もがき苦しむことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
柔祭りが開催される先刻、蒼海大学付属高等学院の部室では、休日にもかかわらずマネージャー達が集まり、黙々と事務作業を進めていた。
リーダーである
「カナちゃん、資料の進展はどう?」
「はいっ!!
「そう、
辺りが闇に包まれ始めた頃、道場の扉を叩く者がいた。
見知らぬ訪問者の視線は、何かを探し求めているかのように落ち着きなく揺れている。
気を利かせた
「
「え? あー……ちょっと人探しというか、流石にこんな夜分にはいないですよね……へへっ」
「人? その人のお名前は?」
「えっと……
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柔祭りの幕が下り、景品として
表彰式を終えた彼は、城南の
「今日は
「あぁ? ……
「それはそうなんすけど……血が騒いだままっつ~か」
「暴風は治まらんか……明日の朝練には遅れるなよ」
「
「おう!! 気ぃつけてな!!」
「良い風が吹くことを祈っているぞ」
青桐の疲れ切った背中が遠ざかるのを、木場と花染は黙って見送った。
彼らの胸中には、数か月前の出来事が鮮明に蘇る。
青桐のことを気にかけて欲しいと相談された、あの日の記憶が……
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「木場先輩、花染先輩、ちょっとお時間いいですか?」
「あん? なんかあったか、
「風に導かれるまま、相談に来たのか?」
「あぁ、やっぱり
「そ~だなぁ……目を離すと危なっかしいっつ~か」
「風の如く動きが読めんからな」
「そうなんですよ……一応ワタシが面倒を見てるんですけどね? マネージャーの仕事が忙しい時だと、アレの世話が出来ないんですよ。なんで、普段からちょっと気にかけてもらえると助かるな~って話なんです」
「アイツの彼女をやるのも大変だなぁ?
「春風のように微笑ましい光景だな」
「い、いやいやいや……
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「……行っちまったな。どうする? 俺らもどっかで
「こっちはそのつもりだ」
「おうよ。んじゃとっとと糞親父の仕事、終わらせてくるわ」
「ああ……」
「ん? どした?」
「いや……風が妙に騒いでいると思ってな」
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「
木場、花染と別れた青桐は、24時間営業のコンビニエンス道場へ向かった。
入口で支払機にカードをかざし、静かな施設内へと足を踏み入れる。
ジムと道場が融合したこの施設には、一通りのトレーニング機材が揃っている。
仕事帰りの
(あぁん? ……こんな夜に誰かいるな……
荷物をロッカー内に仕舞うと、空いているトレーニング機材に腰を下ろす青桐。
先ほどの試合の反省会をしながら、トレーニングの準備にかかる。
(不死原との試合で、技ありを取られたのは痛かったな……腰を切るのが遅れたし、自護体の練習をしねぇとな……今度
「あっ」
反省会に気を取られ、手元が疎かになっていた青桐。
不意にダンベルの重りを落としてしまい、室内に鈍い衝撃音が響いた。
離れた場所でトレーニングをしていた先客が、その音に反応し、小さく息を呑む。
「あー……
「あ~いいっすよ、気にしていないんで……あ?」
「…………お前」
先客の顔を見た瞬間、青桐の動きが止まる。
どうやら向こうも同じらしく、互いに時間が凍りついたように
深紅の天然パーマ―をした男。
かつて東京で開かれた新人戦で、青桐に屈辱的な敗北を刻みつけた男の名は―――
「お前、
「あぁ!? やっぱ青桐じゃん!? 何でこんな所にいんだよっ!?」
「いや、俺、福岡に住んでるし……それ言ったら、お前この県じゃないだろ。えぇーと……何県だっけ?」
「
「あ"ぁ"? ちっ!! いちいちテメェらのことを覚えてるわけねぇだろが。自意識過剰で拗らせてんのか? 革命家気取りのボンクラ集団がよぉ」
「んだとこの野郎が……!! この前俺にボロ負けしたくせによぉ!! お前、
一触即発の事態。
今にも殴りかかりそうな2人の間には、張り詰めた糸のような空気が漂っている。
その時、青桐の脳にぼんやりとある考えが浮かんできた。
「……」
「……おいなんだよ、俺の
「おい、烏川」
「んだよ」
「今から
「…………はっ? 何で!?」
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道場内で、突如として決まった烏川との野良試合。
青桐に向かって抗議の怒声を浴びせるも、逆に挑発の言葉を浴びせられたことで、闘志に火がついたのか、烏川は額に青筋を立てながら試合を受け入れる。
セットされたタイマーが鳴り響くと、緊迫した空気の中、二人は組み合いにかかった!!
「しゃ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 潰してやんよぉ"!! クソ青桐がぁ"!!」
「あ"ぁ"? それはこっちのセリフだボケがっ!! こいっ!!」
青桐と相四つの状態で組み合った烏川。
頭に血が上りながらも、1か月前と同じように、投げ飛ばすのに時間はかからないだろうと高をくくっていた彼。
だが、ガッツリと目の前の男と組み合うことで、その考えは撤回することになる。
「……!!」
(青桐の野郎……随分鍛えてきたみてぇだなぁ……!!)
「う"ら"ぁ"ぁ"!!」
雄叫びを上げる青桐。
以前の彼では、あまりの力の差に、ただただ蹂躙されるばかりであった。
だが今の彼は、両腕から溢れんばかりの力で烏川の体を揺さぶりにかかっている。
右足で烏川の左足を刈り取る素振りを見せ、相手に足技を警戒させる青桐。
右足を烏川の左足の外側へと踏み込むと、左足は烏川の右足の脛へと持っていき、両腕はハンドルを左にきるように回しながら行う足払い。
支釣込足を繰り出し、烏川の体制を崩しにかかる。
だが……
「相変わらず……
烏川は腰を落とすと、両腕の腕力のみで青桐の体の動きを止める。
限界まで力を込めたかと思うと、一瞬で脱力し、押し返そうと踏ん張っていた青桐を前のめりに崩す。
続け様に烏川の背後に、闇夜を赤く照らす灼熱の
それは輝きを増していくと、烏川の姿がゆらゆらと揺れて炎に包まれていく。
同時に
がら空きになった胴体へと潜り込むと、青桐の右足を烏川の右足が払い刈り取っていく!!
小内刈りの強化技。
No.45―――
「
「っ!! く……そがぁ……!!」
青桐は右足を刈られ、背中から畳へと叩きつけられた。
以前よりも粘れたとはいえ、依然として
自分の成長を試すつもりだったが、完敗と言う結果に終わった。
打ちのめされる感覚が全身を襲う。
悔しさを滲ませながら上体を起こした青桐は、無言のまま烏川を射抜くように見据えていた。
「おぉ~? んだよ、まだまだやる気あんじゃん……しゃぁねぇなぁ……んじゃ、
烏川の気配が一変した。
空間そのものが彼を中心に歪むかのように、大気は熱を孕み、地面には地獄めいた業火が広がっていく。
何を仕掛けようとしているのか
だが、その圧倒的な熱量は、
「まだ未完成だけどよぉ……特別に見せてやんよぉ"!! No.10……」
「烏川!! 探シタ!! モウ時間!!」
「げぇ!?
「トックニ過ギテル。早ク帰ル!!」
「うえぇ~
駄々をこねる烏川を、金髪の巨漢、蠅野が無理やり引きずっていく。
彼らがコンビニエンス道場から出ていくと、畳へと仰向けに倒れ込んだ青桐は、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れるのを感じた。
結局、烏川が最後に繰り出そうとしていた技が何だったのかは、知ることもできないまま終わってしまったのだった。
「はっ……はっ……はぁー……クソが……!! まだ勝てねぇのか。1か月じゃ足りねぇわな、そりゃぁ……」
「そりゃそーだろ。1か月でそんな
「そうだよなぁ……あっ!? お前、誰だ!?」
「おいおい……久々に会うからって
烏川達が去った直後、入れ替わるようにして道場へと足を踏み入れた人物がいた。
あまりにも馴れ馴れしい口ぶりに、一瞬誰かと戸惑ったが、入口で呆れ顔を浮かべている青年を見た瞬間、記憶がよみがえる。
小学生時代を共に過ごした幼馴染の一人。
菜の花色の髪をホストのように洒落たスタイルに整えた、長身の男だった。
「お前……
「へへっ……おう!!
小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYS、アルファポリスでも投稿をしています。