藍染を迎えての長期休暇開始。
観察再開。
先生とフミさん、友介そして惣右介を我が家に招いた翌日。
診療所を建て直すまでの間、ずっと閉めっ放しだった蔵を掃除して、そこを診療所代わりに使って貰う事にした。
「取り敢えず今日は縁側で診療してもろて、と…ウチ等は蔵の掃除するで惣右介」
「はい」
「昼からご近所さんが手伝いに来るから、それまで頑張ろな」
「…はい」
「み~んな良ぇ人ばっかやさかい、んな気負わんで良ぇから。な?」
「…はぃ」
俯く惣右介の頭を撫でてから、ホコリどころか、蜘蛛の巣だらけの何年振りに開けたか解らない蔵の掃除を始めた。
「…うっっっわぁ…此処までとは思っとらんかったわ」
「げほっ、ごほっ、は、は、…はくしょん!」
「ちょ、一旦退却!退却や!」
鼻と喉を痛めないようにと、口元を布で覆ってから再挑戦。
先ずは兎に角、中身を出して行く。
「…うっ…くぅっ…う~…わっ!?」
ドサッ
「ちょ、持てへんのは置いとき言うたやろ?無理して怪我したらアカンて」
「…でも、これがあるとおくのとれないです」
「あ~…せやな、惣右介の言う通りやな。よっしゃ、次からは持てへんのあったらウチ呼びや。な?」
「…はい」
「〈軽量〉(ボソッ)…ヨイショっとぉ!」
「…ちからもちなんですね、ひらこさん」
「まぁ、こんくらいはなぁ~」
…問題は奥の方だけど
…デカい葛籠がたくさんあるんだよね
…彼処ら辺は後でやって貰おう
昼食後、ご近所さん達が手伝いに来てくれた。
「その子が新しい家族なん?真ちゃん」
「せや。ほれ惣右介、挨拶しい」
「…は、はじめまして…あいぜん…そうすけです」
それだけ言って私の後ろに隠れた。
「あら~、恥ずかしがり屋さんなんね」
「可愛いわぁ~」
「何時までも駄弁ってねぇでさっさと始めんで!日ぃ暮れたら真子が困るやろが」
「はいはい」
男手が増えて、作業はドンドン進んだ。
惣右介は見ず知らずの、しかも大の大人ばかりに囲まれてすっかり萎縮してしまったらしく、私から全く離れなかった。
…まぁ、初対面だしね
…これから慣れていくでしょ
みんなのおかげで、夕暮れまでに蔵の掃除が無事に終わった。
「みんな~!今日はホンマにおおきになぁ!良かったらコレ食べてってや~!」
「「「「「「おぉ~!」」」」」」
「道理でさっきから良ぇ匂いすると思ぅたら…」
「赤飯の握り飯とけんちん汁かぁ~!」
「「「美味そぅ~!」」」
「た~んと食べてってや!ほれ、惣右介も」
「え…」
「今日は朝から仰山頑張ったからなぁ。それに、さっきも言うたやろ?惣右介の引っ越し祝いやて」
「…え、えっと…い、いただきます…」
惣右介はオドオドしつつも、やはり空腹には勝てずにけんちん汁を口にした。
…先生の仮の診療所はこれでどうにかなった
…改めて明日から惣右介に此処での生活習慣をしっかり身に付けて貰わないとね
藍染惣右介視点。
朝食後、平子さんと蔵の片付けを始めた。
ご両親を亡くしてから殆ど開けていないらしい蔵の中は凄かった。
…凄い埃に蜘蛛の巣だらけだ
…今、ゴキブリとゲジゲジもいた気がする
平子さんに口元を布で覆って貰い、再び蔵に入った。
…どれもこれも大きくて重い
押したり引いたりして何とか蔵の外に出すものの、見た目以上に重い箱をどうにかしようとして転んでしまった。
無理をして怪我をしたらいけないからと、確実に動かせる荷物だけを任された。
…気の所為だろうか?
…荷物を持つ直前、毎回平子さんが何か呟いている気がするのだけど
昼食後、平子さんが言っていた通り、近所に住んでいるらしい大人達がやって来た。
…優しくて良い人達だと言っていたけど
…やっぱり、恐いものは恐い
最低限の挨拶をした後はずっと平子さんの傍を離れなかった。
…確かに、悪い人達では無いらしい
最初の挨拶の時、直ぐに平子さんの後ろに隠れた事を責める事は無かったし、上手く返事が出来なくても、誰も怒らなかった。
「そろそろ夕食の用意せな。ちょい抜けるで」
「手伝ぉか?」
「大丈夫や、頼もしい助手が居るさかい。行くで惣右介」
「え?あ、はい?」
いきなり言われて驚きながらも台所に付いて行った。
「惣右介の引っ越し祝いも兼ねてやからなぁ~、今夜は赤飯やで~!」
赤飯を炊いている間に、けんちん汁の材料、こんにゃくを匙で小さく千切る役と豆腐を食べやすい大きさに切る役を頼まれた。
平子さんは手際良くあっという間にけんちん汁を作った。
…お医者様の助手さんのとは違う
…ちょっと甘いけど、美味しい
その後、みんな埃だらけだからと、昨日行った大衆浴場に入りに行った。
昨日の今日で苦手な湯船の克服は出来ず、また平子さんと一緒に入った。
帰宅後、先生達は昨日と同じく直ぐに寝た。
ぼくは平子さんに呼ばれて彼女の部屋に向かった。
…何の用だろう?
…何か気に障る事でもしてしまったのだろうか
恐々と部屋に入った。
「あの、ようってなんですか?」
「この家に住むんやったら必ず守って貰わなアカン約束事を覚えて貰お思うてな。ほい」
「…あの…なにがかいてあるんですか?」
「おっと、そこからやったか…」
お医者様の助手さんに教えて貰ったおかげで、平仮名はどうにか読めるが、漢字は全く解らない。
「なら書き足すわ。ちょい待っとき」
改めて、読み仮名を付け足した約束事を書いた紙を渡された。
起床時間、就寝時間、食事に掃除…どれもこれも規則正しい生活を送る為の決まり事ばかりで、お医者様の家にお世話になっていた時と大きな変わりは無い。
他には、平子さんが真央霊術院に戻るまでの大まかな予定表、それと近所付き合いについての注意点や買い物に行く時のお薦めの店や穴場等、此処で生きて行くのに便利な情報がたくさん書いてあった。
…平子さんは、ぼくを新しい家族だと近所の人達に言っていたけど本心からだった?
…平子さんは、ぼくを捨てない?
…いや、判断するのはまだ早い
「…無理せんと寝ときや…良ぇ夢見れると良ぇなぁ」
約束事を読んでいるうちにウトウトし始めたぼくを平子さんは追い出さずに、昨日と同じく「眠いなら布団使い」と許可をくれた。
眠気に抗おうとしているぼくの頭を昨日と同じように撫でる平子さんの手はやっぱり心地良くて、自然と眠りについた。
翌朝、フミさんといっしょに朝食を作っているところに惣右介が起きて来た。
「お、お早うさん」
「…ぉ、おはようございます」
怖ず怖ずと挨拶を返した惣右介は、何か手伝う事は無いか聞いて来た。
「ん~…あ、せやコレ茶の間に持ってってくれん?」
「はい」
「後、外で体操しとる先生にひと声かけといてくれんか?」
「わかりました」
布をかけたお盆を慎重に運んで行く惣右介を見送ってから、フミさんは寝坊助の友介を起こしに行った。
朝食後、先生達が診察を始めたのとほぼ同時に惣右介の生活必需品を買いに出掛けた。
「先ずは着替えやな。ほら、此処入るで」
「いえ、いいですよ。ふくならおしいれにありましたし」
「何言うとんねん!あないに黄ばんどったり虫食っとったのなんか着せられるかい!しかもウチが昔着とった女物ばっかやで!?良ぇからほら入り!」
「うわっとと…」
「あらあら、随分賑やかだと思ったら…真子ちゃんじゃないの。お帰り。何時までこっちに居られるの?」
「ただいま。う~んと、20日くらい?んで、一昨日からウチの家族になった惣右介や。ほれ、挨拶しぃ」
「え?えっと…あいぜんそうすけです。ひらこさんのおせわになってます」
「惣右介君ね。私はこの呉服屋の女将のマツって言うの。宜しくね」
「…ょ、よろしくおねがいします」
「今日は惣右介君の着物を買いに来たのかしら?」
「せや、幾つか見繕って欲しいんや」
「そうねぇ…これから大きくなるのも考慮して…」
マツさんに相談しながら、惣右介自身の意見も取り入れつつ、成長してもある程度着れる着物を複数買った。
「…う~ん、やっぱり着る物となると時間かかるなぁ…あっちゅう間にお昼や」
着せ替え人形状態だった惣右介は、何処か疲れた表情を浮かべながら付いて来ている。
ぐぅ~きゅるるる…ぐぅ~
「ん~…惣右介、饂飩と蕎麦どっちが良ぇ?」
「え…どちらでも…いえ、そばがいいです」
「良し、此処の山かけ蕎麦はお薦めやで」
「はぁ…」
昼食後も、日用品を求めて街中を歩き回った。
「すぅ…すぅ…すぴ~…」
最後の店の買い物を終えた直後、欠伸を噛み殺していた惣右介はついに寝てしまった。
幼い身体で慣れない街中をこれだけ歩き回れば、流石に疲れただろう。
背中で寝息を立てている。
…熟睡してるなぁ
…少しは警戒心を解いてくれてると良いんだけど
…どうだろうなぁ
藍染惣右介視点
朝食後、ぼくのせいかつひちゅじひん?を買いに行くからと、街へと連れて行かれた。
マツという名前の女将さんが経営する呉服屋から始まり、他の呉服屋だけでなく古着屋に小間物屋と言った兎に角沢山のお店に連れて行かれた。
休憩がてらの昼食に食べた平子さんお薦めの山かけ蕎麦はとても美味しかった。
「成長期なんやからこれも食べや」
と、玉子焼きも付けてくれた。
最後のお店に入ったところまでは覚えているが、その後の平子さんと店主さんの会話は全く覚えていない。
気付けば平子さんの家のぼくに与えられた部屋の布団に横たわっていた。
「…っしまった」
「何がや?」
「ひ、ひらこさん!?」
「いやぁ~、今日はスマンかったなぁ、惣右介。久し振りの買い物についはしゃいでもうて。惣右介の体力考えんと連れ回してもうてホンマごめんなぁ」
「い、いえ…ぼくこそねむってしまって…」
ぐぅ~きゅるるる…
「フミさんに卵おじや作って貰ぅたんやけど、どや?」
「…いただきます」
起きるかどうか解らないぼくの為に、わざわざ用意してくれたのをいらないと言うのは失礼過ぎる。
それに、空腹を抱えたまま寝直すのは難しい。
素直に食べるぼくに満足げに笑う平子さんは、ぼくの今日の買い物の整理をしていた。
「…っと、これで良し!」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さん。今日持って帰れへんかった荷物は、明日配達して貰う手筈やから、来たら改めて整理しよな」
「はい」
空腹は解決したが、別の問題が出て来た。
…困った、眠れない
…平子さんはもう眠っただろうか
今までずっと寝ていた所為で眠れそうに無い。
…厠に行くついでに少し様子を見て来よう
平子さんはまだ起きていた。
「お、惣右介、どないしたん?」
「ね、ねむれなくて…」
「あ~…せやったら、ちょいと羽織を着て来ぃ」
「え?」
「夜の散歩に洒落込もうや」
眠れないぼくを平子さんの趣味だと言う月光浴に連れて行ってくれた。
…月をこんなにしっかりと見たのは初めてだ
月明かりの中、ぼくの歩調に合わせてゆっくり歩く平子さんはとても楽しそうだった。
…あの人とは違うみたいだけど
…いつ手の平を返されるか解らないのも事実
…貴女はどちらですか?
観察記録XX
出会って3日目が経過。
観察対象は、既に腹を決めて藍染惣右介を家族として接している。
流石に藍染惣右介は平子真子(♀)の事をどう判断すべきか図りかねているようだ。
観察継続。
出会ってまだ3日しか経っていない状態では、流石の藍染も警戒心を解く事は不可能でしょう。
何せ、家を乗っ取ったおじさんには散々甚振られた挙げ句捨てられ、助けてくれたと思った女性は明確な理由も解らず、医者に自分を押し付けてそのまま行方不明という状況で出会った、何処か胡散臭そうな容姿の女性から新しい家族と言われても信じられなくても仕方ないかと。