イドラデウスVSカムヤライド   作:喜来ミント

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造形神 / 造り恵む神

 それは、出雲で国津神(くにつかみ)を倒した後の話。ヤマトタケルことオウスが、イズモタケルと名乗った青年を救った日の夜のこと。

 オウスは寝床でぼんやりと天井を見上げながら物思いにふけっていた。

 イズモタケルを蝕んでいた剣――国津神の一部を彼から切り離すために、オウスは手荒な方法を取らざるを得なかった。

 あの時モンコは高殿(たかどの)に化けていた国津神の本体を倒し、力尽きていた。彼がそのまま戦うことができたら、もっといい方法を思いついていただろうか?

 頭の中でそんな考えがぐるぐると渦巻いて寝付けなかった。オウスは、出雲の人々が用意してくれた寝床を抜け出し、夜風に当たろうと外に出た。

 うっすらと肌寒い。霧が出そうだ。体の芯が冷える前に頭を冷やし、早く戻ろうと顔を上げると――。

 そこに、彼もいた。

 自分と同じ、何かどうしようもない疑問を巡らせたまま、月を見上げているように見えた。

「モンコ殿……?」

「ああ……オウスか。どうした」

「こちらのセリフですよ。あなたも夜風に当たりに来ていたとは。……イズモタケル殿の容体が気がかりで?」

「まあ……本人があれだけ喋れることだし、大丈夫だとは思うが」

 剣を切り離した時、その衝撃で彼の命ごと散ってもおかしくなかった。だが彼は、治療されている最中もオウスの行動をたたえ、礼を絶やさなかった。更にはそのあとで目覚めたモンコが申し訳ないと言っても、その言葉を覆うように感謝を重ねた。

 傷の痛みに顔をしかめつつも、彼の表情は明るかった。

「ならば、何が気がかりで?」

「なんでもない」

 モンコは間髪入れずに言った。

「嘘を言わないでください。あなたがそういう風に言うときは、大体何か気になることがあるはずだ」

 ほとんどあてずっぽうに近かったが、しかしモンコは口を開いた。

「……以前も、ああいう風になった人間を見たことがある」

「それは……本当ですか?」

「ああ。お前に会う前だ。……と言っても、少し事情は違うし、俺もあれが現実にあった出来事かどうかわからないんだが」

 これまた、モンコにしては珍しい物言いだった。いつも率直な彼とは思えない。

「場所を変えよう。夜霧が出て来た。……霧の中で話すには、ぞっとしない」

「……わかりました」

 

  *

 

 寝床としてあてがわれた家の前で、火を挟んで座る。モンコが深々と息を吐いた後、話し始めた。

「……そうだな、ちょうどここ出雲の外れだ。海沿いの村に入るころ、深い霧が出て来た。いつものように店を広げて俺の芸術(わざすべ)を売りこもうと考えていたのに、幸先の悪い――。そう思ったところで、国津神が現れたんだ」

「大丈夫でしたか?」

「ああ。動きの鈍いやつだったし、問題無かったよ。問題だったのはその後だ」

「というと?」

「変身《あらたみ》を解いて、とりあえず店を広げられそうな場所を聞こうと思った。思ったん、だが」

「だが?」

「捕まった」

「はい? いきなりですか?」

 オウスは思わず口をはさんでしまった。

「ああ、いきなりだよ。村人たちに埴輪(はにわ)を見せた途端、血相を変えてなあ。口々に何か言いながら俺を村長(むらおさ)のところまで引っ立てていくんだ。流石の俺も驚いて、逃げ出す機会を失った」

「そ、それはまた……埴輪がそんなに気に入らなかった、とか?」

「まさか! ……と言いたいんだが、その通りだった」

「え」

 自分の作品に絶対の自信を持つモンコのことだ。いつものように皮肉な冗談をはねのけてくれると思っていた。しかし、オウスが言ったことは正解だという。

「村長は俺の作った埴輪を見て、こう言ったのさ。『お前は「イドラデウス」の手下なのか?』とな」

「『いどらでうす』……?」

 それはどこか、モンコが変身する神逐人(カムヤライド)に似た響きに感じた。この国ではあまり聞かない言葉の響きだ。

「もう一度言うが、これは俺自身も現実かどうかわからない話だ。だから、眉唾だと思って聞いてくれ」

 

  *

 

ライド!!

 モンコは輝旧土(カグツチ)に脚を乗せて叫んだ。輝旧土は国津神に対抗できる特別な土、旧き土(グリッタ)で作った特製の埴輪だ。モンコの掛け声に合わせ、足元の土と混じりあい、うねるように彼の全身を包み込んでいく。

 そして現れたのは、まるで埴輪のような鎧を全身にまとった戦士だ。変身したモンコの姿を見て、遠巻きに見ていた村人たちが息を飲む。

「あんた――それは!?」

「俺はモンコ。この姿の時の名は神逐人(カムヤライド)。人と神の境で門を閉じるもの」

 海から現れた巨大な磯巾着(いそぎんちゃく)のような化け物――国津神に向き直る。人々を背に、足元に線を引く。

「俺の立つここが境界線! ここより人の世――神様立入禁止だ!」

 国津神に向かって一気に走り出し、距離を詰める。国津神は敵意に反応し、いくつも触手を伸ばしてくるが――。

「悪いな」

 カムヤライドは鎧こそ纏っているが、細身で身軽だ。大きく鈍重な体が多い国津神を相手取るための戦術が、今回はぴたりとはまっていた。

 軽々と触手をかいくぐり、あっという間に足元に。カムヤライドは顔を覆う面を引き下げ、顔面から光線を放った。面の穴の形通り、鍵穴が国津神の体に穿たれる。

「門は閉じた」

 右脚が開き、内部に仕込まれていた鍵が展開する。カムヤライドは封印の一撃を鍵穴に蹴りこみ、一気に体を捻った。

 閉じる!(LOCK!) 国津神の体が一点に収束し、手のひら大の磯巾着を模した埴輪に変貌した。

「ふう……今回は相性が良かったな」

 変身を解き、輝旧土を抱え上げる。

「おい、あんた! 無事か!」

 モンコの引いた境界線の向こうにいた村人たちが、こちらに駆け寄ってくる。

「おう、大丈夫だ」

「すごいな、あんた。だが、さっきの姿は……」

 村人たちは互いに目配せしあっている。カムヤライドの姿に驚いているのだとモンコは思い、話題を切り替えることにした。

「ま、さっきの姿は戦うためのものだ。済んだことより、これからの話をしよう」

 服の中から手製の埴輪を取り出し、村人たちに見せた。

「こいつをどう思う?」

 すると、村人たちの顔つきが変わった。

 まあ、埴輪を見たことがない人も多い。こういう反応をされるのも慣れっこだ――モンコはそう勘違いしていた。

「こういう埴輪を俺は広めて回ってるんだ。だから、どこか店を開くのにちょうどいいところがあれば――」

「埴輪!」

「埴輪というのか!」

「お?」

 村人たちが色めき立つ。しかし――その後に続いた言葉は、モンコが予想だにしないものだった。

「こいつを捕まえろ!」

「牢にぶち込め!」

「はぁ!?」

「こいつ――『イドラデウス』の手下に違いない!」

 聞きなれない言葉を叫ぶ村人たちは、モンコが逃げる間もなく彼を抑え込んでしまった。

 

  *

 

「参ったな……」

 モンコは牢屋の中でうめいた。

 イドラデウス、とは何か。俺はそんなもの知らない。そう言ったものの、村長は疑いの眼差しをますます強くし、モンコを牢屋に閉じ込めた。輝旧土(カグツチ)も取りあげられ、なす術もない。

 できることと言えば、牢屋の番をしているゴダイという男に話しかけるだけだ。暇なのか、彼はモンコの荷物にあった埴輪を指でつまんで眺めていた。

「なあ、ちょっとくらいは教えてくれても良いんじゃないのか。イドラデウス、ってのは何なんだ」

 あちこちを旅しているモンコですら聞いたことがない。一体、イドラデウスとは何者か。ここを出て行くのは、その気になれば出来ないこともなさそうだが、せめてそれを知っておきたかった。

「なあ、おい」

「……話さんよ。村長からは何も言うなと言われている。化け物を退治してくれたのは恩に着るが、それはそれだ」

「まあそう言うなよ。なんで俺がそいつの手下だと疑われてるんだ? せめてそれくらいは教えてくれないか。教えてくれたら――その埴輪、やってもいいぜ」

「……む」

 ゴダイが埴輪を見る目には興味が含まれていた。モンコはそれを見逃さなかった。

「この村ではイドラデウスってやつを警戒している……そして、埴輪に似た何かがその件に関わってる。そうだろう?」

 モンコを捕まえた男たちは、埴輪を見て「埴輪というのか」と言っていた。つまり、見た目だけは知っていたが、それを何と呼ぶのかは知らなかったのだ。

「仮に、だ。俺の持つ埴輪が、イドラデウスと繋がってる証拠だとしよう。なら、それを忌々しく思っているこの村で店を広げようとしないさ。これは偶然の一致だ。分かるか?」

「し、しかし……」

 あと少しだ。

「そしてそんな風に、毛嫌いされている埴輪をあんたは興味深そうに見ている……。本当は、埴輪やイドラデウスのことをもっと知りたいんじゃないか? 俺に理由を話してくれるんなら、一緒に考えてやろうじゃないか。俺はこの葦原中国(あしはらのなかつくに)を旅して色々なものを見て来た。あんたらがイドラデウスと呼ぶものも、俺は違う名前で知ってるかもしれない」

「……本当か」

「本当に知ってるかどうかは、話してもらわないと始まらないな」

「……誰にも言うなよ」

 そういうとゴダイは牢屋の格子に顔を寄せた。

 

  *

 

「この村には、ある役目がある。近くの村々から罪人(つみびと)を集め、流すことだ」

「ほう」

「足の筋を切られ、満足に歩けないようにされた罪人はこの村の沖にある島に流される。……といっても、船を使うわけじゃない」

「どういうわけだ」

「……一年に一度、特別な満月の夜に、潮が大きく引くんだ。普段は複雑な潮流のせいで、一度入ると出られないその捨て島(ステジマ)に続く道ができる」

 讃岐(さぬき)のあたりで似たような話を聞いたことがある。とはいえ、一年に一度となると、よっぽど様々な条件が重なる必要があるのだろう。

「ここ数年、新しい罪人は島に送られていない。とはいえ島から出てこられても困るんで、その道ができる日には、特別に番兵が立つことになっている。しかし、だ」

 罪人が出て来た、というわけではないだろう。それならもっと深刻そうな顔をする。しかしゴダイの顔は、どちらかと言えば呆れていた。

「当ててやろうか。誰かが番兵の目をごまかして島に入ったんだろう」

「……ああ、情けないことにな。言い訳させてもらうと、その日はちょうど、今日みたいに濃い霧が出ていた。だからこそ、そんなことをしでかしたんだろうが……子供が二人、肝試し気分で捨て島に入ったんだ」

「ほほう? それで?」

 モンコの相槌に気をよくしたのか、ゴダイは一層声を潜めつつも顔を寄せ、身振りも交えて話を続けた。

「とはいえ、結局は罪人が流されているだけの島だ。霧が出ていたのもある。島に続く道こそ目新しかったものの、島自体は普通だった。子供たちは島の真ん中にあるという集落を見たら、もう帰ろうと決めたらしい。だが」

「だが?」

「そこでは、祭りが行われていたそうだ」

「……は?」

「立派な篝火(かがりび)を焚いて、飲めや歌えの大騒ぎ。足の筋を切られた罪人たちがどうやって用意したのか、猪肉(ししにく)まで用意してあったらしい。そして、そこで罪人たちが崇めていたものこそ――」

「イドラデウスってわけか」

「ああ。何かを囲み、その名を呼んでいたと。だが、霧と火のせいでその姿は良く見えない。子供たちは近くにあった置物の陰に身をひそめて近づこうとしたが――その置物が、突如として動き始めた。()()()()()()と音を立て、虚ろな目で見下ろしてくるそれに恐れをなし、子供たちは逃げ出したそうだ」

「おい、まさか」

「ああ」

 ゴダイは手の中で転がしていた埴輪を持ち上げ、その空洞の眼をモンコの顔に向けた。

「埴輪、というらしいな。子供たちが絵に描いたものにそっくりなんだよ」

「……次に、その道ができるのは」

「あと二日ほどだろう。だから今、この村は警戒を強めている。出雲から兵を呼ぶ話すら出ている。……さ、分かっただろう。運がなかったと諦めて、しばらく大人しくしていることだ。二日後に兵が島に入って調査をする。それでお前と関わりがないとわかれば、この牢屋からも出られるだろう」

「二日ねえ。ちと長いな」

「そう言うな。閉じ込めるだけにしてるんだ、寛大な処置だと思ってくれ。それと繰り返すが、俺がしゃべったことは――」

 ゴダイがそう言う背後に、いつの間にか立つ影があった。

「聞いたぞ」

「な!? 誰――がっ!」

 ゴダイが振り返ろうとしたがもう遅い。闖入者は手刀(てがたな)の一発でゴダイを気絶させた。

「いつの間に……」

 そこに立っていたのは、鎧に身を固めた少女のように見えた。少女はモンコをまっすぐに見据えて言う。

「埴輪造りの男だな」

「ああ。俺はモンコ。あんたは何者だ?」

「イドラデウスの使者だ」

「…………!」

 モンコが牢の中で身を固くしたのに対し、少女は二本指を立て、選択肢を示した。

「選ぶといい。あと二日ここにいるか、今すぐここを出て我が(あるじ)に会うかを」

「……ここから出て、会わないというのは」

「その場合、そこにある埴輪なしで私と戦うことになるが」

 少女は部屋の隅に置かれた輝旧土をちらりと見て言う。どういうわけか、こちらの手の内もばれているらしい。

 モンコが変身(あらたみ)するには、輝旧土を土の上で踏みつける必要がある。この少女がそんな隙を与えてくれるとは思えない。モンコにすら気取られず建物に入り、大の大人を一撃で気絶させる手腕だ。

 変身(あらたみ)せずに戦うのは分が悪いだろう。モンコは仕方なく頷いた。

「……わかった。イドラデウスに会わせてくれ。だが、どうやって島に入る?」

「着いてくれば分かる」

 そういうと、少女は素手で牢の組み木をへし折った。細腕とは思えない力だ。

「埴輪は預かっておく。さあ、着いてこい」

「ちっ」

 どうやら従うしかないようだ。

 少女は、輝旧土を含めたモンコの荷物を背負ってさっさと歩き出した。この霧では少し目を離しただけで見失いかねない。慌てて後を追う。

「こっちだ」

 村から浜へと降りていくと、そこには自然に作られたとは思えないものがあった。

 海底(うみそこ)の大地が丸ごとせり上がり、道を作っている――と言えばいいのか。ゴダイが言っていた道ではない、かといって人の手にも余る仕事だろう。その道は一切の傷もなく、継ぎ目もなく、沖の方へとまっすぐに伸びて霧の中へと消えていた。

「これも、イドラデウスとやらの仕業なのか?」

「この程度、我が主にとっては造作もないことだ」

 少女はさっさと道の上を歩き始めてしまう。モンコも試しに道の上に乗ってみるが、強度は申し分ない。靴の先で叩き、手のひらで触って材質を確かめる。粘土(はにつち)を焼き固めたような――だが、こんな巨大なものを、一つの継ぎ目もなく?

 案外、この村の連中の怖がり方は行き過ぎではなかったようだ。こんな道を簡単に作れてしまうなら、島に流された罪人たちにどんな力が与えられているか分かったものではない。

 もし。もしもイドラデウスが人に()()()()ものだとしたら――のこのことついていくわけにはいかない。輝旧土だけでも取り戻して――。

「我が主の作品に見惚れるのは分かるが、溺れるぞ」

「は?」

 思わず考えに耽っていたモンコの視界が揺れる。足元の橋がいきなり崩れ出していた。

「おい、ちょ、待て!」

「待たない」

 思わず少女の方へと駆け出してしまった。追いついたところでちらりと陸の方を伺うが、もはや浜は遠い。モンコは不思議な体質のため、どうやっても泳げない。自力では戻れないだろう。

 それだけではない。ゴダイの言う通り、浜からさほど遠くないというのに潮が荒れ始めている。罪人を閉じ込めておく島に選ばれるだけのことはあるらしい。

「畜生……」

 そう歯噛みする間にも、少女とモンコが通ったあとの橋は次々と崩れていく。

 しばらく歩くと、うっすらと島の形が見えて来た。モンコは退屈しのぎに少女の背中に聞いた。

「聞いていいか」

「なんだ」

 少女が振り返りもせずに返事をする。

「潮が引いてできる道ってのは、どこにあるんだ」

「……そこだ」

 少女は億劫そうに、右手の海面を指さした。そこには特徴的な、板状の岩が突き立っていた。岩のど真ん中に穴が開いている。自然のいたずらか、それはまるで、岩でできた門のように見えた。

「岩の門があるだろう。そこを貫くように道ができる。そのまま真っすぐ歩いていけば、さっきの浜に着く」

「そうか。教えてくれてありがとうな」

「帰りが心配なのか?」

「あんたの主の機嫌を損ねたら、この道を用意してくれるか分からんからな」

 そう言って足先で道を叩くと、少女は不満げに息を漏らした。

「我が主は人を愛している。お前がよほど無礼なことをしなければ心配は無用だ」

「そうかい」

 捨て島の浜に降り立つと、少女はモンコに荷物を投げてよこした。

「もう返してくれるのか」

「ここまで来た以上、お前は我が主に会うしかない。いつ返しても同じことだ。それに、私の役目もここまでだからな」

「何だと?」

 少女は浜から林の中に伸びる道を指さして言った。

「ここから先は自由にしろ。あの道を行けば罪人たちの集落に着く」

「そうか。なら――」

 モンコが輝旧土(カグツチ)を足元に置いたのを見て、少女が一瞬で身構えた。その身のこなしの鋭さにモンコの頬に冷や汗が伝う。だが――。

「勘違いするなよ。ほれ」

 輝旧土を置いて自由になった手で、モンコは袋に手を突っ込んだ。武人(ますらお)の姿をかたどった埴輪を取り出し、少女に放る。

 少女はそれを片手でつかみ取ると、手の中で転がしながら訝し気に眺めた。指でつまみ、何度か方向を変えて細部まで観察する。

「……これは?」

「お前にやる」

「ふん。我が主の機嫌を取ったつもりか? この程度の造形で――」

 モンコは少女を指さして言葉を重ねた。

()()()、やる」

「……妙な奴め」

 少女は(きびす)を返すと、そのまま集落へと続く道を歩いていった。霧の中へとその姿が沈んでいく。

「……ふう」

 少女が完全に見えなくなったところで、モンコはやっと息を吐いて緊張を緩めた。

 旧き土は国津神や、その手下に触れると途端に拒絶反応を起こす。あの少女に渡した埴輪にも少量の旧き土を混ぜてあったのだが――。

「俺の埴輪に触れても爆ぜないと言うことは、ひとまず国津神に連なるものじゃなさそうだ。だが、だとしたら――何者だ?」

 もはや、これ以上はイドラデウスという存在に会って確かめるしかない。モンコはそう決心した。

 

  *

 

 霧は深いものの、道に沿って歩けば迷わずに集落にたどり着けた。

 見たところ、普通の集落だ。そこにいる誰もが杖をついていることを除けば、だが。

「そこのあんた、何者だ」

「怪しいものじゃない」

 集落の入り口に座っている男が、じろりとモンコを睨み付けてくる。イドラデウスの使者に見つかっている以上、身を隠すのは無駄だ。そう思って正面から訪ねたが、客が来るとは知らされていないらしい。

「本土の兵士……という恰好じゃないな。そもそも道が現れるのは、二日後のはずだ」

「ああ。俺は、イドラデウスっていうのに招かれたんだ」

 モンコがその名を出した途端、男が立ち上がった。

 杖を使わずに、すっくと。

 モンコの訝し気な視線に気づいたのか、男は慌てて杖をついた。だが間違いない。あれは足の筋を切られたものの動きではない。

 ――何かがこの島で起きている。モンコはそれを確信した。

「イドラデウスが招いた? あんたを?」

「ああ。どうにも俺の芸術(わざすべ)に興味があるらしい」

 その場ででっちあげた理由を言う。モンコがちらりと埴輪を見せると、男は何故かうっすらと笑みを浮かべた。

「何だよ、そんなに埴輪が好きか?」

「いいや。イドラデウスと比べれば、随分ちゃちなものだと思ってな」

「何ぃ?」

 流石にかちんとくる。が、それもそうだと思い直した。この島に忍び込んだ子供の話では、大人の身の丈ほどもある埴輪が動いていたという。

 自尊心を傷つけられたのは確かだが、これは良い機会だ。モンコはこう言った。

「だったら見せてほしいもんだな、そのイドラデウスの芸術(わざすべ)を」

「そうかい。なら」

 見張りの男は、近くを通りがかった別の男を呼び止めた。見張りの男がひそひそと何事かを話す。やってきた男が代わりに集落の入り口に座ると、見張りをしていた男はモンコに向き直った。

「ついてくるといい。そしてイドラデウスの御業(みわざ)を知るがいいさ」

 

  *

 

 男とモンコが集落の真ん中にある大きな建物の前に行くと、そこには鎧を着こんだ少女が立っていた。

 モンコが声をかける。

「おう、さっきぶりだな」

「……何の話だ?」

「何って、さっき埴輪をやっただろう」

 案内をしてくれている男はにやりとした。

「なるほど、やはり見分けはつかんか」

「……どういうことだ?」

「見てみな」

 男が、建物の前を通りかかった別の少女を指さした。その少女は、建物の前に立って警備をしている少女と瓜二つだった。

「双子か?」

「まあ、そう思うのも無理はないか」

 男が警備の少女に話しかける。

「こいつにイドラデウスの御業を見せたい。いいか?」

「話は聞いている。主も了承済みだ。入るがいい」

 モンコが建物の中に入ると、すぐのところに大きな戸片(とびら)があった。倉庫ならともかく、誰かの住処がこうしてきっちりと閉ざされているのは珍しい。大抵は布や板で区切られているものだが。

 そして、そこにはまた少女がいた。外に立っていた少女と、これまた瓜二つの少女が。

「おいおい……」

「客というのはお前か」

 その少女もやはり、モンコに見覚えは無いようだった。

 少女は建物の奥に向き直ると、中にいるらしき人物に声をかけた。

「埴輪造りの男が来ました」

「ああ、入ってもらって」

 奥からくぐもった声がすると、戸片が1人で開き始めた。

「こいつは……」

 よくよく見れば、この戸片もこの島に来たときの道に似ている。粘土(はにつち)で作られた継ぎ目のない造形で、ひとりでに動く。

「入れ」

 警備の少女が言う。モンコは唾を飲み込み、戸片の奥に進んだ。

 奥の部屋は、高貴な者の住処というより工房のように見えた。壁は例の粘土で出来ており、無数の棚に器や鏡、壺が並んでいる。それらの造形に目を吸い寄せられそうになるが、今の目的はそれではない。モンコは部屋の中央に目を向けた。

 そこに座っていたのは、頭巾をかぶった少女だった。警備をしている少女たちよりも一回り小柄で年下に見える。物を入れる袋だらけの服を着て、彫刻の道具らしきものを沢山身に着けている。

「あんたが……イドラデウス?」

「そうよ。よろしくね。貴方は?」

「俺はモンコだ。よろしく。……意外と気さくな奴だな」

 モンコはてっきり、国津神のような巨体や、あるいは人間の支配層のような風体を想像していた。しかし、当のイドラデウスは工作趣味の少女そのものだった。

「そうね。普段はこう。威厳を出したい時は、もうちょっと話し方を変えることもあるかしら」

 作業台を兼ねた机の周りに椅子があった。モンコは進められるがままそこに座り、イドラデウスと向かい合った。

 ちらりとイドラデウスの手に目線を落とす。

「あんたも粘土を練るのか」

「どうしてそう思ったの?」

「爪を見ればな」

 落としきれない土汚れが爪に入り込んでいる。モンコの手もそうだ。

「なるほど。これを作っただけのことはあるわね」

 イドラデウスは、服の中からモンコが作った埴輪を取り出した。警備の少女にやったものだろう。渡す時に言ったことは、きちんと通じなかったらしい。

「なあ、それは俺をこの島に連れてきた奴にやったものだ。欲しいなら他のをやるから、返してやってくれ」

「どうして?」

 イドラデウスはきょとんとした顔で首を傾げる。

「どうして、って……。俺はあんたじゃなく、別の奴にやったんだよ。使者とかいう」

「それは、私にくれるのと同じことでしょう?」

「違うだろう」

 なんだか、話が噛み合っていない。

「何か勘違いしているようだから、説明してあげる」

 イドラデウスは、脇に置いてある粘土を手に取った。

「まあ、見た目だけでいいか」

 その手が動く。粘土を押し、こね、伸ばし、広げ、盛っていく。その手つきの正確さ、素早さたるや、モンコが見たことがないほどだ。

「んな……」

 あっという間に形ができていく。鼻の高まり、引き結ばれた唇、目のくぼみ、耳のひだ、頬のふくらみ。そうして出来上がった形は――。

「ほら。あの子たちは、私がこうして作ったの」

 警備の少女たちと全く同じ顔が、イドラデウスの手の中に生まれていた。

「だからね、あの子たちにあげたものは、私にくれたも同然。分かったでしょ?」

 あっさりと示された手腕は、どうやったのか見当もつかないほどの精巧(さびたくみ)さだ。天の手(あまつなだむ)という他ない。

 モンコは戦慄しながら問う。

「何者なんだ、あんたは」

 イドラデウスは目を細めて言う。先ほど言っていたように、神らしい威厳に満ちた口調で。

「神さ。造形神(つくりなすかみ)だよ」

「神だと……?」

 だが、見た目は人そのものだ。モンコは国津神を見た時、体の内から敵意が沸き上がるが、それも鳴りを潜めている。モンコの知る神とは、何から何まで違った。

「私は望まれて、この世界の外からやって来た。だからお前の知る神とは違うのかもしれない。でも」

 イドラデウスは両手を大きく広げて告げた。

「お前がどう思おうと、私はお前を愛そう。ここにいる人間たちと同様にね」

 

  *

 

 モンコは、集落の外れの小屋をあてがわれた。集落を案内してくれた男には、二日後に道ができたら帰ればいいと言われている。しかし。

「……あんなことができるやつがいるとは」

 思わず、自分の粘土を取り出してこね始めてしまう。あれと同じことが自分にもできるだろうか。やってはみるが――。

「駄目だ」

 形はできる。人の顔、目鼻口は揃う。不自然ではない造形だ。だが、そこから先が足りない。生き生きとした、種明かしされるまで作り物だと分からない何かが。

「そもそも、ああして動いているのは、一体どういう仕掛けだ?」

 一応、似たような例は知っている。

 国津神も土の塊だが、空から落ちてきた何かが宿っている。それと同じようなものだろうか。

 村を見た限り、あの警備の少女が五人か六人ほどいた。勿論全て同じ顔だ。話に聞いていた巨大な動く埴輪はいなかったので、あの少女たちに置き換わったのだろう。

「……そして、もう一つ不思議なことがある」

 足の筋を切られたはずの男が、すっくと立ち上がっていた。あれも何かあるに違いない。

 モンコは夜を待ち、小屋を抜け出した。目指すのはイドラデウスの屋敷だが、その前に準備がいる。

 昼間のうちに目をつけておいた場所に向かう。浜からここに向かう途中にあった、黒い土のむき出しになった斜面だ。そこに輝旧土を突き立て、足を乗せて控えめに声を発する。

ライド

 輝旧土が足元の土と混じり合い、うねるようにモンコの全身を包み込む。黒い土をたっぷりと含んだ鎧は、夜闇に紛れるのにぴったりだ。

 警備の少女の目をかいくぐり、イドラデウスの屋敷の裏手にたどり着く。表面は木で組まれた普通の屋敷に見えるが……。

「やっぱりだ」

 木組みの間に指を差し込むと、例の粘土の壁に突き当たった。イドラデウスに会ったとき、部屋の壁は全て粘土で出来ていた。逆に言えば、この木組は上から被せているだけだ。おそらくは、余所者が目にしたときに目立たないようにするためだろう。

 神逐人(カムヤライド)の力の一つは、右足で踏んだ土を操ることだ。足を差し込める隙間を探し、土壁を踏みつけてやる。そうすると、あっさりと壁がくぼみ、モンコが入り込める隙間が出来上がった。

「よし」

 そのまま壁の中に入り込む。右足で操る土の感覚で、壁の厚みを推し量る。

 やがて、建物の中に通じるよう、ほんの小さな穴を開けることができた。見たところ、例の工房にごちゃごちゃと置かれた作品の陰から覗き見る形だ。都合がいい。

 部屋の中にイドラデウスがいるのが見える。そして、同じ顔をした警備の少女が二人、部屋に入ってくるのが見えた。足を引きずっている男を連れている。

「彼で最後かしら?」

 イドラデウスがそう問うと、少女の片方が答えた。

「そのはずです」

「なるほど。では最後に確認するけれど、後悔はないのね?」

 問われた男は、歯を食いしばりながら答えた。

「ああ。これで本当に、力が手に入るなら……!」

「分かったわ。貴方の望みを叶えましょう」

 何が始まるというのか。男は床に敷かれた布の上に横たえられ、口にも布を噛まされた。その両手をそれぞれ、同じ顔の少女が二人で押さえつけた。

 イドラデウスは男の脚のそばに座り込むと、何故か手の中で粘土をこね始めた。

「痛みはないけれど、違和感はあるらしいわ。とはいえ中断するつもりはないから、そのつもりで」

 イドラデウスは男にそう告げると、男の脚に手を伸ばした。この島に流される前、筋を切られたのであろう時の傷に触れる。

 そして、()()()()()()()()()()()

 ……は?

 モンコは思わず声が出そうになった。

「う。ううう」

 男がうめく。痛みはないようだが、顔に脂汗が浮いている。

「他の者と同じね。まずは筋を直しましょう」

 イドラデウスは更に指を動かした。もう片方の指も男の脚の傷に突っ込むと――。

 ()()()と傷を広げた。

「むうー!」

「大丈夫、大丈夫。痛くしないからね」

 なんだこれは。

 イドラデウスが言うように、確かに痛みはなさそうだ。あんなことをしておきながら血は出ていない。人の体を、まるで粘土でもこねるかのように広げている。

 イドラデウスは更に、脇に置いていた本物の粘土を細く伸ばすと、切られた足の筋にあてがった。そのまま指で粘土の筋と肉の筋をこね、馴染ませていく。

「うむう、ううう」

「静かにしろ」

 警備の少女の片方が呆れたように言う。

「すぐ終わるわ」

 イドラデウスは迷いなく指を動かしていく。まるで土器(かわらけ)を直すときのように、人の脚に粘土をあてがい、補い、繕っていく。

「よし、できた」

 最後に開いた肉と皮を元通りに閉じ、そこにも粘土を刷り込む。そうすると、傷は全くなくなってしまった。

「はあ、はあ、はあ……」

 男は自分の脚を撫で、目を見開いている。

「し、信じられねえ。本当にこんなことが……」

「今はまだ無理だけど、明日になれば動かせるようになるはず」

「おお、イドラデウス……!」

 男は床に這いつくばり、イドラデウスに祈りを捧げた。

「…………」

 もういいだろう。モンコは屋敷の壁を元通りに戻すと、自分の小屋まで戻った。変身を解いて寝床に転がり、呟く。

「なんだ、あれは」

 自分の目を疑う。しかし間違いない。

 イドラデウスは粘土で人の体を治した……直した!

 まだ。まだ、この島に来たときの道や、あの屋敷ならば説明がつく。モンコもカムヤライドの姿なら似たようなことができる。

 同じ顔の少女たちも理解ができる。造形に優れていれば作れる。国津神のような仕掛けがあれば動かすことも可能だ。

 だが……この地に生まれた生き物の体を、粘土でこねて直すだって? そんなのは見たことも聞いたこともない。

 集落の入り口で会った男も同じ手術(てすべ)を受けたに違いない。いや、今夜の男で『最後』だと言っていた。だとすれば、この島に流された罪人は皆……。

「何を願った?」

 足を治したいだけならまだわかる。だが、治されていた男は力を求めていた。ならば、それだけではない。

「何を企んでいるんだ……?」

 モンコは目を閉じた。だが、イドラデウスが人の体をこねる手つきが目蓋の裏に焼き付いていた。

「くそ……」

 その様子が、失われた記憶(まつりむかし)の断片と重なり、奇妙に歪んでいく。まるで自分の体までも粘土のようにこねられているような……。

「寝られん」

 結局モンコは眠ることを諦め、暗闇の中で粘土を弄び始めた。時間の感覚が薄れていく。結局そのまま、中途半端な姿勢で眠りについたようだ。

 夜明けとともに目が覚めると、不格好にこねられた埴輪が自分の手の中で握りつぶされていた。

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