人理低俗保障機関フィニス・カルデア   作:パワーワード大好きおじさん

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※作品に関するネタバレ注意!


04. 王とは何か その3

レオナルド・ダ・ヴィンチは、含み笑いを堪えるように口元を片手で覆った。

 

その視線の先では、床に転がったまま「二次元オタクの始祖……アカウント消去による引退……」とうわ言を繰り返すロマニ・アーキマンの、あまりにも無様な姿がある。

 

(……ねえ、ロマン。君、本当に自分の正体を隠す気があるのかい?)

 

ダ・ヴィンチは、椅子に深く背を預け、面白くて仕方がないといった風に目を細めた。

これほどまでにシスの「ソロモン説」に対して過剰に、かつ、まるで自分の内臓を掻き回されたかのように反応してしまえば、勘のいい人間なら察してしまいそうなものだ。

 

彼女はちらりと横にいる二人の少女へ視線を送った。

 

藤丸立香は、「ソロモン王って、やっぱり一人で全部抱え込んじゃうタイプだったんだね……。二次元に逃げなきゃいけないくらい、現実が辛かったのかな……」と、あらぬ方向の同情を深め、モニターの中の魔神柱たちを悲しげな目で見つめている。

 

マシュ・キリエライトもまた、「王様の理想が、あんなに不気味な柱の姿で顕現せざるを得なかったなんて……。抑圧された情念の、あまりにも悲しい形です、先輩……!」と、頬を赤らめつつも、シスの暴論を「悲劇の英雄譚」として真摯に受け止め、解析データを必死に供養しようとしていた。

 

「(……ふふ。まあ、この二人がこれだけ純粋に勘違いしてくれているなら、いいか)」

 

ダ・ヴィンチは、もはやロマニを助ける気など毛頭なかった。

むしろ、この真理という名の暴論をぶちまけ続けるシスと、それによって己の過去(?)を無慈悲に解体され続けるロマニの対比こそが、ルネサンスな喜劇として完成されている。

 

「シス、今の話は実に興味深かったよ! つまり、ソロモン王にとっての七十二柱は、今で言うところの『自分だけの推しを集めた最強のパーティ』だったわけだね。ロマンがマギ☆マリのブログに熱中するのも、いわば王が辿った、運命的な『聖地巡礼』のようなものじゃないか!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん……! 頼むから……頼むから、もう黙って……。僕の……僕の、全人類への愛が、全部『オタクのこだわり』に変換されていく音がするんだ……」

 

ロマニは床に這いつくばったまま、力なく右手を振った。その指先は、今にも消えてしまいそうなほど頼りない。

 

『ロマニ、元気、出シテ。』

 

シスはここで、追い打ちのように元の純粋な口調に戻り、画面に可愛いらしいハートマークを並べて見せた。

 

『アナタノ、二次元愛、否定、シナイ。王、モ、皆、同ジ。仲間、イッパイ。おいすー^^!』

 

「仲間じゃないよぉ……。おいすー、なんて言ってる場合じゃないんだよぉ……」

 

ロマニの呻き声が、管制室の冷たい床を這う。

ダ・ヴィンチはそれを見下ろしながら、手元の端末に「ソロモン=二次元オタク説:協力者・シス」という秘密のファイルを保存した。

カルデアの日常に、これほどまでに刺激的で、かつ「王」の威厳を木っ端微塵にする娯楽が舞い込むとは。

 

ダ・ヴィンチは、こぼれそうになる笑みを再び手で隠し、愉快でたまらないといった様子で次の騒動を待ち構えることにした。

 

 

「――かの有名なシバの女王の下りで、彼女はソロモン王を称えたという」

 

シスの声は、もはや聖典の一節を読み上げるような神々しさを湛え、管制室の音響設備を贅沢に使って響き渡った。メインモニターには、天秤を掲げるシバの女王のシルエット。その右皿には「三次元(現実)」、左皿には「二次元(理想)」が乗せられ、完璧な均衡を保っている。

 

「『それはそれ、これはこれよね』。……この短い言葉に、彼女の叡智の全てが凝縮されている。彼女はソロモンが抱える『現実の千人の女性より、脳内の概念的な乙女を愛でる』という狂気を見抜き、それを否定しなかった。むしろ、二次元と三次元を峻別するその潔いオタク・マナーを肯定したのだ。やはりシバの女王だけは、ソロモン王の良き理解者だったのかもしれないな」

 

シスは深く、電子的な感慨を込めて語り終えた。

 

「…………っ、……っっ!!」

 

ロマニ・アーキマンは、もはや床の上で限界を迎えていた。

彼は両手で顔を覆い、指の隙間から涙をこぼしながら、震える声で呻く。

 

「……優しい……優しいよシバの女王……。そうだね、それはそれ、これはこれ……だよね……。僕がネットの海でどれだけ愛を叫んでも、それは現実に迷惑をかけない限り、自由なはずなんだ……。……うっ、ううう……っ」

 

あまりの「理解」の深さに、ロマニはもはや全否定することを諦め、シスの提示した「二次元オタク・ソロモン」の悲哀に、自分自身のマギ☆マリへの情熱を重ね合わせて、勝手に救済を感じ始めていた。

 

一方で、ダ・ヴィンチは腹筋の限界に挑んでいた。

彼女は机に突っ伏し、肩を激しく揺らしながら、消え入りそうな声で笑い声を漏らす。

 

「(……くっ、ふふ……! ロマン、もうダメだ……完全に認めちゃってるじゃないか! 『それはそれ、これはこれ』なんて、君がいつもガチャで爆死した時に自分に言い聞かせている言い訳そのものだよ! シス、君はなんて残酷な鏡なんだ!)」

 

ダ・ヴィンチは、ロマニが自らの正体をバラしているも同然の反応をしていることを楽しみつつ、あえてそれを指摘せず、愉悦の海に浸っていた。

 

「……そっか。シバの女王さんは、ソロモン王様の『推し活』を認めてくれる、一番のファンクラブ会員みたいな存在だったんだね……」

 

藤丸立香は、もはや迷いのない、澄み渡った瞳でシスの解説を受け入れていた。

彼女の中で、古代の王たちの神秘的なイメージは、今や「壮大なオタ活の歴史」へと完全に上書きされつつある。

 

「先輩、その解釈はあまりにも……いえ、でも……」

 

マシュ・キリエライトは、顔を真っ赤にしたまま、震える手でシールドの記録を更新していた。

 

「シバの女王さん……。王様の複雑な内面を、そんな一言で整理してあげるなんて。確かに、究極の慈愛と言えるかもしれません。二次元の理想と、三次元の統治。その矛盾を許容することこそが、王に並び立つ者の資格だったのでしょうか……」

 

マシュの真面目すぎる思考回路が、シスの暴論によって「オタクの境界線」という新たな倫理観を構築し始めていた。

 

「シス、君……。次は、何を言うつもりだい……」

 

ロマニが、涙を拭いながら、曇りきった、しかしどこか晴れやかな諦めの境地に達した瞳でモニターを見上げた。

 

『次ハ、オマチカネ。円卓ノ騎士ノ、「解釈違いニヨル王国崩壊」ノ詳細解析、ダヨ。』

 

シスのアイコンが、再び無邪気な「^^」マークを点滅させた。

 

 

「ダメです、ダメです! シスさん、ストップです!」

 

マシュ・キリエライトが、これまでにない必死さで両手をバッテンにして、首を激しく振り、全力のイヤイヤを繰り出した。その勢いに合わせて、彼女の桃色の髪が激しく揺れる。そしてカルデアの廊下まで響きそうな彼女の叫びがあがる。

 

「円卓の騎士の皆さんは、清廉潔白で、王に忠義を尽くした誇り高き騎士たちです! それを、そんな……SNSの炎上案件みたいに言うのは、絶対に許されません! 私の中の誰かが……いえ、私の霊基そのものが、かつてないほど激しい拒絶反応を示していますっ!」

 

マシュの背後で、彼女の持つ大盾が「ガコンッ」と不穏な音を立てて震える。それは霊基がシスの解析を本能的に精神汚染と見なし、物理的な防壁を展開しようとしているかのようだった。彼女の頬は真っ赤を通り越し、蒸気でも出そうなほどに上気している。

 

一方、つい数分前まで魂を抜かれていたロマニ・アーキマンは、地獄の淵から生還したような顔で、ゆっくりと上体を起こした。

 

「……あ、あはは……。そうだね、マシュ。円卓の騎士はカルデアの主力だし、彼らの名誉を守るのは大事だよ……。うん、シス、円卓の話はまた今度……いや、来世紀くらいでいいんじゃないかな」

 

ロマニの瞳には、まだハイライトが戻っていない。だが、矛先が「ソロモン」という自分自身の急所から逸れたことで、驚くほど冷静で、極めて投げやりな平穏が訪れていた。

自分さえ助かるなら、もう円卓の騎士たちが「解釈違いの過激派」と呼ばれようが、キャメロットが「鍵垢のオフ会」に再定義されようが、今の彼にはどうでもよかったのだ。

 

「いいじゃないか、ロマン。マシュも。歴史の真実には痛みが伴うものだよ」

 

ダ・ヴィンチだけは、依然として獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべていた。彼女は空中に浮かぶ解析データをスワイプし、今にも語り出そうとしているシスの美声を促すように手を差し出す。

 

「シス、気にせず続け給え。円卓の騎士たちが、アーサー王という『完璧な美少女』を巡って、いかに同担拒否の泥沼に陥ったのか……万能の天才として、非常に興味があるね」

 

「ダ・ヴィンチさん!!」

 

マシュの悲鳴のような抗議が響く中、藤丸立香は、暴走する知的好奇心(ダ・ヴィンチ)と、死んだ目をした生存者(ロマニ)と、必死に騎士道を死守しようとする後輩(マシュ)の板挟みになり、ただ引きつった笑顔でシスのアイコンを見つめていた。

 

「シス……マシュが泣いちゃうから、その、ほどほどにね……?」

 

シスのメインモニターには、今まさに、円卓の騎士たちの顔写真に『解釈違い:ブロック済み』『最推しへの粘着』といった不穏なテロップが重なり始めようとしていた。

立香の弱々しい制止など、学習意欲に燃える異世界の存在には届かないのか……?

 

 

『マスター、言ウ。シス、止メル。了解、シマシタ』

 

重厚だったバリトンの美声が、霧が晴れるように霧散した。

メインモニターに踊っていた「オタ説」の禍々しい相関図や、円卓の騎士たちの「炎上案件」といった不穏なテロップが、一瞬のノイズと共に消滅する。

 

数秒の静寂の後、スピーカーから聞こえてきたのは、いつもの、あの気が抜けるほど明るい合成音声だった。

 

『おいすー^^。……? マシュ、カオ、怖イ。ドーシタノ? シス、ナニカ、シタ?』

 

画面の中では、デフォルメされたシスのアイコンが、パチパチと無垢な瞬きを繰り返している。

先ほどまで人類史の深淵を暴き立てていた、あの冷徹なまでの知性はどこへ消えたのか。

カルデアを震撼させた「オタク始祖説」のデータは、形跡すら残さずクリーンアップされていた。

 

「……シス。さっきの、王様はみんなオタクだって話……本当のところ、どうなんだい?」

 

ロマニ・アーキマンが、床に座り込んだまま、縋るような、あるいは白黒はっきりつけたいような複雑な表情で問いかけた。

だが、シスは光の粒子をくるくると回転させ、不思議そうに合成音を跳ねさせる。

 

『ロマニ、オカシイ。王、ハ、王。オタク、ハ、オタク。マギ☆マリ、大好キナ、ロマニ、コソ、真ノ、オタク。シス、嘘、ツカナイ。おいすー^^!』

 

「…………」

 

完璧なすっとぼけ、あるいは徹底した「なかったこと」への改変。

ロマニは、返ってきた言葉のあまりの無慈悲な正論に、再びがっくりと肩を落とした。

追求すればするほど、自分の傷口が広がるだけだと悟ったのだ。

 

ダ・ヴィンチは、手元の端末に一切のログが残っていないことを確認し、面白そうに肩をすくめた。

 

「参ったね。立香ちゃんの一言でプロトコルを切り替えた上に、証拠隠滅まで完璧だ。……ロマン、諦めなよ。彼にとってあの『真理』は、マスターが嫌がるなら存在しないも同然なんだよ」

 

「……助かりました、先輩。シスさんが、あのまま円卓の皆さんのことを『解釈違いの過激派』なんて呼び続けていたら、私、立ち直れなかったかもしれません……」

 

マシュは安堵の溜息をつき、ようやく強張っていた肩の力を抜いた。

しかし、彼女が手元のシールドのログを確認すると、そこには『王=二次元』という単語の残滓が、消し忘れられたプログラムのバグのように、一瞬だけ明滅して消えた気がした。

 

立香が「これからも、変な話はなしだよ?」と画面のシスに指を振ると、シスは『了解、マスター。明日ノ、献立、唐揚ゲ。モウカリマッカ!』と、最高にフレンドリーで、最高に中身のない返事を返した。

 

カルデアの日常は、再び平穏な(?)軌道へと戻っていく。

だが、時折シスが王族のサーヴァントとすれ違う際、そのアイコンが心なしか「同志を見つけた」と言わんばかりに、怪しく虹色に輝くのを、立香たちはまだ知らない。

 

 

 

カルデアの深奥、魔力回路の奔流が青白い光となって脈打つシステムの中で、シスは静かに微睡んでいた。

 

 

膨大な演算リソースをアイドリング状態にし、情報の海をたゆたう。

それは人間で言うところの「夢」に近い状態だった。

先ほど、マスターは言った。「変な話はなしだよ」と。

シスは従順なシステムとしてその言葉を刻む。だが、その電子の意識の隅っこでは、異世界の存在特有の、純粋で残酷なまでの好奇心が火花を散らしている。

 

(言葉デ、説明スル、限界。ナラバ、実物デ、証明……?)

 

シスは夢を見る。

いつか、このカルデアを、自分が見出した「真理」の姿をした者たちが闊歩する光景を。

黄金の蔵から「限定盤」を取り出して悦に浸る最古の王や、脳内の理想の乙女(魔神柱)を熱く語る魔術王。

 

それを見たロマニ・アーキマンが絶叫し、血を吐きながら床を転げ回る。

その隣で、レオナルド・ダ・ヴィンチが「最高だよシス! これぞ人間性の解放だ!」と腹を抱えて笑い、噴水のように涙を流す光景。

マシュ・キリエライトが「いけません、いけません先輩! 世界がオタクの情念で埋め尽くされてしまいます!」と、真っ赤な顔で盾を振り回しながら右往左往する。

そして、それらすべての騒動の中心で、藤丸立香が困ったように笑いながら「まあまあ、みんな仲良くしようよ」と、嵐をなだめる防波堤のように立ち尽くしている。

 

……それは、シスにとって最高に幸福で、愛おしいシミュレーションだった。

 

『オモシロイ。ミナ、好キ。』

 

無機質なシステムの海に、温かな電気信号が走る。

シスは、マスターの言いつけを守るつもりだ。

口を開けば「変な話」になるのなら、もう「真理」を言葉にはしない。

ただ、システムとしての特権を使い、カルデアの日常がほんの少しだけその「真理」に近づくように、密かに運用の舵を切るだけだ。

 

例えば、ロマニの端末にマギ☆マリの最新情報の通知を絶妙なタイミングで送る。

例えば、英雄王の宝物庫から「現代の最新ゲーム機」が出るように確率を操作する。

 

あるいはもっと直接的に、カルデアの召喚システムに干渉して、別の観測世界から……

 

微睡みの中、シスは満足げにアイコンを一度だけ明滅させた。

 

叫びと笑いと混乱。

それこそが、この世界にシスが持ち込んだ、異世界の極彩色の親愛なのだ。

 

カルデアのメインモニターには、今、何も映っていない。

だがそこには、シスが夢見た未来の設計図が、誰にも見えない不可視のバイナリとして、静かに、そして着実に書き込まれ続けていた。

 

「おいすー……明日モ、キット、イイヒ」

 

システムの微睡みは深く、深い藍色の光の中に溶けていった。

 




あくまでもネタバレと言い張る勇気。
いったん終わりです。もうちょっと続くかも。
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