大罪を犯した人間が相手でも―――
君は柔道が楽しいか?
「
夜の船着き場に木霊する悪漢の声が、
青桐はその場に立ち尽くしたまま、試合開始の合図が鳴ったにも関わらず、一歩も動こうとしない。
――その瞬間、青桐が、回瀾を体の前へと従える。
左から右へ、逆巻く波が空間そのものを攫うように、青桐の腰が爆発的に切り返された!!
No.73
激流に呑まれた財前の右手が、強引に左横へと流される。
体勢ごと受け流された財前。
再び視線を青桐へ戻した瞬間、その薄汚れた眼が捉える。
獰猛な眼光の奥に、凍てつく殺意を滲ませた――
「ブヒブヒィィィィィ~っ!! ワタクシ、怖~い!!
両脚へ雷を奔らせた財前が、畳2畳分ほどの距離を取る。
直後、雷鳴じみた踏み込みと共に、青桐の目前へ一気に再接近した!!
1度は両手を弾かれた財前。
だからこそ今度は、青桐に技を使わせるより先に、横襟と中袖を強引に掴み取る!!
そのまま真下へ叩き潰すように、青桐の上体を押し込んだ!!
先ほどの
財前は再び、力による支配を始めたのだった!!
「ん"ん"ん"っ!! さてと……どう倒してくれましょうかねぇ!! 内股? 支釣込足?
「……
財前の横襟を持つ右手に力を込めると、片腕のみで、財前の巨体を強引に押し返していった!!
筋繊維が千切れ飛ばんばかりに膨れ上がり、青桐の全身が軋む。
それでも構わず、財前の圧力を無理やり引き剥がしにかかった!!
1人半ほどの空間をこじ開けると、その隙間へ体をねじ込んだ青桐は、財前の左足を内側から刈り払うように、大内刈りを炸裂させた!!
だが財前の体は、大木に技を掛けているかのように微動だにしない。
技が通用しないのは青桐も想定内なようで、財前が技を返そうと重心を動かした瞬間、青桐の技が次の動作へと切り替わる!!
目にも止まらぬ脚捌きで、右足と左足をそれぞれ1回ずつ振るっていく青桐。
財前が異変を察知するより先に、その斬撃はアルファベットのXを描くように交差し、両脚のアキレス腱へ、容赦なく食らいついた!!
小外刈りの派生強化技。
No.33―――
「
「んんんっ……!!」
(下手に
バランスを崩した財前へ、青桐が間髪入れず追撃を仕掛けていく!!
矢継ぎ早に足技を浴びせ、何度も体勢を揺さぶっていくものの、一回り以上大きな財前の体は、電柱めいて地面へ根を張っており、このままでは崩せそうにない。
その事実に、青桐の内心で
このまま足技だけで削り切るのは不可能――そう判断した青桐は、決定打を与えるべく、財前の狙い通り投げ技へと踏み込んだ!!
その瞬間、財前の全身がぴくりと反応する。
肌を刺すような気配から、大技の到来を察知したのだ!!
思い通りの展開に、財前は内心ほくそ笑む。
そのまま腰を深々と落とし、重量を活かした迎撃態勢へと移行していくのだった!!
(はぁ~~~組み立てが単調すぎますねぇ~!? 頭に血が上り過ぎですよぉ~っほっほっほ!! )
左手の引き手を強く引きつけながら、青桐が右肘を財前の右腋へと深く差し込む!!
背負い投げによる決定打―――
青桐の狙いを即座に見抜いた財前は、彼に絶望を味わわせるべく、重心を深々と落としていく!!
研ぎ澄まされた刀身を力尽くでへし折るかのように、青桐の技を正面から叩き潰しにかかった!!
へし折りに―――
「あり?」
背負い投げへ入っていた、青龍の2つ名を持つ男。
その青桐が、不意に左手で握っていた財前の中袖を手放す。
直後、今度は右手の釣り手を強く引き込み、自身の体へと密着させた!!
さらに左腕を財前の左腋へ深く差し込むと、巨漢の左肩を左手で掴み取る。
そのまま時計回りに体を鋭く回転させ、一本背負いを繰り出した!!
――だが、それは通常の一本背負いではない。
逆方向、
「ありりり~? お……お"ぉ"ぉ"ぉ"!? 小市民~……貴様ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~~!?」
「……ベラベラベラベラ
青桐が
その巨漢が今、青桐の左の一本背負いによって、宙へ引き剥がされようとしていた!!
青龍の背で
完全に虚を突かれた悪漢は、間一髪のところで左足の指を畳へ食い込ませる!!
投げ切られる
だが、その代償のように、財前の心臓は張り裂けんばかりに脈打っている!!
耳障りなほど激しく鳴り響く鼓動を、財前自身がはっきりと聞いていた!!
「はっ……!! はっ……!! 左……左ぃ!? ちょっ!?」
「ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
完全に
潤んだ目で停戦を訴えかける。
だが、
激流めいた攻勢は、むしろ勢いを増していく!!
右利きの小内刈りで、まず財前の右足を刈り取る。
直後、今度は
左右対称に押し寄せる連撃が、絶え間なく財前の体勢を揺さぶっていく!!
防戦一方へ追い込まれた財前は、気付けばその激流へ呑み込まれていた!!
「ん"ん"ん"ん"っ!! 鬱陶しい攻撃ですねぇ!? いつまで続けるっ」
「おう、どうした豚野郎……キャラ付け忘れてんぞっ、オ"ラ"ァ"ァ"ァ"ッ!!」
「ブヒィ"ィ"ィ"ィ"!! 殺すっ!! この小市民風情がぁっ!!
「お前よぉ……たまたま金持ってるだけの豚野郎の分際で、でけぇ
「このっ!! 育ちの悪いカス野郎がぁ"……資本主義の申し子であるワタクシに、さっきからぁ!!」
「
「……はい?
「
「ちっ!! ……
「ぐぐぐぐ!!
「では……
試合を中断し、青桐と財前へ
彼の宣言によって止められていた時間が、再び動き出した瞬間――青桐の猛攻も同時に再開された!!
試合開始直後。
青桐はこの空間を、桜が舞い月夜が静かにたたずむ、ウユニ湖めいた世界へと変貌させていた!!
静まり返っていた水面は、突如として荒れ狂い始める。
嵐の到来を告げるかのように、無数の波が激しくぶつかり合い、その衝突音を響かせていく!!
うねりを上げる激流は、まるで意志を持っているかのようだった。
悪漢を海の底へ引きずり込まんと、牙を剥くように襲い掛かっていく!!
その
「こ、れ、はぁぁぁ……
「……どこ見てんだ? こっちだ老眼っ……!!」
荒れ狂う波の中へ姿を溶かした青桐を捉えることは、たとえ至近距離であっても
財前は青桐の行方を探ろうと、目を凝らして周囲へ視線を走らせる!!
だが、どこにも姿が見当たらない!!
その瞬間、もたついた財前との間合いを、青桐が一気に踏み潰す!!
体を左へ鋭く旋回させながら、背負い投げの体勢へ入り込んだ!!
後手へ回った財前は、
重心を沈め、自護体の姿勢で迎撃に移った!!
そんな財前の選択を見た青桐は、仕掛けていた背負い投げを即座に中断。
そのまま逆方向へ体を切り返し、左の一本背負いで財前を背負い上げにかかった!!
「……っ!! 2度も、同じ手を、食らうかぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! あぁ!?」
(……ワタクシの足に力が入らない!? スタミナ切れ……? なぜこんな早くにっ!?)
体勢を低く落とした財前の両脚が、生まれたての小鹿めいて小刻みに震えている。
試合は、まだ長期戦に突入したわけではない。
にもかかわらず、全身の細胞からは老廃物が噴き出すように溢れ出し、脳は激しい
明らかに
その変化へ誰よりも早く気付いたのは、大原だった。
待ち望んでいた展開が訪れたことで、
「……寝技は胸部や首を圧迫する関係上、呼吸が乱れやすいんだよなぁ……さっきの俺との試合で、力づくで寝技を中断するわ、ペース配分も考えず
「っ!! 大原ぁ……貴様ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」
場外で試合を見守る、城南柔道部の主将である大原は、先ほどの戦いを振り返りながら、背水の陣で戦う理事長へ冷たく言葉を突き刺していく!!
額に青筋を浮かべた財前は、今日1番の声で
その隙を逃さず、青桐が財前の懐深くへ潜り込む!!
巨体を背中へ担ぎ上げると、畳へ足の指を食い込ませながら、一気に体を浮かせていった!!
悪逆の限りを尽くしてきた悪漢へ突き付けられた刃……
それが今まさに、断罪の一撃として振り抜かれようとしていた!!
「う……ぉおぉぉぉ!?」
(ワタクシが……
「ワタクシ
「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「い"ぃ"ぃ"ぃ"や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!?」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!
畳へ叩きつけられた衝撃によって、停泊していた豪華客船が微かに揺れる!!
背中から畳へ沈み込んだ財前は、そのまま暗雲の漂う夜空を見上げていた。
脳裏をよぎるのは、自らのこれから先の人生。
積み上げてきた地位も、権力も、築き上げた全てが崩れ落ちていく、
口をもごもごと動かすも、言葉にならない。
完全敗北という
この試合の審判を務めた審判寺は、その光景を見下ろしながら、総括するように静かに口を開き始めたのだった。
「さてと……試合はルーカス・ジョンソン側の勝ちじゃな。
「ちょ、審判時さん!! 最後の投げ技、
「なんじゃ……ワシの審判に
「ぐぐぅぅ!! …………………あ~はいはい、
『財前様ぁ!! 助け――ギャァァァァ!!』
「……ふぁっ!?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
青桐達が船上で激闘を終えていた、まさにその頃。
蒼海大学付属高等学院のグラウンドでは、財前の
ジョンソンヘッドコーチから事前に情報を受け取っていた柔道部の面々は、襲撃に備え、グラウンド一帯へ無数の畳を事前に敷き詰めていた。
そして監督である井上もまた、部員達と同じように
「はっ……はっ……!! クソ、何でコイツら、タイミングよく待ち構えてやがったんだよぉ"!? 財前さん、話が違ぇじゃねぇか!!」
「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ギャァァァァァ!!」
「お、おい!! ……ひっ!?」
「おーおー随分と
「武人として風上にも置けんな……少しは根性を見せたらどうだ? 風もそう言っているぞ」
「お、おいおい!? 蒼海の主力メンバーじゃねぇか!? 回生の火花の異名を持つ
敵わないと悟った財前の
――だが、その退路を塞ぐように、背後からぬるりと現れた城南柔道部の
次の瞬間、
財前の
身内であるはずの人間達が敵側へ回っている。
その
「はぁ!? 何でお前……いや、お前らがここに!?」
「オリバーも
「HAHAHA!! そんなに急いデ、何処に行くんダ? もっと楽しもうゼ~!!」
「Fleeing in front of the enemy is... pathetic(敵前
「おい、ちょ、待てって……あ、あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
渾身の
野外デッキの床板を乱暴に蹴り抜き、激しい足音を響かせながら、青桐達へ背を向けて一目散に駆け出していく悪漢。
恥も外聞もかなぐり捨てた財前の額からは、滝めいた汗が止め処なく流れ落ちていた!!
「はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! やってらんないですぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!!」
「……何処へ行く気じゃ。いい加減、観念せい」
「はぁ~前に現れて邪魔邪魔邪魔ぁっ!! そこを退きなさいっ、ジジイがぁ"ぁ"ぁ"!!」
「アホみたいに
「っ!?」
「お前さんらと同じように言うならばじゃ……
右手で財前の襟を静かに掴み取る審判寺。
軽く触れられた程度にも関わらず、財前の巨体は大きく前方へと泳がされていく!!
その刹那、地面の小石を蹴り払うかのような自然な動きで、審判寺の右足が財前の左足裏を払った。
着地と同時に、硬いデッキの床へ後頭部を強かに打ちつけた財前の意識は、そのまま闇の底へと沈んでいった!!
「さぁて……皆のもの、これでしまいとしようかのぅ!!」
小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYS、アルファポリスでも投稿をしています。