YAWARAMICHI   作:ウィリアム・J・サンシロウ

33 / 33
歯車は次々に狂いだし―――
いずれ完全に動きを止めたとしても―――
君は柔道が楽しいか?


RIFT・イシヤノテンタク・亀裂広まり記憶は零れ

 なんたる悲劇、荒涼感(かなぴっぴ)―――

 病室内が静まり返る。

 青ざめる者。

 口を開けたまま呆然とする者。

 青桐(あおぎり)へ視線を向ける者―――

 それぞれが異なる反応を見せる中、最愛の彼女(かのぴ)の目覚めを待ちわびていた彼だけは、荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと夏川(なつかわ)の元へ歩み寄っていく。

 

「お、おい……お前、さぁ……?」

 

「え、えっと……謝罪(さっせん)。お名前を聞いてもよろしいでしょうか……」

 

「………………ちっ!! お前さぁ"!? お前……諧謔(じょうだん)は勘弁(よしこちゃん)なんだってっ!!」

 

「うぁ……苦しい、や、めて……」

 

「おい龍夜(りゅうや)馬鹿!! 落ち着けって!!」

 

 乱暴に胸倉を掴み、震える声で彼女(かのぴ)を問い詰めていく青桐。

 患者衣の首元を締め上げられ、苦しげに息を詰まらせる夏川の頬が赤く染まっていく。

 その瞳には、苦痛に顔(つら)を歪めながら、今にも血涙(がんすい)こぼしそうな表情(つら)で自分を見つめる青桐の姿が映っていた。

 そんな2人の間へ割って入る草凪(くさなぎ)。

 胸倉を掴んでいた青桐の右手を掴むと、力任せに夏川から引き剝がす。

 現実(ぜつぼう)を受け止めきれない永友(ずっとも)を抑えながら、草凪もまた、青桐と同じように恐る恐る彼女へと言葉をかけていくのだった。

 

「よ、よぉ鈴音(すずね)!! ……俺の名前、理解(わか)るか……?」

 

「……さ、謝罪(さっせん)っ!! あの……本気(マジ)で理解(わか)らないんです……」

 

「おいおい、現実(マジ)かよ……あ、おい、龍夜ぁ"!! クソ……待てよ、お"い"っ!! 謝罪(さっせん)、花染(はなぞめ)先輩……俺、龍夜の野郎を追いかけるんで!! お"い"、待"て"っ"て"ぇ"!!」

 

 目を覆いたくなる現実(ぜつぼう)から、反射的に体ごと背を向けた青桐。

 その場から逃げ出すように病室を飛び出し、脇目も振らず駆け去っていく……!!

 草凪もすぐさまその背中を追い、病室から飛び出していった!!

 後に取り残された花染(はなぞめ)達。

 重苦しい空気が病室を満たす中、最初にその沈黙(スフィンクス)を破ったのは、記憶を失った夏川であった。

 

「……あの、ちょっといいですか? えぇっと……」

 

「……花染だ」

 

「花染さんですね……あの、私とさっきの青髪の人って、どういう関係なのでしょうか……」

 

「関係、ね……風化することのない相思相愛(いしやのてんたく)。名は青桐龍夜(あおぎりりゅうや)だ」

 

「そう、だったんですね……あのっ!! 花染さん!!」

 

「……どうした?」

 

「えっと……その、青桐さんのこと、頼んでもいいですか?」

 

「………………頼む、か」

 

「はい……私、本当(マジ)で何も思い出せなくて……で、でも!! 頑張(きば)って、どうにか思い出せるようにします。ただ、少し時間がかかりそうと言うか……だから、それまでの間、あの人のことを支えてもらっててもよろしいでしょうか? 今の私じゃ、お力になれそうにないので……えっと、熱望(おねがいしゃっす)っ!!」

 

「……」

 

(昔、俺達に青桐のことを頼むと言っていたが……記憶を失ってもなお、同じように頼み込むのか)

 

「……あぁ、理解(わか)った。青桐のことは俺達に任せておいてくれ。お前ら、今日は引き上げるぞ」

 

 深々と頭を下げられ、青桐のことを再(・)び(・)託された花染達。

 病室を後にする彼らの足取りは、鉛めいて重い。

 記憶を失ってなお最愛の男を想い、献身的にその身を案じる夏川の姿に、かつての記憶を呼び起こされていた。

 誰1人として言葉を発さぬまま、歩を進めていく男達。

 その足取りとは裏腹に、何かを決意した彼らの鋭い瞳には、確かな熱が宿っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ……はぁ……おいっ!! 待てって、龍夜ぁ"!!」

 

 夏川の元から一心不乱に逃亡(どろん)した青桐を、草凪は息も絶え絶えになりながら追い続けていた。

 行き交う人の波を掻き分け、遠ざかるその背中を必死に追う。

 数十分にも及んだ逃走劇が終わりを告げたのは、病院から遠く離れた人気のない公園の一角だった。

 ひっそりと佇むベンチに腰を下ろし、青桐は頭(つら)を抱えたまま深く項垂れている。

 意気(がちしょんぼり)消沈(ちんでんまる)である。

 ようやく追いついた草凪も、気の利いた言葉など思い浮かばない。

 それでも荒い呼吸を整えながら、目の前の永友(ずっとも)へと声をかけるのだった。

 

「はぁ……はぁ……お前……急に飛び出すなよなぁ。あぶねぇだろうが」

 

「……」

 

「いや、記憶喪失なのは流石に驚嘆(バビ)ったけどよぉ……それでも、目ぇ覚ましたのは良かったじゃねぇか」

 

「……」

 

「だからよ、一旦落ち着けって。な? とりあえず―――」

 

「……うるせぇ」

 

「……あぁ"?」

 

「うるせぇっつってんだよ……あんな状況見て……落ち着けると思ってんのかよ、糞がっ!!」

 

「お前よぉ……ちっ!! いちいち苛苛(あったま)んなよなぁ!? うざってぇなぁ!?」

 

「だからお前、今余裕ねぇから話しかけんなっつってんだろうがっ!! テメェ、脳にウジでも湧いてんのかよ、あ"ぁ"!?」

 

「んだとテメェ……!! 黙って聞いとけば暴言ばっか言いやがってよぉ!! あ"ぁ"ん"!?」

 

 暴言の応酬を重ね、互いの苛苛(あったま)りはついに限界(おたまりこぼし)へ達する。

 草凪は項垂れる青桐の胸ぐらを左手で掴むと、そのまま強引にベンチから引きずり起こした。

 直後、顔面(つら)目掛けて右の拳を振り抜く!!

 左頬をまともに打ち抜かれた青桐の体が、後方へ大きく吹き飛んだ!!

 受け身すら取らず、背中から地面へ叩きつけられる青桐。

 それでも倒れた次の瞬間には上体を跳ね起こし、勢いそのまま草凪へと掴みかかっていったのだった!!

 

「って~なぁ"!? お前、柔道やんのかっ!?」

 

「おう、やってやろうじゃねぇか!! 柔道をよぉ"!! おいお前、柔道着(まとい)着衣(きめ)ろ、おらっ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 2人は互いに眼光人(めんち)を射(き)ったまま、乱暴に柔道着(まとい)を着衣(きめ)ていく。

 公園内に設けられた畳敷きの野外スペースへ場所を移すと、昂ぶる感情をぶつけるように、そのまま柔道を始めていった!!

 試合というより、柔道の形を借りた取っ組み合いの喧嘩(ごろ)めいていた。

 静寂(あおいろ)に包まれていた公園の一角において、2人の姿はあまりにも異様(ひょうん)な光景を作り出していた。

 

「このがぁ"!! 龍夜ぁ"!! テメェ、どんだけ周りに気ぃ使って貰ってると思ってんだよ!? ちったぁ~周りのことも考えろ、ボケぇ"!!」

 

「いってぇなぁ"!? え"ぇ"!? 蹴ってんじゃねぇよ、糞がっ!!」

 

「蹴ってねぇよ、足払いだよっ!!」

 

「どこがだよ、下手糞っ!! 傷害(いわ)すぞっ!!」

 

「おう、やってみろや雑魚がっ!! テメェ、いい加減に―――」

 

「お前は中学(ちゅーぼう)ん時のこと、何も知らねぇくせによ……!!」

 

「あ"ぁ"?」

 

「お前が別の中学行ってから、色々あったんだよっ!! 喧嘩(ごろま)いたり、打擲(しば)かれたり……色々なぁ!! 色々あったのによぉ……色々あって……あ"ぁ"!! 別の中学行って何も知らねぇお前がぁ"!! こっちのこと知った気になってんじゃねぇぞ、糞がぁ"!!」

 

「……………………」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『……んだよ、やっと龍夜と鈴音のやつ、くっついたのかよ~……俺が別の中学行ってまでお膳立てしてやったのに、遅すぎんだよなぁ~……ん? 遠くて何て言ってっか聞こえねぇな……何て言ってんだ?』

 

『ほら龍夜っ!! とっとと行くわよ!! 時間に遅れるじゃないのっ!!』

 

『へいへ~い』

 

『アンタねぇ……急ぐ気ないでしょっ!?』

 

『…………はぁ~……お前らよぉ、これで別れたりしたら本気(マジ)で怒(おこ)だからな? あぁ~あ……貧乏くじ引いた気分だわ―――』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……………………こっちの気も知らねぇで……言いたい放題言わせておけばぁ"!!」

 

 互いに道着(まとい)を掴み合い、喧嘩四つの形で激しく組み合う両者。

 草凪は青桐の左襟を掴んでいた右手を不意に離すと、その手を固く握り締めた。

 次の瞬間、剝き出しの拳を青桐の左頬目掛け、再び力任せに振り抜いていった!!

 

「テ(・)メ(・)ェ(・)だ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)ね(・)ぇ(・)っ(・)つ(・)っ(・)て(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)が(・)っ!! この……コミュ障がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

 鈍い衝撃音が周囲へ鳴り響く。

 拳をまともに受けた青桐の上体が、大きく後方へ仰け反った!!

 だが、その勢いを殺すことなく体を左へ旋回させると、一気に草凪の懐へ潜り込む!!

 そのまま背中へ草凪を担ぎ上げ、激怒(げきおこ)に任せて地面へ叩きつけるように、乱暴な背負い投げを放っていった!!

 

「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「ぐぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」

 

 殺意すら感じさせる一撃に、草凪はカエルが潰れたような呻き声を上げる。

 どうやら畳への打ち所が悪かったらしく、その意識は次第に遠のいていった。

 フラつく足取りでその場を後にする青桐。

 草凪は畳に背を預けたまま、遠ざかっていくその背中を霞む視界に捉えていた。

 そして意識を手放す間際、憎々しげに青桐へ恨み節を吐くのだった。

 

(あの、野郎ぉ……覚えとけよぉ……)

 

ー------------------------------------

 

 数時間にわたり畳の上で喪神(のび)ていた草凪は、1人、アパートへと帰宅(だも)っていた。

 すっかり人気のなくなった公園を後にし、静まり返った住宅街をトボトボと歩いていく。

 時折痛む背中をさすりながら、脳裏に浮かべるのは、自分より先に帰宅したであろう永友(ずっとも)の痛ましい姿。

 あれだけ激しくぶつかり合った後だというのに、草凪は結局、青桐のことを案じているのだった。

 

「いってぇ~!! ……あの野郎、本気(マジ)で投げやがったよっ!? ったく……あぁ~~~!! どうすっかなぁ!? 明日、気まずいぞこれっ!?」

 

「……おい」

 

「ん? 禿頭(はげちゃびん)!? ……お前ら、Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)か!?」

 

 街灯だけが照らす薄暗い夜道。

 草凪の行く手を遮るように、数人の禿頭(はげちゃびん)の男達が姿を現していた。

 その風貌には、嫌でも見覚えがある。

 ごくりと唾を飲み込み、非常警戒(おいあみ)を強める草凪。

 全身が委縮(しゃちこば)る中、禿頭(はげちゃびん)の男の1人が淡々と口を開いた。

 

「単刀直入に言おう。お前がこの夏の大会に出場することは叶わない」

 

「……は? 何言ってんだ、お前ら……」

 

「この映像を見ろ」

 

「これは……!!」

 

『もしもしっ!? そこにいるのは隼人っ!?』

 

『隼人っ!? 隼人なんだなっ!? そっちは無事なのかっ!? あ、オイっ!! 母さんに何をするんだっ!! はな―――』

 

「……理解(わか)ったか? お前の両親は拐引(らち)らせてもらった。命が惜しければ、今回の大会への出場を辞退しろ」

 

「ふ、ふざけんなよ!! お前ら、自分が何やってっか……!!」

 

「暫くしたら返事を聞きに来る。それまでに決めておくことだな。では……」

 

「お、おい!! 待てよっ!! ……んだよ、次から次に……どうなってんだよ、今日はっ!?」




小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYS、アルファポリスでも投稿をしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。