YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

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龍の力は諸刃の剣―――
己の身を蝕むことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?


ZONE・マジ・極限集中

 古賀(こが)は目を細め、静かに息を整えた。

 青桐の佇まいの変化を、確かに感じ取っている。

 周囲の門下生達もまた、青桐が放つただならぬ気配に呑まれ、誰一人として言葉を発する者はいなかった。

 この空気感には、饒舌(おしゃま)な偉人として後世に語り継がれている、ドワルト・レッセルも口を閉ざさるを得ないであろう―――

 

青桐龍夜(あおぎりりゅうや)か……その年で龍の領域に足を踏み入れるとはな……ここからは加減も出来んか……!!)

 

 古賀は草凪(くさなぎ)の要望に応じ、実力(ウデ)を抑えつつ技を繰り出していた。

 しかし……今は違う!!

 本日最後の一戦となる戦い。

 彼もまた、今までにない本気(マジ)の構えを見せていた!!

 審判の合図とともに、青桐と古賀が前へと歩を進める。

 老練(こうら)躍動(はえ)た古賀が先に動き、差し出された青桐の両腕を鋭く真下へと払い落とす。

 同時に、体を左に回転させながら、右手で青桐の後腰を掴む。

 左手で握った青桐の右手の中袖は、小指を天へと向けながら引きつけ、右足で鋭く青桐の左足を払い上げる内股を仕掛けた。

 本来なら、この一撃で青桐の身体は宙を舞うはずだった。

 しかし―――青桐は瞬時に左腰を切ることで、古賀の内股を封じていく!!

 体勢を立て直し、再び相四つに構え直す両者。

 技が不発に終わり青桐と対面する古賀の瞳に映ったのは――

 青龍めいた絢爛たる輝きを宿した瞳が、強者たる古賀を真正面から捉えていた……!!

 

(……さっきとは別人だな。青龍の力は身体能力向上だけか……? 何にせよだ……んっ!?)

 

「う"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

 なんたる光景、想定外(とんでもハップン)!!

 激流を纏い腰を切る青桐。

 波に体が流されるように、古賀の体が左へと流されていくと、頭上からは通り雨めいた激しい豪雨が降り注ぐ。

 その影響により視界と動きの自由が奪われると、止まった左足に狙いを定め、青桐の鋭く空を裂く!!

 No.42―――

 

叢雨返(むらさめがえ)し……!!」

 

「ほう……っ!!」

 

 古賀の左足を刈り取った直後、青桐は右手で握っていた古賀の道着を手放し、左手だけで右袖を掴んだままの姿勢となる。

 彼が最後に選んだ技。

 それは、幼子(じゃり)の頃に憧れた古賀を真似て習得した、思い出の技だった。

 一本背負い。

 それは古賀ほど洗練されたものではない。

 だが龍の力を宿し今の青桐なら、威力だけなら決して劣らない!!

 観客(パンピー)達、そしてこの場を設けた草凪までもが目を疑う。

 手加減していたとはいえ、かつて現役最強だった男が、若き柔道家によって投げ飛ばされたのだから―――

 

「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」

 

「はっ……!! はっ……!! 何とか、勝てた……」

 

「ふー……綺麗に投げられたな。青桐……いや龍夜、最後の一本背負い、なかなか良かったぞ」

 

「あ、感謝(あざっす)……はぁ……はぁー……!!」

 

「しかし……青龍の呼応(アレ)を使えるとはね。練習してたのかい?」

 

「え、アレ? ……なんすかアレって?」

 

「……やはり無意識か。そうか……ゴホゴホッ!! 失礼、えぇっとだ……色々話すことはあるけど、まずは彼にお礼を言いなさい」

 

「お礼?」

 

「隼人にだ。君が昔みたいに柔道を楽しめるようにと、俺にお願いしにてきたんだからね」

 

「ちょ!? 古賀さん、それ言わない約束(ちぎり)っ!!」

 

「隼人、お前なぁ……前からもっと胸の中を打ち明けろって言ってるだろ? ほれ、青桐君」

 

「……感謝(あざっす)

 

「ちょっ!! ぐぅ……含羞(はず)いんだが……!!」

 

 右往左往する草凪に、青桐は静かに頭を下げた。

 しばらく不調が続いていたが、どうやら気分転換には成功したようだ。

 むず痒さを覚えながらも、幼馴染である草凪の不器用な善意を、青桐は胸の奥でしっかりと噛みしめていた。

 

ー--------------------------------

 

「前転、開始(ファイト)~!!」

 

開始(ファイト)~!!」

 

 2020年10月26日月曜日。

 博多駅地下(いたばした)の修練場内。

 部員達が特訓に励む中、青桐と井上(いのうえ)監督は、今後の練習内容について話し合っていた。

 

「それで……古賀さんは何と?」

 

「青龍の呼応を試してみても良いんじゃないかって言われました」

 

「そうか……そろそろ頃合いだとは思っていたが……土曜日にそんなことがあったのか」

 

「やあ井上さん、青桐君、(おつかれさま)。なんだか話し込んでいるね?」

 

「ああ、飛鳥(あすか)さん。いや、青桐が古賀さんから教わった内容を聞いていたんですよ」

 

「古賀……あの古賀さん? へぇ~指導(コーチ)してもらったの? 有意義(しこ)い経験だったんじゃないか。それで? なんて言われた?」

 

「助言はは3つありました。1つ目は、静謐(せいひつ)の構えを完成させることっすね。練度が低いと気力の消耗が激しくて、長時間の使用には向かないからだって言われました。2つ目が、技を左右対称に使えるようになるといいって言われたっすね」

 

「なるほどね、右利きの選手が左利き用の技を取り入れるってことかぁ。たとえば、左手で引き付ける一本背負いを、右手で引き付ける左の一本背負いを使えるようになるって感じに」

 

「ええ。左右非対称の攻撃だと対処がしやすいって言われましたね。両側で技を掛けられれば、揺さぶる幅が広がると。新しい技を覚えるよりかは、今ある技の左利き版を習得するのが、」

 

「……青桐、出来るのか? お前結構いろんな技を使えたと思うが……」

 

「足さばきに慣れれば……それと引手と釣り手の動きにも慣れれば多分いけるはずっすね」

 

「そうか、それならいいんだが……」

 

「そして3つ目。どうも俺、古賀さんとの試合中に、青龍の呼応を使ってたみたいなんですよ。無意識に」

 

「無意識にねぇ……青桐君、その時の自分の状態で、何か覚えていることがある?」

 

「えぇっと……なんすかね……試合に没頭してて、よく覚えてないっすね。なんか研ぎ澄まされてるみたいな」

 

「無意識ならそんなところだろうねぇ。青桐君、あの技はね、龍の力をその身に宿して、ゾーンに強制的に入る技なんだ。学校で学んだでしょ?」

 

「あー……そんな事言ってましたね、先生(センコー)が。殆ど使える人がいないから頭に残ってないっすけど」

 

「そうだねぇ……今の高校柔道で、この技と同系統の技を使えるのは、No.98赤龍(せきりゅう)の呼応を使える赤神龍馬(あかがみりょうま)君だけだもんね」

 

理解(わか)った。その方針で行こう。ただしだ……青龍の呼応(その)技の練習は、ここでの特訓が終わった後にするように。みんなが片づけをしている時間だな。いいか?」

 

理解(わか)りました」

 

 一礼して練習中のチームメイト達に合流していく青桐。

 ため息を吐く井上監督は、そんな青桐の背中を不安そうに見つめていた。

 

「あの技か……こっちも神経を尖らせないとな」

 

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 修練場での特訓も、終わりの刻を迎えようとしていた。

 井上監督の指示通り、部員達が片付けを始める時間。

 青桐は畳の上に静かに座し、呼吸を整えながら心を鎮めていく。

 そして、青龍の呼応と呼ばれる技の鍛錬を始めていくのだった。

 

「井上監督っ!! 一通りの救急道具(エモノ)を持ってきましたっ!! それで監督……これ何に使うんですか?」

 

「ああ、五十嵐(いがらし)感謝(あざっす)。それはな……青桐が転倒(くたば)った時に使うんだよ」

 

転倒(くたば)った……?」

 

「今青桐が座禅を組んでいるだろ? あれは青龍の呼応って技の練習なんだがな……ちょっとあの技、いわくつきでな」

 

「えぇ……? 何かありましたっけ?」

 

「使い手が極めて少ないから知らないのも無理はない。あの技な、制御出来たら(パな)い力を発揮できるんだが……失敗(へま)るとだ」

 

失敗(へま)ると?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()んだ。龍の逆鱗に触れた代償としてな。 ……っ!! 青桐っ!!」

 

 井上監督の胸中をよぎった嫌な予感が、現実のものとなる。

 井上監督は青桐の元へ駆けつけていき、それに続いて五十嵐マネージャーも慌てて走り出す。

 彼らが辿り着いた先には、過呼吸に陥り、力なく地面に崩れ落ちた青桐の姿があった。

 体は小刻みに痙攣し、もはや動くことすら叶わない。

 龍の逆鱗に触れたその代償。

 青桐は、今まさに死と隣り合わせの境界に立たされていた―――




小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYS、アルファポリスでも投稿をしています。
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