振り出しに戻ったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
豪華客船上での戦いを終えた
その流れに続くように船を降りた彼らは、城南高校の広々としたグラウンドへと招かれていた。
そこには無数のパイプテントが並び、その下には折り畳み式の机が立ち並んでいる。
机の上には、切り分けられた肉や野菜が隙間なく銀皿に並べられていた。
労いの意味を込めて、ジョンソンヘッドコーチが
それに参加する蒼海高校柔道部の面々を、監督達は少し離れた場所から眺めている。
焼酎を
その言葉の節々からは、決戦までに積み重ねてきた苦労の香と、ようやく戦いを終えた安堵が、しみじみと体から滲み出ていた。
「お互い、今回は大変じゃったな」
「そうですね……
「なになに、礼を言うのはこっちの方じゃよ、
「え? えぇ、そうですね」
「……? どうした? さっきから請求書を眺めて」
「いやぁ~……審判寺一族を呼んだ代金の請求書を受け取ったのですがねぇ……えらい金額が割引されているんですよ。何でしょうかね、これは」
「ふぅむ……? 彼らを呼んだのはワシも初めてじゃからのぉ……よく
「
「……支払いは僕なんだから、彼らはもう少し遠慮して欲しいんだけどねぇ」
「
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「うへぇ~……油が多くて胃もたれしそうです……ん?」
「Hey~!! 蒼海のマネージャーだネ? Meも同じ同じ!!」
「あ、どうも……!?」
(城南のマネージャーって
火の通った肉を求めて、蒼海のマネージャーである
そんな彼女にフランクな調子で声をかけてきたのは、城南の外国人マネージャー、アメリアだった。
その勢いにたじろいだ五十嵐は、周囲を見回して助けを求めるが、ちょうどいい人間は見つからない。
真っ先に頭へ浮かんだ人物達は、先ほどの戦いの反省会を行うため、会場の一角に陣取っていた。
焦げ目のついた肉から脂を滴らせながら、それを頬張る4人は
「俺、
「俺はそうだな……あの
「
「……まだ足さばきに慣れてねぇから、工夫する余裕がねぇんだよ……逆の動きをすればいいだけなのに、思った以上に難しいんだわ。つーか、
「いやいや、俺、3試合ぐらいやる羽目になったから!? 普通
「うるせぇー……隼人、これから練習後は自主練で42.195㎞な」
「ぴゃ~龍夜君厳ちい~~~」
「……お前、俺のこと煽ってんのか?」
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2021年4月19日、月曜日の夕暮れ。
新学期を迎え、青桐達もそれぞれ1つずつ学年が上がった。
放課後の博多駅
その中で、
勢いよく登り始めたものの、出だしから数メートル。
早くも多くの手から合唱めいた悲鳴が上がり、修練場へ響き渡っていたのだった。
「ぐ……あぁぁぁあ!?
「
「んなこと言ったって……ギャァァァァ!!」
「あ、落ちた……アイツ、このロープ、何m登ったんだ?」
「えぇと……13mくらい……?」
「おぉ……結構
「どうだろ……青桐先輩、1000m登ってるし……」
「せ、せんっ!? これ全部登ったのっ!? 化け物かよ、あの人……」
「ぐがぁぁぁぁっ!! ……もう無理」
「お、おい、大丈夫かっ!?」
「この鉄球を受け止めろって……何百㎏あるんだよ……何で石山先輩は、あんなに易々と止めれんだよ……」
「伊集院先輩は数十台の組手マシーンを一斉に相手してるし、花染先輩は木で出来た弾丸の雨を躱してるし……木場先輩は重石付けて
「他の人達も後に続いてる……あれ? ここの先輩達、化け物しかいねぇぞ?」
「ん、どうした
「あ、草凪先輩、
「おう、
「そうっすね……正直、ついていけるか不安っす……」
「あ~
人外めいた練習を軽々とこなしていく蒼海の先輩達に、すっかり萎縮していた
そんな彼らの様子を見かねたのか、偶然通りかかった草凪が、
その片手間に――彼らの頭上へ落下してきた巨大な氷塊を、人のいない場所へと軽々と投げ飛ばしてみせた!!
一瞬、反応が遅れた
何が起きたのかを理解した彼らの皮膚からは、冷たい汗がじわりと滲み出していた。
「ひぃぃぃっ!?」
「……あっぶねぇ~!! お前ら大丈夫か?」
「う、
「? ……お、お~う、
「うへ、うへ、うへぇ!! 手が回りません……誰かぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! ヘルプミーぃ"ぃ"ぃ"!!」
「んぁ? ……どうしたの、カナちゃん」
「おぉ!! いいタイミングですね!? あの~ちょっと買い出しに行きたいのですがね……絶対、私じゃ持てない量なんですっ!! 誰かに来ていただきたいんですっ!!」
「あ、そうなの……んじゃ、俺も行こうか? ……龍夜も連れていくか。お~い、龍夜っ!! ちょっと来てくれっ!!」
「……んだよ、隼人……
「違ぇよ!! ちょっと買い出しに付き合えよ。カナちゃんが助けを求めてるぜ?」
「ん、そうか。
「おう、
「青桐さん、お手伝い、
「おう……ん?」
「あ、青桐先輩だ……
「おい……俺に何か用か?」
「ひぃっ!? いや、あ、え、その」
「…………」
「さ、
「あぁ? あぁ……」
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練習を終えた青桐、草凪、五十嵐の3人は、備品の調達のため、近くのホームセンターへと足を運んでいた。
テーピングやプロテインなどの消耗品を中心に購入したものの、その量はとても1人では持ちきれないほど
段ボールをいくつも抱えて支払いを終えた3人は、近くの公園へと移動し、ベンチに腰を下ろす。
缶ジュースを片手に一息つきながら、夜桜の下で束の間の
「
「ほー……そんな人増えたんだ」
「はいっ!! マネージャーも増えたので、教えることが多くて、手が回ってないですねっ!!」
「大変そうだね……あ、そうだ、龍夜」
「……ん、何だよ」
「お前さ、練習中に
「
「
「うへぇっ!? あー……なんですかね、そのー……人を殺しそうな目をしてますねぇー……」
「……人、殺し?」
「あ、あ!!
「へいへいへ~い!! 龍夜くぅ~ん、これが周りの印象だぞぉ~!! 理解《わか》るか!?」
「理解《わか》らん……いや、
「あぁ? ……鈴音? 何で今……お前、まさかまだ引きずってたりする?」
「…………」
「夢《ウソ》だろ、お前……半年以上経つんだぞ……?」
「いやさ……事故の原因を作った
「……あの野郎が買収した土地で工事して、事故を装った計画的な犯行だったっけか?」
「
「いやまぁ……そうだけどよさぁ……」
「う……おぉ」
(
重苦しい空気が胸を締め付ける中、ふとマネージャーの五十嵐は、高校へ入学して初めて夏川と出会った時のことを思い出していた。
昨年4月――あの日の
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『……ここが柔道部……なんか、
『ねぇ』
『……はい? ……っ!?』
(うわっ、
『ねぇ、もしかして、柔道部に入部するの?』
『ひぇっ!? はいっ!! そうでありますっ!!』
『マネージャー志望?』
『はいっ!! 僭越ながら、その通りでありますっ!!』
『やった~!! 実はワタシもなのっ!! ワタシ、夏川鈴音っ!! よろしくねっ!! あ、名前聞いてもいい?』
『私、五十嵐カナでありますっ!! よろしく
『そ、そんなに硬くならなくても……』
『ひ、ひぃ!! 殺さないでぇ……』
『ん……? ……っ!! 龍夜っ!! アンタ愛想よくしなさいっ!! 五十嵐さんが
『……え?
『この……!! ゴメンね、五十嵐さんっ!! コイツ、私の
『……? 殺さない?』
『殺さない殺さない!! 仮に何かあったら、ワタシがコイツを殺すから!!』
『……やっぱり死人は出る感じですかぁ!?』
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『でさぁ~……龍夜のやつ、周囲に迷惑かけ過ぎなのよぉ……世話する方の身にもなって欲しいのよぉ!! この前だって先輩に突っかかっていってさぁ~』
『うわぁ~……大変そう……』
『でしょ!? それに……アイツ、恋人関係になったのに、全然恋人らしいことしてくれないのよっ!! そういうのは高校卒業してからだと思う、だってさっ!? 思うって何よ、思うってっ!! 何でそんなとこだけ糞真面目なのよっ!! ちょっとぐらい私に手ぇ出してみなさいってんのよ!! あの
『……ん? んんん!? 夏川さんっ!! ちょっと!!』
『ん~? どしたの、カナちゃん?』
『青桐さんが……面倒事起こしそうですっ!!』
『…………はぁ!? あの
『あ、はい!! 喜んで!!』
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初対面の相手にも分け隔てなく接する、
定期的に
今もなお病院のベッドで眠り続ける彼女を思えば、五十嵐の胸中は穏やかではなかった。
誰もが言葉に詰まる
着信音が周囲に鳴り響く。
五十嵐はポケットからスマートフォンを取り出すと、何かを警戒するように、恐る恐る通話へと応じた。
「……ん? 電話……
「……はっ!? カナちゃん、今なんつったっ!?」
「あたたたたぁっ!! 青桐さん、肩、もげる!! あ、死ぬぅぅぅ!!」
「龍夜、落ち着け
「はいっ!! 学校に連絡があったって、花染先輩がっ!! あっ!! 青桐さんっ!?」
五十嵐マネージャーの制止を振り切り、青桐は
耳を疑うような知らせに、彼の頬には久方ぶりの笑みがこぼれていた。
その後を追うように、草凪と五十嵐も青桐の背中を追っていく。
いつにも増して颯爽と街を駆け抜けていく、その背中を必死に追いかけるために―――
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夏川が入院している病院の入口へ、青桐はいち早く駆けつけていた。
既に到着し
青桐と目が合うと、木場が右手を上げ、手招きして彼を呼び寄せた。
肺が酸素を貪るように激しく呼吸する中、青桐は張り裂けそうな両脚を前へと動かし、3人のもとへ駆け寄っていった。
「青桐っ!! こっちだこっち!!」
「はっ!! はっ!! えっほ、げほぉっ!! ……き、木場先輩、
「おいおい、一旦落ち着けって……今、花染が受付に行ってる。病院内は静かにだぞ?」
「
「9割9分9厘、このままだと夏川に
「青桐君、やっとばいね!!」
「伊集院も石山も
「龍夜ぁ~……お前、俺達のこと置いて行くなよぉ……おぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! おま、急に走り出すからよぉ!! カナちゃん見てみろ、ほれ!!」
「お"え"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! あ、青桐さん、ご心配な……お"ろ"ろ"ろ"ろ"!!」
「いや……あぁー……わりぃ」
「……風雲児が到着したか」
しかし、その
頭を掻きながら、慎重に言葉を選ぶような素振りを見せている。
まるで彼1人だけが、夏川が目を覚ましたことを素直に喜べていないかのようだった。
「……お前ら、よく聞け。今日は帰らないか? もう時間も遅いしな」
「あぁ? 花染ぇ、急に何言ってんだよ、お前」
「いや……これは……あまりいい風が吹いていないというか」
「あの、花染先輩。俺、もう行くっすね」
「あっ!! おい!! ちっ……疾風か、アイツは!? お前ら、すぐに後を追うぞ」
「おい、花染。何かあったのかよ? 何そんなに
「そうだな……理由は走りながら話そう。その前にお前ら、俺と
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花染達を置いて、夏川のいる病室へと向かった青桐。
定期的に訪れているその場所を、音を立てながら早足で進み、病室の扉を勢いよく開ける。
そのまま、室内へと歩を進めた。
これまで何度も目にしてきた、ベッドに横たわる夏川の姿。
しかし今、彼女は上体を起こし、ぼんやりとした
呼吸が、徐々に速くなっていく。
待ちに待ったその日が、あまりにも突然訪れたことで、青桐はまだ心の準備ができていなかった。
なんて声を掛ければいいのか。
そう迷っている間に、遅れて花染達も病室へと到着する。
大人数が室内へ入ってきたことで、さすがの夏川も彼らの存在に気がついたのだろう。
とろんとした目を青桐達へと向ける。
そして彼女は、青桐が言葉を発するよりも先に―――
「す、鈴音っ!! お前……!! んだよ、お前やっと起き―――」
「あの……皆さん、誰……ですか?」
小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYS、アルファポリスでも投稿をしています。