YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

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不正上等の悪漢達―――
スポーツマンシップの欠片もない敵が相手だったとしても―――
君は柔道が楽しいか?


DOPING・ヤク・VS違法薬物常習集団

 艦上に降り立った白髪の老者。

 その姿を認めた瞬間、場の空気が変わった―――!!

 全日本柔道連盟公認の審判員は、技能・知識・資格に応じて、S、A、B、Cの4段階に階級が区分されている。

 だが―――この話はここで終わりではない。

 審判寺(しんぱんじ)一族と呼ばれる者達は、そのSライセンス審判員の更に上に位置する、猛烈(はんぱね)ぇ人間なのである!!

 日本に4人のみ存在する、柔道の番人と呼ばれる彼ら。

 柔道に関わる揉め事や重大(チョベリバ)事件(インシデント)が発生した際、彼らは介入し、審判として試合を成立させる。

 そして――勝者の願いを現実とすることで、事態を決着へと導くのである!!

 その決定は、時に司法すら超越すると囁かれ、社会(しゃば)の理さえ捻じ曲げることができる、絶対の裁定者として君臨しているのであった!!

 その1人にして、永き時を生き続ける男。

 名は審判寺一郎(しんぱんじいちろう)

 彼の出現に、この場の誰もが息を呑んでいた!!

 

「なななっ!? なぜ審判寺(しんぱんじ)一族がっ!? ……っ!! 小市民、貴様ぁ"!!」

 

「理事長は理解が早くて助かるよ。まさか僕達がノープランでここに来たとでも? 見くびられたものだよね。まあ……相応の出費はかかっちゃったけど」

 

「ぐぅぅ……!! これでは柔道をせざるを得ないではありませんかぁ!! そんな話、聞いてませんよぉ"ぉ"ぉ"!!」

 

「……血気盛んなのは結構じゃが、そろそろ決めてもらおうかのぉ。各々、勝った暁に何を望むのか……はっきり申してみよ」

 

「僕、ルーカス・ジョンソンは、財前富男(ざいぜんとみお)が自首し、法の下で裁かれることを望む。贔屓なき、公平な裁判をね」

 

「あい理解(わか)った。して……そちらの太鼓腹(だいだぼっち)は、一体何を望むのかのぉ」

 

「ぐぅぅ……!! ……っ!! 審判寺さん、これは本当(マジ)で何を要求しても良いのですかね?」

 

「そうじゃのぉ」

 

「どれほど無茶苦茶な願いでも?」

 

「ああ。我らには大概のことを成し遂げる力がある。申してみよ」

 

「ならば……ワタクシがこれまで行ってきた、ありとあらゆる悪行を――その外国人(じんと)コーチの仕業にして下さいっ!!」

 

「……罪をなすりつけよ、と?」

 

「はぁ"ぁ"ぁ"い!! よろしいですよねぇ!? 喧嘩(ごろ)売ってきたのは向こうなのですから、この程度の要求、問題ありませんよねぇ!?」

 

「……ああ、問題ないぞ。では……互いに望みは定まった。それぞれ準備(スタンバ)るがよい。試合開始は10分後――それまでに体を仕上げておけ。形式は勝ち抜き戦、健闘を祈るぞ……!!」

 

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 試合開始を前に、武道家達はそれぞれ無言(ロム)ったまま身体を温めていく。

 関節を鳴らす音、帯を締め直す擦過音、吐息が白く空気を震わせる。

 その傍らでは、審判寺一族の部下(えもん)と思しき黒スーツの男達が、手際よく畳を敷き詰めていた。

 豪華客船の甲板は瞬く間に整えられ、即席とは思えぬ試合場へと姿を変えていく。

 青桐(あおぎり)達も柔道着(まとい)に袖を通し、帯を締める。

 四肢を伸ばし、筋肉に火を入れながら、彼らは自然と円陣を組み、ジョンソンヘッドコーチを中心に静かな作戦会議を始めていた。

 

「さて……結局戦うことになったけど、気を取り直していこうか。それで肝心の相手なんだけど……財前理事長以外は知らない(つら)だね。誰か知ってる?」

 

「……ん? アイツら……」

 

「青桐さん、知ってるのかい?」

 

地下(いたばした)造船所で見た(つら)だな……数字アレルギー、中二病、赤ちゃんプレイ、マザコンだった気がする……あのときは貧弱(しょぼ)かったし、大したことはねぇはず……あぁん? なんだ、あの注射器」

 

 青桐が財前達へ視線を向ける。

 その指の間に握られていたのは、医療用を思わせる細長い注射器だった。

 透明な液体が、ためらいもなく己の肉体へと押し込まれていく。

 5人全員が、まるで合図でもあったかのように同じ動作を繰り返していた。

 あまりに奇妙(みょうちきりん)な光景。

 青桐の右眉が、わずかに沈む。

 

「何してやがんだ、アイツら……?」

 

「……9割9部9厘、俺の出番だな。虎穴(おこぎさん)(むこい)らずんば虎子(たいまい)を得ず……分析も兼ねて、先陣を切らせてもらおうか」

 

 片眼鏡を静かに外し、団体戦の先鋒として名乗りを上げた伊集院(いじゅういん)が、赤畳の縁へと歩み出る。

 対する赤ちゃんプレイもまた、場内と場外を隔てる赤畳の前で足を止め、一礼。

 淡々とした所作で場内へ踏み込んだ。

 やがて両者は試合開始位置に立つ。

 挨拶(あいつき)代わりの嫌悪言葉(ちくちくことば)を交わしながら、互いの呼吸、重心、視線の揺らぎを測る。

 静かな探り合いが、火蓋を切ろうとしていた―――!!

 

「テメェが俺の相手かぁ……ずいぶん細身(ひょろ)いじゃねぇか、おい? 僕ちゃんが可愛がってあげまちゅよ~!!」

 

「……赤ちゃんプレイ、か。名は体を表すとは言うが……直視するとなかなかに堪えるな」

 

「ばっぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! 青桐といい、お前といい……揃いも揃って不遜(じゃーく)な態度を取りやがってぇ!! 後悔しても知らないでちゅよぉ"ぉ"ぉ"!?」

 

「……そろそろ始めるぞ。両者、準備(スタンバ)っておるな?」

 

「「了解(うっす)っ!!」」

 

「よかろう……神前に礼!!」

 

「「熱望(おねがいしゃっす)!!」」

 

「お互いに礼!!」

 

「「熱望(おねがいしゃっす)!! 熱望(おねがいしゃっす)!!」」

 

「……開始(はじめ)っ!!」

 

「こい……!!」

 

「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

 静かに呟いた伊集院の声を切り裂くように、傭兵が前へと踏み込む!!

 迫り来る敵の戦法を見極めるべく、伊集院は右足で大地を踏みしめた!!

 No.5白踏み。

 足裏から広がる冷気が瞬時に畳を侵食し、氷の絨毯が場内を覆い尽くす!!

 本来ならば、その一手で機動を封じられるはずだった赤ちゃんプレイ。

 凍てついた畳に一瞬、足を取られる。

 だが――

 へばりついた足裏を力任せに引き剥がし、氷を砕き散らしながら、真正面から組手争いへと雪崩れ込んできたのだった!!

 

「……ほう」

 

道着(まとい)の隙間から覗く、弛緩した体格(ガタイ)……あの体でこの出力は異常(バグ)だな。 ……9割9部9厘、さっきの液体の影響か)

 

貧弱(しょぼ)すぎでちゅっ!! この程度の薄氷でぇ~~俺は止められんでちゅうぅ"ぅ"ぅ"!!」

 

 獣めいた咆哮とともに、赤ちゃんプレイの腕が唸る!!

 野生動物を錯覚させる膂力で横襟と中袖を掴まれ、伊集院の身体が場内を時計回りに振り回された!!

 砕け散った氷片が四散し、照明に照らされ宝石めいて燦然(てか)っている!!

 伊集院は腰をくの字に折り、両足を畳へ突き立てるようにして踏みとどまる。

 そのまま相手と同じ部位―――横襟と中袖を取り返し、強引に足を止めた!!

 拮抗状態―――互いに組み合ったまま、微動だにしない。

 伊集院はわずかな重心の揺らぎを探り、崩しに入ろうとする。

 だが、想定を上回る腕力が、それを許さない!!

 握力と前腕にかかる負荷が、着実に伊集院の体力を削っていく!!

 場外から戦況を見つめるジョンソンヘッドコーチもまた、その異様(ひょん)な膂力に目を細めた。

 隣で試合を見守る大原(おおはら)へ、静かにいくつか問いを投げかける。

 

「……大原さん、敵は随分と力に自信があるようだね」

 

「ええ……ですが……少しおかしいですよね? あの出力……人間の域を逸している気がします」

 

同感(それね)。青桐さん達は相当鍛え上げられている。それなのに、大して鍛錬を積んでいるように見えない敵の体格(ガタイ)が、ここまで上回るなんておかしいんだよね」

 

体格(ガタイ)……あ」

 

「ん? 青桐さん、何か心当たりがあるのかい?」

 

「柔祭りで戦った相手の中に、ドーピングしてた奴がいるんすけど……そいつも馬鹿みたいに(パね)ぇ腕力をしてたっすね。もしかしたら……」

 

「……もしかしたらかもね。そうなると……さっき注射器を打っていたのは、その可能性が高かな? ふぅん……力比べでは分が悪いかな? でも柔道は力だけじゃ……」

 

「ばぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! 八雲刈(やくもが)りぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!!」

 

「……っ!! 青桐さん、大原さん、あれは……!!」

 

「あ"ぁ"!? 柔皇の技っ!? この前の地下(いたばした)ん時は使ってこなかったじゃねぇかっ!?」

 

 子供(じゃり)めいた言動を繰り返す野生の獣を、重心の移ろいと足指の圧で地に縫い止める伊集院。

 力だけに依存する存在ならば、技を極めた人間に敵う道理はない。

 だが、もしその獣が、人間と同じ技術を手にしたとしたら。

 (えて)やゴリラが、間合いを読み、柔道の技を振るってきたなら――人はそれを捌き切れるのか。

 赤ちゃんプレイの動きに洗練はない―――稚拙(ヘボ)である。

 だが次の瞬間、粗雑な踏み込みから放たれた一閃は、かつて柔皇が現役時代に振るった、ある足払いと酷似していたのだった!!

 

「……っ!! こいつ、使えるのか……柔皇の技を……!!」

 

「ばぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! 薬物(ヤク)パワー全開でちゅよぉ"ぉ"ぉ"!!」

 

 青桐や水属性の選手が連撃の起点として多用する足技、No.14八雲刈り。

 その足払いが、澄み渡る太刀筋の居合斬りだとするなら――

 赤ちゃんプレイのそれは、鉄塊を振り下ろす大槌。

 強化された肉体が、技を洗練ではなく凶器へと昇華させていたのだ!!

 右足が、伊集院の右踵の内側を力任せに刈り払う。

 同時に、赤ちゃんプレイの右手が横襟から滑り落ち、後腰の帯を鷲掴みにする。

 伊集院の逃げ場が奪われたまま、赤ちゃんプレイは体を左へと強引に捻転。

 腰に乗せ、敵の体を引き剥がし、畳へと叩きつける釣腰を披露してく!!

 伊集院の体だふわりと浮かび上がり、彼の背中は無慈悲に畳へと沈んでいった!!

 同時に、甲板に鈍い衝撃音が響く……!!

 

「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」

 

「だばぁ"ぁ"ぁ"!! 薬物(ヤク)の力は(パね)ぇでちゅぅぅぅ!!」

 

「お~~~ほほほほっ!! よくやりましたよぉ、赤ちゃんプレイぃ"!! 100万っ!! 寸志(おしゅうぎ)100万円を、後で差し上げまぁ"ぁ"ぁ"すっ!!」

 

(はぁ~勝った、勝ちましたよこの勝負っ!! まあ、ドーピングしているので、勝って当たり前ですけどねぇ!?)

 

 周囲で観戦している財前は、喉の奥でくつくつと漸笑(じわ)る!!

 団体戦が始まったばかりだというにも関わらず、彼は既に勝ちを確信ているかのようであった!!

 

(……勝ち抜きの団体戦は、どちらか5人が先に倒されるまで続く試合形式。先鋒を取ってしまえば、あとは引き分け狙いで十分!! 適当に無為無策(のんべんぐだり)……それで終わりですよぉ"!!)

 

 無意識に財前の唇が、歪に吊り上がる!!

 彼の心境をそのまま表しているかのように、その表情(つら)は希望に満ち溢れ心驕(イキ)っていた!!

 

(さあさあ、金にもならないスポーツマンシップなんて無視(しかと)してぇ~~~とっとと勝ちにいっちゃいますよぉ~!! クソガキどもに、絶望(げんじつ)、教えて差し上げますよぉ"ぉ"ぉ"!! お~~~ほっほっほっほ!!)




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