YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

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戦場駆けし韋駄天―――
目論見が全て狂ったとしても―――
君は柔道が楽しいか?


OUTWIT・ヌク・異国を統べし者

 あまりにもあっけない幕切れ―――

 見物人(パンピー)達の歓声が上がるよりも早く、会場に広がったのは戸惑い混じりのざわめきだった。

 財前(ざいぜん)の予想を裏切る決着。

 その現実を受け入れきれないまま、彼は何度も目を擦る。

 やがて短い沈黙(スフィンクス)を挟み――次の瞬間、感情が爆竹めいて弾けた!!

 

「……………………ふぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!? なんですかあの金髪はぁ"!?」

 

「……えぇっと財前理事長だっけ? 次の選手を早く出して欲しいんすけど……へっくしょん!! 俺、風邪ひいちゃうんすよ~財前理事長みたいに体がでかくないんで~」

 

「あ"ぁ"!? この小市民風情がぁ"ぁ"ぁ"~~~!! 何をしているのです!! 早く戦いなさいっマザコンッ!!」

 

 場の空気を断ち切るような軽口。

 草凪の挑発にあっさり乗せられた財前は、(つら)を真っ赤に染め、荒い鼻息を吐きながら取り乱していた。

 部下(えもん)であるマザコンを急き立てるように命じると、血走った眼で試合会場を睥睨(がんづけ)ている。

 その騒々しい様子を漸笑(じわ)りながら、草凪(くさなぎ)は次の対戦相手であるマザコンを、微笑人(ニヤリスト)めいて見下ろした。

 

「対戦、熱望(おねがいっしゃ~す)

 

「ママぁ~!! この子供(じゃり)天狗(ちょづ)いてるよぉ~!!」

 

 冷たい空気を裂くように、審判寺の右手が振り下ろされる。

 その一閃を合図に、中堅同士の戦いが幕を開けた!!

 追いつかれた財前チームにとっては、ここで再び突き放したい局面。

 連戦の草凪に休憩(ちょい)する暇を与えぬまま、マザコンは両足を踏み込み、力任せに横襟へと手を伸ばす!!

 その瞬間、鳥のさえずりめいた音が鳴り、次の刹那、残像すら引き裂く速度で右腕が突き出された!!

 組手専用の柔皇の技。

 No.2―――

 

真鶸組手(まひわくみて)ぇ!! もらった……!?」

 

 右手で強く握り込み、掴み取ったはずの横襟を引き寄せる――はずだった。

 確かな手応えはあった。

 だが次の瞬間、その感触は霧散する!!

 指先に残ったのは、空気を掴んでいるかのような虚無だけ。

 視界の先には、翠色の風をまとい後方へと逃れた草凪の姿。

 その無礼(なめ)腐った表情(つら)が、はっきりと焼き付いていた!!

 

「No.30 「」(から)さばきっと!! ひゅ~危険(やべ)ぇ……本当(マジ)で力が精悍(ごつ)いわ、こいつ」

 

「この……ちょこまかとっ!!」

 

 おちょくられるような言動に、マザコンの全身の血が一気に沸き立つ。

 何としてでも草凪を捕らえようと踏み込むが、その姿は風をまとったかのように掻き消える!!

 そして間髪入れず別の位置へと移動―――

 姿を現すと同時に、今度は雷めいた速度で場内を駆け回っており、草凪の道着(まとい)を捉えることができない!!

 その光景は、さながら魚のつかみ取りめいていた!!

 

「ざ、財前様、このままじゃ……あいてっ!?」

 

「お黙りなさぁいっ!! いいですかぁ? 柔皇の技を使うには体力と気力を消費します。あそこまで連発していれば、いずれ気力が底をつき、そのうち技も使えなくなりますよぉ"!! じわじわと追い詰めてしまうのですマザコンっ!! 焦燥(あせあせ)はいけませんよぉ!?」

 

(ちっ……あの金髪アフロ、発狂(ヒス)ってる割にはまともなこと言ってんなぁ……そうなんだよなぁ~このままのらりくらりしてるだけじゃ、処分(しどう)取られそうだし……どうすっかな)

 

 外野の雑音を耳に挟みながら、草凪は次の一手を巡らせる。

 何かを閃いた彼は、足を止めた次の瞬間、距離を取っていたマザコンへ一直線に踏み込んでいった!!

 不意を突かれたマザコンは、反射的に後方へ下がり、間合いを広げようとする!!

 狙い通りの反応を前に、草凪の口元がわずかに緩む。 

 そのまま彼は進路を切り替え、バックステップの要領で一気に場内の四隅へ跳ぶ!!

 続けざまに、右足で畳を1度蹴り抜く草凪。

 次の瞬間、2人の身体を包み込む翠色の旋風が巻き起こり、互いの位置を瞬時に入れ替えていった!!

 No.41―――

 

空蝉(うつせみ)……!!」

 

「んんんっ!? この野……」

 

静止(まて)ぇっ!!」

 

 位置を入れ替えられたマザコンは、草凪との間合いを詰めようと足を踏み出す!!

 だが、その動きに審判の静止(まて)がかかる。

 ―――それもそのはず。

 後方へ下がろうとしていた最中に位置を変えられたマザコンの足は、その勢いのまま止まらない!!

 入れ替え後も踏み込みは続き、気づいた時には、両足はすでに赤い畳の外へと踏み出していた!!

 故意に場外へ出る行為―――

 それは柔道家にとって、処分(しどう)の対象となる!!

 

「……処分(しどう)っ!!」 

 

 試合を中断した審判寺は、右足を引き、右手の人差し指でマザコンを指し示す。

 柔道では、処分(しどう)を3度受ければ失格(はんそくまけ)となる。

 意図的に処分(しどう)を取らされたことで、マザコンは草凪の狙いに気づき始める。

 反則を積み重ねさせて勝利を奪う――狡猾(あざと)い戦い方。

 正攻法では敵わないと見て選んだ、草凪の邪道な戦い。

 その戦術を前に、マザコンの勝ち筋は大きく削られていく!!

 もはや策なしで勝てる相手ではない―――

 そう認識を改めたマザコンは、小細工を許す前に距離を詰め、企みごと叩き潰しにいく!!

 

開始(はじめ)っ!!」

 

「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

(見ててね、ママ!! 組み合ってしまえばこっちが有利なんだ。だから落ち着いて……あっ……!!)

 

感謝(あざ~す)……っ!!」

 

 処分(しどう)を取られたことで、マザコンの心の余裕は削がれていた―――

 本来ならば間合いを慎重に詰めて追い込むべき局面。

 しかし早期決着を焦燥(あせあせ)り、必要以上に前のめりに掴みかかった!!

 投身自殺(ナムドボン)めいた判断ミス―――

 その瞬間、草凪が動いた!!

 前進する敵の勢いを利用し、組み際に横襟と中袖を同時に掴み取る!!

 そして間髪入れず体を左へ回転させ、マザコンを背に乗せる!!

 地に突き刺さった杭を引き抜くように、マザコンの身体が宙へ神輿めいて担ぎ上げられた!!

 背負い投げが決まっていく!!

 

「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「ママァ"ァ"ァ"ァ"!?」

 

「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」

 

 審判寺の右手が、夜空へ高々と掲げられる!!

 中堅戦は、敵を不意打()いた草凪の勝利で決着した!!

 桁違(レべチ)な腕力を持つ相手との連戦――その負荷は大きく、想像以上に体力を削られている。

 草凪は肩で荒く息をつき、白い吐息を宙に滲ませた。

 名トレーナーとして知られている、あのダンディ・ロビンソンから見ても、消耗(へば)りの色が濃ゆく見えているだろう。

 それでも草凪は視線は落とさない。

 力を引き上げ、次の戦いへと身を向けていくのだった!!

 

(はぁ……はぁ……さぁて……もうひと踏ん張り……しましょうかねぇ!! つ~か、きっつ……!! お前ら、ちゃんと俺の雄姿を見とけよ。目ん玉が飛び出るくらいの活躍をしてやっからよぉ!!)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」

 

「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」

 

 ガス欠に陥った草凪は、敵の副将である数字アレルギーに抵抗虚しく敗北する!!

 畳から体を引きはがし、ふらつく足取りのまま試合開始前の位置へ戻ると、対戦相手に一礼し、青桐達のもとへと引き上げていく。

 両手で(つら)を覆う金髪の男に、永友(ずっとも)の青桐が容赦なく声を飛ばした。

 

「おら隼人(はやと)っ!! お前もうちょっと粘れよ、相変わらず体力ねぇなぁ!?」

 

「草凪、よくやったぞ!! 後は俺に任せなっ!!」

 

感謝(あざっす)大原(おおはら)さん!! どっかの青桐(かんしゃくだま)と違ってあったけぇっす!!」

 

 城南の主将である大原に労いの言葉をかけられた草凪が下がる。

 それと入れ替わるように、空色の髪をした青年――大原が前に出て、敵の副将と対面した!!

 数字アレルギーが挑発を飛ばすが、大原はまるで意に介さない。

 生返事を返しながら、視線は財前へと向けられていた。

 

「おうテメェ!! 次の相手は俺だぞっ!? 何処見てんだよっ!! あぁん!?」

 

「あー……謝罪(さっせん)、アンタは眼中にないんで。おら財前!! お前は俺が必ず投げてやっからなぁ!?」

 

「おい!! こっちが先だろ!? 無礼(しかと)てんのかお前ぇ!!」

 

開始(はじめ)っ!!」

 

 副将同士の戦いが始まる!!

 城南の選手が姿を現したことで、財前の表情(つら)は露骨に歪んだ。

 かなり(おこ)のようで、外野から品のない罵声(がなり)が飛ぶ。

 その様子に怪訝な視線を向けながら、大原は理事長へ向けて、煽るように言葉を吐き捨てた!!

 

「大原さぁ~ん……ワタクシ、非常に残念ですよ……アナタには期待していたのにねぇ!! 今からでも考え直しませんっ!? ワタクシ、不条理(ねっとう)(のま)されてますよっ!?」

 

「おーおー作為的(くさ)い演技だねぇ!! この粗笨(がらっぱち)倒したら、次はテメェの番だ。今から言い訳の準備でもしとけ豚野郎っ!!」

 

「んだと小市民風情がぁ!! アレだけ柔道部に投資してやったのに……恩知らずですねぇ"ぇ"ぇ"!?」

 

「おい!! 今の相手は俺だって言ってんだろ!? さっきから無視(しかと)してんじゃねぇよ!!」

 

「……No.37 霰唄(あられうた)

 

「!? ひゅー……ゴホゴホっ!? なん、ぜぇー……ひゅー……っ!?」

 

 財前へ暴言を叩きつけながらも、大原の意識は目の前の相手との組手に一点集中していた―――!!

 氷をまとった両腕からは冷気がゆらりと立ち上り、組手で打ち合うたびに霰のような結晶が弾け飛ぶ!!

 飛散した破片を吸い込んだ数字アレルギーの呼吸が、見る間に乱れた。

 わずか数秒で、喘息めいた症状が現れる。

 胸を詰まらせるように、苦しげな息を吐き続けていた!!

 

「……理事長から俺の戦い方を聞いてなかったのか? なんだかなぁ……オメェ捨て駒扱いじゃねぇか」

 

「ぐぅ……糞がぁ"ぁ"ぁ"っ!!」

 

 互いに両手が空いた状態のまま、数字アレルギーは右腕を振り抜き、空間を薙ぎ払う!!

 その軌跡に、真紅の炎が走った!!

 獄炎がうねり、大原へと襲いかかる!!

 No.11赫灼(かくしゃく)

 灼熱で怯ませに来た一撃――だが、大原は両腕を前へ差し出す!!

 氷をまとったその腕が、迫る炎を正面から受け止め、威力を相殺した!!

 周囲には光の粒が静かに舞い、次の一手へ移ろうとしている!!

 

「用があるのはウチの理事長なんだわ。この試合はとっととケリを付けさせてもらうぜっ!! No.47……!!」

 

 酸欠状態に追い込まれた数字アレルギーが、最後に目にした光景。

 大原の右足が払われると同時に、無数の三日月状の刃が放たれる!!

 次の瞬間、己の両足が地面から引き剥がされていた!!

 宙を舞い、畳へと叩きつけられる!!

 再び視界が定まった時――審判寺の右腕が、地面に対して直角に掲げられていた!!

 

蛾眉払(がびばら)い!! やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「うわぁ"ぁ"ぁ"!?」

 

「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」

 

「さぁてと……財前理事長!! ……城南の主将として、お前は俺がぶん投げて指詰(けじめ)つけさせてやんよ!!」




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