個性、海神 ── 神の血を引く少女は雄英に立つ 作:一夏 茜
──爆音。横を見ると爆竹くんが。その隣には八百万、青山、A組のみんなも。
やっぱついてくるか〜。
水を滑らして、スケートのように足を進めていると、視界には入試の時の仮想ヴィランロボが見えてくる。
『さあ、いきなり障害物だ! まずは手始め……第一関門! ロボ・インフェルノ!!』
巨大ロボットの軍団。ヘパイストスが作ったゴミ捨て場の番人よりはマシかな。あんなのに踏みつぶされたら、パパに合わせる顔がないけど。
だが、一度見てるなら話は簡単だ。轟は腕の一振りでロボを凍らせた。
響くのはメキメキ、と骨が軋むような音。氷が彼の腕から噴き出し、巨大なロボットをを覆い隠す。白い霜が金属を侵食し、関節という関節を飲み込んでいく。ロボは、抵抗する暇もなく、氷の檻に閉じ込められた。
私は口笛を吹いた。
轟が走り抜けた途端にロボが傾いてバラバラになりながら崩れ落ちる。ここで離されたらまずい。私は水を地面に叩きつけて跳躍する。水圧で自分を弾いて、上へ。
周りを見れば、爆豪も爆破を器用に使って頭上を通過していた。あと瀬呂と常闇も。
それからは流れ作業も同然だ。滑りながら水圧カッターで切り刻み、”背後のみんなのために”デカデカと横たわる障害物を作って進む。ただ進む。
『おいおい第一関門チョロいってよ! じゃあコイツはどうだァ!? 第二関門! 落ちたくなけりゃ這いずりな! ザ・フォール!!!』
私はそれを見た瞬間、立ち止まって舌打ちをした。断崖絶壁の島のような崖があちこちに。そして縄が張られているのが見える。先へ進むためにはここを通らなければならない。轟は氷で足場を作り出し一気に前へ向かっている。
私は綱を掴むとぶら下がり、地道に渡ることにした。ここでは、能力なしの運動神経がものをいうのだろう。私には不利な種目だ。
ようやく第二関門を超えた私は走り出して、前から聞こえる爆音とピンクの煙に目を見開いた。
第三関門は、一面地雷が埋まっているだだっ広い道だ。
地面を見ながら先へ急ぐ。そこでようやく私は先頭に追いついた。轟は少し振り向き、追いついた私を見るなり舌打ちした。失礼な。爆豪も爆豪で「俺を抜かしてんじゃねえぞ!! ジメ女!!」とキレている。
彼らはそれぞれ氷を出したり爆破しながら殴りかかってきたり、ねちっこく妨害してくるので私はすかさず水に変換。轟の氷結をあしらいながら爆豪の手をしけさせて爆破を防ぐ。
能力の使いすぎの頭痛を振り払い、私は三つ巴の足の引っ張り合いに参加していたその時。
背後からの爆風。
私は息を呑んで髪を抑え背後を振り向く。その煙の中から、宙を放たれた破片に乗った一人の男が現れた。
『緑谷ァ爆風により猛迫!!! つか、抜いたァァァ!!!』
緑谷は上空を大きく降下して──先へ。なるほど考えたな。
「デク!!! 俺の前を行くんじゃねえ!!!」
「後続に道作っちまうが……仕方ねえ!!」
爆豪は一気に駆け出し、轟は氷を放って足場を作り駆ける。
私は背後に下がる。そして息を深く吸うと、助走をつけて飛び出した。足元に高圧の水を噴射して、自分を弾丸のように向こう岸へ射出。これは『轟の氷』という『水』があるからできることだ。
緑谷は着地するのと同時に地面に破片を叩きつけて、地雷を爆破。私たちを妨害した。
「っ……!!」
『緑谷!! 間髪入れず後続妨害! なんと地雷原即クリア!!』
即座に受け身をとってそれでも走り出す。
『イレイザーヘッド、お前のクラス、すげえな! どんな教育してんだァ!!!』
『俺は何もしてねえよ。奴らが勝手に火付けあってんだろ』
私はそのままの勢いでゴールまで駆け抜けた。
──
ミッドナイトが声を張る。
『一年ステージ、第一種目もようやく終わりね、それじゃあ結果をご覧なさい!』
私の結果は──
──4位。
「さーて第二種目よ。私はもう知ってるけど、何かしら、何かしら? いってる側から──これよ!!」
モニターに表示された3文字の単語──『騎馬戦』。
制限時間は15分。
参加者は二人から四人のチームを自由に組んで騎馬を作る。基本は普通の騎馬戦とルールは同じ。そして違うのが──先ほどの結果に従い各自にポイントが割り振られることだ。
組み合わせによって騎馬のポイントが違い、騎手は騎馬に振り当てられた合計のポイント数が表示されたはちまきを装着する。
一位に与えられるポイントは1000万。
つまり、緑谷ののはちまきさえ手に入れることができれば、どんな順位でもトップに返り咲ける。
──
チーム決めの交渉は15分間。
「ジャクソン」
私は振り向いて肩をすくめる。
「……悪いけど轟、知っての通りこのステージに水はないよ。私はただの、喉の渇いた女子高生」
轟は氷のように冷たい瞳で言い放った。
「お前の最大出力には水が必要だろう。俺がそれを作る。組め」
私はにっこりと笑った。
「あんたの氷を溶かして、広範囲の敵を無力化するってわけね。いいねそれ」
私は手を差し出した。
「確かにあんたと組むのが一番勝ち筋が見える。面白そうだし。制圧は任せてよ」
騎手は轟。
先頭の飯田は先頭で機動力源、フィジカルを生かした防御。
右翼は八百万。絶縁体やら防御、移動の補助。
左翼の私の役目は敵を制圧して、敵を近づけさせないこと。
「轟くんは氷と熱で攻撃、牽制ということか」
飯田は言った言葉に対して、轟は観客席の方に視線を向けた。その瞳はゾッとするほど冷たい。
「いや、戦闘において……左は絶対使わねえ」
訳ありってわけね。舐めた真似だとは思うけど、まあ今は説得する暇もないし、轟は右の力のみでここまで勝ち上がってきた。結果を出してくれるのなら文句もない。
──
「それじゃいよいよ始めるわよ!」
『15分のチーム決め兼、作戦タイムを経てフィールドに12組の騎馬が並び立った!』
『さあ上げてけ閧の声!! 血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!!』
上がる歓声と開始の声を聞きながら、それと同時に繰り出された氷に触れる。水にする。まあ周りはほぼ緑谷に走っているから、私たちのところへは向かってこないんだけど。でも緑谷が上空に避けたことで、ばらけた騎手たちが私の方へやってくるのがちらほら。轟は氷結を器用に使って牽制しながら隙をみてはちまきを奪う。
「ジャクソン!」
「りょーかいっ!」
即座に追加で轟が出した氷を水に変換。吐き気を堪えて水を操り、私は用のなくなった敵を押し流す。
絶対に側には近づけさせない。
制圧にかけては得意分野だ。水があれば、だけど。
そうして轟は着々とはちまきを奪う。
残り時間を半分をきった頃。
「そろそろ取るぞ」
轟の声が告げる。視界の先には緑谷の騎馬の姿が。下で支える騎馬役は麗日と、常闇、発目。
轟は淡々と指示を出す。
「飯田、前進! 八百万、ガードを用意、ジャクソンは──」
「わかってるって!」
私は水を操る。緑谷を避けて彼らの騎馬以外を全て押し流す。水の流れってのは案外強いものだ。津波を起こすには水が足りないけど、膝から腰にかけての水の重さは体勢を崩させるには十分。
その一瞬の隙があればいい。轟は八百万が生み出した鉄パイプを地面に滑らし、そこから氷結させ、あたり一体を凍り付かせた。もちろん、騎馬の足ごと、ね。
もはや狙うは緑谷の1000万ポイントのみ。
常闇の攻撃は八百万が作り出したガードで防ぐ。その結果緑谷チームを、範囲の線ギリギリまで追いやることに成功した。だが緑谷はこのチームの弱点を見抜いていた。常に距離をおいて、轟の氷の届きにくい左側に。
なるほど。轟が最短に緑谷の騎馬を凍結させるにはどうしても飯田が引っかかるのだ。
だが轟は直接攻撃はしないもののガンガン氷を作る。
本来、無闇に凍結させるのも足場が悪くなり自分の首を絞めることとなる。だが私がいる場合、水を生み出す材料になるから、キャパ超えないように気をつけながら水にするのが吉。私は鼻血を出しながら、水を操って緑谷チームの脱出経路を防ぐ。
ADHDの脳がフル回転し、周囲の敵の動きがスローモーションに見える。思考より先に体が水のうねりを読み解き、反射だけで敵の進路を断つ。戦場こそが、私の脳が唯一『まとも』に機能する場所。
その時だった。
「みんな、残り1分弱。この後、俺は使えなくなる……頼んだぞ!!」
上半身を傾けた飯田が真剣な声でそう告げる。前足の膝を軽く曲げ、体重を前脚に乗せる。クラウチングスタートの姿勢。
「しっかり捕まってろ……取れよ!! 轟くん!!」
言われて、私は飯田の肩を持つ手に力を入れた。
飯田の脚から火が吹いた。それはまさに目を瞬く間のない一瞬のことだ。
「トルクオーバー!! レシプロバースト!!!」
あまりに速い超加速。
一瞬で、緑谷の脇を駆け抜けて──轟は緑谷のはちまきを、奪った。
私は飯田に置いた肩を離さないようにするので精一杯だった。何が起こったのか把握する前に、轟が言葉を漏らした。
「なんだ、今の」
「トルクと回転数を無理やり上げて爆発力を生んだのだ。反動でしばらくするとエンストするがな」
飯田はその技についてのカラクリを教えてくれた。
「クラスメートにはまだ教えていない裏技さ。言っただろ、緑谷くん。君に挑戦すると」
飯田は緑谷をまっすぐ見ていた。彼らは仲がいいと思っていたけど、それだけじゃないんだな。
ちゃんと、ライバルなんだ。
緑谷は当然、はちまきを取り返しにくる。
腕を伸ばして防御を崩しに仕掛ける。その刹那、轟の左に炎が散る。あれだけ使わないと豪語していた左を使いかけた……?
轟のバランスを崩すことに成功した緑谷は──はちまきを奪還。
「取った……取ったー!!!!」
私は動揺のあまり水の操作を乱れさせた。
だが……。
「万が一に備えてはちまきの位置は変えてますわ。甘いですわ、緑谷さん」
と八百万は冷や汗を流しながら告げる。緑谷が取ったはちまきは1000万ポイントではなかったらしい。ふう、焦ったよ。
「轟くんしっかりしたまえ、危なかったぞ」
飯田の言葉に言葉を返せない轟は腕を摩り、少し呆然としたようだった。
『カウントダウンスタート!!』
緑谷が叫ぶ。
「常闇くん!」
「ジャクソン!!」
轟の言葉に、私は頭痛を堪えて、水を操り押し流す。
「くそデクーー!!!」
爆豪が空から降ってきた。爆竹くんが降ってくるなんて最悪の天気だな。とか言ってる場合じゃないか。
緑谷はすかさず叫ぶ。
「麗日さん!!」
「おっしゃあ〜〜〜!!!!」
続々と轟の持つはちまきを狙って敵が集まるピンチだが、飯田の足が動かない。エンストだ。
「八百万!」
轟は渡された鉄パイプを持った。いつでもどこからでも氷結できるように、構える。
爆豪は吠える。
「半分野郎〜〜!!!!」
やっぱり1000万ポイント狙ってくるか、そりゃそうだよな。あれだけ上昇志向の強い人間が1000万をスルーするとは思えない。
私は鼻を拭いながら目を細める。空中の爆豪はともかく緑谷たちだけでもこちらにくるのを阻めたら。
そろそろキャパがきて、口の中が血の味する。でも、ここが踏ん張りどきだ。
そして──
『タイムアップ!!!!! 第二種目、騎馬戦終了!!!』
私は息をついた。あと10秒長かったらどうなってたか分からない。
一位は私たち轟チームだ。ふう〜勝ててよかった。
二位、爆豪チーム。
爆豪は悔しげに叫んでいる。
三位、心操チーム。
彼らはよく知らない。心操って普通科のあの宣戦布告しにきたやつだよね? 尾白と青山がいる。
四位、緑谷チーム。緑谷は涙を流して喜んでいる。
『以上の四組が最終種目へ、進出だ〜〜!!!!』
──
時間ほど昼休憩を挟んでから午後の部らしい。
私は屋台の方へフラフラと向かっていたとき、襟首を掴まれた。
「ちょうどいい。ジャクソン、お前もこい」
「え? 便所なら男子だけで行ってよ」
振り返ると緑谷も気まずそうな顔をしてそこにいる。なんでも、轟から私と緑谷に話があるとのこと。
私と緑谷って別にそこまで仲良くないのに、まとめて話しておきたいことってなんだろ。宣戦布告ならもう聞いたしなあ。
静かな通路で、轟は背後の壁にもたれて、私と緑谷の前に立っている。
「あの、話って……何?」
緑谷が少し緊張した面持ちで尋ねた。
「早くしないと、食堂すごい混みそうだし……」
轟は何も答えない。だが、やがて淡々とした口調で語り始める。先ほどの騎馬戦で、緑谷にオールマイトと同様の何かを感じたのだという。
「緑谷……お前、オールマイトの隠し子かなんかか」
「それ! 私も思ってた!」
私もうんうんと頷く。
「どうなんだよ」
「ちっ違うよ、それは! あ……って言ってももし本当に隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけど、とにかくそんなんじゃなくて。そもそも逆に聞くけどなんで僕なんかにそんな……」
「そんなんじゃなくてって言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな」
轟の父親はエンデヴァー、万年二位のヒーロー。緑谷がオールマイトの何かを持っているのなら、尚更勝つ必要があるのだと、轟は言った。
そして聞くこととなったのは轟の左の力についてだ。
個性婚。聞き馴染みのないその言葉の意味としてはこうだ。自身の個性をより強化して子供に継がせるためだけに配偶者を選び、結婚を強いる。
轟の父親はそれの加害者。
エンデヴァーは轟をオールマイト以上のヒーローに育て上げることが目的なのだという。
「うっとおしい。そんなクズの道具にはならねえ」
「記憶の母はいつも泣いてる。お前の左側が醜いと母は俺に煮湯を浴びせた」
私は無言だった。なんと声をかけようか、流石の私も迷う。
「ざっと話したが、俺がお前らに突っかかんのは見返すためだ。クソ親父の個性なんてなくったって……いや使わず一番になることで──奴を完全否定する」
潮が引くようにさあっと頭の芯が冴えて、あることを思った。このまま進めば轟はいつかそれを選んだことを後悔するんじゃないかって。
それで私は迷って、迷って──結局思ったことを正直に投げた。
「傲慢だね、あんた」
「……お前に何がわかる?」
私の言葉に轟は今にも視線だけで殺せそうな目をする。凄まじい冷たい圧。でも私は息を吐き、告げた。
「わからない。わかるわけないじゃん私、両親いないし」
「大切な人はみんな、いなくなる。逆にいうけどあんたにその痛みがわかる?」
何言ってんだろ私。唇を噛んだ。轟と緑谷の顔を見て、言うんじゃなかったって思った。
「わかんないよね。だって他人だもん」
別に、わからなくていい。私の気持ちを誰かにわかってもらおうなんて一度も思ったことない。
最後まで言葉を続けようと冷静な声で努めて言う。
そうだ。他人の気持ちなんてわかるわけがない。
轟は何も言わない。緑谷もおろおろと私と轟の顔をみている。私はため息を吐いて気まずげに頭を掻いた。でも、これだけは言わなきゃって思ったんだ。
「まあ私は、好きにすればいいと思うけど。それで救えない命が出てもそれならまあ、仕方ないもんね」
「っは」
そうだ、プロになれば、ヒーローとしてヴィランと戦うこともあるだろう。全力を尽くして、それでも手が届かないことだってある。そんなこと全然珍しくない世界なのに。それなのに、全力を使わないなんてふざけてるって私は思う。
「じゃ、私行くから」
私は轟の顔を見る前に踵を返した。なんだろう、なんかすごいムカムカする。
角を曲がる時、立ち尽くす爆竹くんと目が合った。少し気まずそうな顔。盗み聞きとはね。私は肩をすくめて目をぐるりと回し、立ち去った。
ああいやだ。暗い気持ちに気分が引っ張られる。
こういう気持ちになった時、思い出すのは
本当嫌になるよ。