YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

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全ての元凶が微笑む時―――
己の怒りが限界を迎えたとしても―――
君は柔道が楽しいか?


PSYCHOUT・ユスル・大大大告白

 場内で敵の大将を待つ副将の大原(おおはら)

 だが肝心の財前(ざいぜん)は、場外の畳に胡坐をかいたまま、腕を組み、微動だにしない。

 (おこ)を抑え切れぬのか、その巨体は小刻みに震えていた。

 今にも内側から破裂しそうな激情(サボテン)を抱えながら、財前は天を仰ぐ。

 ―――そしてついに、その時が訪れる。

 

「ふぅぅぅぅー……ふぅぅぅぅぅ~~~~!! 不満(カムチャッカ)大爆発(インフェルノ)ぉ"ぉ"ぉ"!!」

 

 赤黒い悲鳴を撒き散らしながら、財前は傍らの荷物入れへと手を突っ込む!!

 次の瞬間、取り出した注射器を左腕へ勢いよく突き刺した!!

 薬液が、どぷりと血管へ流れ込んでいく!!

 本日2本目のドーピング剤を打ち込んだ財前は、使い終えた容器を乱暴に放り捨てた。

 そして―――沼の底から瘴気を引きずり上げるように、ゆらりと立ち上がる。

 場内へ踏み込んできたその姿は、もはや人間というより怨念の塊だった。

 狂気を孕んだ双眸は、精神の腐敗を映し出すかのように濁り切っている。

 財前は目前に立つ大原を、じっと見据えていた―――!!

 

 「ワタクシぃ……今までの人生、大概のことは金でどうにかしてきたのですがぁ……ここまで思い通りにならないのは初めてですよぉ……ワタクシの番が回ってきた時には、消耗(へば)った大将を鮮やかに投げ飛ばす予定でしたのにぃ……大、大、大誤算ですよぉ~~~!?」

 

「そりゃ残念だったな?」

 

「えぇ……もっと高い金を払って、質のいい部下(えもん)を雇うべきでしたねぇ……。ワタクシ、(パな)く反省してますよぉ……この試合が終わったら、全員クビにしましょうかねぇ~~~?」

 

「……なんかさっきから、俺と大将の青桐に勝つ前提で話してるよな? ……どこまで楽観的(らくすけ)なんだか」

 

「はぁ~……小市民には理解(わか)りませんかぁ~……なんて可哀そうにぃぃぃぃ!!」 

 

 大原が勝てば、その瞬間に団体戦は終了。

 後に控える青桐(あおぎり)の試合を待たずして、彼らの勝利が決定する。

 ―――注目の一戦が、ついに始まる!!

 譫妄(おてんき)な財前は、奇声を上げながら両手を広げ、大原を威嚇(はったり)していく!!

 対する大原も、例え学校の理事長が相手であろうと、一切手加減をするつもりはない。

 両手へ厚氷をコーティングした彼は、敵との組手争いに備えていく!!

 

開始(はじめ)っ!!」

 

「しゃぁ、こいっ!!」

 

「はぁ~……やはり理解(わか)っていませんねぇ"ぇ"ぇ"!?」

 

 大原の頭上へ、財前の両腕が荒々しく振り下ろされる!!

 氷で覆われたその腕に触れれば、呼吸を阻害され、確実に体力を削られる。

 それを嫌った財前は、本来狙う横襟ではなく、首裏に近い奥襟を右手で深々と掴み取った!!

 脇を固く締め、大原の頭を地面へ押し潰すように組み伏せていく財前。

 その巨体から繰り出されるのは、ドーピング剤によって底上げされた異常(バグ)った腕力。

 小細工を仕掛ける大原の策を、真正面から力尽くで粉砕していくのだった!!

 

「ぐぅ……!? こいつ……そこそこ鍛えてんな!?」

 

「おほほほほ!! 正解ですよぉ!! さっきからあなた方ぁ、ワタクシの豊満体(ごっくんぼでぃ)を見て、ただのデブだと勘違いしていませんでしょうかぁ"ぁ"ぁ"!? 土地や不動産に投資しているワタクシがぁ"ぁ"ぁ"!! 自分の体に投資していないとでも、お思いでしょうかぁ"ぁ"ぁ"!?」

 

「……ちっ!! 脳筋が……っ!!」

 

「ん"ん"ん"っ!! 総投資額500億ぅ"ぅ"ぅ"!! 富豪(ぼんぼん)の力を思い知りなさぁ"ぁ"ぁ"い!!」 

 

 100㎏を超える巨体で、真下へ押し潰すように圧を掛ける財前。

 対する大原は、足を肩幅以上に開き、歯が砕けんばかりの力で食い縛りながら耐え抜いていた!!

 体を支える2本の足。

 その左足を狙い、財前の丸太めいた極太の左脚が、大原の外側から薙ぎ払うように襲い掛かる!!

 突っ張り棒を外されたかのように左足を払われ、大原の体勢が大きく崩れた!!

 その瞬間―――財前は後ろ腰を肩越しに掴み取る!!

 左回転しながら半身へ入り込み、大原の左足の内側を鋭く払い上げるように、内股を炸裂させた!!

 地面から引き抜かれた大原の体が、宙へと浮かび上がる。

 ばたつく両足が空を切り―――数秒後、その背中が乱暴に畳へ叩きつけられた!!

 

「技ありぃっ!!」

 

「ん"ん"ん"!! 寝技で仕留めましょうかねぇ"ぇ"ぇ"!!」

 

 一本勝ちを逃した財前は、そのまま制圧による勝利を狙い、地に背を付けた大原へ追撃を仕掛ける!!

 猛牛めいて突進してくる財前を、大原は冷静沈着(チルアウト)に視界へ捉えていた。

 財前の両腕が迫る中、大原は左手で財前の左襟を掴み、右手で道着(まとい)の右襟を握り締める!!

 交差するように両腕を引き絞った次の瞬間―――

 ロープで首を締め上げるかのように、財前の頸動脈を一気に絞め落としていった!!

 ゆでだこめいて(つら)を真っ赤に染めた財前の口から、断末魔めいた不快(へーす)い奇声が漏れ出してくる!!

 

「あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!? 締め技とは、鬱陶しいですねぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!!」

 

「おらどうした財前!! とっととギブする…………おぉ!?」

 

「だぁ~れがギブなど、するものですかぁぁぁぁ!!」

 

静止(まて)っ!!」

 

 審判から静止(まて)の合図が飛ぶ。

 首を絞められていた財前は、大原が体へへばり付いたままの状態で、力任せに上体を起こした。

 そのまま畳から立ち上がり、寝技の攻防を強引に断ち切ることで、試合を中断させてしまう!!

 財前の首へぶら下がったままの大原は、やがて両腕を解き、静かに畳へ足を下ろした。

 そして、そのまま試合開始前の位置へ歩みを進めていく。

 

「ふぅ~……ふぅ~~~~!! 寝技でどうにかしようと企んでいたのでしょうがぁ~~~……無駄でしたねぇ~~~? ふぅ~~~~~残念っ!!」

 

「………………」

 

(こいつ、だいぶ息が上がってんなぁ。……運動不足か、こりゃ?)

 

開始(はじめ)っ!!」

 

 試合再開までの束の間の休息(なかいり)

 せき止められていた血流が脳へ巡り始めたことで、財前の頭には次々と報復(かえし)のプランが浮かび上がっていた。

 そして試合再開と同時に、意気揚々と体を乗り出し、大原の道着(まとい)を掴みにかかる!!

 対する大原も、差し返すように道着(まとい)を掴み返した。

 ―――だが、彼は先ほどから思考を巡らせ続けている。

 仰々しく言葉を並べ立てる財前は、その様子に僅かな違和感を抱いていた!!

 

「んんん~~~? まぁた寝技狙いですかぁ……? ワタクシが、そう何度も同じ手を食らうとでもお思いですかぁ? お~ろかおろか♪ お"ろ"お"ろ"か"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

 ガッチリと両手で組み合った財前。

 ダンプカーめいて前進すると、その巨体で大原の体を後方へ無理やり押し込んでいく!!

 大原も重心を低く落とし、両足で畳を踏み締めながら抵抗を図る。

 ―――だが、目の前の巨体の足が止まることはなかったのである!!

 

「ちっ!! この……豚がぁ……!!」

 

「ぶひぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!! 豚、頑張(きば)りまぁす!!」

 

 大原は後方への後退を余儀なくされ、場外の境界線がじわじわと迫ってくる。

 そんな最中―――左足を真後ろへ引いた瞬間、突然、階段を踏み外したかのような浮遊感が全身を襲った!!

 反射的に視線を真下へ落とす。

 そこには、本来あるはずの畳が焼け溶けていた!!

 なんたる光景、吃驚仰天(おったまげ)!!

 財前が両足へ纏わせた炎によって畳が融解し、苦く燻された煙が大原の鼻腔を鋭く突き刺していく!!

 同時に左足を取られ、大原の体勢が大きく崩れた!!

 財前の目が妖しく光る。

 次の瞬間―――炎を纏った左足が、大原の右脛へ接触。

 そのまま後方へ押し込むように刈り払われ、大原の体が宙へと舞い上がった!!

 払釣込足の強化技。

 No.20―――

 

火鼠払(かそばら)いっ!! んんん……どっこいしょぉ"ぉ"ぉ"っ!!」

 

「技ありっ!! 合わせて一本っ!!」

 

 敗北の気配を肌で感じながら、体勢を崩した大原の背が、再び畳へ叩きつけられる!!

 判定は技あり。

 2つ目の技ありを奪われた大原へ、審判は無情にも敗北を告げた。

 互いに礼を交わし、大将である青桐へ繋ぐため、大原は静かに会場を後にする。

 (つら)には申し訳なさそうな色を滲ませながら、それでも後続の青桐へ激励の言葉を投げかけるのだった。

 

「わりぃ青桐、俺で決着をつけるつもりだったんだがな……あの野郎、思った以上に腕力があるぞ。恐らく……薬を2本使ったことが影響してんのか? 力勝負は避けた方がいいぜ。それとなんだが―――」

 

「……ん? ――――――」

 

「おほほほほっ!! さあさあぁ!? あと一人でワタクシの勝ちですねぇぇぇ!! さっさと入っていらっしゃいなさぁい!!」

 

「―――つーわけだ。頼むぜ青桐、あの野郎をぶっ飛ばしてくれ!!」

 

了解(うっす)。そんじゃ行ってくるっす!!」

 

 何かを耳打ちされていた青桐は、大原へ軽く会釈すると、そのまま視線を財前へ移した。

 倒すべき標的が会場内で下駄笑(はきものやのむすめ)めいている中、青桐の口は固く結ばれている。

 一礼して会場内へ歩みを進めると、一回りも巨大な目前の敵を鋭く眼光人(めんち)()っていった!!

 冬空の下―――広がっていく殺意が空気を尖らせる中、試合前最後の口喧嘩(レスバ)が幕を開ける。

 

「ふー……」

 

「おほほほほ……さぁてと……最後は青龍の2つ名を持つ方ですかぁ……そうですかそうですかぁ!!」

 

(んん~……ワタクシ、この青桐って野郎に勝てますかねぇ? 前評判は嫌でも知っていますしぃ~……何か戦いを有利に運ぶ材料はないでしょうかねぇ? ……っ!! おやおや? おやおやおや!? そう言えば……思い出しましたよっ!! 掻乱(ゆす)れそうなネタがあるではありませんかぁ!! ワタクシにしかないネタがぁ!! お~ほほほほぉ!!)

 

「あぁ~コホン。青桐さん……ちょっと良いですか?」

 

「断る。さっさと試合を―――」

 

夏川鈴音(なつかわすずね)の事故の件ですが……ね? アレ、ワタクシがやったんですよ」

 

「……あ?」

 

「2020年8月15日、夕暮れ。全国大会から帰省した二人は、高層ビルの修繕工事が行われている工事現場を通っている際、なぜかワイヤーが切れたため、吊るしていた鉄骨が落下してしまいぃ~~~!! 青桐さんを庇うために、彼女(かのぴ)が身代わりになったんでしたっけぇ~~~!? 伝聞(うけうり)になりますが、部下(えもん)からはそう聞いてますよ~~~!? あ、近くにはハンカチなんて落ちてませんでしたぁ!? どうでした!?」

 

「…………………………お前、なんでそこまで知ってん―――」

 

「いや~あの禿頭(ぎゃくほたる)のみなさん、金払いがいいんですよねぇ~~~!? ま、残念な結果になってしまいましたけど、いいではありませんかぁ。青桐さん、あなた有名選手なのですから、きっと女の子にモテモテでしょ~~~? 心機一転を図ってみてはどうでしょうか!? ねぇ!?」

 

「……………………」

 

「博多の女は可愛い子が多いですしぃ~~~適当に女見つけて、適当に新しい彼女(かのぴ)でも作ればいいんじゃないっすかぁ~~~?」

 

「ぶ"っ"殺"す"っ"!!」 




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