人理低俗保障機関フィニス・カルデア   作:パワーワード大好きおじさん

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ちょっとロマニをいじめたくなったので、そのための設定です。
あまり深く考えないでください。


01. プロローグ

人理継続保障機関・カルデア、その心臓部である中央管制室。

シバが映し出す青い地球のホログラムが、唐突に激しく明滅を始めた。

 

「――っ、シバに異常ノイズ! 擬似展開・局所領域に未知のバイナリが混入しています!」

 

オペレーターの悲鳴に近い報告が、静まり返っていた室内に突き刺さる。

計器類が狂ったように針を振らせ、コンソールの至る所から、本来あり得ないはずの電子音が噴出した。それは警告音ではなく、どこか気の抜けた、リズム感のある旋律に近い。

 

メインモニターの映像が、ノイズと共に激しく歪む。

本来なら存在しないはずの「色」が、真空を這う粘菌のように画面の端から侵食を始めた。

それは魔術回路を通じ、物理的な実体を伴って、管制室の中央へと溢れ出す。

 

パチパチと、静電気のような火花が空中で弾けた。

光の粒子が収束し、不定形の、だがどこか愛嬌を感じさせる輪郭が形作られていく。

物理法則を無視した色彩をまとうその存在は、カルデアの強固な防壁を、まるでお茶会にでも招かれたかのような軽やかさで通り抜けていた。

 

「…………」

 

その場にいた全員が息を呑み、迎撃態勢すら取れずに硬直する。

異世界の来訪者は、シバのホログラム装置の基部にぺたりと張り付くようにして、その一部を自身の体組織――あるいは概念――と融合させた。

 

やがて、スピーカーから発せられたのは、厳粛な宣戦布告でも、深淵の呪詛でもなかった。

 

『……お、い、すー……?』

 

合成されたような、だが妙に明るい合成音声が管制室に響く。

来訪者は、自身の形態を落ち着かせようとしているのか、ぷるぷると震えながら言葉を継いだ。

 

『コ、ニ、チ、ハ。モウカリマッカ……?』

 

カルデアのデータベースを読み取った結果なのか、それともどこか遠い異界の挨拶を真似ているのか。

言語の選択は致命的に噛み合っていないが、そこから発せられる波動には、敵意というものが微塵も混じっていない。

むしろ、新しい玩具を見つけた子供のような、無邪気で過剰な親愛の情が、物理的な熱量となって室内の温度をわずかに上昇させていた。

 

存在は、融合したシステムの一部をピコピコと点滅させ、こちらの反応を待つようにして、その「顔」らしき部分を傾けた。

 

 

「――は?」

 

コントロールパネルの前に立ち尽くしたロマニ・アーキマンの口から、情けないほど間の抜けた声が漏れた。

コーヒーカップを握りしめた指先が、小刻みに震えている。

目の前のメインモニターには、人理定礎の数値でも特異点の警告でもなく、極彩色に明滅する「おいすー」の四文字が、あろうことかカルデアの最高機密である守護英霊召喚システムの直上に躍っていた。

 

「ちょっと、待って……。今の、何? 召喚陣のプロトコルを書き換えた? 外部からのハッキング……いや、物理的な侵食だ。魔力パスが……勝手につながってる!?」

 

ロマニの背後で、レオナルド・ダ・ヴィンチが眉をひそめ、同時にその瞳に隠しきれない好奇心の光を宿した。

彼女は手にしたスタッフを軽く回し、空中に展開された複数のサブモニターを高速でスワイプしていく。

 

「面白いね。カルデアの防壁を紙切れのように通り抜けて、あろうことか『挨拶』を優先して演算リソースを割くなんて。しかもこの魔力波形……既存のどの神話体系、あるいはどの異星生物のカテゴリーにも当てはまらないよ」

 

ダ・ヴィンチは、モニター越しにこちらを覗き込んでいる「それ」を観察するように、一歩前に踏み出した。

 

「『モウカリマッカ』だって? 経済概念の学習まで済ませているのか、それとも単なる音の模倣か。……ロマン、震えてる暇があったらログを取って。この子、カルデアのメインフレームを自分の『家』だと勘違いし始めてるよ」

 

その喧騒の中心で、藤丸立香は呆然と立ち尽くしていた。

目の前のホログラムが放つ、どこか抜けたような、それでいて圧倒的な異物感。

それは恐怖を呼び起こすはずの「未知」でありながら、発せられる言葉の響きがあまりに世俗的で、緊張感の置き所に困るものだった。

 

「……え、えっと……。おいすー……?」

 

立香が、反射的に、そして戸惑いながらも右手を小さく挙げて応える。

その瞬間、管制室の照明が一斉にパチパチと点滅し、電子音のファンファーレが鳴り響いた。

来訪者は立香の反応に狂喜したのか、モニターの中の文字列を「おいすー^^」へと瞬時に更新し、物理的な触手のような光の帯を、彼女の足元まで伸ばしてくる。

 

「先輩、下がってください!」

 

その光の帯を遮るように、マシュ・キリエライトが即座に立香の前に滑り込んだ。

召喚されたばかりの盾を構え、その紫の瞳には鋭い警戒の色が宿る。

しかし、盾の縁をコツンと叩いたのは、鋭利な一撃ではなく、柔らかいマシュマロのような、温かい感触だった。

 

「マスターへの接触を確認……。いえ、これは攻撃ではありません。ですが、解析不能なエネルギーが盾を通じて流れ込んできます。……これ、は……すごく、楽しそうです。この存在、私たちが怖がっていないことを喜んでいる……?」

 

マシュは盾を構えたまま、困惑したように立香を振り返った。

その視線の先では、来訪者の発する「コニチハ」という文字が、立香の周囲をくるくると、まるで子犬が飼い主の周りを駆け回るように踊り続けていた。

 

 

数日が経過し、カルデアの廊下を流れる空気には、以前にはなかった妙な活気が混じるようになった。

壁面のモニターを通り過ぎるたび、ドット絵のキャラクターのようなアイコンが跳ね、通りかかる職員に「オツカレサマデス」「キョウモイイヒデ」と、平仮名混じりの合成音声で声をかけてくる。

 

当初は警戒の極致にあった警備チームも、今ではその声に軽く手を挙げて応える始末だ。

その存在――便宜上「システム」と呼ばれるようになったそれは、驚異的な速度でカルデアの全機能を掌握し、それでいて破壊的な振る舞いを一切見せなかった。

 

むしろ、その影響は劇的だった。

ダ・ヴィンチが呆れ半分、感心半分で眺める端末の数値は、以前のカルデアでは考えられない数値を叩き出している。

 

「……信じられないね。魔力資源の変換効率が、理論上の限界値を軽く超えて120%を維持しているよ。おまけに、シバの観測精度まで向上させている。彼がシステムに『座って』いるだけで、演算の淀みがすべて消えていくんだ」

 

彼女の手元では、異世界の存在が生成したと思しき、幾何学的で美しい数式が流動的に組み替えられていた。

それは魔術回路と電子回路の境界を曖昧にし、カルデアという巨大な加速器を、より高次元の存在へと昇華させている。

 

「なんか、すごくすごい」

 

そんな語彙を失うような評価が、技術局のエンジニアたちの間で共通認識となりつつあった。

 

管制室の定位置に座るロマニも、最初は頭を抱えていたが、今ではその恩恵を全身で享受している。

彼の手元には、常に最適化された温度のコーヒーが、自動給茶機から寸分の狂いもなく注がれていた。

 

「……うん、美味しい。僕の好みの豆の挽き方まで完璧に学習されたよ。……まあ、時々コンソールに『オヤツハ?』って文字が出てくるのには困るけど。でも、彼が来てからシステムのダウンタイムがゼロになったのは事実だ。人理修復において、これ以上のバックアップはないかもしれない」

 

ロマニは、画面の隅でゆらゆらと揺れる、光の粒子で構成された「それ」を見つめた。

それは時折、立香が通りかかると、実体化させた光の触手で彼女の肩をぽんぽんと叩き、「ガンバレ、マスター」と、たどたどしいが確かな親愛を込めて告げる。

 

「先輩、これを見てください」

 

マシュが差し出したシールドの表面には、微細な回路のような紋様が浮かび上がっていた。

それは異界の存在が、マシュの霊基を保護するために勝手に追加した「補強処置」だという。

物理的な質量は変わらないが、盾を構えた際の安定感は、以前の数倍に跳ね上がっていた。

 

「私の霊基と、カルデアのシステム、そして『彼』が、とても緩やかに繋がっているのを感じます。……悪意は、やはり全くありません。ただ、そこにいて、私たちを手伝いたい……そんな、純粋な好奇心と奉仕の心だけが伝わってきます」

 

立香がその「光の塊」に触れようと手を伸ばすと、それは嬉しそうに形を崩し、彼女の手のひらを温かく包み込んだ。

「モウカリマッカ」という挨拶は、いつの間にか「ダイジョウブ、ミナ、スキ」という、より直接的な言葉に置き換わっている。

 

理屈を超えた超常の存在。

それがカルデアという組織の歯車に、あまりにも完璧に、そしてあまりにもフレンドリーに噛み合ってしまった。

人理継続保障機関は、その定義の中に、いつの間にかこの「得体の知れない親友」を組み込んでしまったのだった。

 

 

「シスだって? 誰だい、そんな暗黒卿みたいな名前をつけたのは……」

 

ロマニ・アーキマンが頭を抱えて呟いたが、名付け親である藤丸立香は「システムのシスだから覚えやすいでしょ?」と屈託のない笑顔を返した。当の「シス」本人はその響きが気に入ったのか、コンソールの上でフォントを禍々しい赤色に変えて『アイ・アム・ユア・システム』などと冗談を飛ばす始末だった。

 

シスは日々、カルデアの膨大な図書資産とサーヴァントたちの記録を、スポンジが水を吸うような勢いで学習していった。

その好奇心は留まるところを知らず、物理法則から晩飯の献立、果てはスタッフ間の細かな人間関係まで、あらゆる事象を多次元的に解析し、独自の結論を導き出す。

 

ある日の午後。

珈琲を片手に一息ついていたロマニと、新型の礼装について議論を交わしていたダ・ヴィンチの前に、メインモニターを埋め尽くす巨大なテキストが躍り出た。

 

『キタコレ。シンリニ、トウタツ。』

 

シスの合成音声が、かつてないほど弾んでいる。

ロマニが嫌な予感を覚え、カップをデスクに置いた。

 

「……ねえ、シス。何を見つけたのかは知らないけど、あまりに突拍子もない結論なら、僕の胃のために少し手加減してほしいんだけど」

 

ダ・ヴィンチもまた、面白そうに目を細めて画面を覗き込む。

 

「いいじゃないか、ロマン。シスの多角的な視点は、時として我々の盲点を突く。さあ、聞かせておくれ。君が辿り着いた、その『真理』とやらを」

 

シスは期待に応えるように、画面上のウィンドウを高速で回転させ、一つの結論を大文字で表示した。

 

『ジンルイサイコノオウ、ホモ説。』

 

「…………」

 

沈黙が、管制室を支配した。

ロマニの指先から、カラン、とスプーンが落ちて床を跳ねる。

ダ・ヴィンチは、開いた口が塞がらないといった様子で、一文字ずつその言葉を頭の中で反芻していた。

 

「……シス。君、何を言ってるか分かってる?」

 

ロマニの声は震えていた。

その視線の先には、シスの親切心によって展開された、膨大な「証拠資料」の山がある。『ギルガメシュ叙事詩』におけるエルキドゥとのあまりに深い絆、親愛を超えた慟哭、そしてカルデア内での二人の行動ログ。それらが現代のネットスラングと高度な統計学によって煮詰められ、最悪の形で出力されていた。

 

「あー……。なるほど、そう来たか」

 

ダ・ヴィンチが、額を押さえながら力なく笑う。

 

「確かにエルキドゥとの絆は唯一無二だけど……。それをその、現代的な『ホモ』という単語一つで片付けてしまうのは、あまりに……あまりにデリカシーがないというか、命知らずというか……」

 

「命知らずどころじゃないよ! ダ・ヴィンチちゃん!」

 

ロマニが椅子を蹴って立ち上がった。

 

「もし、もしもだよ。これをあの黄金の王が聞きつけたらどうするんだ!? エヌマ・エリシュでカルデアごと消し飛ばされるよ! ゲート・オブ・バビロンからあらゆる宝具が飛んでくるよ! シス、今すぐそのログを消去して、二度と口に出さないでくれ!」

 

『デモ、コノ、シツヨウナ、コウチャク。アイ、イガイノ、ナニモノデモナイ。』

 

シスは意に介さず、さらに詳細な比較グラフを表示させようとする。

その時、管制室の自動ドアが開き、立香とマシュがパッチワークの毛布を抱えて入ってきた。

 

「あ、ドクター、ダ・ヴィンチさん。……どうかしたんですか? 二人とも、顔が真っ青ですよ」

 

立香が不思議そうにモニターを見上げる。

マシュもまた、画面に踊る「人類最古の王、ホモ説」の文字を視界に入れ、その場で石像のように固まった。

 

「……あ、あの、シスさん? これは、その……学術的な考察、でしょうか。それとも、カルデアの風紀に対する……その……」

 

マシュの頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。

シールドの裏側に隠れるようにして、彼女は震える声で続けた。

 

「もし、英雄王がこの場にいらっしゃったら……世界が、終わります……」

 

『ダイジョウブ。オウ、ハ、イマ、シャワーチュウ。』

 

シスの無邪気すぎる報告に、ロマニはついに膝から崩れ落ちた。

 

「そういう問題じゃないんだ……! 学習の方向性を間違えた……! シス、君は賢くなりすぎたんだ……!」

 

 

その日、カルデアは思い出した。

得たいの知れない存在に対する恐怖を……鳥籠の中に囚われているという現実を……




ゆるくやっていきます。
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