個性、海神 ── 神の血を引く少女は雄英に立つ   作:一夏 茜

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ホログラムの巨人に説教され、翼の生えたナルシストに惚れられる

 

 

『私が投影された!』

 

 私は物の少ないガランとしたマンションで腕を組んで円盤型デバイスを見ていた。その部屋は静かで冷たい。今世の両親の遺産があるため、普通の孤児よりかはいい生活をしている自覚があった。まあ今はその話はいい。

 投影されたオールマイトを見て、ただ次の言葉を待つ。

 まあ結果はわかってる。その手応えがあった。だが……それでも不安なものは不安だ。

 

『さぁ君のポイントを発表するよ! ヴィランポイント118ポイント! レスキューポイントは3ポイント!』

 

「あ、これ噂のやつ? 雄英の合格通知って、無駄に演出派手だよね〜」

 

 その言葉は飄々と語られる。私は後ろで壁にもたれてる男を睨んだ。巷では速すぎる男として有名な『ホークス』と言う名のヒーロー。本名は鷹見啓悟。

 

 こいつはベランダから勝手に入ってきた。いつもそうだ。鍵を閉めてもどうやってか入ってくる。もっと大きな鍵を買うべきなのかな。いやたぶん、銀行の金庫室みたいな扉をつけても無駄だろう。ヘルメス──泥棒と旅人の守護神、翼付きの靴で家に上がり込むオリンポス一の不法侵入者──かよ。

 そう思考している際にふわり、と赤い羽がソファに落ちる。西日に透けた羽が、紅い宝石みたいにきらついて見えた。私はそれを摘み上げあげて指で弾いた。

 この男は私の平穏をかき乱す天才だ。うんざりする。

 

『合計121ポイント!! 君が圧倒的なナンバーワンさ!! 筆記はギリギリだったけど……大丈夫、合格だ!!!』

 

「へぇ〜、お勉強は苦手系? 意外だねぇ」

 

 少し翼を動かしてくすくす笑うホークス。バサリと音が鳴る。

 当然私はイライラと無視した。難読症なんだから仕方ないだろ。

 教科書を見てても、黒板を見てても私には文字が浮き上がって踊って見える。音で聞けば分かるのに、文字になると逃げていく。ハーフ(半神)にはそんな人間が多い。

 私の脳は、二千年前のギリシャ語を解読するようにハードウェアが組まれている。だから日本語の漢字なんて、私の目にはダンスに失敗してぐちゃぐちゃに絡まったミミズの群れにしか見えない。

 

 

 

 

『君の力は、非常に強大だ。だが、未熟でもある』

 

 

 オールマイトは顔色を一切変えずに語る。おそらく録画だろう。その言葉に、私はじっとオールマイトを見た。

 

 

『だからこそ、雄英で学べ。

 

 来いよガラテア少女! ここが君のヒーローアカデミアだ!!』

 

 ──心臓が、さっきとは違うリズムで跳ねた。合格。私でも、この世界のヒーローとして歩くことが許されたんだ。良かった。

 これから、きっと最高に厄介な雄英生活が始まる。私は大きく息を吐き出して、ニンマリ笑うホークスの視線を無視した。そんな私をよそにホークスはパチパチと手を叩く。

 

 「さすがだねー……ま、落ちてる未来は正直一ミリも想像してなかったけどさ。やっぱりうちにこない?」

 

 

 その言葉に返事を返さずに私は冷たく射抜く。この『力』を利用し管理したくてたまらないのだろう。自由に飛べる翼があるのになぜこの男は『自由』を捨てるのだろうか。

 

 今でもはっきりと覚えている。ホークスと初めて会ったのは公安の人間としてだった。

 

 

 

 

──

 

 

 

 

 嗅ぎ慣れた潮の匂いが肺を満たす。指先が痺れるような冷たさが、逆に心地よかった。ここは私の庭だ。

 始まりはヴィランが原因の海難事故だった。

 貨客船が横倒しになって悲鳴が上がり、甲板が割れ、人が宙を舞う。私は冷たい水中で潮を操り溺れる人を救出していた。

 せっかく小学校の修学旅行でそこそこ楽しかったのにな。まあ、修学旅行が台無しになるのは私らジャクソン家の伝統行事みたいなもんだけど。船が爆発しなかっただけ、今回はマシだったと言えるかも。

 

 私はヴィランを睨んだ。

 渦の中心で笑っている男は、子供を人質に抱えていた。海の奥底、かなりの深さだ。

 おそらくヴィランの個性だろう、潮の流れが不自然に渦を巻いて、ぐるぐると人々を地の底へ引き摺り込んでいる。引き裂かれ、ねじれ、戻り、また反転する。半径内の水を、無秩序に乱す個性。自分でも制御できていないタイプだと、直感で分かる。

 

 一人でも多くの人間を殺そうとしている。

 

 私は沈みかけた船の周囲に泡を展開する。人々の頭を包む透明なカプセル。これで溺れることはないだろう。

 私には必要ない。むしろ水中の方がいつもより元気なくらいだ。集中して潮の流れを繋ぎ直し、脱出経路を作る。その時、男はゆっくりとナイフを掲げた。

 

 そのナイフは人質の少年の首へ。

 

 私は凍りつく。

 人々をそれぞれ水の流れを操ってかき集め、泡の中に放り混んでいた私は迷った。

 

 この時、選択を迫られた。エラのある男がニタニタと笑う。

 

 数十人の命と、一人の子供の命。

 

 天秤にかけられた命の重み。普段なら両方救えたかもしれない。だが、今潮の流れを繊細に操りながらあの少年を救うのは無理だと分かる。

 どうすればいい? こんな時パーシーならどうやって救った?

 答えはない。結局──私は、選択できなかった。

 

 迷っているうちに子供は事切れ、海の中に赤黒い血が混じる。わかる、子供には致死量の血液だと。私は吐き気を堪えて少年以外の乗客を逃した。浅瀬にどんどん流していく。背後で血の匂いに引き寄せられたサメがいるのに気づいたが、私は見て見ぬ振りをした。『食べていい?』とサメの瞳が問いかけていたが、私はいいともダメとも伝えなかった。

 結局、男はサメのランチメニューになった。たぶん、あんまり美味しくはなかったと思う。

 復讐を果たした気分かって? 

 まさか。胃の中を冷たい鉄の塊が転がっているような気分だ。

 

 

 私が殺した。

 

 ヴィランも、少年も。

 

 

 

 陸に上がるとヒーローや警察が集まって来ていた。駆け寄ってきたヒーローの一人が私にタオルをかけようとして驚いた。私の服は乾いているからだ。

 椅子に座って黙り込んでいたら、カツカツとヒールを立てて一人の女が歩いてきた。赤い翼の男も。

 

「あなた、ヒーローになる気はあるの?」

「……」

 私はおばさんを見上げて無言で眉を上げる。名前も名乗らない傲慢さが鼻についた。

 赤い翼の男は手を広げて苦笑した。

 

「まあまあ、性急すぎじゃないですか? 今は疲れてるでしょうし」

 

「安心して。あなたを裁きに来たわけじゃないわ。もっと残酷な話をしにきただけ。あなたの身柄はうちが預かることになる」

「は?」

「……ガラテア・ジャクソン。あなたには私たちの手のひらで活躍してもらいます。もちろん覆面ヒーローとしてね」

 ゾッとして、思わず口が開いていた。

 

「オナール・レゲ!」

「え、お……なに?」

 

 男が眉をひそめる。これはギリシャ語。意味は『寝言は寝て言え』。

 泣きたいくらい怖かった。小学6年生の子供にこんな言葉を当たり前に吐くこの女が。

 こんな奴らに流されて、自由を奪われたら、パーシーみたいにはなれないと直感的に思った。

 

「あなたはまだ子供だもの。正しい大人が舵を取ってあげないと──」

 

 いかにも「私はあなたの味方ですよ」という顔だ。こういう顔をする大人には、今までろくな目に合わされてこなかった。メドゥーサの方がまだ愛嬌のある顔をしていた。

 

 海水を引き寄せる。けれど、すぐには動かさない。

 わかりやすく水を滑らして、おばさんを引き摺り込もうとした瞬間、男が羽を放った。数本、私に飛んでくるがそれはダミー、女を守るように羽が動いて女を引き寄せる。

 へえ……こいつをそんなに守りたいんだ。いいこと知っちゃったな。

 

 海水をカッターのように回転させて放つがそれも囮。男が羽を放ち、私を本気で止めようとする一瞬。

 いつの間にか足元には、水。海水が音もなく増える。逃げ道を潰すように、二人を中心に円を描いて。

 

 「海から離れてるから安全だと思った?」

 

 これは八つ当たりだ。

 今海から20メートルは離れている。まさかここまで水を操れるとは思っていなかったのだろう。

 男は、無数の羽を広域にばら撒く。攻撃じゃない。視界と判断を分散させることが目的。その間に“本体の羽”を水中から滑らせている。

 だが羽が私を向いて攻撃をする前に止まった。ここで動けば、おばさんを殺す。断言する、それくらい私には一瞬でできる。海水が肌に触れている時点で、今なら勝てる。さっきとは違う。殺される前に、殺す。

 

 背後で、湿った空気が重くなる。

 潮の匂いを含んだ湿気が、肺に絡みつく。水位が、膝まで上がる。

 押さないし、絞めない。

 ただ、囲う。

 

 私は”海ごと”持ち上げていた。

 

 男の苦笑がすっかりと消えていた。瞳孔の開いた瞳で私を見つめ、思考する。

 

 飛び立とうとはしない。この女がいるから。おばさんにちょっかいをかけたのは油断を誘って、この時間を稼ぐため。おばさんは険しい表情で私を睨む。

 

 まさか自分が正しいって思ってる? だから嫌なんだよね、勘違いバカって。

 

「あんたたちの都合で檻に入る”バカ”ばかりじゃないってわかんないかなあ、歳だけとったの? お・ば・さ・ん」

 

 私は赤羽の男を見ながら半笑いで言った。男は目を細めて呟く。

 

「君、ここで俺を殺せば逃げられるよ」

 

「それじゃ私の欲しいものは手に入らない。かと言って簡単にあんたたちの手駒にはならない。連れていくなら、力づくでやりなよ。できるならね」

 

 

 「……何が望み?」

 

 

 ほんと胃が痛い。マジでこんな労力を使わなければならないことにも腹立つ。

 私は一瞬迷ったが、震える手を隠し結ばせた契約は三つ。

 

 ──二度と、私に接触しないこと。私の同意なく、公安・ヒーロー・警察のいずれも、私に接触・監視・勧誘を行わないこと。

 

 ──私に関する情報を、公安の管理下に置かないこと。私の能力・個性・身元・行動履歴について、いかなる形でも公安の管理データとしないこと。

 

 ──私が将来ヒーローになるか、公安と関わるか、それを“拒否する権利”を保証すること。私は将来、公安・警察・政府組織との契約・所属・協力を無条件で拒否できるものとする。

 

 そして──本契約の存在、および内容を、第三者に漏洩した場合。その時点で、私はいかなる責任も負わず、私自身の判断で“自衛行動”を取る権利を有するものとする

 

 

「わかるかな? 拒否権は、最初から私のものなの」

 

 私じゃなかったら。もし見た目の年齢そのままの少女だったら、こうはなっていないだろう。それを思うとこいつらにまた怒りが湧いてくる。自由を奪う人間は大っ嫌いだ。

 

 もちろん、公安であろうこいつらが”約束”を守らない可能性も考慮に入れて、冥河(スティクス)の誓いを結ばせることにした。

 神も破れない誓いだ。破ったら神ですら衰弱し、罰を受け、存在に傷が入る。この誓いは”条件付き”でこの世界でも力を発揮する。異界であっても、冥河は“血”を覚えているということだろうか。前世の冒険の際に渡った冥河は、汚かったし少し怖かった。

 

 冥河(スティクス)の誓いがこの世界でも力を発揮する”条件”は、結ぶ時に『海に近い』必要があるというものだ。海から離れすぎると消耗が激しい。

 

 私は前世の父ポセイドンを想った。

 

 これも父さんの祝福なのかな。前世は半人半神のハーフだった。怪物にはご馳走。ほぼ間違いなくトラブルを引き寄せる体質のおかげで学校では厄介者。普通の人間としては、生きられない。

 

 でも神の力を部分的に使える。

 

 だから前世で海を引き寄せられたのは納得できていたが……。

 完全な人間の体で使えるのはなぜだろう。

 これが父さんなりの励ましだって言うなら、正直もう少しやり方があったんじゃないかと思う。例えば、もっとマシな筆記試験の点数をくれるとかさ。

 

 

 そもそもこの世界でも父さんはいるの……?  

 

 

 まあ今、確かなのは──人間()の体に、神の力が宿っていると言うことだ。  

 

 

 

「言っとくけどこれは契約じゃない。誓約。海と、名と、血にかけて結ぶもの。さあ、冥河(スティクス)にかけて誓うって言って」

 

「守れないなら──今ここで続きをやろうか?」

 

 誓約を結んだ瞬間、胸の奥に細い鎖が巻きついた気がした。逃げようとすれば、たぶん心臓ごと引き裂かれる。おばさんと男も同じように感じたらしい。冷や汗を流していた。

 

 そうして私は公安の魔の手から逃れ、自由を手にした。ああ胃が痛い。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 そう、私は確かに誓約を結んだ。なのに、ホークスは私の家にやってくる。もちろん誓約は守られても非公式な監視は残るだろうことはわかっていた。だがこれは予想してない。

 

「啓悟くんって読んでって言ってるのに」

「うっざ」

 

 こいつの言い分では、自分はヒーローとしてではなく『鷹見啓悟』として会いたくて会っているから、と言った。

 それで罰が下ってないということは本気でそう思ってるということだ。

 

「なんで? 私に惚れてるの?」

 最初それを聞いた時、私は半笑いでそう言った。

 

 ホークスは一言。

「そうだと言ったら?」と微笑まれた。

 

 

 ほんと嫌だこいつ。

 これだから翼が生えたナルシストは困るんだ。

 

 

 ──

 

 

 今でも夢をみる。ひょっこりパーシーが帰ってきて、くしゃくしゃに私の頭を撫でることを。私が髪が乱れるのを嫌がってもパーシーはいつもそうやって私を撫でた。歳も3秒しか変わらないのに、兄ぶっちゃってさ。

 

「ガラテア。たった3秒の差だけど、俺の方が人生を3秒分多く知ってる。だからお前の心配をする権利があるんだ」

 

 そんなふざけた理屈を言いながら、彼は笑う。

 

 「帰ったらブルーケーキ食べよう。母さんのことだから、着色料の使いすぎでまた舌が真っ青になるやつを作って待ってるよ」

 

 食べたいよ。母さんにも会いたい。

 

「お前は強いけどさ。寂しがり屋だから」

 

 わかってるよ。だから待ってるんじゃん。ベッドの上で私は呟く。

 

「……遅いよ、パーシー」

 

 

 

 

 

 

 

 

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