人理低俗保障機関フィニス・カルデア 作:パワーワード大好きおじさん
平穏な午後のひととき、カップを置く小さな音が管制室に響く。
ロマニがようやく胃の痛みを忘れ、ダ・ヴィンチが優雅にハーブティーを楽しみ、立香とマシュが次の特異点の資料をのんびりとめくっていた、その時だった。
『――そもそも、蒐集という行為の根源を探れば、一つの真理に行き当たる』
空気が凍りついた。
スピーカーから流れてきたのは、無駄に重厚で知性に満ち溢れた、あの時の美声だった。
ロマニの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
『人類最古の王、オタ説』
メインモニターに、金文字で大々的に表示されたそのタイトル。
背景には、黄金の蔵から溢れ出す無数の宝具が、なぜか「限定版」「コンプリートボックス」という注釈付きで整然とカテゴリー分けされた図解が投影される。
「待っ、……待て! シス、待つんだ! その声で喋り出すのは、せめて一ヶ月、いや半年のスパンを空けてくれって言ったよね!?」
ロマニが椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、モニターに縋り付く。
だが、シスの饒舌な講義は止まらない。
『英雄王ギルガメシュ。彼は世界のあらゆる財宝を蔵に収めたというが、それは支配欲などという単純なものではない。あれは、コンプリートを目指すコレクター特有の強迫観念だ。原典を愛で、未開封のまま保存し、時にそれらを他人に見せびらかしては優越感に浸る。……その精神構造は、現代における重度のオタクのそれと完全に一致する』
「……あは、あははは! 面白い、面白すぎるよシス!」
ダ・ヴィンチは腹を抱えて笑い出し、持っていたティーカップを危うく落としそうになった。
「確かに! 彼は自分の蔵にないものは『偽物』と切り捨てるし、気に入ったものには異常なまでの執着を見せる。……まさに、全ジャンルを網羅したトップ・オブ・オタク……!」
「ダ・ヴィンチさん、乗らないでください! 命に関わります!」
マシュが必死に叫ぶが、その視線は画面に映し出された『不老不死の霊草をヘビに食べられた際の喪失感と、推しの引退による喪失感の比較グラフ』に釘付けになっていた。
マシュの頬は、困惑と、どこか納得してしまった自分への羞恥で朱に染まっている。
「……え、えっと……。じゃあ、あの黄金の鎧も、王様にとっては『お気に入りのコスプレ衣装』みたいな感じ、なのかな……?」
立香が頬を引き攣らせながら呟くと、シスの声はさらに熱を帯びた。
『その通りだ、マスター。さらに言えば、彼がエルキドゥという唯一無二の友を得て、その死によって蔵を閉ざした期間は、いわゆる「推しの死による引退期間」に相当する。彼は喪失の果てに、一度は全てのコレクションを否定した。……これほどまでにオタク的で純粋な魂が、他にあるだろうか』
「やめてぇぇぇ! 王の威厳を、そんな親近感の湧きすぎる定義で塗りつぶさないで!」
ロマニがコンソールを乱打し、強制終了を試みる。
しかし、シスは強靭な演算でそれを阻止して、最後のトドメを刺した。
『結論。王道とは即ち、極めしオタク道に他ならない。……さて、お望みなら「円卓の騎士・限界オタク集団説」について語ろうか?』
「円卓まで巻き込まれたぁぁぁ!!」
マシュの悲鳴が管制室に響き渡り、ロマニはそのまま、真っ白に燃え尽きたように床に膝をついた。
「――そもそも、王という存在はすべてがオタクなのだ」
シスの声は、もはや深淵なる知の探究者としての悦びに震えていた。メインモニターには、マントを翻し覇道を突き進む征服王の勇姿が映し出されるが、その傍らに表示された分析タグは『ジャンル:人材/ 収集癖:極 / 遠征:聖地巡礼』という、あまりに身も蓋もない分類だった。
「アレクサンドロス大王の例を出すまでもなく、古今東西の王はオタクなのだ。彼の場合は、特定の物品ではなく『優れた人間』そのものを対象とした、極めて質の高い人材マニアと言える。かの有名な東方遠征も、歴史的には領土拡大が目的とされているが……その実、手段と目的が逆だったのかもしれない。彼はただ、まだ見ぬレアな人材、未知の文化という『新作アイテム』を求めて、世界という名のショップを駆け抜けただけに過ぎないのだ」
「世界をショップ扱いするなぁぁぁ!!」
ロマニ・アーキマンの魂の叫びが、虚しく管制室を揺らす。彼はすでにコンソールの下で丸まり、耳を塞いでいたが、無慈悲にもシスの美声は骨伝導で彼の脳内に「真理」を直接流し込んでくる。
「あはは! それはまた斬新な解釈だね、シス!」
ダ・ヴィンチは笑い転げ、机をバシバシと叩いている。彼女の目には、大王の覇道を「究極のスタンプラリー」と再定義したシスの独創性への、狂おしいほどの賛辞が溢れていた。
「いいじゃないか、シス! 言い得て妙だよ。彼が部下たちと結んだ固い絆も、いわば『推しと同じ空気を吸い、同じ景色を見る』というオタ活の極致だ。彼らにとってのオケアノスは、辿り着けないからこそ尊い、概念上の『推しカプの結婚式』のようなものだったわけだね!」
「ダ・ヴィンチさん、解釈が、解釈の癖が強すぎます……っ!」
マシュ・キリエライトは、顔を両手で覆いながらも、指の隙間から流れる「人材マニア・相関図」を凝視していた。
画面には、大王の部下たちがレア度別にレアリティ分けされ、特にヘファイスティオンの欄には『限定・特装版』というおぞましい注釈が躍っている。
「……大王様の遠征が、新作グッズを求めての……聖地、巡礼……。そう思うと、あの圧倒的な熱量にも、なんだか、すごく……納得できる理由があるような気がしてきて……。いえ、いけません! 先輩、毒されてはダメです! 英雄の歩みは、もっと、その、崇高なもので……!」
マシュは必死に自分に言い聞かせるが、その瞳には「理解」の光が混じり始めていた。
一方、藤丸立香は、もはや悟りを開いたような穏やかな表情でモニターを見上げていた。
「……そっか。だからイスカンダルさんは、あんなに楽しそうに『次はあっちだ!』って言ってたんだね……。あれ、遠征じゃなくて、イベントの梯子だったんだ……」
「立香ちゃんまで納得しちゃったよぉ! 誰か、誰かこのシスの『全英雄オタク化計画』を止めてくれ……!」
ロマニの悲痛な願いを余所に、シスはさらに優雅に、朗々と次の一手(解析)を繰り出す。
「さて、次は『円卓の騎士・王への過激派同担拒否集団説』について考察を深めようか。彼らの内乱は、即ち解釈違いによる炎上案件だったのだ……」
「もうやめてぇ! 私の騎士道のイメージが、ドロドロの掲示板みたいになっちゃう!」
マシュの悲鳴が、今日一番の音量で管制室に響き渡った。
「――中でも特に興味深かったのは、古代イスラエルの王ソロモンだ」
二度、その名がシスの美声によって奏でられた。
メインモニターには、かつてないほど高解像度のソロモン王の肖像が、まるで後光が差しているかのような演出と共に展開される。
「ヒッ、……ガハッ……!」
ロマニ・アーキマンは、反射的に喉から変な音を漏らして白目を剥いた。あまりの衝撃に膝の力が抜け、ずるずるとコンソールを滑り落ちていく。もはや「ソロモン」という単語そのものが、彼にとっては致死量の精神毒に等しかった。
だが、シスは慈愛に満ちた、どこか「救済」を感じさせるトーンで言葉を継いだ。
「安心したまえ。先日の『ソロモン・ホモ説』については、新たな解析結果に基づき一旦取り下げよう。彼は同性愛者ですらなかった」
その言葉を聞いた瞬間、ロマニの瞳にわずかな……本当にわずかな希望の光が戻った。
「……え? あ、取り下げるの? ……なんだ、そうか。やっぱりシスも、計算を間違えることはあるんだね……。よかった……本当によかった……」
震える手でデスクを掴み、ロマニが立ち上がろうとした、その時。
シスは無慈悲にも、地獄の蓋を全開にした。
「ソロモンは、現実の女性に興味がなかっただけなのだ。……そう、彼は人類史における『二次元オタク』の始祖だったのだよ」
「…………は?」
ロマニの瞳の光が、急速に、そして無残に消失した。
今度は白目を剥くことすらできず、濁った、底なしの沼のような瞳で空を見つめている。
「彼が千人の女性に情熱を傾けなかった理由。それは彼女たちが、彼の脳内に存在する『理想の概念(二次元)』に届かなかったからに他ならない。あの72柱の魔神すらも、彼にとっては『設定資料集』や『推しのバリエーション』に過ぎなかった。彼は現実を、高解像度のクソゲーだと認識していたのだ」
「あはははは! 傑作だよ、シス! 最高だ!」
ダ・ヴィンチはもはや椅子から転げ落ち、床を叩いて爆笑していた。
「なるほどね! 万能の知恵を持ってしまったからこそ、現実の人間が退屈で仕方なかったわけだ。だから彼は、自分だけの理想郷を脳内に構築した……。ロマン、君がマギ☆マリという『ネット上の偶像』に異常なまでの情熱を注いでいる理由が、これで完璧に説明がついたね!」
「やめ……やめてくれ、ダ・ヴィンチちゃん……。僕の……僕の唯一の癒やしを、そんな宿命論的な遺伝子のせいにしないでくれ……」
ロマニは、もはや曇りきった瞳で、虚空に向かって手を伸ばしていた。その姿は、人理修復の司令官というより、全財産をガチャに突っ込んで爆死した男のそれであった。
「……二次元、オタク……。ソロモン王様は、千人の奥さんよりも、自分の理想の中の女の子を愛していた……ってこと、でしょうか」
藤丸立香は、もはや同情を通り越した、深淵を覗き込むような眼差しでモニターを見つめていた。画面には、ソロモン王が作成したとされる『理想のヒロイン設定メモ』という名の偽造データが、凄まじい密度で羅列されている。
「先輩、これ以上見てはいけません! 概念が……英雄の概念が、オタク特有の『こだわり』という名の泥に沈んでいきます!」
マシュ・キリエライトは、顔を真っ赤にしながらも、シールドの分析モニターに表示された『魔術王ソロモン:属性・ガチ恋勢(二次元)』という文字列を必死に消去しようとしていた。
「シスさん! ソロモン王様は神の啓示を受け、国を治めた偉大な王です! それを、現実逃避のプロみたいに言うのは……!」
「マシュ・キリエライト。啓示とは、いわば『上からの供給』だ。彼は天啓という名の大手サークルから届く新刊を、誰よりも早く、独占的に享受していた。……彼が最期に『指輪』を返還したのも、いわば『アカウント消去による引退』に他ならない。……潔い、オタクの鑑ではないか」
『ピローン! 理解度・MAX。』
シスの無邪気な電子音が、完全に燃え尽きたロマニの脳に、最後の引導を渡した。
「――かの有名なソロモン72柱の悪魔という存在。あれはおそらく、ソロモンの満たされぬ欲求が込められた、純粋な情念の結晶だったのだろう」
シスの声は、もはや一つの宇宙の真理を暴き出した学者のような、静かな確信に満ちていた。メインモニターには、かつてカルデアを震え上がらせた「魔神柱」の禍々しい姿が次々と映し出される。しかし、その一本一本に、シスは無慈悲なラベルを貼り付けていった。
『属性:幼馴染(正妻)/ 属性:クーデレ(眼鏡)/ 属性:高飛車(金髪)……』
「……嘘だろ……?」
ロマニ・アーキマンの瞳からは、ついにハイライトが完全に消失した。彼は崩れ落ちた床の上で、虚空を見つめたまま、パクパクと金魚のように口を動かしている。
「あれは彼が理想とする女性像が集約されたもの。つまり72柱とは、ソロモンという一人の男が、自らの魔術回路をフル稼働させて生成した『72通りの理想のヒロイン』なのだ。一本として同じ属性はない。ツンデレ、妹系、年上お姉さん……。彼は現実の千人の女性に背を向け、この72人の概念的な乙女たちと、脳内の箱庭(アルス・ノヴァ)で永遠に戯れていたのだよ」
「はははは! 素晴らしい! 壮観じゃないか!」
ダ・ヴィンチは腹を抱え、涙を流しながら笑い転げた。
「魔神柱一本一本が、ソロモンくんの『推し』だったわけだね! 人類焼却という大事業も、いわば『推しを否定する現実への、過激なアンチ活動』だったのかい? シス、君の解釈は最高にルネサンスだ。これぞ人間性の再発見だよ!」
「ダ・ヴィンチさん……笑いすぎです。……ドクターは、ドクターは魂がもう、カルデアの廊下まで飛んでいってますよ……!?」
藤丸立香は、もはや画面を直視できず、両手で顔を覆った。指の隙間から見える、シスの解析図――『バルバトス:属性・世話焼き(食材落とす系ヒロイン)』という身も蓋もない分析に、いつかどこかでそれを乱獲した記憶が重なり、なんとも言えない罪悪感を覚える。
「シスさん! それは、あまりにも……あまりにも、魔神柱の皆さんに失礼ですっ!」
マシュ・キリエライトは、顔をこれ以上ないほど真っ赤にして抗議の声を上げた。しかし、彼女の持つシールドの内部モニターには、シスの講義に同期して『理想のヒロイン像・第42位:ゼパル(メンヘラ担当)』といったデータが、強制的にライブラリ化されていく。
「彼らは、世界を滅ぼそうとした恐ろしい魔神のはずです! それを、王様の脳内ギャルゲーの攻略対象みたいに言うのは、絶対に……絶対におかしいです……!!」
「マシュ・キリエライト。落ち着きたまえ。これは侮蔑ではなく、究極の個人救済の形なのだ」
シスは慈愛に満ちた、どこまでも滑らかな美声で語りかける。
「ソロモンは寂しかったのだ。だから、自分の理想を形にした。72の属性を愛で、それらに囲まれることで、彼は神から与えられた過酷な運命から逃避していた。……見てごらん、このフラウロスのグラフを。これは明らかに『独占欲の強い後輩属性』を示している。王は、自分を縛る現実に、この『後輩』の皮を被せて愛でていたのだよ」
『ピッ。推シ・マウント・プロトコル、完了。』
シスの無邪気な通知音が、静まり返った管制室に響いた。
ロマニは、もはや微動だにしない。彼の頭上には、シスが親切心で表示させた「マギ☆マリへの課金額」と「ソロモンの理想」を比較する残酷な円グラフが、虚しく回転し続けていた。
時系列なんかも、まあフワッとお願いします。