったをかける。そうだ。おかしい。

 

俺は確かに、スーメイクの脛を狙った。上手く当てれば動きが鈍るという考えがあって、全力で狙いはしたのだ。

 

しかし、だからと言って。

 

俺の一撃に、防具(すねあて)を破壊する威力があっただろうか?

 

いや、無い。というよりも、あの脛当てはいつ壊れた?俺のナイフの一撃は、確かに最初から脛に当たった感触があった。脛当てを破壊した手応えは、欠片も存在していない……なら攻撃が当たる前に、たまたま偶然劣化が来たのか?

 

それも無い。いくらスーメイクが粗暴といえど、命を預ける防具を蔑ろにするはずない……頭の中に、一つだけ心当たりが思い浮かんだ。俺は改めてスーメイクを観察する。

 

スーメイクは左手の盾を前に半身で構えて俺を見ている。脛当ての残る左足が前だ……そこでスーメイクの盾に違和感を感じて、じっと見つめてようやく気付いた。

 

盾の縁が、少しだけ欠けている。

 

 

「ハハ……なるほど、効果自体は最初から……」

 

 

《防御完全無視》の効果を少しだけ理解した俺は、笑ってそう呟いた。その様子を見て、スーメイクが不機嫌そうに舌打ちをする。

 

何をお前が、俺の方だぞ舌打ちしたいの。

 

あぁ、くそ。もっと早く気づいてればこんなボロボロにならなかったろうに。笑みは崩さぬまま、俺は心中で文句を吐いた。コンディションは最悪だ。蹴られ、飛ばされ、転がり、ぶつかった。体は全身擦り傷まみれで、腹部には紫の痣が浮いているだろう。

 

こちらの攻撃は毛ほども効果が無いのに、相手の一撃はすべて痛打。だから止まらず走って避けて、走って攻撃をし続けていたのだ。急制動の繰り返しで肺と心臓が限界だ。本気で動けるのは、せいぜいあと数回程度か。

 

動けないということは、俺の敗北を意味する。ここから戦闘が続くようなら勝ち目は無かった。

 

先程までは。

 

期せずして、手元にあった《防御完全無視(ジョーカー)》の使い方が分かった

 

……うまくすれば目はある。とはいえ、しかし。

 

 

「分が悪い賭けだなぁマジで」

 

 

俺はそう言いつつ、右手のナイフを順手に握り直し、懐に左手を入れる。取り出すのは当然、投げナイフ……ただし俺はソレを三本、指の間に挟んで取り出した。スーメイクからよく見えるように、出来うる限りのニヤケ顔で。

 

 

「……何のつもりだ小僧」

 

 

警戒するスーメイクは俺へ向けてそう言った。構えがさらに堅牢になり、付け入るスキが消えていく。

 

それでいい。

 

俺は内心ほっとしながら表情は崩さずに口を開く。これから先の、部の悪い賭けを成功させる為に。

 

 

「何って、負け方くらいは教えてやろうと思ってな。そっちも嫌だろ?何もわからないまま負けるのは」

 

「言うじゃねえか、無様に逃げ回ってた小僧が……さっきの攻撃(マグレ)で気が大きくなったか?」

 

「そっちが言う?ただの一撃(マグレ)で、亀みたいに足止めてるのにぃ?」

 

「誰がわざわざ近くを飛ぶ羽虫を捕まるのに走るかよ」

 

 

俺とスーメイクは煽り合う。ゆっくり歩く俺と、構えを崩さないスーメイク。おそらくスーメイクは、俺の全力の威力を誤解してくれている。だから自分の得意な形で待っているのだろう……正直助かるわ、動き回られるとやりづらいからな。

 

俺は気にしない風を装いながら、スーメイクと舞台の中央を挟む位置で立ち止まる。スーメイクとの距離は大体十歩半くらいか。

 

 

「ま、聞く聞かないは任せるけど……教えておくか。俺の武器は、知っての通りバトルナイフと投げナイフだ。そんで、バトルナイフはこの一本。投げナイフはこうやって指で持てるギリギリの本数が残り残弾だ」

 

「……」

 

「清聴さんきゅー……んで、予告だ。スーメイク。俺は持ってるナイフを全部使って。お前の顔面をぶっ飛ばす。だから精々ようく守れよ?無様に負けるのが嫌ならな!」

 

 

警戒したままのスーメイクに啖呵を切って、俺は全力で二つの賭けにベットする。チップは俺の体だ。防御は考えない。外せばそのまま……いいや。このまま俺はスーメイクをぶっ飛ばす!!

 

俺は弱気を振り払って、左のナイフを一本スーメイクへと投げつけた。

 

 

「何をするかと思えば!」

 

 

飛ばしたナイフは、いとも簡単に盾によって碌な音も立てず打ち払われる。それを見届ける少し前に、俺はバトルナイフの峰を口に加え、左の投げナイフを一本、右手に移す。

 

姿勢を低くした俺はフゥッ!と息を吐きだしながら、スーメイクへ向かって走り出し、左のナイフを右腕へ向かって投擲。間合いはあと八歩分。

 

スーメイクは足を止めたまま、右腕を動かしてナイフを避けようとする。それと同時に俺は右のナイフをスーメイクの左足へ向かって投げつける。こちらは全力で。

 

 

全力で投げたナイフは、先に投げたナイフの少し後に続く。さらに身を低く。左腕を胸元に畳んで足を飛ばす。

 

あと六歩。

 

 

「……ちぃっ!何の真似だ小僧!」

 

 

ここが一つ目の賭けだった。スーメイクがナイフを両方避けてしまえば俺の負けだった。

 

しかし、通った!スーメイクは今まで全く効果のなかった投げナイフより、近づいてくる俺を警戒してくれた。右腕は斧を振り上げ構える動作でナイフを避けられたが、足狙いのナイフは無視したらしい……足元へ向かって飛んだナイフは、スーメイクのつま先へと着弾する。

 

 

「っ!?」

 

 

スーメイクは俺へ向けた目線を一瞬だけ外す。それはそうだ。予想もしていなかったろうからな。足を保護する頑丈な靴を、木製のナイフが貫通するなんてことは。

 

そのスキをついて、俺はバトルナイフを口から右手に握りなおし……左手に取り出した最後の一本の投げナイフを、スーメイクの顔の高さへポーンと投げ上げた。できる限り縦回転するように。

 

あと二歩半。

 

 

「ぬ、うっ!!」

 

 

 

スーメイクは冒険者(ハンター)だ。それも経験豊富なベテランである。だから今までの戦闘の情報を、それはもうシビアに整理していただろう。俺以上に俺の戦闘力を正確に評価していたと思う。

 

力が入ったバトルナイフの一撃は避けていた。掴み取られた一発目で、俺の攻撃力は測られてたんだろう。だから撫でる程度の攻撃は無視していた。

 

投げナイフもそう。本気で投げた方は避けていたが、威力のない手投げは盾で弾くか無視していた。つまりは見極めが上手く、動きに余裕があった。余裕があるから回避が最低限だったし、どうでもいい攻撃は無視か盾で対処していた。

 

今思うとイラっとするな?俺は本気で走り回って避けて仕掛けて転がってたってのによお!

 

間合い、あと一歩。

 

 

「ふん!」

 

 

スーメイクは、この最後の一本(投げナイフ)を無視できない。脅威の可能性を排除できないからだ。

 

カンッ!と甲高い音を鳴らし、スーメイクの盾が回転していたナイフを弾き飛ばした。その音を合図に俺は進行方向を右へ捩り、スーメイクの斜め前へ本気で踏み込む。

 

流れそうになる体を気合で堪えて、右肘をわき腹を擦りながら引き絞る。歯を食いしばりながら肺から空気を引き出すと、シィィィ!と呼吸の削れる音が鳴る。速度は落とさない。流れる力の向きを全身で以って制御。着地に使った前足の筋骨を軋ませて、前傾させた体を持ち上げる。腹と腰と股関節をフルに使って、追いつかないはずの後ろ踵を、無理やり地面へ打ち付けた。

 

狙う先を睨みつけると、自然とスーメイクと目が合った。憎らしそうに俺を睨む。もっと喜べよ、お前のお手本通りだろう?対処させて、動きを狭めて、間合いを潰して一撃を狙う。

 

スーメイクの足は止まっている。俺は斧とは逆方向。近くにあるのは振るった盾だけ。俺の加速と構えは終わっていて、すで間合いは無い。そして格下(おれ)相手じゃ、走馬灯なんて見えないだろう?だからお前の行動は決まっている。

 

 

「来てみろッ!小僧がぁ!!」

 

 

スーメイクは声を張り上げて、打ち払った盾を構えて見せた。そうだよな、お前ならそれが出来るだろう。お前の技量なら、お前の筋力なら、お前の判断力なら、俺との間に盾を持ってこれるだろう……そう信じてたぜスーメイク!!

 

 

「――――ッ!!」

 

 

声は出ない、口は開かないままに俺は吠える。酸素を求めて肺と横隔膜が痙攣する。赤血球にわずかに残る燃料をも燃やしながら、血管の巡る体の部位が熱を上げる。張り詰めた筋肉が悲鳴を上げる。もう限界だと体が叫ぶ。

 

甘ったれずに付いて来い!これが最後の大博打だ!

 

スーメイクは盾を持ち上げていく。目線で狙いに気付いている。斜めの構えは滑らせるつもりなのだろう、スーメイクの顎へと目掛けたこの一撃を。

 

俺は右腕を解き放つ。溜めた足を推進力に、打ち付けた踵はストッパーに使って前へ!

 

そうしてバトルナイフの切っ先は、ただまっすぐに伸びていく。

 

 

 

間合い、残りゼロ歩。

 

 

 

盾をナイフが   、と抜けた。文字通り音もなく。守るために引き上げられた丸盾を、鋭さのない木の塊が割り抜いた。

 

 

ドグッ!!

 

 

と、鈍い音と衝撃が右手の先で鳴った。

 

目的の達成を確信した俺は、俺は体から力が抜けて倒れそうになるのを、どうにか堪えた。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァ……」

 

 

無理に動かしていた酸欠の体が、酸素とクールダウンを求めて短い呼吸を繰り返す。頭では深く呼吸をするべきだと分かっているが、今まで体の訴えを無視していた俺の意思は通らない。結果として酸欠も高熱も解消しない呼吸が繰り返される。茹った脳では、痛みも苦痛も感じにくいのは不幸中の幸いか。

 

とはいえ体は怠くて、濡れた服は気持ち悪くて、五感には白い靄がかかったようだ。前の世界でインフルエンザに二種類同時に罹った時だって、ここまでフラフラにはならなかった。本当の意味で限界だったな。マジで。

 

 

「マジ、で……疲れた……」

 

 

口からポロリと言葉が零れる。自分でも何を言っているのかわからないが、今のコンディションじゃあ考えて喋っていないことは確かだろう。じりじりと耳が痛い。脳みそから焼け焦げたような音が鳴っている。

 

右手のナイフは、どうやら落としていたらしい。両腕を突っ張り棒にしながら、ようやく俺は立っている。膝がガクガク笑っていて、乗せられた指先は冷たくなって感覚が無い。重たい頭が、二日目の風船みたいに項垂れていく。頭の大半は眠りたいで埋まってそうだ。

 

だけど、それだけじゃないよな。

 

 

「でも……ギリ、勝っ……たぞ」

 

 

俺は重く痺れる頭を、力を振り絞って持ち上げる。目線の先には一人の男。もちろんスーメイクだ。奴が地面に倒れ伏している。あーあー、顎が真っ赤……通り越して若干紫だ。ま、手加減なんて出来ないし、する気もなかったが。一応ナイフは木製だったし骨は割れてないだろう。多分。

 

勝った。俺はスーメイクに勝ったはずだ。勝ちの目なんて針の孔だったが、数歩先の光景がその証明だろう。

 

俺の体に満ちてる喜色(ねつ)達成感(ふるえ)は、肉体疲労と活動限界以外の要因だってあるはずだ。

 

 

「……あ、ヤバ」

 

 

ふと漏れた声と同じ速度で、俺の体が地面へと落ちていく。砂と土が舌と肌に張り付いて、気力と一緒に溶けていく。仕方のないことだ。だって本当に限界だったし。

 

茹る思考と火照る体が、ベッド代わりの地面に吸い込まれる。勝利(すな)の味を味わいながら、じわじわと抜けていく力と意識の隅っこで……あったかい風呂が恋しいなぁ。と。

 

精と魂の尽きたる俺は、そんなことを思って眠りについた。

 

 

 

 

 

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