個性、海神 ── 神の血を引く少女は雄英に立つ 作:一夏 茜
今日は雄英、登校初日。
余裕を持って家を出て、電車を使い雄英についた。この街のいいところは、角が生えたミノタウロスが追いかけてこないことだ。ヴィランはいるけど、少なくとも彼らは私の肉を食おうとはしてこない(たぶん)。 ヒーロー科は2クラスあるが、私は、1ーA。
教室につけられた馬鹿でかい扉に口があく。……なるほどね。
私は意を決して扉を潜る。教室の中で見覚えのある少女を見つけた。入試の時に会った、耳郎だ。でも、今は別の女子と話していて、そこで私は声をかける勇気を失った。
諦めて教室内を見渡す。私の席は……あそこだ。
そろりと腰掛けてすぐに私は肩を跳ねさせた。
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよテメエどこ中だよ端役が!!」
真後ろで言い争いを始めた二人。
私はチラリと背後に視線を向ける。机に足をかける金髪の爆発ヘアーの少年を見て、
「何ガンつけてんだ、ジメ女! 死ね!」
へえー挨拶代わりの「死ね」ね。 前言撤回。私はゆっくりと瞬きをして、くるりと彼の方を向いた。
「……ごめん、聞き取れなかった。今のは『おはよう、いい天気だね』っていうあんたの故郷の挨拶? だとしたら、ずいぶん血生臭い場所で育ったんだね。火山の中かどこか?」
「あぁ!? テメエ……っ、ぶっ殺すぞ!!」
彼の掌でパチパチと火花が散る。それを見て、私は心底ため息をついた。 火花に、怒号。やっぱりアレスの息子じゃん。それも、とびきり性格がねじ曲がってて、自分を世界の中心だと思って疑わないタイプ。
「悪いけど、爆竹くん。大人しく足をおろしてくれない? その靴の底についてる泥の量、ヘパイストスの鍛冶場から直行してきたみたいで汚いから」
爆竹くんは、今にも私を殺したがっているようなブチギレた顔をした。だが私はにっこり笑う。前世でも爆竹くんに似てギラギラしたクラリサっていう子がいた。ちょっと懐かしい。
その時何かを引きずるような音がした。視線をあげると寝袋が廊下に寝っ転がっている。
え?
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」
薄汚い寝袋が喋り始めたのでみんなポカンとしている。まさか……これが教師だったりしないよね。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
小学校の教師みたいなことを言い出すミノムシに私は引いた。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
これが担任なのか。すごいな雄英。
みんな驚いて蜂の巣を突いたような騒ぎになる。
「早速だがコレ着てグラウンドに出ろ」
ゴソゴソと体操服を取り出して相澤先生は言う。
身体測定でもするのかな。まさかね。だって初日だよ?
手渡された体操服に着替えゾロゾロとグラウンドに出ると、個性把握テストをすると発表された。ええ……入学式は? まあ校長とかの長ったらしい演説がないだけマシだけど。太陽がジリジリと肌を焼き、砂埃の匂いが鼻を掠める。
一通り、クラスに説明を喋り終えた相澤が私に話しかけてきた。
「中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「……13メートル」
一瞬、グラウンドが静まり返った。 「……え?」と誰かが零す。引いている。明らかに、期待外れだと言いたげな空気が刺さる。
「……ハッ雑魚じゃねーか」
真っ先に声を上げたのはさっきの爆竹男──爆豪だった。
「……じゃ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ」
逃げ場はないし、水もない。スプリンクラーなんて晴天には備え付けられてない。仕方なしに私は投げた。ボールは弧を描くことすらなく、地面を跳ねて止まる。結果は──もう目も当てられない。15メートル。
うん、素晴らしい。オリンポスの神々がポップコーンを片手に、天界の大型テレビで私の大失敗を見て大爆笑しているのが目に浮かぶようだった。
なんともいえない沈黙がその場を制していた。応援も失笑も起きない“無”。風が砂を巻き上げる音だけが、耳障りに響く。クラスメイトたちの『期待して損した』という視線が、針のように肌を刺した。
その空気の中、爆竹くんは鼻で笑う。
「近所のガキでももっと飛ばすぞ。テメェ、デク以下じゃねぇか」
水があれば、あんたのその爆発ごと海に沈めてやれたのに。喉元まで出かかった言い訳を、私は奥歯で噛み潰した。
私にとって、水のない場所での運動なんて、翼をもがれた鳥……いや、エラ呼吸なのに陸に上げられた魚みたいなもの。
だが、相澤先生の目は笑っていなかった。 彼は淡々と、冷徹な事実を突きつけてくる。
「話にならない。個性が使えない環境でここまで無力なら、お前の寿命は現場に出て数秒で尽きる。……『水がないから』? その寝言をヴィランが待ってくれるとでも思ってるのか」
私は何も言い返せず唇を噛む。その様子を爆豪は嬉々とバカにした。
「ハッ、雄英入試を突破したとは思えねえ雑魚だな」
「こいつはこれでも入試の実技はトップだった」
相澤の言葉に、隣で爆破音が鳴った。
「アア!?……っざけんな、このポンコツ女が俺の上だと?!」
生徒たちは顔を見合わせその場がざわめく。
「個性がそんなに強力ってことか?」
「ここで使えない個性って……」
「どんな強個性だよ」
相澤は死んだ魚のような、それでいて全てを見透かすような眼光で私を射抜く。メドゥーサに睨まれて石にされる方が、まだマシな気がした。
「特別枠だろうが入試実技トップだろうが、俺の基準に達しない奴は即、切り捨てる。除籍処分は自由だ。……自覚しろ。お前は今、崖っぷちに立ってる」
私は言葉を発せなかった。今口を開いたら悪態まじりの呻き声が出そうで。相澤先生は淡々と言葉を続けた。
「じゃ、始めるぞ。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分とする」
「はあああ!?!?!?」
まずいまずいまずい。
どうにか結果を出さないと追い出される。前世で数々の学校をクビになった私でも初日はなかった。除籍なんてされたらホークスに笑われる。絶対にそんな屈辱嫌だ。
私は目を閉じた。50メートル走のスタート地点で位置に着く。必死で水の音に耳を澄ませる。
あってくれ。いや、あるはずだ。
そして、見つけた。
数メートル下を流れる「水道管」の激しい鼓動。巨大な「高圧水道管」が網の目のように走っている。そして無機質で頑丈な鉄の管。その中を流れる、退屈しきった水たちの叫びが聞こえる。
私は口角を上げた。
水道管の中の水圧を極限まで高めて、内側から地面を破裂させる。地面は水圧でひび割れ、巨大な間欠泉が合図と共に噴き出す。意識が一気に冴えた。
水は私の身体を包み、乗せて一気にゴールまで運ぶ。心臓がうるさいほど鳴っているのを、冗談で誤魔化すみたいに私は爆竹くんにひらりと手を振った。
「あ、ごめん。ここ、地中に水道管通ってたんだね、お先〜」
「……っ、テメェ!!」
瞠目した爆竹くんの怒鳴り声を、地下から噴き上げ降り注ぐ雨が遮る。冷たい水の飛沫が肌に当たる感覚が心地いい。私はゴールに立つと髪をかき上げ、相澤先生に向かってにっこりと笑う。
戦場に水がないなら、下から引きずり出せばいい。下に水流があって助かった。
あっという間にグラウンドは池に様変わり。私リフォームの才能あるかも。
生徒たちは水に濡れて悲鳴を上げる。隣で真面目そうな眼鏡の男子が、噴き出した水に眼鏡を曇らせて固まっていた。誰かが言う。
「これ下水じゃないよな!?」
相澤先生はその様子を見て目を細めたが何も言わなかった。
水さえあれば、私は負けない。
握力テストでは水をまとわせて、圧をかける。立ち幅跳びも反復横跳びも、水で身体を移動させた。
ボール投げは……爆発音と共に私の足元の地面を突き破り、超高圧の間欠泉が噴き出した。足元の地面を内側から爆破し、噴き出した高圧水流の「衝撃」をボールに一点集中させ、大砲のように打ち上げる。
放たれたボールは、水圧のロケットに押し上げられ、空を裂いて消えた。 計測不能の彼方へ。
グラウンドには、私がぶち破った水道管から、まるでスコールのような「雨」が降り注ぐ。
まあこれで除籍はないだろう。だが余裕が出て初めてふと気になったことはある。
ある生徒が超パワーのような個性を使っていた。しかし、どうやらその個性を使いこなせてはいないようで、使った先から体がダメになっていた。複雑骨折もかくやというレベルでぐにゃぐにゃになっていたのだ。
緑谷というらしい彼が、ソフトボールを測定するときのことだ、緑谷は腕を振りかぶったがそのボールは高く飛んでいかず、ぽとりと数十m先に落ちた。
「46m」
「なっ確かに使おうって……」
「『個性』を消した」
相澤先生は個性を消せる個性のようだ。
相澤先生の言いたいことはわかる。ヒーローとしてここで篩い分けをしているのだろう。ヒーロー志望の子供が、いつかこの先取り返しのつかない失敗をしないように、命を落とさないように。
悲壮感漂う表情で緑谷は前を向いて必死で考えている。
緑谷は決心したような顔をしてボールを構える。とんでもない爆風と共にボールが飛んでいく。
強風の中、私は呆然と思った。この強い力、まるで神の如く巨大な力だ。
「あの痛み……程じゃない!!」
ボールが大きな弧を描いて落ちた先は705.3m。緑谷は拳を握った。
「先生……!! まだ……動けます……!!!」
「こいつ……!!」
相澤先生が戦慄したように、思わずといったふうに笑う。緑谷の指はぐにゃにゃと腫れ上がっていた。でも彼は真っ直ぐ立っていた。
私は視線をずらしてワナワナと震える爆竹くんに向けた。
「どういうことだ……コラァ!! わけを言え!! デクてめえ!!」
バチバチ手のひらを爆破しながら、一直線に緑谷に襲いかかる爆竹くんに、相澤先生の賭博布が巻き付く。爆竹くんの手には火花は散っていない。相澤先生は目を見開いて個性を使っていた。そして言葉を放つ。
「ったく……何度も何度も個性使わすなよ。俺はドライアイなんだ」
みんなは個性強いのにもったいない……!! という顔をしていた。息ぴったり。私は目を細めて爆竹くんと緑谷を見る。この二人、なんか因縁がありそうだな。
「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括公開する」
順位が表示されるまでの数秒間、私は自分の指先を見つめた。
そして意を決して空中に表示された順位を眺める。私は……1位だ。胸をふうと撫で下ろす。
「ちなみに除籍は嘘な。君らの実力を最大限引き出すための合理的虚偽」
「はあああああああ!?!?」
私は相澤先生をジト目で睨む。嘘だって? 騙された。
──
びしょ濡れのグラウンドで、排水されていく水を眺めて、口を押さえる。
胃がムカムカして吐き気がする。力の限界だ。
「……あんた、えぐいことするね」
振り向くと耳郎が呆れたような、でもどこか感心したような顔で立っていた。
「あ、耳郎……。ごめん、グラウンド池にして」
「いいよ、涼しいし。……でもあんた、実技トップだったんだって? 納得だわ」
彼女はイヤホンジャックをいじりながら言った。
「一緒に教室帰らない?」
「うん!」
耳郎と一緒に教室に戻る際、私は相澤先生の横を通り過ぎようとした。
「お前の、個性……異形型か?」
「え?」
「いや……なんでもない」
私は首を傾げた。先で待っている耳郎の元へ駆け寄って教室へ向かう。
背後で相澤先生が呟いたのには気づかなかった。
「俺の個性では消えない。まるで……細胞そのものが『水』を呼んでいる。……個性の範疇じゃない」