YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

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かつてのトラウマが脳裏を過る―――
未だ克服できぬ物を背負っていたのとしても―――
君は柔道が楽しいか?


SUPERHUMANSTRENGTH・テッパン・慈愛の巨人

 場内に留まり続ける赤ちゃんプレイとは対照的に、伊集院(いじゅういん)は静かに場外へと退いた。

 歩みは乱れず、背筋も伸びている。

 片眼鏡を外し、左耳へとかけ直すと、青桐達のもとへ歩み寄り、開口一番に詫びの言葉を述べる。

 その口調はいつもと変わらぬ冷静沈着(チルアウト)さを保っていたが、言葉の端々には、敵に向けた鋭い棘が滲んでいた。

 

「悪い。盛大に一本負け(くたば)った」

 

「おう、それでどうだった?」

 

「9割9分9厘、敵は脳内CPU(おつむ)の終わっている言動を取っているが、力だけは本物(マジモン)だったな。体格は俺と同じ60キロ前後の軽量級……それにもかかわらず、実際の腕力は無差別級……100キロ超えと伯仲(どっこい)怪力(てっぱん)だな」

 

現実(マジ)かよ」

 

「ああ。だが一番厄介なのは、奴らが柔皇の技を使ってくることだ。技の練度自体は見るに堪えない。だが、力任せに押し切られると話が変わる。 ……石山(いしやま)、お前の体格なら正面から受け止められるはずだ。頼むぞ」

 

「わ、理解(わか)ったばいっ!!」

 

 入念に柔軟を終えた石山が、ゆっくりと場内へ踏み入る。

 審判の合図と同時に、両者は間合いを潰し、小細工なしで真正面から組み合った!!

 横襟と中袖を掴み合い、そのまま相手を畳へ叩き伏せるように真下へ引き落とす。

 100キロを優に超える石山の体重が、圧として敵にしかかる。

 ――だが、動かない。

 体格では明確に勝っているはずの石山が、逆にその場へ縫い止められていたのだ!!

 

「……っ!!」

 

(この人……(パな)か力や……!! ばってん、木場(きば)先輩と比べたら)

 

 修練場での苛烈な特訓を経て、石山はこの数か月で飛躍的な進化を遂げている。

 踏みしめた足裏から圧が伝わり、畳がみしりと軋む。

 それでも――赤ちゃんプレイは微動だにしなかった!!

 相手は、石山よりも一回り小さい。

 重心は低く、的は狭い。

 足払いを仕掛けようにも、間合いと角度の照準が定まらない!!

 危険(やば)い!!

 わずかに生じた、その逡巡。

 次の瞬間、赤ちゃんプレイの右足が雲を裂くように振り抜かれた――!!

 No.14八雲刈(やくもが)り。

 石山の右踵、その内側を正確に捉え、強引に手前へと刈り払われていった!!

 

「くっ!?」

 

「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! ……審判っ!?」

 

「……静止(まて)っ!!」

 

「ばっぶぁ!? (ウソ)でちょっ!?」

 

 鋭い静止(まて)の声が場内に響き渡り、試合は一時中断となった。

 赤ちゃんプレイの八雲刈りは、石山の支えとなっていた右足の根元を正確に刈り抜き、100キロ超の巨体を大きく傾がせる!!

 そのまま押し倒されれば決定的――そう思われた瞬間、石山は咄嗟に腰を強く捻り、背中から畳へ落ちる軌道をずらした!!

 甚畏乎斯(おすてーき)!!

 肩口から側面へと衝撃を逃がしたことで、体勢は崩されながらも完全な背落ちには至らない!!

 一本を確信したかのように審判へ視線を送る赤ちゃんプレイ。

 しかし、審判寺(しんぱんじ)は静かに首を横へ振り、その意思を明確に示していた。

 

「あ"あ"ぁ"ん"!? ワタクシ的には技ありくらい入ったと思ったのですがねぇっ!? 審判寺さん、審判寺さぁんっ!?」

 

「……」

 

(ちっ……難癖(ごてくさ)が喧しい太鼓腹(だいだぼっち)アフロじゃのぉ……こっちの……石山と言われとったな? ……体が倒される瞬間、腰をひねって背が畳に付くのを防ぎよったわい。体が柔らかいいのぉ。じゃが、このまま何もしなかったら、処分(しどう)が来るが……それでいいのか?)

 

開始(はじめ)……!!」

 

 審判の掛け声で、試合が再開される。

 両者は再び真っ向から組み合い、互いの道着(まとい)を奪いにいく!!

 先ほどの攻撃を強く警戒しているのか、石山は一層守りを固めていた。

 腰を落とし、足裏で畳を踏み締めながら、わずかな隙も見逃すまいと神経を張り巡らせている。

 一方の赤ちゃんプレイも、崩しの糸口を探るように足払いで牽制を繰り返す。

 しかし、守りを固めた石山には決定的な手応えを得られず、攻め手を欠いた状態が続いていた。

 膠着したまま時間だけが過ぎていく。

 やがて審判が試合を中断し、先ほど懸念していた通りの処分(しどう)が、石山に下された!!

 

静止(まて)っ!! ……処分(しどう)開始(はじめ)っ!!」

 

 審判寺(しんぱんじ)が両手を鳩尾の前で巻き取るように回し、そのまま右手の人差し指で石山を示す。

 積極性を欠くと判断された結果、石山に処分(しどう)が与えられた!!

 ブザー音が場内に広がり、試合は再開される。

 再び赤ちゃんプレイは、堅牢な守りをいかに崩すかと思考を巡らせながら間合いを測っていたが、ふと違和感を覚える。

 視線の先にいる石山の構えが、先ほどまでとはわずかに異なっているのだ!!

 腰は落ちているものの、呼吸と重心の配分に微かな乱れがあり、処分(しどう)を受けた焦燥(あせあせ)が動きの端に滲んでいる。

 

「……っ!! 危険(ヤバ)か……!!」

 

「……?」

 

(何でちゅかねぇ……処分(しどう)を取られてから動きが固くなったようなぁ?)

 

「これは……千載一遇(ワンチャン)きたでちゅよぉ"ぉ"ぉ"!!」

 

 先ほどまでの石山とは、明らかに様子が違っていた。

 赤ちゃんプレイと同じ違和感を覚えているのは、何も彼だけではない。

 青桐(あおぎり)達を率いるジョンソンヘッドコーチもまた、その変化を見逃さず、顎に右手を添えたまま視線を鋭く畳へ落としている。

 

「……石山さん、動きがぎこちなくなりましたね。処分(しどう)を取られてから……青桐さん、何か心当たりあるかい?」

 

「いやぁ……? 石山ぁ!! しっかりしろ!! こっからだぞっ!!」

 

「ん~……Hey!! Mr.石山!! 今は目の前のことに集中するんだっ!!」

 

「っ!! わ、理解(わか)ったばいっ!!」

 

 青桐とジョンソンヘッドコーチの声を受け、石山は大きく息を吸い込み、胸の奥に溜まった迷いを吐き出すように、深く深呼吸を繰り返す。

 そして何かを振り切ったように、相手へ真正面からぶつかる勢いで前へと踏み込んだ!!

 守勢に回っていたはずの石山の急激な転調に、赤ちゃんプレイは一瞬だけ反応を遅らせる!!

 だが次の瞬間には意識を切り替え、重水を纏った右足を大きく後方へ振りかぶり、大内刈りの強化技、No.56絶海(ぜっかい)を放とうとしていた!!

 

「くらえでちゅぅぅぅ!! ……あ"ぁ"ん!?」

 

 高所から振り子を落とすような鋭い軌道で、石山の左足内側へと刃を走らせる!!

 その渾身の一撃は確かに捉えたはずだったが、次の瞬間、畳際からせり上がるように現れた砂塊が衝撃を呑み込み、足技の威力を鈍らせていく!!

 ざわり、と波打つ砂は意志を持つ群れめいて列をなし、赤ちゃんプレイの右足へと絡みつきながら、逃げ場を塞ぐ檻の形へと変貌していった!!

 始動を潰し、敵を砂の檻へ封じ込める拘束技。

 No39―――

 

地瀑牢(ちばくろう)っ!!」

 

 砂の檻に絡め取られた右足を、赤ちゃんプレイは力任せに引き抜こうともがく。

 しかし拘束の一瞬こそが、石山にとっての好機だった!!

 踏み込みと同時に敵の横襟を右手で強く引き込み、上体を制したまま体を反時計回りに大きく旋回させる!!

 その回転に呼応するように砂の檻が弾け飛び、解き放たれた敵の勢いを推進力へと変えた石山は、軸足を深く敵の両足の内側に差し入れながら、右足を豪快に振り上げた!!

 払い上げる軌道で敵の両足をまとめて刈り払う――重量級の質量と遠心力を乗せた、破壊的な払い腰が炸裂する!!

 

「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」

 

「や……やったばいっ!!」

 

「OK!! その調子だ」

 

(……さっきのアレ、何だったんだろうねぇ……この試合が終わったら、ちょっと探ってみようかな)

 

 石山の勝利に、青桐達は歓声を上げながら大きく息をついた。

 先鋒を引きずり降ろしたことで、試合は次鋒同士の対戦へと移っていく。

 一歩リードしていたものの、早くも追いつかれる形となった財前(ざいぜん)率いる一団。

 しかし、その空気が険悪になる気配はなく、財前を筆頭に、どこか太平楽(たのぴっぴ)な調子のまま、勝負の行く末を見守っていた。

 

「んんん!! 追いついたと思って安心していますねぇ!! はぁ~……小市民はこれだから……勝ち抜き戦のことを何も理解(わか)っていませんねぇっ!!」

 

 財前の言葉の意味を、周囲に屯している面々はすぐに察していた。

 財前側から送り出されたのは、一切消耗(へば)っていない中二病の男。

 それに対し石山は、先ほどの試合の消耗(へば)りが色濃く残り、すでに息を荒くして肩で呼吸をしている。

 体力の低下はそのまま動きの鈍りとなって現れる。

 しかも相手は、常識外れの腕力で組み合いを制してくる相手。

 攻防を維持するだけでも、石山は通常以上の体力を削られていく!!

 第2戦――開始直後からその差は露骨に表れた!!

 先ほどまで互角だった組手は徐々に押し込まれ、柔皇の技を使われるまでもなく体勢を大きく崩されてしまう!!

 やがて中二病はその巨体を背に担ぎ上げ、力任せに畳へ叩き落とした!!

 荒々しい背負い投げが決まり、石山は一本負けを喫する。

 その結果を見届け、財前は満悦(ほくほく)げに口元を歪めた。

 したり(つら)のまま、彼はいつにも増して饒舌(おしゃま)に戦局を仲間(つれ)達へ語り始めるのだった!!

 

「勝ち抜き戦というものはですねぇ、一進一退になりやすいものなんですよっ!! つまりぃ~一度でもリードを奪ってしまえばっ!! もうほとんど勝ったも同然なんですよねぇ~!! どんなに精悍(ごつ)い選手だって消耗(へば)りますしぃ~、勝ち抜き戦で連勝するなんて、それほど困難なことなんですよぉ"!! お~ほほほほほっ!!」

 

 地面を震わせるほどの身震いをしながら、財前は恍惚とした笑みを浮かべていた。

 すでに先の展開まで思い描いているのか、その表情(つら)には団体戦の勝利を確信しているかのような(よゆう)河童(よっちゃん)さが滲んでいる!!

 退く石山と入れ替わるように、中堅の草凪(くさなぎ)が場内へ足を踏み入れた。

 試合の流れは依然として財前達が優位のシーソーゲームである。

 開始の合図と同時に、中二病はためらいなく前へ踏み込んだ!!

 勢いそのままに草凪よりも先に道着(まとい)を掴み取ると、金髪の色男(まぶろく)を力任せに振り回し、主導権を一気に握ろうとする!!

 草凪に一切のペースを掴ませないまま、試合を一方的に運ぶつもりだった!!

 

「さぁ……懺悔の時間だっ!! 我々を無礼(なめ)たことを、存分に悔いるが……」

 

「No.30「」(から)さばき」

 

「あぁん……?」

 

 中二病の両手から、道着(まとい)の感触がすっと消えた。

 それも当然だった。

 草凪の体が一瞬、風に包まれるように揺らいだかと思うと、中二病の腕からするりと抜け出し、そのまま3歩ほど後方へと移っていたのである!!

 変わり身の術めいた光景に、中二病は一瞬周章(あわ)狼狽()う。

 だがすぐさま体勢を立て直すと、離れた距離を詰めるべく、前のめりに草凪へと遮二無二(ばしゃうま)していった!!

 

「ぐぅ……!! お前、世界(シャバ)を幻影へと誘う誇大者(オープロシキー)……風属性かっ!!」

 

「正確には、風と雷だがなっ!! つ~か、そんなに突っ込んで来ていいのか!? 無節操(ダボハゼ)ぇ!!」

 

「……ん? ぐぁ"ぁ"ぁ"!?」

 

 次の瞬間、中二病の背中が何かに突き飛ばされたかのように大きく前へ弾かれた!!

 だが、その後方には何も存在しない。

 彼の体を押し出したのは、草凪が発生させた電磁力の衝撃だった!!

 紫電をまとった草凪は、その隙を逃さない。

 瞬きする間もなく距離を詰めると、閃光チックな軌道で体を回転させ、中二病の巨体を背に担ぎ上げた!!

 そして次の瞬間、眩い光を伴った一本背負いが炸裂する!!

 No.71―――

 

紫電投(しでんな)げ―――!!」

 

 宙で半月を描いた中二病の巨体が、電鳴とともに背中から畳へ叩きつけられる!!

 試合時間はわずか17秒!!

 ほとんど瞬殺と言っていい試合運びに、財前は開いた口が塞がらない!!

 草凪は首を鳴らし、拳を握り直すと、投げ倒した中二病に背を向けたまま、すでに次の試合へと意識を切り替えていた!!

 

「さてと……()()すっかねぇ!!」




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