個性、海神 ── 神の血を引く少女は雄英に立つ 作:一夏 茜
「君!! オールマイトの授業はどんな感じ? 平和の象徴は──」
「平和の象徴……? ああ、あの人ね。なんか、笑顔が眩しすぎてアメコミぽい画風の。 授業の内容? ……えーと、ビルが氷漬けになって、それを私がびしょびしょにした。それよりさ、この近くにおいしいブルーのチョコチップクッキー売ってる店、知らない? え? そんなのリポートしたことない? マジで!? あんたたち、スフィンクスの謎解きに失敗するより大きな人生の損失だよ。だって青いチョコチップクッキーは──」
「ジャクソン、何してる」
襟首をぐいと持ち上げられて私は振り向く。そこにいたのは一週間くらい一睡もしてないハデスみたいな顔をした担任教師だった。
「あ、相澤先生。今、この人たちに世界の真理を教えてたところです」
相澤先生は冷たい視線を向ける。私は肩をすくめた。結局それ以上何を言うこともなく相澤先生はマスコミたちにため息を吐いて告げた。
「彼は今日非番です。授業の妨げになるのでお引き取りください」
背を向けて歩く相澤先生にズルズル引きずられながら、私は舌をだす。ちぇーいいじゃんちょっとぐらい。バカな大人おちょくることほど面白いことはないって言うのにさ。
──
教室で相澤先生は前に立つ。
「お疲れー。VTRと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみてえな真似すんな。能力あるんだから」
「……わかってる」
爆豪は低い声で言った。
「で、緑谷は……また腕ぶっ壊して一件落着か。個性の制御、いつもまでも”できないから仕方ない”で通させねえぞ。俺は同じことを嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」
「は、はい!」
「そんで、ジャクソンは……まあいい」
なんだよ気になるなあ。「まあいい」で済ませるには、私の脳みそはオーバーヒートしすぎてるし、鼻の奥はまだ鉄の味がするんだけど。せめて「伝説の英雄に一歩近づいたな」くらい言ってくれてもいいんじゃない?
「ホールルームの本題だ。急で悪いが今日は君らに、学級委員長を決めてもらう」
学級委員長ねえ……。めんどくさ。キラキラしてるみんなには悪いけどパスだわ。
「委員長やりたいです! それオレ!」
「俺も!」
「うちもやりたいっす」
耳郎まで手をあげる。みんなやる気満々だ。私は指先についた埃をふうっと息で飛ばした。どうでもいいかな。
だが、飯田が投票で決めるべきだと言い出した。みんな一応賛成とのことだったので、私は渋々従った。
結果は……私は2票。
なんで私なんかに票入れる人間が出たんだろ。緑谷も3票もらっている。
「僕に4票も!?」と緑谷は驚愕した。
「なんでデクに!? 誰が!?」
誰からも票が貰えなかった哀れな爆豪はワナワナと震えている。ちなみに緑谷の票のうちの1票は私だ。相澤先生が淡々と言葉を連ねた。
「じゃあ委員長は緑谷、副委員長はジャ──」
「あ、私パスで」
私は少し手をあげて言った。
「「「え!?」」」
「まさかの辞退!?」
「私、人を引っ張る能力ないし多分向いてないから、八百万さんで。私なんかより分析力あるし合ってると思う」
「わ、私を……指名してくださるのですか? ジャクソンさん」
八百万は目を丸くして、驚いたように胸に手を当てた。
「実技であれほど圧倒的な力を示し、冷静な判断を下したあなたが、この私を評価してくださるなんて……」
いや、単にめんどくさいだけなんだけど。
「分かりましたわ! あなたのその『信頼』、決して裏切りません! この八百万百、副委員長として粉骨砕身、クラスのために尽くさせていただきますわ!」
八百万の瞳が、まるでオリンポスの山頂に昇る太陽みたいにキラキラと輝きだした。……うわ、眩しい。
「決まりだ。緑谷、八百万。前に出ろ」
これで私の平穏な学校生活は守られた。私は机にもたれてホッと息を吐いた。
──
私はスプーンを持ちながら憂鬱な気分でため息を吐く。目の前には普通の色をしたカツ丼。あーあ青けりゃなあ。
「青いチョコチップクッキーは売ってないのかな、青いカレーとか青いシチューとか、欲を言えば青いカツ丼とか」
「あんたのその青に対する執着はなんなのよ」
耳郎……いや響香が呆れたように言う。だって……味は美味しい。青かったら満点だったのに。
その時だった。ジリリリリリとけたたましく警報音が鳴る。私は顔を上げて音の発生源を睨んだ。
『セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』
「え? ヤバいんじゃない? うちらも……」
「大丈夫だよ」
私はカツ丼を頬張る。周囲が椅子をなぎ倒して逃げ惑う中、私のテーブルだけがまるで海の底の静寂にあるみたいだった。
「ちょっ、ジャクソンさん! 何をのんきに! 警報が鳴っているのですわよ!?」
たまたま隣に座っていた八百万が必死な顔で私の肩を揺さぶる。副委員長としての責任感に火がついた彼女は、今にも私を担いで走り出しそうな勢いだ。
「うーん、あのパニック状態の人混みに合流するのも、担任風に言うなら『合理的』じゃないっていうか」
「はあ?」
「それに具体的には言えないけど、なんていうか」
私は窓の外を見る。ちょうど、建物の向こうで何かがキラッと光った。
「あー……やっぱり」
「なにがやっぱり?」
「レンズの反射。長玉。最低でも二十人はいるね」
「マスコミだよ」
でもマスコミに、雄英に侵入するなんて度胸、あるかな?
わからない。
──
今日の授業。初っ端で教室の前に立つ相澤先生は淡々と告げる。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の3人態勢で見ることになった」
何するか尋ねた生徒に、相澤は答える。
「災害、水難なんでもござれ、レスキュー訓練だ」
水があるのは嬉しい。梅雨ちゃんも嬉しそう。
「訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上。準備開始」
コスチュームに着替えてUSJへ行く、バスの中。私たちは横並びにならんで座っていた。
「私、思ったことをなんでも言っちゃうの、緑谷ちゃん」
梅雨ちゃんが緑谷の隣で言葉を紡ぐ。
「あなたの個性オールマイトに似てる」
私は目を細めてじっと彼を見る。確かにオールマイトに似てると言われればそうなのかも。
「えっ!? そ……そうかな? いやでも……あの僕は……えっと、その」
ふーん。何かを隠していることはわかるけど。それが何かは分からない。
「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトは怪我しねえぞ。似て非なるアレだぜ?」
と切島。結構失礼なこと言ってんな。
「しっかし増強型のシンプルな個性はいいな。派手でできることが多い! 俺の硬化は対人じゃ強えけど。いかんせん地味なんだよな」
「僕はすごいかっこいいと思うよ、プロにも十分通用する個性だよ」
「プロなぁ。しかしやっぱヒーローも人気商売みてえなとこあるぜ?」
慣れているのか緑谷の褒め言葉には喜びを露わにしない。まあ一応ここに入学できたんだからエリートだもんね。
「まあ派手で強えっつったらやっぱ、轟と爆豪、あとはやっぱジャクソンだよな」
私は自分の名前が出たことにビクッとした。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気なさそう」
梅雨ちゃんはマイペースに言った。私はプッと吹き出す。
「んだとこら、出すわ!!!」
「ほら」と指差す梅雨ちゃん。私はニコニコしてしまった。
上鳴は半笑いで言う。
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってすげえよ」
「てめえのボキャブラリーは何だこら殺すぞ!! ジメ女も笑ってんじゃねえ!!」
梅雨ちゃんがふと笑っている私に話しかける。
「そういえばガラテアちゃんの個性って……正確には何なの? 『海神』って言ったわよね」
「あー……
これで誤魔化されてくれるといいんだけど。だが梅雨ちゃんが言葉を発する前に隣の緑谷がパッと顔を輝かせて言った。
「それって……め、めちゃくちゃすごいよ!」
「へ?」
「『水に干渉する個性』の範疇を完全に超えてた。普通、水を操る個性っていうのは、大気中の水分を凝縮させたり、自分の体から出したりするものだけど、轟くんの氷を解凍して、しかもその水の『重さ』を無視して、まるで自分の手足みたいに、いや、それ以上の精度でビル全体を包囲する……。熱量移動による相転移を一瞬で行うだけでも驚異的なのに、液状化したあとのあの奔流は、もはや一つの生命体のような指向性を持ってた。君の個性があれば、海難救助はもちろん、都市規模の防衛まで一人で……」
私は最後までその言葉を追うのを諦めてバス内を見回した。みんな好き勝手に騒いでる。私は目を細めた。
しばらくして相澤が言う。
「もう着くぞ、いい加減にしとけ」
「「「「「はい」」」」」
──
「皆さん、待ってましたよ」
バスから降りると宇宙服みたいなのを着てるヒーローがいた。13号と言うらしい。
彼に案内されて中に入ると、ドーム上に屋根がついた演習場が広がる。そこにはさまざまな災害地が作られている。
水難事故、土砂災害、火災、暴風、エトセトラ……あらゆる事故や災害を想定し、13号が作った演習場──
私は感心した。本当にUSJって言うんだ。
「えー始める前にお小言を一つ二つ、三つ四つ、五つ、六つ……」
増えていく。長くなるのかな。めんどいなあ。
「皆さんご存知とは思いますが、僕の個性はブラックホール。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救いあげるんですよね」
と緑谷は目をキラキラさせて言う。
「ええ。しかし簡単に人を殺せる力です」
まあそりゃそうだ。
「みんなの中にもそういう個性がいるでしょう。超人社会は個性の使用を資格制にし──厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる行き過ぎた個性を、個々が持っていることを忘れないでください」
バスの中で話していた個性の話とも繋がるな。
「相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転、人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう」
「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな。以上、ご清聴ありがとうございました」
13号がお辞儀して、拍手喝采だ。私はパチパチと拍手しながら思考を海に沈めていた。
パーシーみたいになるには、とびきり高潔な英雄にならないといけない。ならまあ、この退屈なお説教も聞く価値があるというものだろう。
「よし、それじゃまあ──」
相澤先生が視線を背後に向ける。空間が歪んで黒いモヤが見えた。私はその瞬間、咄嗟に水筒を開けた。背中の産毛が逆立った。この感覚には覚えがある。
相澤先生は叫ぶ。
「ひとかたまりになって動くな! 13号生徒を守れ!」
「は? なんだありゃ」
復讐の女神が私の教室に飛び込んできた時や、ミノタウロスの鼻息が首筋にかかった時の、あの嫌な予感する。
……どうやら、日本のヴィランは、冥界の怪物と同じくらいタイミングが悪いらしい。
「また入試みたいなもう始まって──」
「誰か、誰でもいい一番足が速い奴が助けを、先生を呼んできて」
私は言いながら水を操り回して水圧カッターを作る。それでも生徒たちは戸惑うだけ。私の言葉じゃ動かない。相澤先生が厳しい声で刺した。
「動くな! あれは……ヴィランだ」
──
「13号にイレイザーヘッドですか。先日頂いたカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが」
「どこだよ、せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさあ。オールマイト、平和の象徴。いないなんて……子供を殺せば来るのかな?」
私は鋭くそのヴィランを睨んだ。おそらく手をつかまくってるイカれた男と黒いモヤモヤの男。この二人が主導だろう。
古臭くて、カビの生えた地下の牢獄──タルタロスから這い出してきたような、不吉な『死の臭い』がした。
「はあ? ヴィラン? バカだろ。ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ」
だが切島のその言葉には、動揺が見られる。
「先生、侵入者用センサーは?」
「もちろんありますが……」
13号も少し戸惑っている様子。それもそうか。雄英にヴィランが侵入なんて前例がない。
「現れたのはここだけか、学校全体か。なんにせよセンサーが反応しねえなら、向こうにそういうことができる奴がいるってことだ」
私は感心して轟を見つめた。こいつ結構頭が回るな。
「校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割……バカだがアホじゃねえ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
轟は冷たく合理的にそう告げた。
それに被せるように相澤先生が言う。
「13号、避難開始。センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の奴が妨害している可能性がある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」
「うっす」
慌てて上鳴は耳のヘッドフォンのような装置をいじり始めた。
「先生は? 一人で戦うんですか? あの数じゃ……いくら個性を消すと言っても……イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
相澤先生は一ミリも動揺を見せず、ゴーグル越しに淡々と告げた。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
「……任せた、13号」
そして、飛び降りる。私は『あっ』と驚いて下を覗き込んだ。相澤先生は壁を走りながら猛スピードで突っ込んでいく。布が届く範囲に到達するとあっという間に数人を捕縛して宙で衝突させ意識不明にさせた。
相澤先生……近接格闘が強い。
人数という圧倒的不利条件をモノともせずに、蹴って、殴って、縛って、無力化して戦っている。対人との戦闘に慣れている。
私は目を見開いて見つめていた。私は、完全に海神の娘としての能力に頼る戦闘ばかりだ。剣も使うけど。でも相澤先生は、自分の身体の使い方を隅々までよく理解しているように見える。私とは比べ物にならない。
初めてヒーローがかっこよく見えた。
いやほんとめちゃくちゃかっこいい。
だが背を向けて、私はみんなと共に走り出した。プロのヒーローに任せられるなら任せたほうがいい。だが扉の前で黒いモヤモヤが現れてあの顔のない男が出てきた。
「初めまして。我々はヴィラン連合、僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは──平和の象徴オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」
オールマイトを狙ってきた? 平和の象徴を殺す目的があるなら、こいつらはそれなりの準備をしてきたはずだ。
だが一体何を? 武器? 人? 私は険しい表情で睨む。
「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはず。ですが何か変更があったのでしょうか。」
雄英のスケジュールを完全に把握している。この前マスコミが侵入したのもこいつらの仕業なのだろうか?
「まあそれとは関係なく、私の役目はこれ──」
爆豪と切島が向かっていく。あいつらほんと──。でもほっとけない。私も駆け出した。
切島は硬化して殴りかかり、爆豪は爆破して殴りかかる。普通ならお陀仏だ。普通なら。
「その前に俺たちにやられることは考えなかったか?」
と切島。だが男の声は揺るぎない。
「危ない危ない。そう生徒といえど優秀な金の卵──」
「ダメだ! 退きなさい二人とも」
黒いモヤが伸びてきて──
「私の役目はあなたたちを散らして、嬲り殺す」
──私たちの体を包み込んだ。
私の葬式には青いケーキを出してね、パーシー。あ、でも今はまだ死ぬ予定じゃなかった。
なんて考えながら私は空中で逆さまに落ちていた。ため息を吐く。
……最悪だ。黒いモヤに飲み込まれたと思ったら、次はスカイダイビング。ヘルメスに無断で
眼下に広がるのは馬鹿でかいプールと、迫り来るヴィランたち。
──落ちた先が『水』なら、話は別。ここは私の庭。私の領分。パパ、見てて。日本のヴィランに、海の怖さを教えてあげるから。