YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

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いまだ見えぬ背中を追い続け―――
もがき苦しむことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?


REUNION・ダチコウ・旧友との再会

 柔祭りが開催される先刻、蒼海大学付属高等学院の部室では、休日にもかかわらずマネージャー達が集まり、黙々と事務作業を進めていた。

 リーダーである花染葵(はなぞめあおい)を中心に、今後の活動資金に関する資料を作成したりしている。

 

「カナちゃん、資料の進展はどう?」

 

「はいっ!! 万事順調(バッチグー)であります、葵さん!!」

 

「そう、感謝(あざっす)ね。カーネーションも、感謝(あざっす)の言葉を伝えているわ……あら? 誰かしらアレ」

 

 辺りが闇に包まれ始めた頃、道場の扉を叩く者がいた。

 見知らぬ訪問者の視線は、何かを探し求めているかのように落ち着きなく揺れている。

 気を利かせた五十嵐(いがらし)カナが、一歩前へと進み、相手のもとへと向かった。

 

謝罪(さっせん)、何か御用でしょうか?」

 

「え? あー……ちょっと人探しというか、流石にこんな夜分にはいないですよね……へへっ」

 

「人? その人のお名前は?」

 

「えっと……青桐龍夜(あおぎりりゅうや)ってやつなんすけど……」

 

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 柔祭りの幕が下り、景品として商品券(ぶつ)を手にした青桐(あおぎり)

 表彰式を終えた彼は、城南の外国人(じんと)選手達との雑談(ダベ)りに応じ、彼らの希望で連絡先を交換する。

 電話交換局(なんばんがっこう)めいた一連の流れを終えると、木場(きば)花染(はなぞめ)に簡単な挨拶(ちかづき)をしていくのだった。

 

「今日は感謝(あざ)した。俺ちょっと、そこのコンビニエンス道場で練習してくるっす」

 

「あぁ? ……青桐(あおぎり)、オメェちょっと頑張(きば)り過ぎじゃねぇか? 5連戦だぜ5連戦。ちった~休んだ方良いんじゃねぇか?」

 

「それはそうなんすけど……血が騒いだままっつ~か」

 

「暴風は治まらんか……明日の朝練には遅れるなよ」

 

理解(わか)りました。(おつかれさま)です、木場先輩、花染先輩」

 

「おう!! 気ぃつけてな!!」

 

「良い風が吹くことを祈っているぞ」

 

 青桐の疲れ切った背中が遠ざかるのを、木場と花染は黙って見送った。

 彼らの胸中には、数か月前の出来事が鮮明に蘇る。

 青桐のことを気にかけて欲しいと相談された、あの日の記憶が……

 

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「木場先輩、花染先輩、ちょっとお時間いいですか?」

 

「あん? なんかあったか、夏川(なつかわ)ちゃん。やっぱ青桐絡みか?」

 

「風に導かれるまま、相談に来たのか?」

 

「あぁ、やっぱり理解(わか)りますよね~……いや、そんなに大した話じゃないんですけど、アイツって真っ当な社会生活(シャバぐらし)出来るか微妙なラインの人間じゃないですか?」

 

「そ~だなぁ……目を離すと危なっかしいっつ~か」

 

「風の如く動きが読めんからな」

 

「そうなんですよ……一応ワタシが面倒を見てるんですけどね? マネージャーの仕事が忙しい時だと、アレの世話が出来ないんですよ。なんで、普段からちょっと気にかけてもらえると助かるな~って話なんです」

 

「アイツの彼女をやるのも大変だなぁ? 結婚(まり)った後が思いやられるな」

 

「春風のように微笑ましい光景だな」

 

「い、いやいやいや……結婚(マリ)るの考えるのは早いですよっ!! 先輩、それじゃ失礼しますね。あの馬鹿(ボンクラ)のこと、よろしくお願いしますっ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……行っちまったな。どうする? 俺らもどっかで柔道()るか?」

 

「こっちはそのつもりだ」

 

「おうよ。んじゃとっとと糞親父の仕事、終わらせてくるわ」

 

「ああ……」

 

「ん? どした?」

 

「いや……風が妙に騒いでいると思ってな」

 

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こんばんは(うぃ~す)いらっしゃいませぇ~(らっしゃっせ~)

 

 木場、花染と別れた青桐は、24時間営業のコンビニエンス道場へ向かった。

 入口で支払機にカードをかざし、静かな施設内へと足を踏み入れる。

 ジムと道場が融合したこの施設には、一通りのトレーニング機材が揃っている。

 深夜(まぐれ)に近い時間のため、館内にいるのは受付の店員以外に1人しかいない。

 仕事帰りのサラリーマン(しゃちく)などが汗を流している夕方に比べたら、活気はないに等しい。

 

(あぁん? ……こんな夜に誰かいるな……大人(チンピラ)か? ……絡まれると面倒(ウザ)いから、(べしゃ)らないようにすっかね)

 

 荷物をロッカー内に仕舞うと、空いているトレーニング機材に腰を下ろす青桐。

 先ほどの試合の反省会をしながら、トレーニングの準備にかかる。

 

(不死原との試合で、技ありを取られたのは痛かったな……腰を切るのが遅れたし、自護体の練習をしねぇとな……今度石山(いしやま)に聞いてみるとすっか)

 

「あっ」

 

 反省会に気を取られ、手元が疎かになっていた青桐。

 不意にダンベルの重りを落としてしまい、室内に鈍い衝撃音が響いた。

 離れた場所でトレーニングをしていた先客が、その音に反応し、小さく息を呑む。

 

「あー……謝罪(さっせん)。ご迷惑おかけしました」

 

「あ~いいっすよ、気にしていないんで……あ?」

 

「…………お前」

 

 先客の顔を見た瞬間、青桐の動きが止まる。

 どうやら向こうも同じらしく、互いに時間が凍りついたように沈黙(スフィンクス)した。

 深紅の天然パーマ―をした男。

 かつて東京で開かれた新人戦で、青桐に屈辱的な敗北を刻みつけた男の名は―――

 

「お前、烏川(うかわ)……? Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の」

 

「あぁ!? やっぱ青桐じゃん!? 何でこんな所にいんだよっ!?」

 

「いや、俺、福岡に住んでるし……それ言ったら、お前この県じゃないだろ。えぇーと……何県だっけ?」

 

柔県(やわらけん)だよっ!! お前、何で覚えてねぇんだよっ!? 俺らを無礼(ナメ)てんのかっ!? あ"ぁ"ん!?」

 

「あ"ぁ"? ちっ!! いちいちテメェらのことを覚えてるわけねぇだろが。自意識過剰で拗らせてんのか? 革命家気取りのボンクラ集団がよぉ」

 

「んだとこの野郎が……!! この前俺にボロ負けしたくせによぉ!! お前、本気(マジ)()る野郎だなぁ……!!」

 

 一触即発の事態。

 今にも殴りかかりそうな2人の間には、張り詰めた糸のような空気が漂っている。

 その時、青桐の脳にぼんやりとある考えが浮かんできた。

 

「……」

 

「……おいなんだよ、俺の(ツラ)をじっと見て……」

 

「おい、烏川」

 

「んだよ」

 

「今から柔道(しあい)しねぇか」

 

「…………はっ? 何で!?」

 

ー----------------------------------

 

 道場内で、突如として決まった烏川との野良試合。

 青桐に向かって抗議の怒声を浴びせるも、逆に挑発の言葉を浴びせられたことで、闘志に火がついたのか、烏川は額に青筋を立てながら試合を受け入れる。

 道着(まとい)に袖を通し、神前に深く一礼する両者。

 セットされたタイマーが鳴り響くと、緊迫した空気の中、二人は組み合いにかかった!!

 

「しゃ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 潰してやんよぉ"!! クソ青桐がぁ"!!」

 

「あ"ぁ"? それはこっちのセリフだボケがっ!! こいっ!!」

 

 青桐と相四つの状態で組み合った烏川。

 頭に血が上りながらも、1か月前と同じように、投げ飛ばすのに時間はかからないだろうと高をくくっていた彼。

 だが、ガッツリと目の前の男と組み合うことで、その考えは撤回することになる。

 

「……!!」

 

(青桐の野郎……随分鍛えてきたみてぇだなぁ……!!)

 

「う"ら"ぁ"ぁ"!!」

 

 雄叫びを上げる青桐。

 以前の彼では、あまりの力の差に、ただただ蹂躙されるばかりであった。

 だが今の彼は、両腕から溢れんばかりの力で烏川の体を揺さぶりにかかっている。

 右足で烏川の左足を刈り取る素振りを見せ、相手に足技を警戒させる青桐。

 右足を烏川の左足の外側へと踏み込むと、左足は烏川の右足の脛へと持っていき、両腕はハンドルを左にきるように回しながら行う足払い。

 支釣込足を繰り出し、烏川の体制を崩しにかかる。

 だが……

 

「相変わらず……(ちょろ)い足技だなぁ!!」

 

 烏川は腰を落とすと、両腕の腕力のみで青桐の体の動きを止める。

 限界まで力を込めたかと思うと、一瞬で脱力し、押し返そうと踏ん張っていた青桐を前のめりに崩す。

 続け様に烏川の背後に、闇夜を赤く照らす灼熱の太陽(ランプ)が現れる!!

 それは輝きを増していくと、烏川の姿がゆらゆらと揺れて炎に包まれていく。

 同時に太陽(ランプ)から放たれる熱波が青桐へと襲いかかり、その衝撃によって両手が道着(まとい)から外れ、弾き飛ばされてしまう。

 がら空きになった胴体へと潜り込むと、青桐の右足を烏川の右足が払い刈り取っていく!!

 小内刈りの強化技。

 No.45―――

 

陽炎刈(かげろうが)りぃ"ぃ"!! やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「っ!! く……そがぁ……!!」

 

 青桐は右足を刈られ、背中から畳へと叩きつけられた。

 以前よりも粘れたとはいえ、依然として実力(ウデ)の差は歴然。

 自分の成長を試すつもりだったが、完敗と言う結果に終わった。

 打ちのめされる感覚が全身を襲う。

 悔しさを滲ませながら上体を起こした青桐は、無言のまま烏川を射抜くように見据えていた。

 

「おぉ~? んだよ、まだまだやる気あんじゃん……しゃぁねぇなぁ……んじゃ、執拗(ねち)い野郎をいっちょ畏怖(ガジ)らせちゃおうかねぇ!!」

 

 烏川の気配が一変した。

 空間そのものが彼を中心に歪むかのように、大気は熱を孕み、地面には地獄めいた業火が広がっていく。

 何を仕掛けようとしているのか理解(わか)らない。

 だが、その圧倒的な熱量は、世界(シャバ)の理を塗り替えんとするかのようだった。

 

「まだ未完成だけどよぉ……特別に見せてやんよぉ"!! No.10……」

 

「烏川!! 探シタ!! モウ時間!!」

 

「げぇ!? 蠅野(はえの)先輩!? あれ!? そうでしたっけ!?」

 

「トックニ過ギテル。早ク帰ル!!」

 

「うえぇ~現実(マジ)っすか……今いいところなのにぃ~!!」

 

 駄々をこねる烏川を、金髪の巨漢、蠅野が無理やり引きずっていく。

 彼らがコンビニエンス道場から出ていくと、畳へと仰向けに倒れ込んだ青桐は、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れるのを感じた。

 結局、烏川が最後に繰り出そうとしていた技が何だったのかは、知ることもできないまま終わってしまったのだった。

 

「はっ……はっ……はぁー……クソが……!! まだ勝てねぇのか。1か月じゃ足りねぇわな、そりゃぁ……」

 

「そりゃそーだろ。1か月でそんな精悍(ごつ)くなったら、誰でもプロに行けるわ」

 

「そうだよなぁ……あっ!? お前、誰だ!?」

 

「おいおい……久々に会うからって(ツラ)まで忘れたのかよ……蒼海の道場からここまで爆走(とん)で来たのによぉ……」

 

 烏川達が去った直後、入れ替わるようにして道場へと足を踏み入れた人物がいた。

 あまりにも馴れ馴れしい口ぶりに、一瞬誰かと戸惑ったが、入口で呆れ顔を浮かべている青年を見た瞬間、記憶がよみがえる。

 小学生時代を共に過ごした幼馴染の一人。

 菜の花色の髪をホストのように洒落たスタイルに整えた、長身の男だった。

 

「お前……隼人(はやと)か!?」

 

「へへっ……おう!! 久々(おっひさ)~龍夜!!」




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